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一章
魔王様はガクブルですか?
しおりを挟む魔王は威厳を保ちつつ玉座に腰掛けながらも、内心ではかなりビビっていた。まさか宰相の言う『なんとか』ロースがサタンコロースだっただなんて…!怖い。怖すぎる。サタンコロース…人間はなんて悪趣味なんだ。人間からすれば確かに魔族は『悪』なのかもしれない。だが、そうだからといってサタンコロース……「サタンを殺す」だなんて事を言っている奴と一瞬になって、聖誕祭だがなんだか知らないがそれを祝うとはいい度胸だ。人間、怖い。
魔王とは言っても実はたいした仕事はしていない。
大抵のものは指示さえ与えれば部下がこなしてくれるのだ。勿論、念の為にちゃんと出来ているかどうかの確認はするが。
そんな訳で、魔王は就任以来殆どの時間をぐーたらしながら過ごしていた。正直、こんなに楽な仕事?はこの世に存在しないと思う。
そして魔王は会議をなんとか終わらせた今、のんびりと玉座に腰掛けながら平和な時を過ごしていた。とは言っても心は全く平和ではなかったが。
あぁ、怖い。
僕なんてきっと、呆気なくあの『サタンコロース』にやられるんだろうな。逃げたい。誰か僕を助けてくれないかな。それか良い感じの遺影を探してくれないだろうか。はぁ……。
「魔王様、また悪い癖が出てますよ」
魔王の側で声をあげたのは、宰相だ。
宰相と魔王は幼い頃からの知り合いで、互いに気が知れている上に信頼もしていた。宰相は仕事もできるし、文句なしに優秀だ。
「でも宰相……サタンコロースだよ?僕なんてきっと『プチっ!』って潰される」
深く被ったフードの端を下に引っ張りながら弱気な発言をする魔王に、宰相は呆れたように言った。
「どの口が仰いますか。良いですか?自覚はおありでしょうが、今の魔族界には貴方から玉座を奪おうと考えている者など、誰一人存在しませんからね」
「それはまぁ……そうだろうね」
嫌な事を思い出したとばかりに顔を歪めつつ、躊躇いながらも魔王はそれを否定することはしなかった。
正直なところ、自分が魔族たちから一目置かれていることには十分すぎるほど自覚はあるし、その原因もはっきりとわかっている。
「先代の魔王は、とてもお強い方でしたからね」
「…うん。強かったよ。攻撃された時は、死ぬかと思った」
先代魔王は、暴君だった。
民から税という税を巻き上げ、それの殆どを私利私欲のために使用し、部下の妻たちを無理やり奪って大勢の女を侍らせ……などと悪行の限りを尽くした。
だが、誰も逆らうことはできなかった。
その先代魔王が、桁違いに強かったからである。
魔王は世襲制ではない。実力制だ。
魔王に勝負を挑み、魔王に勝てばその者が新魔王となる。勝ちさえすれば、どんな状況であってもその者は新魔王に選ばれるというのがルールだ。
たとえ、その勝負において先代魔王を殺めてしまっても、だ。
「でも、貴方はあの暴君を見事打ち負かしたでしょう?終わり良ければすべて良しです」
穏やかな笑みを向けてくる宰相に、魔王は頷いた。
「まあね」
もっと、違う勝ち方だったらなぁ……
小さすぎるその声をかろうじて拾った宰相は、何も言わずにただ俯いた。 暫しの間、沈黙がその場を支配した。居心地がいいのか悪いのか。それすらもわからないほどの静かさだ。
そして、そんな静寂を破ったのは大きな大きな爆音のような音だった。
「今の音は……一体何事です!?」
驚きすぎて固まったまま動けないヘタレな魔王の代わりに、宰相が素早く廊下へ出て護衛の者に状況説明を促す。
「それが……自分もよく見ていなかったのですが、あの人が城壁を蹴破ったんです」
あの人、と言いながら護衛が指差したのはあの『サタンコロース』だった。宰相は、顔を真っ青にさせて魔王の肩を掴むとガクガクと揺さぶった。
「魔王様!固まってる場合じゃないですよ!魔王様!!聞こえてます!?まお………おい、ヴァン!このヘタレ魔王!耳を塞いでも現実逃避はできないぞ!」
フードの上から耳を塞いで外からの音を遮断し始めたヘタレた魔王に、宰相の口調は思わず崩れる。まだ、魔王と宰相という関係になる前の……ただの幼馴染だった頃の口調で、魔王を揺さぶった。
魔王は耳から手を離すと、宰相を見つめる。
「な……なんで『サタンコロース』が僕の城を破壊する訳?」
宰相は、震える魔王にフッと笑顔を見せた。それは一種のドヤ顔とも呼ばれるそれである。その表情に、魔王はパァーッと顔を輝かせた。
幼い頃から、宰相はとても頭が切れた。今でもそれは変わらないし、日が経つごとに彼はメキメキとさらなる発展を遂げる。そんな彼のことだ。きっと、この事態の原因もすでに突き止めていて、それに対する対策なんてものも考えてあるに違いない!
キラキラと希望に満ちた目で自らを見つめる魔王に、宰相は笑顔を深めると…
「お前、『魔王様はどうしてヘタレなの?』って誰かに聞かれたとして答えられるか?」
「え?無理」
宰相は、とてもいい笑顔で言った。
「そういう事だ」
つまり、宰相にも原因はわからないと?
はい、わかりました。僕はきっと死ぬんですね。
その後、サタンコロースを牢に入れたという報告を受けた魔王は、ビビりまくりながらも宰相に引きずられるようにして、サタンコロースの元へと向かったのだった。
*****************
こんなヘタレ魔王がヒーローで申し訳ないです。
でも安心してください。
ヒーローなる魔王様はヘタレなだけなお方ではありません故。
次はカトレアちゃん視点!
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