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専属侍女、マーサ

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 ――◆◇◆◇――

「お嬢様! お待ちください!」

 卒業パーティーを追い出されて学園から出ていこうとすると、校舎を出たところで背後から一人の女性が息を切らせながらこちらに走ってきた。

「あら、マーサ。どうしたの?」

 彼女は私の専属メイドのマーサ。学園に通うのについてきてくれてありがたいし、今だって騒動を聞きつけて私を追いかけてきたのだと思うけど、今は少し会いたくなかったわね。感傷的になっているとかではなくて、彼女に会ったらすぐに家に連れ戻されることになりそうだから。

 いえ、本当ならそうするのが正しいとは分かっているんだけど、今は街に遊びに行く気分だったのよね。

「どうしたの、ではありません! 何を考えていらっしゃるのですか!?」
「なにをって、それは私ではなく向こうに言うべきじゃない? 私はむしろ被害者でしょ」

 なにを考えている、というのであればあの阿呆に言うべきでしょうよ。だって私、婚約破棄の話なんて聞いてなかったし。

「それはそうかもしれませんが……ですがどうとでもできたはずです。最後の宣誓の要求は狙っていたでしょう」

 それを言われると否定できないけど、でも丁度いい機会が来たんだからしかたないわよねえ?

「まあ、正直言うと王妃とかなりたくないし。でも王家から打診をされた以上は断ると面倒なことになるから受けてたけど、向こうから破棄されたんだからしかたないわよねえ」

 そう。仕方ない仕方ない。私が望んだことじゃないし、なんだったら最後の宣誓に関してはあの阿呆を引き留めるためだったことにすれば、私のせいじゃなくなるでしょ。

「……ご当主様に全てお話いたしますよ」
「それはもちろん。というか、私からも説明するってば。じゃないと絶対に怒られるし」
「説明したところで怒られると思いますが……」

 うん、まあ、それはそうだろうと私も思う。

「それで、これからはどうされるおつもりですか?」
「これから? そうねえ……とりあえず、久しぶりだし街に行って遊んでこようかな?」

 マーサが聞きたいことはそういうことではないと思うけど、今の私が考えていることなんてこれくらいだ。むしろ、それを考えるためにとりあえず街に繰り出して気分転換をするのだともいえるかもしれない。……まあ、完全に後付けの理由であって、久しぶりに遊びに行きたいだけだけど。

「そうではありません。今後の人生設計についてです。それから、街なんて行く前にお屋敷に戻りますよ」
「えー……久しぶりに思いっきり遊びたかったんだけど」
「なりません。貴族の令嬢が一人で街に行くなど、噂でも流れたらどうされるのですか。それもこのタイミングでとなれば、悲しみを癒すために男のところに行ったなどという話が出てくるかもしれません」

 王子にフラれた女が街に男漁りにって? 仮にも貴族の令嬢がそんなことするわけないじゃない。

「流石にそれは本の読み過ぎでしょ。それに、もしそうなったらそれはそれ。まあその時は家に迷惑がかかるだろうし……縁切りして旅に出るとか?」

 そうすれば家には迷惑かからないでしょ。今なら悲しみに暮れて家出したって言い訳をすればそれほどおかしい事でもないだろうし。
 ……うん。意外といいんじゃない? それはそれで面白そう。少なくとも、王子のお嫁さんなんてやるよりはよっぽど楽しいでしょ。

「出ません。……はあ。とりあえず、本日はこのままお屋敷に帰ります」

 えー。でも仕方ないか。……あ、ちょっといいこと思いついた。

「マーサは先に帰ってお父様たちに話を通しておいてもらえない? 私は、どうせ明日の卒業パーティーにはもうここには来られないだろうし、街は難しいかもしれないけど、せめて最後に少しだけ見てから帰りたいの」

 そう言いながらゆっくり振り返り、これまで三年間通ってきた学園の校舎を眺める。

「お嬢様……。承知いたしました。それでは、私は先に戻りご当主様へ話を通しておきます」

 よっし、上手くいった! 感慨深げに校舎を眺めていた私を見て何を思ったのか、マーサは私の言葉を受け入れてくれた。これで思う存分遊びに行ける!
 まあ、マーサは私が校舎を見回る程度で済ませると思っているかもしれないけど、それはそれ。私は街を見に行くのは難しいとは言ったけど、難しいだけで行かないとは言ってないし。勝手に勘違いしたほうが悪いでしょ。

「ええ。お願い。帰りは一人寂しく歩いて帰っていくから迎えはいらないわ」
「ですがそれでは……いえ。承知いたしました」

 ああ。これで思う存分遊びに行けると思うと、まるで羽が生えたように足取りが軽くなる。

「お嬢様」
「ん? なに?」
「この度は、ご卒業おめでとうございます」

 思ってもいなかった予想外の言葉に、私は思わず目を丸くした。
 だって、ねえ? 今の状態で私にそんなことを言ってくれるだなんて思わないじゃない。

「最後の最後できれいな思いでじゃなくなっちゃったけどね。――でも、ありがとう。マーサ」

 最後はどこかの阿呆に汚されてしまったけれど、それでもこれまでの学園生活が消えるわけじゃないし、そこに込められている辛さや楽しさも消えたわけじゃない。

 そんな思いがあるからこそ、卒業を祝えてもらえたことは素直に嬉しくって、自然と笑みを浮かべていた。
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