5 / 12
専属侍女、マーサ
しおりを挟む
――◆◇◆◇――
「お嬢様! お待ちください!」
卒業パーティーを追い出されて学園から出ていこうとすると、校舎を出たところで背後から一人の女性が息を切らせながらこちらに走ってきた。
「あら、マーサ。どうしたの?」
彼女は私の専属メイドのマーサ。学園に通うのについてきてくれてありがたいし、今だって騒動を聞きつけて私を追いかけてきたのだと思うけど、今は少し会いたくなかったわね。感傷的になっているとかではなくて、彼女に会ったらすぐに家に連れ戻されることになりそうだから。
いえ、本当ならそうするのが正しいとは分かっているんだけど、今は街に遊びに行く気分だったのよね。
「どうしたの、ではありません! 何を考えていらっしゃるのですか!?」
「なにをって、それは私ではなく向こうに言うべきじゃない? 私はむしろ被害者でしょ」
なにを考えている、というのであればあの阿呆に言うべきでしょうよ。だって私、婚約破棄の話なんて聞いてなかったし。
「それはそうかもしれませんが……ですがどうとでもできたはずです。最後の宣誓の要求は狙っていたでしょう」
それを言われると否定できないけど、でも丁度いい機会が来たんだからしかたないわよねえ?
「まあ、正直言うと王妃とかなりたくないし。でも王家から打診をされた以上は断ると面倒なことになるから受けてたけど、向こうから破棄されたんだからしかたないわよねえ」
そう。仕方ない仕方ない。私が望んだことじゃないし、なんだったら最後の宣誓に関してはあの阿呆を引き留めるためだったことにすれば、私のせいじゃなくなるでしょ。
「……ご当主様に全てお話いたしますよ」
「それはもちろん。というか、私からも説明するってば。じゃないと絶対に怒られるし」
「説明したところで怒られると思いますが……」
うん、まあ、それはそうだろうと私も思う。
「それで、これからはどうされるおつもりですか?」
「これから? そうねえ……とりあえず、久しぶりだし街に行って遊んでこようかな?」
マーサが聞きたいことはそういうことではないと思うけど、今の私が考えていることなんてこれくらいだ。むしろ、それを考えるためにとりあえず街に繰り出して気分転換をするのだともいえるかもしれない。……まあ、完全に後付けの理由であって、久しぶりに遊びに行きたいだけだけど。
「そうではありません。今後の人生設計についてです。それから、街なんて行く前にお屋敷に戻りますよ」
「えー……久しぶりに思いっきり遊びたかったんだけど」
「なりません。貴族の令嬢が一人で街に行くなど、噂でも流れたらどうされるのですか。それもこのタイミングでとなれば、悲しみを癒すために男のところに行ったなどという話が出てくるかもしれません」
王子にフラれた女が街に男漁りにって? 仮にも貴族の令嬢がそんなことするわけないじゃない。
「流石にそれは本の読み過ぎでしょ。それに、もしそうなったらそれはそれ。まあその時は家に迷惑がかかるだろうし……縁切りして旅に出るとか?」
そうすれば家には迷惑かからないでしょ。今なら悲しみに暮れて家出したって言い訳をすればそれほどおかしい事でもないだろうし。
……うん。意外といいんじゃない? それはそれで面白そう。少なくとも、王子のお嫁さんなんてやるよりはよっぽど楽しいでしょ。
「出ません。……はあ。とりあえず、本日はこのままお屋敷に帰ります」
えー。でも仕方ないか。……あ、ちょっといいこと思いついた。
「マーサは先に帰ってお父様たちに話を通しておいてもらえない? 私は、どうせ明日の卒業パーティーにはもうここには来られないだろうし、街は難しいかもしれないけど、せめて最後に少しだけ見てから帰りたいの」
そう言いながらゆっくり振り返り、これまで三年間通ってきた学園の校舎を眺める。
「お嬢様……。承知いたしました。それでは、私は先に戻りご当主様へ話を通しておきます」
よっし、上手くいった! 感慨深げに校舎を眺めていた私を見て何を思ったのか、マーサは私の言葉を受け入れてくれた。これで思う存分遊びに行ける!
まあ、マーサは私が校舎を見回る程度で済ませると思っているかもしれないけど、それはそれ。私は街を見に行くのは難しいとは言ったけど、難しいだけで行かないとは言ってないし。勝手に勘違いしたほうが悪いでしょ。
「ええ。お願い。帰りは一人寂しく歩いて帰っていくから迎えはいらないわ」
「ですがそれでは……いえ。承知いたしました」
ああ。これで思う存分遊びに行けると思うと、まるで羽が生えたように足取りが軽くなる。
「お嬢様」
「ん? なに?」
「この度は、ご卒業おめでとうございます」
思ってもいなかった予想外の言葉に、私は思わず目を丸くした。
だって、ねえ? 今の状態で私にそんなことを言ってくれるだなんて思わないじゃない。
「最後の最後できれいな思いでじゃなくなっちゃったけどね。――でも、ありがとう。マーサ」
最後はどこかの阿呆に汚されてしまったけれど、それでもこれまでの学園生活が消えるわけじゃないし、そこに込められている辛さや楽しさも消えたわけじゃない。
そんな思いがあるからこそ、卒業を祝えてもらえたことは素直に嬉しくって、自然と笑みを浮かべていた。
「お嬢様! お待ちください!」
卒業パーティーを追い出されて学園から出ていこうとすると、校舎を出たところで背後から一人の女性が息を切らせながらこちらに走ってきた。
「あら、マーサ。どうしたの?」
彼女は私の専属メイドのマーサ。学園に通うのについてきてくれてありがたいし、今だって騒動を聞きつけて私を追いかけてきたのだと思うけど、今は少し会いたくなかったわね。感傷的になっているとかではなくて、彼女に会ったらすぐに家に連れ戻されることになりそうだから。
いえ、本当ならそうするのが正しいとは分かっているんだけど、今は街に遊びに行く気分だったのよね。
「どうしたの、ではありません! 何を考えていらっしゃるのですか!?」
「なにをって、それは私ではなく向こうに言うべきじゃない? 私はむしろ被害者でしょ」
なにを考えている、というのであればあの阿呆に言うべきでしょうよ。だって私、婚約破棄の話なんて聞いてなかったし。
「それはそうかもしれませんが……ですがどうとでもできたはずです。最後の宣誓の要求は狙っていたでしょう」
それを言われると否定できないけど、でも丁度いい機会が来たんだからしかたないわよねえ?
「まあ、正直言うと王妃とかなりたくないし。でも王家から打診をされた以上は断ると面倒なことになるから受けてたけど、向こうから破棄されたんだからしかたないわよねえ」
そう。仕方ない仕方ない。私が望んだことじゃないし、なんだったら最後の宣誓に関してはあの阿呆を引き留めるためだったことにすれば、私のせいじゃなくなるでしょ。
「……ご当主様に全てお話いたしますよ」
「それはもちろん。というか、私からも説明するってば。じゃないと絶対に怒られるし」
「説明したところで怒られると思いますが……」
うん、まあ、それはそうだろうと私も思う。
「それで、これからはどうされるおつもりですか?」
「これから? そうねえ……とりあえず、久しぶりだし街に行って遊んでこようかな?」
マーサが聞きたいことはそういうことではないと思うけど、今の私が考えていることなんてこれくらいだ。むしろ、それを考えるためにとりあえず街に繰り出して気分転換をするのだともいえるかもしれない。……まあ、完全に後付けの理由であって、久しぶりに遊びに行きたいだけだけど。
「そうではありません。今後の人生設計についてです。それから、街なんて行く前にお屋敷に戻りますよ」
「えー……久しぶりに思いっきり遊びたかったんだけど」
「なりません。貴族の令嬢が一人で街に行くなど、噂でも流れたらどうされるのですか。それもこのタイミングでとなれば、悲しみを癒すために男のところに行ったなどという話が出てくるかもしれません」
王子にフラれた女が街に男漁りにって? 仮にも貴族の令嬢がそんなことするわけないじゃない。
「流石にそれは本の読み過ぎでしょ。それに、もしそうなったらそれはそれ。まあその時は家に迷惑がかかるだろうし……縁切りして旅に出るとか?」
そうすれば家には迷惑かからないでしょ。今なら悲しみに暮れて家出したって言い訳をすればそれほどおかしい事でもないだろうし。
……うん。意外といいんじゃない? それはそれで面白そう。少なくとも、王子のお嫁さんなんてやるよりはよっぽど楽しいでしょ。
「出ません。……はあ。とりあえず、本日はこのままお屋敷に帰ります」
えー。でも仕方ないか。……あ、ちょっといいこと思いついた。
「マーサは先に帰ってお父様たちに話を通しておいてもらえない? 私は、どうせ明日の卒業パーティーにはもうここには来られないだろうし、街は難しいかもしれないけど、せめて最後に少しだけ見てから帰りたいの」
そう言いながらゆっくり振り返り、これまで三年間通ってきた学園の校舎を眺める。
「お嬢様……。承知いたしました。それでは、私は先に戻りご当主様へ話を通しておきます」
よっし、上手くいった! 感慨深げに校舎を眺めていた私を見て何を思ったのか、マーサは私の言葉を受け入れてくれた。これで思う存分遊びに行ける!
まあ、マーサは私が校舎を見回る程度で済ませると思っているかもしれないけど、それはそれ。私は街を見に行くのは難しいとは言ったけど、難しいだけで行かないとは言ってないし。勝手に勘違いしたほうが悪いでしょ。
「ええ。お願い。帰りは一人寂しく歩いて帰っていくから迎えはいらないわ」
「ですがそれでは……いえ。承知いたしました」
ああ。これで思う存分遊びに行けると思うと、まるで羽が生えたように足取りが軽くなる。
「お嬢様」
「ん? なに?」
「この度は、ご卒業おめでとうございます」
思ってもいなかった予想外の言葉に、私は思わず目を丸くした。
だって、ねえ? 今の状態で私にそんなことを言ってくれるだなんて思わないじゃない。
「最後の最後できれいな思いでじゃなくなっちゃったけどね。――でも、ありがとう。マーサ」
最後はどこかの阿呆に汚されてしまったけれど、それでもこれまでの学園生活が消えるわけじゃないし、そこに込められている辛さや楽しさも消えたわけじゃない。
そんな思いがあるからこそ、卒業を祝えてもらえたことは素直に嬉しくって、自然と笑みを浮かべていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。
山外大河
ファンタジー
とある王国の」最強の聖女、アンナ・ベルナールは国王の私利私欲の為の邪魔となり王国を追放されてしまう。
そして異国の地で冒険者になったアンナだが、偶然知り合った三人の同年代の少女達は全員同じような境遇で国を追放された各国の最強の元聖女達だった。
意気投合した四人はパーティーを結成。
最強の元聖女四人による冒険者生活が今始まる。
……ついでに彼女たちを追放した各国は、全部滅びるようです。
「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった
今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。
しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。
それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。
一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。
しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。
加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。
レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。
異世界戦国時代
ニッコーゴウ
ファンタジー
何者にも屈さない。ただ真っ直ぐで間違ったことは許さない。仲間をなによりも大切にする正統派ヤンキー集団『黒南十字星』。
団長である神宮寺流星(じんぐうじりゅうせい)はとある抗争で…。
少し変わった異世界戦国時代に来てしまった彼を待ち受けていたものは…。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~
銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。
少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。
ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。
陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。
その結果――?
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる