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一章
私に就活はできますか?
しおりを挟む「お引き取りください」
固い表情で拒絶の言葉を口にする事務員に、カトレアは首をコトリと傾げてみせた。
「どうして?ここは就活センターでしょう?職のない人に就職先を紹介してくれるのでしょう?なのにどうして私にはしてくれないのですか?」
「それは貴女があんまり無理な事を仰るから…」
「言ってませんよ、無理なんて」
事務員は口の端を引攣らせながら、それでも何とかカトレアに笑顔を向けていた。
「…で、でしたら先程お客様が仰った就職先に関するご要望を、もう一度お聞かせ願えますか?」
カトレアは勿論とばかりに頷いた。
「住み込みで働くことが出来て、三食おやつ付き。勿論お風呂もトイレも完備!出勤は多くて週に2回で、1日あたりの労働時間は最高4時間。自由時間は何をしていてもお咎めなし、ニート生活に浸っていてもリストラは無し。時給10万ディル程度の就職先を紹介して頂きたく……」
「だからそれが無理だって言ってんですよぉ!!」
「うおぉ、びっくりしたぁ…」
いきなり机をバーン!!と拳で叩いて大声を上げた事務員に、僅かに瞠目してからカトレアは仕方ないとばかりに言った。
「ふぅ……わかりました。では、おやつは無くてもいいということで妥協しますから」
「そこ一番どうでもいいところなんですけど!」
悲痛な叫び声をあげる若い女性事務員に、カトレアは哀れみの視線を向ける。
可哀想に、昼間っからこんなクレーム上等な客の相手なんてさせられて。その上事務員の仕事はそんなに時給も良くなかったはず。ストレス過多のせいで、きっとこの女性の胃には穴が空いているに違いないわ。
そんなストレスの一部となりつつあるカトレアは、少し俯いてみせた。
「ごめんなさい。わかっています、無理言ってるってことくらい。でも私、まだ16なんです。まだ青春時代なんですよ。皆んな青春に身を投じてる。でも私は皆とは違って親がいないから……せめて稼ぐことに身をとうじたいんです!楽に」
「最後の二文字が無ければ凄くいい話なのに…」
「兎に角、何かいいのないですか?例えば何処かのおじさんの養女になるだけでお小遣いが貰える…的な職業とか」
「そんな犯罪臭しかしない職場はありません」
「はあ……一生親の脛かじって生きていきたかった。誰か私を養ってくれる人いないかな。こう……上手いこと相手の弱みでも握っといて養わせるとか」
「人間のクズ発言やめてください…!!大体、カトレア様は巷でも有名な冒険者様じゃあないですか。1日で20万ディル稼ぐのも余裕とか何とか聞きますよ?就活なんて必要ないじゃないですか」
ため息をつきながら、事務員はカトレアにそう語りかける。
カトレア・メルシェ。
彼女は齢16にして、この世界でその名を知らぬ者はいないとまで言われる有名人である。
種族は人間であるにも関わらず、カトレアの一族だけは代々膨大な魔力を持って産まれるのだ。
それも、魔王に匹敵するほどの魔力を持って。
魔族と人類が共存するこの世界において、その一族は脅威の存在とも、希望の光だとも言われていた。
魔力を一切所持せず産まれる人間からは、人間が魔族に勝ち得る唯一の手段として尊ばれ。
魔族からは、魔王の存在もその一族の前には危ういという意味を込めて『魔王殺しの一族』として恐れられて。
だが、その一族全体が有名にはなっても一族の中の一個人が有名になることなど、それまでにはなかった。
そう。あの事件が起こるまでは。
6年前、9月1日。
その日は『魔王殺しの一族』の族長の一人娘の誕生パーティーを開いていた。屋敷に一族皆んなが集まり、その娘の10歳の誕生日を祝った。
わいわいと賑やかに卓を囲んでいた時、突然屋敷中の電気が消えた。真っ暗で、何も見えない。
その闇の中で、『魔王殺しの一族』は皆殺しにされた。たった一人、10歳になったばかりの少女だけを残して。その娘の名は、カトレア・メルシェ。
『悲劇の奇跡』として有名になった彼女の名は、全国に知れ渡ったという。
それは本人とて十分に理解していた。
だが、カトレアは敢えて知らぬふりをする。
「あら、私をご存知なのですか?」
魔力量が多いことを示す艶やかな黒髪が、さらりとカトレアの背中を撫でた。
「ご存知も何も…!貴女は物凄く有名人なんですよ」
呆れたように首を振る事務員に、カトレアは微笑む。
「私には就活が必要ないと仰いましたが、必要だからここに来ているのですよ、私は。貴女は冒険者稼業の苦しさを知っていますか?確かに私は普通の冒険者と違って、短時間で高額を稼ぐことができます。腐ってもあの一族の一員ですから。でも…考えてみてください?冒険者という仕事には常に、命の危険が伴うのですよ?」
この世界は、魔族の領土と人類の領土できっぱりはっきり二つに分かれている。所謂、境界線というものが引かれているのだ。境界線付近は森で覆われており、そこにはたくさんのモンスターが生息している。モンスターは時に人を襲い、害をもたらす。そんなモンスターを討伐するのが、冒険者という職業なのである。
モンスターは別名魔物と呼ばれている通り、魔法を操る。対する冒険者は皆んな人間。剣や刀や弓を使って原始的な倒し方をする。
力の差は歴然。
命の危険があるなど、言わずともわかる。
「………………それは、まぁそうでしょうね」
曖昧に頷いた事務員に、カトレアはつげた。
「私は、死にたくはないんです。だから就活が必要なのですよ」
カトレアは意味深に目を伏せ、眉を悲しげに顰めた。
「いえ、でも差し出がましいようですが、普通の冒険者ならまだしも『魔王殺しの一族』と謳われる方がモンスターに負けるとは思えないのですが」
「……………………………」
『魔王殺しの一族』がモンスターにやられて死ぬということはつまり、『魔王』がモンスターにやられて死ぬようなものなのである。
無理があるとしか言いようがない。
「バレてしまったなら仕方ありません、本音を言いましょう。できるだけ楽して儲けてニートなグータラ生活を送りたかったからです、以上」
母親譲りの紅の瞳で、事務員を真っ直ぐに見つめながらカトレアは堂々とそう言い放った。
それを聞いた事務員は、ニッコリと笑顔を貼り付けると…………
「お引き取りください」
「でもここは就活セン…」
「帰れ」
「わかった、わかりましたから、その振り上げた棍棒を今すぐ下ろしてください!」
カトレアは逃げるように就活センターを後にした。
なんという事だ、今日も就職先が見つからなかった。
いざとなれば直ぐに冒険者として再び働くこともできるが、もうそれも嫌だ。大体どうして毎日毎日モンスターの顔を拝みに境界線近くまで出掛けなくてはならないのか。私の家からだと歩いて10分もかかるのだ。
たかが10分?いいえ、私は10分も歩いたら次の日は筋肉痛なんです。私にとっては重労働なんです。
「はあ……それもこれも全部、あの事件のせいよ」
吐き捨てるように呟いたカトレアは、そこでふと思った。そうだ。その通りじゃないか。
全てはあの事件の首謀者が悪いのだ。
あんな事件さえ起こらなければ、私はまだ働かなくても良かった。まだ両親と暮らせていた。まだ青春に身を投じていられた。
全部全部、あの事件のせいだ。
と言うことは、今私が就活で苦労しているのも奴のせいなのでは…??
『はあ……一生親の脛かじって生きていきたかった。誰か私を養ってくれる人いないかな。こう……上手いこと相手の弱みでも握っといて養わせるとか』
先程の自身の発言を思い返し、カトレアはニヤリと笑った。
「一族皆殺しは、弱味としては十分よね……」
よし決めた、養ってもらおう。
噂ではあの事件は魔王の仕業だと言われている。
私を天涯孤独にしたことを後悔するといいわ!
この際、その噂の真偽はどうでもいい!取り敢えず私を養って欲しい。
でも、さすがに手ぶらで行くのは礼儀がなっていないわよね……よし、折角だしモンスターでも刈って、それを手土産に持って行こう。
魔族のことなんてよく分からないけど、どうせご飯はモンスターの生き血とかでしょ。
カトレアは境界線付近の森にて遭遇した狼型モンスター を10匹程刈って、風呂敷のような大きな布で包むと、それを引きずりながら境界線へと歩いて行った。
「それにしても、境界線はまだ?もう歩き始めてから5分も経つのだけど……はぁ、疲れた」
長旅は疲れる。
あらかじめ備えておくとしよう。
カトレアは、長旅用のローブを羽織り、フードを深く被り、黒い手袋を両手に嵌ると再び歩みを開始した。
実のところ、境界線を跨いだ人間は歴史上ただの1人も存在しなかった。そんな境界線を堂々と跨いだカトレアに、魔王城が「ついに人類が攻めてきた!」と、かつてないほどの焦りを見せることになるなど、カトレアは知る由もなかった。
***************
本編初っ端から、主人公のキャラが爆発しております。申し訳ないです。
主人公は、ニート願望強目の世間知らずなお嬢様(チート)です。
因みに読んでの通り彼女の体力は無いに等しいです。
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