上 下
7 / 12

バケモノだなんて失礼じゃない?

しおりを挟む
 ――◆◇◆◇――

「てめえここがどこだかわかってんのか?」

 裏路地の奥に進むと、さっきまでとは少しだけ雰囲気の違うチンピラたちが出てきて、私の事を囲んだ。これは当たりかな?
 普通の令嬢であれば怯えたり虚勢を張ったりするのかもしれないけど、私にとっては丁度いい案内役でしかない。

 案内役を探すための案内役だなんて、なんだか少し不思議な感じで、笑いが零れてくる。けどこれが目的のための最短……ではないかもしれないけど、近道であることは確実で、ついでに私のストレス解消になるんだから現状では最適の方法だと言えるだろう。

 だからこんなチンピラに対する恐怖なんかよりも、私の胸の中を締めている思いがある。

 ――自由だ。

「おい。聞いてんのかよ! てめえ――は?」

 私の事を囲んでいるチンピラの内、一人が私の体に手を伸ばしてきたチンピラの腕を掴もうとしたけれど、そんなチンピラを大きな放物線を描くように投げ飛ばす。

 身体強化をすればこれくらいなんてことはない。神の加護によって強化されたわたしの身体能力を強化する魔法は、それまでとは比較にならないほど強くなっている。流石は攻撃系統の魔法を使えなくなるという代償を払っただけある力だ。まあ、こんなものいらなかったけど。
 それに、やりすぎて相手を殺したら加護が失われるかもしれないから、こちらからとどめを刺しに行くことは出来ないのが残念だ。

 でも、今はこうして相手を投げ飛ばしただけでも十分に気持ちがいい。だって、今まではこの程度の事すら体裁を考えていたせいでできなかったんだから。

 ――ああ、自由だ。

「ぜ、全員死ぬ気でぶっ殺せ! こいつただのガキじゃねえぞ!」

 仲間が投げ飛ばされたのを見ていたからか、チンピラのうちの一人が少し怯えた様子で叫び、その言葉を受けてチンピラたちは一斉に武器を構え、ほぼ同時といってもいいタイミングで襲い掛かってきた。

 この期に及んで私の見た目で油断しないところはグッド。
 仲間がやられたとはいえ、見た目だけで言えば完璧にただの美少女である貴族の子女に全員で襲い掛かるなんて、普通はやってこない。
 でもそれができているということは、危険に対する意識が高いという事。そして一人の指示に従って全員が一斉に動き出すことができるというのは、統率が取れている証拠。

 それはつまり、このチンピラたちが所属している組織の力の強さを意味している。だって、単なる素人のろくでなし集団だったら、ここまで危険に対する意識は高くないし、ここまで統率の取れた動きはできないから。

 仲間がやられたとみるや一斉に襲い掛かってきた彼らは間違いなく優秀だ。

 もっとも、その優秀さも路地裏のチンピラ集団としての優秀さでしかないけど。普通の警邏部隊や巡回騎士程度では梃子摺るかもしれないけど、私にとっては相手に手ごたえが出てきて嬉しいという感情しかない。

 ――本当に自由なんだ。

「おいおい……なんだよこの騒ぎはよぉ。ああ?」

 襲い掛かってきたチンピラたちと遊んでいると、何やら裏路地の奥から大柄の男がやって来た。その登場の仕方やタイミング、纏っている雰囲気から、この男がきっとこの辺りのまとめ役――ボスなのだろう。

 なるほど。ボスと呼ぶにふさわしいだけの人物だ。そんな人物が私の遊び相手になってくれるなんて、なんとも喜ばしい事か。

 ――私を縛るものは……

「もう何もない」

 今の自分の置かれた状況を理解した私の口からは自然とそんな言葉が漏れており、知らず知らずのうちに口元は弧を描くように歪んでいた。

「てめえ……聖女か? なんだってこんなところに……いや、なんでこんなことをしてやがんだよ……」

 あれ? この男は私が聖女だってことを知ってるみたい。まあ聖女として炊き出しに参加したこともあるし、色々と街を練り歩いたりもした。ああ、ついでに教会での式典や祭典にも参加してたっけ。まあそんな感じでそれなりにいろんなところに顔を出してたし、私の事を知っていてもおかしくはないか。

 けど、なんでこんなことをしているかって? ……えっと、そういえば楽しすぎて本来の目的を忘れてた。

「え? あー、ええっと……ああそうだったわ。この街をそろそろ離れるのだけれど、最後に観光をしていこうと思ったのよ。それで地元民しか知らないような場所を案内してくれるひとをさがしていたの」

 確か最初はそんな感じの言い訳をして裏路地に入ったんだった。こうして遊ぶのも久しぶりだからついつい遊びに熱が入りすぎて建前の目的を忘れていたけど。……あ、建前じゃなくて本来の目的だった。私が路地に入ることになった本来の理由が街の案内をしてくれる人を探すことだった。危ない危ない。そこを間違えると後で言い訳をするときに面倒なことになるかもしれないし、建前っていうのは大事にしないと。

「……そんな理由でこんなところまで来たってのか?」

 普通そんな理由で聖女がこんなところまでやってくることはないからだろうけど、裏路地のならず者たちを纏めているボスが訝しげな顔をして首をかしげているのはなんだか少しかわいらしく思えた。これがギャップ萌えというやつなんだろうか。

「ええ。裏路地の人間ほど街を知ってる人なんていないでしょう? 本当は入り口付近で子供でも捕まえて案内させようと思ったのだけれど……子供はいないわ身汚い男達が邪魔してくるわで、だったらいっそのこと奥にいる元締めに会ったほうが早いんじゃないかって思ったのよ」
「……イカレてやがんだろ」

 まあ失礼ね。私みたいな美人を捕まえてイカレてるだなんて。……なんて。まあ私も自分が普通じゃないことなんて理解しているし、今の状況が普通じゃないことも理解している。

「だが、そんな理由だってんなら、俺達が街を案内できる奴を紹介すれば――」
「ただ、それよりも、今は遊んでほしいのよね」

 こんな楽しいところで通と半端に終わらせてなるものか。やっと盛り上がってきたんだから、最後まで遊びつくさないと。
 あなたもそう思わない? そう思ったからこそ、そんなにたくさんの部下を引き連れてこんなところまでボスが出向いてくれたんでしょう?

「少し、パーティーで仲間外れにされてしまったの。だから、代わりに踊ってくれる相手になってくれないかしら」

 時間的にもそろそろ卒業パーティーが終わる時間だと思うし、ラストダンスを踊るには丁度いい。

「さあ、皆様方。存分に踊りましょう。ご安心を。わたくし、これでも聖女ですので。お疲れの方も、転んで怪我をされてしまった方も、私が全力をもって〝癒し〟て差し上げます。ただ――」

 私は聖女だ。誰が何と言おうと、私自身が求めていなかったとしても、聖女であり神様とやらの力の一端を使うことができる。
 だから、多少の怪我であれば問題なく治すことができるし、なんだったら多少でなくとも死んでさえいなければ治してみせる。
 だから私達がまんぞくするまで幾らでも戦いを続けることができる。

 ただ一つだけ問題がある。それは……

「もしかしたら少しだけ〝癒し〟過ぎてしまうかもしれませんが」

 興が乗りすぎてしまえば、神の加護で得た力をちょっと変わった感じに使いだすかもしれないが、それはご愛敬ということで。

 そう言って笑いかけると、チンピラたちはなぜだか突然体をブルりと震わせた。

 あまり日の光が入ってこない路地裏にいるからか、その雰囲気も相まってとても昼間とは思えない薄暗さとなっている。

 普段であれば不気味だ、辛気臭いと思うところなのだろうけど、頭上を覆っている板や布が日差しを遮っているが、その隙間から零れる光がまるで夜空の星のようにさえ思えるのだから気分というのは不思議だ。

 さて、パーティーをするのは夜だと相場が決まっている。だからこの薄暗さは丁度いい。今だけはここは昼ではなく夜で、裏路地のゴミ捨て場ではなく輝かしいパーティー会場。私が躍るには十分な状況だと言える。
 というか、誰も認めなかったとしても、私が認める。ここは素晴らしい遊び場だと。

「……何が聖女だ、バケモノめ」

 私の笑みに何を思ったのか、ボスの男は顔を顰めながら吐き捨てるようにそう言ってきたけど、流石にそれはひどいんじゃない?

「あら、淑女に向かってバケモノだなんて、少しマナーがなっていないんじゃないかしら?」
「生憎、こちとらマナーなんざ習うような生き方をしてこなかったもんでな。てめえが教えてくれんのかよ」
「ええ、いいわよ。貴方がそれを望むのなら、今日だけは付き合ってあげるわ」

 まあ、教える場合は言葉でではなく、拳でだけど。暴言を吐いた分だけ叩きのめし、どちらが上なのか理解すれば言葉や態度なんてものは自然とそれらしいものになるのだ。むしろ、頭で覚えさせるよりも手っ取り早く確実で効率的な手段だと言えるだろう。

「は……マジで、なんだってこんな化け物が聖女なんてやってたんだよ。この国の奴らは全員節穴だろうがよ、クソッタレ」

 何て言い草だろうか。これでも学園では理想の女性として慕われていたというのに。王妃様からだって貴族子女の手本となれると言われたし、民衆からも聖女として愛されてきた。そんな私にクソッタレだなんて……まあ、私自身私が聖女なんてやっていることに疑問を持っていたけど。というか、疑問しかなかった。神様はなんで私なんかに目を付けて加護なんて呪いを与えたんだろう?

 もし私が聖女に相応しいと思って加護を与えたんなら神様の目は節穴だし、上っ面だけ聖女っぽく振舞っている私を褒め称えている者達も節穴だ。聖女を信仰している民衆には悪いと思うけどね。

 その点ではこの男は視る眼があると言えるかもしれない。

「仕方ないわ。神様が決めたことだもの。恨むなら、私を聖女なんてくだらないものにした神様を恨みなさい」

 頭上の隙間から漏れた光が私を照らし、それがまるでスポットライトのように感じられた。
 そんな光を満喫してから、私はカーテシーをしてその場にいたチンピラたちに微笑みかけた。

 ……あら、そんなに怯えた顔をするのは失礼じゃなくて?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい

咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。 新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。 「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」 イルザは悪びれず私に言い放った。 でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ? ※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...