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仕方ないから裏路地に行こう

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 ――◆◇◆◇――

「――今頃学園ではパーティーの最終確認でもしてるのかしら? まあ、私にはもう関係ないことなのだけれど」

 学園を離れて街に繰り出した私は軽い足取りで街を歩いているけれど、久しぶりに一人で街を歩いているからか見る者が随分新鮮に思える。

 ……そういえば、もう王子の婚約者じゃなくなったわけだし、言葉や振る舞いに気を使う必要もないんじゃない? 今は一人で行動しているんだからなおさらそう思う。

 さっきのマーサとの会話では素で話していたけど、あれは話をする相手がマーサだったから。他に親しい相手には素で話していたけど、外に出る時は常に振る舞いに気を付けていた。でももうそんなことを気にする必要はない。

 うん。だからもう戻そうかな。王子の婚約者としての振る舞いって、かたっ苦しくてストレス溜まるし。

「ん、ん、んー、あー……よし。まあ言葉遣いは良いとして……やっぱり私だけだと限界があるかな。せっかく王都に来たんだし、王都限定の地元民しか知らないような場所にいきたいところだけど……生憎と王都済みの知り合いなんていないのよねー」

 どうせ今頃王宮にあの王子のやらかしが伝わっていて、何かしらの対策が採られていることだろう。
 王家の失態を公にして問題を大きくしないようにするためにパーティーの途中で王子を連れだしたりパーティー事態を注視することはないだろうけど、終わった後には絶対に事態が動く。
 そして、その騒動には必ず我が家も関わってくる。そうなると今みたいに観光のために街に繰り出す、なんてことはできるわけなくなる。

 私としてはもう王家の問題にかかわるつもりがないから、問題解決は全部両親に押し付け――んんっ。お任せするつもりでいる。

 ただ、まるっきりお任せするということは出来ないだろう。だって王家がそれを認めるわけがないから。
 でもそれは、私が王都にいたらの話。王都から距離のある自領に戻ってしまえば、王家もそう簡単に手を出してこないはず。王都からうちの領地まではそれなりに距離があるし、婚約破棄された令嬢が自領に戻ったことの意味を理解できない程無神経でもないと思う。少なくとも王妃様に関しては私の意思を理解してくれるはず。理解してくれなかったらその時は本当に家出するのもありかも?

 まあそんなわけで明日には領地に戻るつもりだから、観光していられるのは今日しかない。
 だけど、王都に土地勘のない私では一人で見て回るのはどう考えても時間が足りない。

 だからできる事なら案内してくれる人材を確保したいところだけど……

「これは、行くしかないかな?」

 自分で分からないなら分かる人を探せばいい。私は貴族なんだし、全部を自分でやる必要はないなんてのは基本だ。
 というわけで……

「いやー、仕方ない仕方ない。これは本当に仕方ないことで、私だって進んで行きたいわけじゃないけど、そうするのが最も効率的だから仕方ない事だなーっと」

 きっと今の私はとってもいい笑みを浮かべていると思う。それくらい気分がいいんだから仕方ない。

「ふんふーん」

 軽い足取りで鼻歌を歌いながら路地に入っていく。
 普通の貴族のご令嬢なら危ない場所だろうけど、私にとっては何ら問題にはならない場所。だって、王都では初めてだけど、こういった裏路地は私にとってなじみ深い場所だから。

 まあそれはそれとして……

「――路地に入って数分としないで出会えるんだから、やっぱり効率的ねー」

 路地裏に入って悠々と進んで行ったわけだけど、数分とせずに私はその辺のチンピラに絡まれることになった。普通の令嬢ならこの段階で怯えたり叫んだり逃げ出したりするんだろうけど、私はそんなことはしない。する必要がない。それに、そもそもこういうのを求めて裏路地に入ったんだから、願ったり叶ったりだと言える。

「な、なんだあ!?」

 私を襲ってきたチンピラは私に触れることもできずに困惑しているけど、当然だ。だって今のこの男の周りには結界が張ってあるのだから。
 人間の輪郭に沿うように張られた結界のせいで男は身じろぎ一つすることができずに困惑している。

「んー……ビジュアル的に失格」

 そんな困惑している男の顔を覗き込むように一歩近づいたわけだけど、残念ね。私が求めているだけの基準を満たした相手ではなかったみたい。街を案内してもらうだけなら見た目の美醜なんて関係ないかもしれないけど、一緒に歩くことになるんだからそれなりの見た目じゃないとね。

「は?」
「もっと見た目をきれいにしてから出直してきてねー」
「ぎゃば――」

 というわけで、結界を解除して男がよろめいたところを、横っ面に新しく作った結界を叩きつけて吹き飛ばす。それだけで男は近くにあった壁に激突し、崩れ落ちた。起き上がらないけど、多分死んではいないでしょ。まあ、裏路地に入ってきたからって女を襲おうとしたバツだと思えば軽いものでしょ。

 結界にはこういう使い方がある。聖女は攻撃系の魔法を使えないけど、守りや治癒に関する魔法は超一流になれる。だから、結界も普通のものよりもはるかに強力なものを作ることができるし、それを叩きつければ普通に凶器になる。

 まあ、普通とはちょっと使い方が違うかもしれないけど、自分の身を守るためには守りの魔法だけじゃなくて攻撃手段がないとだし、これは仕方ないことだと思う。そう思え。

 そんな感じで最初のチンピラを倒してから案内役を探すためにさらに路地裏の奥へと進んで行ったんだけど……

「おい嬢ちゃん。ちょっと俺達――」
「こんなところでどうしたんだ? 迷い込んだの――」
「おらよ――」

 もう何人吹っ飛ばしたのか分からないくらい相手したけど、一人もいいのがいない。妥協してもいいと思えるラインにすら届いていないんだから、これには思わず眉を顰めてしまった。

「――ダメね。不作過ぎる。もっと奥の方に行った方が……ううん。奥の方はそれなりの勢力の縄張りになってるだろうし、入り口辺りが一番釣れると思ったんだけど……うーん」

 別に恋人を探しているわけじゃないんだし、ほどほどの見た目……せめて貴族の令嬢が表を連れ歩いていても不思議じゃない程度の身綺麗さを備えていればそれでいいんだけど、それすらいないって不作過ぎるでしょ。王都の治安はどうなってるのよ。うちの領地の裏路地はもう少しまともだったんだけど、地方よりひどいって流石に管理不行き届き過ぎじゃない?

「ここまで来たらいっそのこと奥まで行くのもありかな? 元締めを潰せば色々聞けるだろうし……うん。そうしようっと!」

 まあこれもそういう運命。神様の意思ってことよね。
 そう考えて私は更に裏路地の奥へと進んで行き、数年ぶりの〝自由〟を楽しむことにした。

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