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一章
私は夢の中ですか?
しおりを挟む椅子も机もない殺風景な空間で、カトレアはただ一人、静寂に包まれていた。なんて暇なんだろうか。自分と一緒に牢に放り込まれた大きな布袋を覗くと、すっかり冷たくなったモンスター達が姿をあらわす。
それにしても、まさか来て即刻牢にぶち込まれるとは思っても見なかった。まあ、あんな騒ぎを起こしたのだから仕方がないか。それに意外や意外、この空間は結構落ち着く。床は綺麗な黒いタイルで覆われているし、ランプもあるから適度に明るい。それに今は9月。9月の日が暮れつつあるこの時間帯は、とても快適な気温なのだ。
カトレアは、思わず欠伸をした。
牢へ入れられてから随分と時間が経った気がする。近くに人の気配もないし、きっと暫くの間私はこのまま放置プレイだろう。
正直、それに興奮を覚えるような性癖は一切ないが、カトレアにとってこの場に放置されることは非常にありがたいことでもあった。
牢屋は、とても快適な場所だと思う。
今は時期が時期だから気温は高くも低くもなく過ごしやすい。床は冷たいけれど、綺麗なタイルが敷き詰められていて清潔感がある。その上、牢ではただ飯がいただけるのだ。
お金こそ稼げないが、ない不自由ない生活。これこそ、カトレアが長く求め続けていたニート生活なのである。
「よし、なんか暗くなってきたし寝よう」
ローブや手袋を外すことはなく、そのままカトレアは空間の隅で目を閉じた。寝心地は悪かったが、ただ飯には逆らえない。
と言うか、カトレアが本気でここを出ようと思えば今すぐにも出ることはできるのだ。これは虚勢を張っている訳でも何でもなくて、本当にそうなのだ。だが、カトレアがそれを好まないから実行しないと言うだけの話だ。
目を閉じれば直ぐに睡魔が襲ってきた。
耐えられず、カトレアは眠りの波に溺れる。
ふと下を見ると、自分の手が異常に小さい。まるで子供のように小さな掌だ。
いや、違うか。本当にこれは子供の掌なのだ。
既視感のあるこの状況。
見間違えるはずがない。
これは、何度も何度も見たことのある夢だ。
夢の中で、小さなカトレアは頭上目掛けて必死に小さな掌を伸ばす。その掌は直ぐに、カトレアのそれよりも、ひと回りもふた回りも大きな掌によって包まれた。
『カトレア、どうしたんだい?』
『あらあらカトレアちゃん。何をしているの?』
父親に手を握られ、母親に頭を撫でられたカトレアは嬉しそうに声を弾ませながら答えた。
『あのねあのね!カトレアね、あのお月さまが欲しいの!』
頭上で輝く美しい満月を指さしてそう答えた娘に、両親は純粋な疑問を投げかけた。
『どうして、お月さまが欲しいのかな?』
『誰かプレゼントしたい人がいるの?』
小さなカトレアは、ニコニコ笑顔で無邪気に頷いた。まだ舌ったらずな話し方で、一生懸命に言う。
『そう!もうすぐお母様のお誕生日でしょう?だから、あの綺麗なお月さまをあげるの!そしたらね、お母様はきっと喜んでくれるの!』
目を丸くした両親は、互いに顔を見合わせると堪え切れずプッと吹き出した。子供の純粋さには、本当に驚かされるし、喜ばされる。
『まあ!私の為だったのね、カトレアちゃん。その言葉だけでお母様は嬉しいわ』
『カトレアは思いやりのある子だなぁ。お父様の自慢の娘だ!』
『えへへ……』
小さくて純粋な、可愛い可愛いカトレア。
カトレアを心から愛してやまない両親。
暖かい、とても暖かい、理想の家族像。
カトレアは、知っている。
これは、自分の欲望と願望と妄想が入り混じって出来上がった夢なのだと。
何度も同じ夢を見た。
これが現実だったらどんなに良かったかと、何度思ったことか。
どうして自分がこんな夢を見続けているのかは、わからない。けれど、カトレアは毎回眼が覚めると気がつくのだ。
自分の頰が濡れていることに。
「……ばっかみたい」
涙をこぼしながら、夢見る少女は寝言を言った。
悲しい寝言を、たった一人で。
こんな理想の家族像なんて、ただの妄想。
ただの夢物語。
こんなの、夢じゃないはずがないのにね。
これが現実だったら、って……。
どうしていつもいつも、思うのかしら。
ばっかみたい。
その頃、かの偉大なる魔王様が宰相に引き摺られながらカトレアのところへと向かっていたとは、夢の中のカトレアが知るはずがない。
そして、ぐっすり牢で眠っているカトレアに魔王が拍子抜けするという未来など、もっと知る由がない。
**************
カトレアの闇が発動しました。
でもこれはまだ自覚がある方の闇ですから軽いもんです。カトレアにはいくつか闇があって、その中でも自覚していない闇が一番タチが悪いのです。
色んなものを抱えているカトレアちゃんですが、自由奔放な良い子ですので、願望のまま生きる彼女の姿を見守ってやってください。
さて、次回はいよいよカトレアと魔王様のご対面!
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