92 / 165
出会い編
権力を振りかざす馬鹿って大っ嫌いなんですよ。
しおりを挟む
「ラグドーナ・テンペス及びテンペス公爵家への処罰を言い渡す!ラグドーナ・テンペスは前へ!」
さあ、いよいよです。どうなることやら…。
何だか不安です…。
近衛騎士に連れられて前方へと現れたラグドーナ様は何故かボロボロの状態でした。
なんであんなに泥だらけ?変なラグドーナ様。
ラグドーナ様が出てくるとすぐに、宰相補佐官さまは持っていた筒状の紙の束を広げるとそれを読み上げました。
「まず、テンペス公爵家への処罰だが、今回の事件は、次期公爵の座が危ういものとなり焦燥にかられたラグドーナ・テンペスの独断の行為であると調べがついている。よって、テンペス公爵家には比較的軽度の処罰を課した。此処までで何か異論は?」
辺りを見渡して見ましたが、誰も名乗り出ません。
異論なしということでしょう。
それにしても、テンペス公爵家は少し気の毒ですね。
まさかラグドーナ様の独断だったとは…でも監督不届きで処罰は免れませんし。
……何だか可哀想です。
「無いようなので、処分を発表します。テンペス公爵家の領地の三分の一を没収。今後暫くは不穏な動きがないか、厳重な監視をつけさせて頂く!異論があれば挙手を」
うわぁ、三分の一ですか…。
結構痛手ですね、それは。
普通なら異論を唱えても良いところだと思うのですが、テンペス公爵家の方々はすっかり小さくなってしまっていて、異論を唱えるどころか揃って頭を下げました。
「異論は御座いません。今回の件、大変申し訳ございませんでした…!」
「…では、異論なしとの事でこの処分を可決します」
宰相補佐官さまは渋い顔でそう仰いました。
何だかどうしようもなく遣る瀬無い気分ですね…。
テンペス公爵家はこれからどうなるのでしょう。
兎にも角にもその件は可決されました。
次はいよいよメインイベントのラグドーナ様の処分です。補佐官さまは紙束を一枚まくると再びそれを読み上げ始めます。
「えー…今回ラグドーナ・テンペスに課せられた罪状は、アルカティーナ・フォン・クレディリア公爵令嬢とその従者への殺傷未遂。そしてリサーシャ・キリリア侯爵令嬢及びアメルダ・サクチル伯爵令嬢の誘拐、また暴行未遂。以上3点である!このことから…」
「まてっ!!」
大きな声に驚いて、その声のした方向を見るとなんと、ラグドーナ様でした。
それを見た補佐官さまはあからさまに嫌そうに顔をしかめると、聞き返しました。
「ラグドーナ・テンペス。何か異論が?」
「異論も何も!こんな事をして許されると思っているのか!?私は次期公爵だぞ!」
その怒鳴り声に、皆んなが一斉に固まりました。
「だいたい!私の次期公爵の座を揺るがせたユグドーラが悪いんだ!そ、そうだ!あいつは私を蹴落とそうと様々な嫌がらせをしてきたんだぞ!私を罰するくらいならユグドーラを処罰しろ!この無礼者っ!」
馬鹿かなぁとは思っていましたが、この方本当に馬鹿ですね。
まさかこんな犯罪を犯しておきながら、未だ自分が次期公爵だと思っていらっしゃるとは。
呆れて物も言えませんよ。
実際、皆様ポカンとしてらっしゃいますし。
あなたのご家族でさえ、驚愕を隠せていないようですよ?
ですが、事件に至るまでのおおよその流れは分かりました。
ユグドーラ・テンペス様と言うのはラグドーナ様の実の弟君で、『幻の天才少年』と名高いお方です。
13歳と非常に若くていらっしゃるのですが、文字通り天才で、色んな発明品を生み出しているとか。
その功績は輝かしいものばかりで、彼の力があったためにルーデリア王国の技術は急速な発展を遂げたのだそうです。
何故『幻』なのかと言うと、彼が社交の場に出てこないからです。
何でもずっと研究室にこもって、学校にも顔を出さない程だといいます。
そしてそんな天才少年と自動的に比べられるのは兄であるラグドーナ様。
恐らく比較されるプレッシャーに耐えかねたのでしょうね。このままでは弟に次期公爵を持っていかれると予想したラグドーナ様は、わたくしに縁談を申し込んだわけです。
聖女候補と婚約したとなれば恐らく、次期公爵の座は確実なものになりますからねー。
でも、引きこもってばかりのユグドーラ様が次期公爵に相応しくないことくらい、考えればすぐわかることですのに。
バカな人ですね…。
それはさておき、暫く皆んなと同様にポカンとしていた補佐官さまでしたが、気を取り直したのか顔を引き締めるとこう言い放った。
「黙れ!そもそもユグドーラ様は日々研究室にこもっておられ、研究に勤しんでいらっしゃるとの報告を受けている!そんな方に嫌がらせをする時間や暇があるとは到底思えないが?」
「…っく!」
何も言い返せないでいるラグドーナ様に、補佐官さまは冷たい視線を投げかけると再びその視線を手元へと移しました。
「えー…ラグドーナ・テンペスは貴族のご令嬢を二人も誘拐した挙句に暴行未遂まで犯した。その為、少なくとも謹慎処分は免れない!」
補佐官さまがそこまでいうと同時に又もや怒鳴り声が上がりました。
「何だと!?この私が謹慎処分!?あり得ないな!私は次期公爵!謹慎処分など受けるはずがない!」
「黙れと言っているだろう!近衛騎士、ラグドーナ・テンペスを取り押さえろ!」
すると近衛騎士達が何処からともなく現れ、ラグドーナ様を羽交い締めにしました。
ラグドーナ様はそれに対抗し、必死にもがきますがそれのせいで羽交い締めが一層ハードなものになり、苦しそうです。
「何をするっ!離せ!私は次期公爵だぞ!こんな事をしてタダで済むと思っているのか!」
あーもう五月蝿いですね。
貴方が怒鳴るたびにご家族が肩身の狭い思いをしているのが分からないのですか。
第一、何回、次期公爵次期公爵次期公爵言えば気がすむのですか。
そんなに次期公爵が好きなら次期公爵と結婚して次期公爵の子供でも産んで次期公爵の手作りのご飯でも頬張ってそのまま墓石と化しておけばいいのですよ。
何でこんなに怒っているかって?
わたくしが、こういう人を毛嫌いしているからです。
堪忍袋の緒が切れたアルカティーナは、近衛騎士にラグドーナの口を塞ぐよう命令しようとした補佐官を視線で止め、ラグドーナの前へ静かに移動した。
一方、突然出てきたアルカティーナを目に止めたラグドーナは、一層声を荒げた。
「お前!よくも私の前に出てこられたな!そもそもお前が私の縁談を受け入れていたらこんなことには!」
「貴方がわたくしに縁談を申し込んだ時には既に、リサーシャ嬢たちは誘拐されていた筈ですが?」
「チッ!うるさい黙れ!私は次期公…もがっ!?」
瞬間、パチンッと肌と肌が勢いよくぶつかるような音が響いた。
アルカティーナがラグドーナの口を塞いだのだ。
「五月蝿いです鬱陶しいです目障りです」
「…もが!?」
アルカティーナは口を塞いだまま、ラグドーナに顔を近づけた。鼻と鼻がくっつきそうな距離だ。
そして、その近距離でラグドーナと目を合わせた。
あぁ、本当に鬱陶しいです。
こういう人を見ると前世の父を思い出すんですよ。
目障り極まりないですね。
「わたくし、権力を振りかざす馬鹿って大っ嫌いなんですよ。だから、『黙りなさい』」
『黙りなさい』と言った次の瞬間、ラグドーナの口からは音が奪われた。
パクパクと金魚のように口を開け閉めするが、依然としてそこから声を発することはない。
ラグドーナは慌てた。
ついさっきまで出ていた声が急になくなったのだから、当然だろう。
「…!、…………!?……!!」
必死に何か訴えようとするが、その内容すら誰にも届かない。
一体どういうことなのか。
会場は騒ついた。
「何だあれ!どういうことだ!?」
「あれが噂の聖なる力?」
「成る程!そうに違いない!」
「きっとラグドーナ様の醜態を見かねてのことだろう」
「なんてすばらしいお力…」
「さすが聖女候補様だ」
一斉に感謝の視線を頂きましたが皆様、これは聖なる力なんぞではありませんよー。
これは天使の加護を受けし者のみに使用可能な力の一つで『絶対服従』というものです。
発動条件は至ってシンプルで、対象と目を合わせながら『命令』をするだけ。
そうすれば、相手はその『命令』を従順に承諾してくれるのです。
実はこれ、使ったの初めてなんです。
だだだだって、怖いじゃないですか!
精神操作ですよ、これ!怖い!
いや~成功してよかった!
でもここで天使の加護持ちだとバレるとあとあと面倒な事になるので、今は皆様に勘違いしたままでいてもらいましょう。ごめんなさい、皆様。
罪悪感半端ないですけど許して下さい…。
補佐官は「ご協力感謝致します」と一言礼を言うと、ラグドーナを無視したまま話を続けた。
「ただでさえ謹慎処分は免れないが、残念な事にラグドーナ・テンペスは聖女候補様に対して殺傷未遂の罪を犯した。聖女候補は国の宝であり、世界の宝!断じて許されることではない。よって、ラグドーナ・テンペス個人への処罰は厳しいものとなった」
「…!…、………!?…………!」
まて!私は、次期公爵だぞ!?聞いているのか!
ラグドーナは必死に伝えようと暴れるが、矢張り声は出ない。ひたすら喉で空気が空回りするだけだ。
暫く口の開け閉めを繰り返したラグドーナだったが、やがて諦めたようにガクリと肩を落とし、俯いてしまった。
何とも情けないその姿を、アルカティーナは冷たい目で見つめていた。
どうせ、自分の処分を軽くしようという算段だったのでしょうけど、そうはさせませんよ?
わたくしの大切な人たちを傷つけたのは、貴方です。
少しは痛い目にあってもらわないと、こっちの気がすまないのですよ。
それに…ってん?あれ??
そこでアルカティーナは、目元に違和感を感じて思わず眉を顰めた。
何これ!痛い!
痛いです~~!
目に!ゴミが!ゴミが入っちゃいました…。
というかこれ、多分まつ毛ですよね!
まつ毛痛いです~~あ~~!
うおおおお!うにゃーーー!!
何でこんな時にっ!!これから大事なところなんですよ!?
いっそ目をこすって…?でも擦ると余計にダメと聞きましたし。
そうだ!ここは思い切って…
精神統一で誤魔化しましょう!
わたくしは仏像、仏像、仏像…目なんて痛くないのです。痛くなーい痛くなーい…。
皆んなが目を見開き補佐官の方に注目している中、アルカティーナは一人、目を瞑り始めたのだった。
一方そうこうしている間に、審判の声は下された。
補佐官はそれまで見ていた紙束を元通り筒状に丸めると、顔を上げて言い放った。
「以上のことより、ラグドーナ・テンペスは廃嫡処分!これから半年間の有期懲役を課す。また、釈放後は謹慎処分も追加!何か異論は?」
成る程、確かに厳しい処罰ではある。
これに異論を唱えるものはいないかのように思えた。
しかし、約一名いたのだ。
その人物は勢いよく手を挙げると、大声で訴えかけた。
「お願いです!懲役の間に配給される食事を1日2食に減らして欲しいの!ティーナが殺されかけたんでしょう?そんな奴にただ飯食らいを許すわけにはいかないわ!あと欲を言えば、重労働の義務も付け足して欲しいわ!」
「ばっか!お前何ほざいてんだ!そんな異論通るわけないだろ!ほら頭下げろっ!…申し訳ありません、妹が!」
「ちょっと馬鹿兄ぃ!離してよ!これはティーナの名誉に関わるのよ!」
実の兄と思しき人物に頭を鷲掴みにされているのは紛れも無く、リサーシャ・キリリアその人だった。
リサーシャの意見も分からなくも無いが、流石にそれは無理がある。
誰もがそう思ったが、また一人、その意見に乗っかった人物が現れた。
アメルダ・サクチルだ。
「私も!私も同意見よ!流石に重労働はやり過ぎかもしれないけど、でも、少しくらいひもじい思いをするといいわ!ティーナを殺そうとするなんて許さないっ!!」
威勢良く声を張り上げるが、彼女もまた家族にそれを止められた。
彼女は兄ではなく、実の母親らしき人物に咎められた。というかそもそま彼女に兄弟はいないのだが。
「やめなさいアメルダ!気持ちはわかるけど、これは私情を挟んでいいことじゃ無いわ!フェアにしないと…」
「でもお母様…!」
友人のために、必死に争う二人の少女。
その姿はまさに勇姿だ。
この感動的とも言える状況下で、当の本人アルカティーナは…
「痛いです!やっぱり痛い!むにゃ~!まつ毛なんてハゲちゃえ~~!」
小声で文句を言いながら、未だ精神統一を続行していた。因みに精神統一なので、周囲の会話などは一切耳に入っていない。
色々と台無しである。
「…お二人の異論は、理解しました。ですが、その2項目を付与するとあまりに厳し過ぎます。牢獄で死なれても面倒ですので、一部を採用することにしましょう。そうですね…では、1日2食は無しにして、重労働の義務のみを付け足しましょう。そうすればよく働き、よく食べ、健康的な日々を過ごして貰えますからね!よし、そうしましょう!異論は?」
「ちょっと!健康的な日々とか求めてないわよ!」
「異論ありまくりよ!」
補佐官は騒ぐリサーシャとアメルダを一瞥したのち、
「はい!異論は無いようですのでこれで可決しますね!はい!終了!お疲れ様でした!はい!」
無理やりその場を終わらせた。
そして、そこに二人ぶんの絶叫が加わる。
「「人の話を聞けぇーーー!」」
何というか残念な人たちである。
こうして無事?フェアな判断の元、処罰が言い渡されたわけだが…。
「あれ?皆んなどうして帰り始めてるんですか??これから処罰の詳細が発表なんじゃ…えっ?もう終わった!?わたくしがまつ毛と奮闘してる間に!そ、そんな~~!」
残念な人がここにもまた一人。
◇ ◆ ◇
ジョソーさんを始めとしたあの黒い人達は、雇われていただけの騎士様だったので、一ヶ月間の謹慎処分のみが言い渡されました。
ラグドーナ様の処分を直で聞けなかったのは本当に悔やまれます!
一生恨んでやります、このまつ毛!
まつ毛のバーーカ!
さて、わたくしたちもそろそろ帰るとしますかね。
アルカティーナは牢獄へ連れていかれたラグドーナを見てから、ソファーから立ち上がった。
そんな時、スーっと自然な仕草でやってきたゼンが、アルカティーナにこう囁いた。
「そういやお嬢。あのキモロボット、ラグドーナの弟さんのユグドーラ様の発明品らしいぞ」
「な、なんですと!それは是非ともお話を伺いに行きたいです!」
あんなロボットを作ったなんていったいどんな方なのでしょう!
是非ともお会いしたいですね!
こうしてアルカティーナは、ユグドーラ・テンペスに会いに行く算段を立て始めたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
どうも、この文章を4500文字くらいまで書いたところで間違えて全文消去しちゃった水瀬です٩( ᐛ )و
4500文字メッチャショックでした…
また一から!?と絶望しました。割と本気で。
そしてそのせいで元の文と少し差異が…
でも気にしない!いいじゃ無いかそれくらい!
というか、とうとう温厚代表のティーナがキレましたね。ちょー怖い。我ながら怖いわ。
さてさて、事件は一先ずこれにて終幕を迎えました。
次はどうなるのか…お楽しみに!
さあ、いよいよです。どうなることやら…。
何だか不安です…。
近衛騎士に連れられて前方へと現れたラグドーナ様は何故かボロボロの状態でした。
なんであんなに泥だらけ?変なラグドーナ様。
ラグドーナ様が出てくるとすぐに、宰相補佐官さまは持っていた筒状の紙の束を広げるとそれを読み上げました。
「まず、テンペス公爵家への処罰だが、今回の事件は、次期公爵の座が危ういものとなり焦燥にかられたラグドーナ・テンペスの独断の行為であると調べがついている。よって、テンペス公爵家には比較的軽度の処罰を課した。此処までで何か異論は?」
辺りを見渡して見ましたが、誰も名乗り出ません。
異論なしということでしょう。
それにしても、テンペス公爵家は少し気の毒ですね。
まさかラグドーナ様の独断だったとは…でも監督不届きで処罰は免れませんし。
……何だか可哀想です。
「無いようなので、処分を発表します。テンペス公爵家の領地の三分の一を没収。今後暫くは不穏な動きがないか、厳重な監視をつけさせて頂く!異論があれば挙手を」
うわぁ、三分の一ですか…。
結構痛手ですね、それは。
普通なら異論を唱えても良いところだと思うのですが、テンペス公爵家の方々はすっかり小さくなってしまっていて、異論を唱えるどころか揃って頭を下げました。
「異論は御座いません。今回の件、大変申し訳ございませんでした…!」
「…では、異論なしとの事でこの処分を可決します」
宰相補佐官さまは渋い顔でそう仰いました。
何だかどうしようもなく遣る瀬無い気分ですね…。
テンペス公爵家はこれからどうなるのでしょう。
兎にも角にもその件は可決されました。
次はいよいよメインイベントのラグドーナ様の処分です。補佐官さまは紙束を一枚まくると再びそれを読み上げ始めます。
「えー…今回ラグドーナ・テンペスに課せられた罪状は、アルカティーナ・フォン・クレディリア公爵令嬢とその従者への殺傷未遂。そしてリサーシャ・キリリア侯爵令嬢及びアメルダ・サクチル伯爵令嬢の誘拐、また暴行未遂。以上3点である!このことから…」
「まてっ!!」
大きな声に驚いて、その声のした方向を見るとなんと、ラグドーナ様でした。
それを見た補佐官さまはあからさまに嫌そうに顔をしかめると、聞き返しました。
「ラグドーナ・テンペス。何か異論が?」
「異論も何も!こんな事をして許されると思っているのか!?私は次期公爵だぞ!」
その怒鳴り声に、皆んなが一斉に固まりました。
「だいたい!私の次期公爵の座を揺るがせたユグドーラが悪いんだ!そ、そうだ!あいつは私を蹴落とそうと様々な嫌がらせをしてきたんだぞ!私を罰するくらいならユグドーラを処罰しろ!この無礼者っ!」
馬鹿かなぁとは思っていましたが、この方本当に馬鹿ですね。
まさかこんな犯罪を犯しておきながら、未だ自分が次期公爵だと思っていらっしゃるとは。
呆れて物も言えませんよ。
実際、皆様ポカンとしてらっしゃいますし。
あなたのご家族でさえ、驚愕を隠せていないようですよ?
ですが、事件に至るまでのおおよその流れは分かりました。
ユグドーラ・テンペス様と言うのはラグドーナ様の実の弟君で、『幻の天才少年』と名高いお方です。
13歳と非常に若くていらっしゃるのですが、文字通り天才で、色んな発明品を生み出しているとか。
その功績は輝かしいものばかりで、彼の力があったためにルーデリア王国の技術は急速な発展を遂げたのだそうです。
何故『幻』なのかと言うと、彼が社交の場に出てこないからです。
何でもずっと研究室にこもって、学校にも顔を出さない程だといいます。
そしてそんな天才少年と自動的に比べられるのは兄であるラグドーナ様。
恐らく比較されるプレッシャーに耐えかねたのでしょうね。このままでは弟に次期公爵を持っていかれると予想したラグドーナ様は、わたくしに縁談を申し込んだわけです。
聖女候補と婚約したとなれば恐らく、次期公爵の座は確実なものになりますからねー。
でも、引きこもってばかりのユグドーラ様が次期公爵に相応しくないことくらい、考えればすぐわかることですのに。
バカな人ですね…。
それはさておき、暫く皆んなと同様にポカンとしていた補佐官さまでしたが、気を取り直したのか顔を引き締めるとこう言い放った。
「黙れ!そもそもユグドーラ様は日々研究室にこもっておられ、研究に勤しんでいらっしゃるとの報告を受けている!そんな方に嫌がらせをする時間や暇があるとは到底思えないが?」
「…っく!」
何も言い返せないでいるラグドーナ様に、補佐官さまは冷たい視線を投げかけると再びその視線を手元へと移しました。
「えー…ラグドーナ・テンペスは貴族のご令嬢を二人も誘拐した挙句に暴行未遂まで犯した。その為、少なくとも謹慎処分は免れない!」
補佐官さまがそこまでいうと同時に又もや怒鳴り声が上がりました。
「何だと!?この私が謹慎処分!?あり得ないな!私は次期公爵!謹慎処分など受けるはずがない!」
「黙れと言っているだろう!近衛騎士、ラグドーナ・テンペスを取り押さえろ!」
すると近衛騎士達が何処からともなく現れ、ラグドーナ様を羽交い締めにしました。
ラグドーナ様はそれに対抗し、必死にもがきますがそれのせいで羽交い締めが一層ハードなものになり、苦しそうです。
「何をするっ!離せ!私は次期公爵だぞ!こんな事をしてタダで済むと思っているのか!」
あーもう五月蝿いですね。
貴方が怒鳴るたびにご家族が肩身の狭い思いをしているのが分からないのですか。
第一、何回、次期公爵次期公爵次期公爵言えば気がすむのですか。
そんなに次期公爵が好きなら次期公爵と結婚して次期公爵の子供でも産んで次期公爵の手作りのご飯でも頬張ってそのまま墓石と化しておけばいいのですよ。
何でこんなに怒っているかって?
わたくしが、こういう人を毛嫌いしているからです。
堪忍袋の緒が切れたアルカティーナは、近衛騎士にラグドーナの口を塞ぐよう命令しようとした補佐官を視線で止め、ラグドーナの前へ静かに移動した。
一方、突然出てきたアルカティーナを目に止めたラグドーナは、一層声を荒げた。
「お前!よくも私の前に出てこられたな!そもそもお前が私の縁談を受け入れていたらこんなことには!」
「貴方がわたくしに縁談を申し込んだ時には既に、リサーシャ嬢たちは誘拐されていた筈ですが?」
「チッ!うるさい黙れ!私は次期公…もがっ!?」
瞬間、パチンッと肌と肌が勢いよくぶつかるような音が響いた。
アルカティーナがラグドーナの口を塞いだのだ。
「五月蝿いです鬱陶しいです目障りです」
「…もが!?」
アルカティーナは口を塞いだまま、ラグドーナに顔を近づけた。鼻と鼻がくっつきそうな距離だ。
そして、その近距離でラグドーナと目を合わせた。
あぁ、本当に鬱陶しいです。
こういう人を見ると前世の父を思い出すんですよ。
目障り極まりないですね。
「わたくし、権力を振りかざす馬鹿って大っ嫌いなんですよ。だから、『黙りなさい』」
『黙りなさい』と言った次の瞬間、ラグドーナの口からは音が奪われた。
パクパクと金魚のように口を開け閉めするが、依然としてそこから声を発することはない。
ラグドーナは慌てた。
ついさっきまで出ていた声が急になくなったのだから、当然だろう。
「…!、…………!?……!!」
必死に何か訴えようとするが、その内容すら誰にも届かない。
一体どういうことなのか。
会場は騒ついた。
「何だあれ!どういうことだ!?」
「あれが噂の聖なる力?」
「成る程!そうに違いない!」
「きっとラグドーナ様の醜態を見かねてのことだろう」
「なんてすばらしいお力…」
「さすが聖女候補様だ」
一斉に感謝の視線を頂きましたが皆様、これは聖なる力なんぞではありませんよー。
これは天使の加護を受けし者のみに使用可能な力の一つで『絶対服従』というものです。
発動条件は至ってシンプルで、対象と目を合わせながら『命令』をするだけ。
そうすれば、相手はその『命令』を従順に承諾してくれるのです。
実はこれ、使ったの初めてなんです。
だだだだって、怖いじゃないですか!
精神操作ですよ、これ!怖い!
いや~成功してよかった!
でもここで天使の加護持ちだとバレるとあとあと面倒な事になるので、今は皆様に勘違いしたままでいてもらいましょう。ごめんなさい、皆様。
罪悪感半端ないですけど許して下さい…。
補佐官は「ご協力感謝致します」と一言礼を言うと、ラグドーナを無視したまま話を続けた。
「ただでさえ謹慎処分は免れないが、残念な事にラグドーナ・テンペスは聖女候補様に対して殺傷未遂の罪を犯した。聖女候補は国の宝であり、世界の宝!断じて許されることではない。よって、ラグドーナ・テンペス個人への処罰は厳しいものとなった」
「…!…、………!?…………!」
まて!私は、次期公爵だぞ!?聞いているのか!
ラグドーナは必死に伝えようと暴れるが、矢張り声は出ない。ひたすら喉で空気が空回りするだけだ。
暫く口の開け閉めを繰り返したラグドーナだったが、やがて諦めたようにガクリと肩を落とし、俯いてしまった。
何とも情けないその姿を、アルカティーナは冷たい目で見つめていた。
どうせ、自分の処分を軽くしようという算段だったのでしょうけど、そうはさせませんよ?
わたくしの大切な人たちを傷つけたのは、貴方です。
少しは痛い目にあってもらわないと、こっちの気がすまないのですよ。
それに…ってん?あれ??
そこでアルカティーナは、目元に違和感を感じて思わず眉を顰めた。
何これ!痛い!
痛いです~~!
目に!ゴミが!ゴミが入っちゃいました…。
というかこれ、多分まつ毛ですよね!
まつ毛痛いです~~あ~~!
うおおおお!うにゃーーー!!
何でこんな時にっ!!これから大事なところなんですよ!?
いっそ目をこすって…?でも擦ると余計にダメと聞きましたし。
そうだ!ここは思い切って…
精神統一で誤魔化しましょう!
わたくしは仏像、仏像、仏像…目なんて痛くないのです。痛くなーい痛くなーい…。
皆んなが目を見開き補佐官の方に注目している中、アルカティーナは一人、目を瞑り始めたのだった。
一方そうこうしている間に、審判の声は下された。
補佐官はそれまで見ていた紙束を元通り筒状に丸めると、顔を上げて言い放った。
「以上のことより、ラグドーナ・テンペスは廃嫡処分!これから半年間の有期懲役を課す。また、釈放後は謹慎処分も追加!何か異論は?」
成る程、確かに厳しい処罰ではある。
これに異論を唱えるものはいないかのように思えた。
しかし、約一名いたのだ。
その人物は勢いよく手を挙げると、大声で訴えかけた。
「お願いです!懲役の間に配給される食事を1日2食に減らして欲しいの!ティーナが殺されかけたんでしょう?そんな奴にただ飯食らいを許すわけにはいかないわ!あと欲を言えば、重労働の義務も付け足して欲しいわ!」
「ばっか!お前何ほざいてんだ!そんな異論通るわけないだろ!ほら頭下げろっ!…申し訳ありません、妹が!」
「ちょっと馬鹿兄ぃ!離してよ!これはティーナの名誉に関わるのよ!」
実の兄と思しき人物に頭を鷲掴みにされているのは紛れも無く、リサーシャ・キリリアその人だった。
リサーシャの意見も分からなくも無いが、流石にそれは無理がある。
誰もがそう思ったが、また一人、その意見に乗っかった人物が現れた。
アメルダ・サクチルだ。
「私も!私も同意見よ!流石に重労働はやり過ぎかもしれないけど、でも、少しくらいひもじい思いをするといいわ!ティーナを殺そうとするなんて許さないっ!!」
威勢良く声を張り上げるが、彼女もまた家族にそれを止められた。
彼女は兄ではなく、実の母親らしき人物に咎められた。というかそもそま彼女に兄弟はいないのだが。
「やめなさいアメルダ!気持ちはわかるけど、これは私情を挟んでいいことじゃ無いわ!フェアにしないと…」
「でもお母様…!」
友人のために、必死に争う二人の少女。
その姿はまさに勇姿だ。
この感動的とも言える状況下で、当の本人アルカティーナは…
「痛いです!やっぱり痛い!むにゃ~!まつ毛なんてハゲちゃえ~~!」
小声で文句を言いながら、未だ精神統一を続行していた。因みに精神統一なので、周囲の会話などは一切耳に入っていない。
色々と台無しである。
「…お二人の異論は、理解しました。ですが、その2項目を付与するとあまりに厳し過ぎます。牢獄で死なれても面倒ですので、一部を採用することにしましょう。そうですね…では、1日2食は無しにして、重労働の義務のみを付け足しましょう。そうすればよく働き、よく食べ、健康的な日々を過ごして貰えますからね!よし、そうしましょう!異論は?」
「ちょっと!健康的な日々とか求めてないわよ!」
「異論ありまくりよ!」
補佐官は騒ぐリサーシャとアメルダを一瞥したのち、
「はい!異論は無いようですのでこれで可決しますね!はい!終了!お疲れ様でした!はい!」
無理やりその場を終わらせた。
そして、そこに二人ぶんの絶叫が加わる。
「「人の話を聞けぇーーー!」」
何というか残念な人たちである。
こうして無事?フェアな判断の元、処罰が言い渡されたわけだが…。
「あれ?皆んなどうして帰り始めてるんですか??これから処罰の詳細が発表なんじゃ…えっ?もう終わった!?わたくしがまつ毛と奮闘してる間に!そ、そんな~~!」
残念な人がここにもまた一人。
◇ ◆ ◇
ジョソーさんを始めとしたあの黒い人達は、雇われていただけの騎士様だったので、一ヶ月間の謹慎処分のみが言い渡されました。
ラグドーナ様の処分を直で聞けなかったのは本当に悔やまれます!
一生恨んでやります、このまつ毛!
まつ毛のバーーカ!
さて、わたくしたちもそろそろ帰るとしますかね。
アルカティーナは牢獄へ連れていかれたラグドーナを見てから、ソファーから立ち上がった。
そんな時、スーっと自然な仕草でやってきたゼンが、アルカティーナにこう囁いた。
「そういやお嬢。あのキモロボット、ラグドーナの弟さんのユグドーラ様の発明品らしいぞ」
「な、なんですと!それは是非ともお話を伺いに行きたいです!」
あんなロボットを作ったなんていったいどんな方なのでしょう!
是非ともお会いしたいですね!
こうしてアルカティーナは、ユグドーラ・テンペスに会いに行く算段を立て始めたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
どうも、この文章を4500文字くらいまで書いたところで間違えて全文消去しちゃった水瀬です٩( ᐛ )و
4500文字メッチャショックでした…
また一から!?と絶望しました。割と本気で。
そしてそのせいで元の文と少し差異が…
でも気にしない!いいじゃ無いかそれくらい!
というか、とうとう温厚代表のティーナがキレましたね。ちょー怖い。我ながら怖いわ。
さてさて、事件は一先ずこれにて終幕を迎えました。
次はどうなるのか…お楽しみに!
0
お気に入りに追加
722
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
悪役令嬢が死んだ後
ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。
被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢
男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。
公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。
殺害理由はなんなのか?
視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は?
*一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
もう二度とあなたの妃にはならない
葉菜子
恋愛
8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。
しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。
男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。
ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。
ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。
なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。
あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?
公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。
ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる