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虐めてないけど結果的に虐めていたらしい
しおりを挟むただ、まったく覚えがないわけでもないのよね、残念なことに。
私がやったのはそっちの愛人に対する虐めではなく――王子に対する悪意。
正直王子の婚約者という立場が嫌になった私は、どうにかして婚約破棄できないかと考えたことがあった。けれど私から申し出ることは出来ないので、向こうから言いだしてくれるように誘導するため、罪に問われない程度の嫌がらせを偶然を装って王子にしていた。
例を出すなら、昼食の時なんかがそう。私達は貴族ではあるが、学園に通っている間は自室以外で使用人を利用してはならないとなっている。なので私は学食にて自身の食事を用意していたのだが、ふと転んだふりをして持っている食事を王子にぶちまけたら嫌われるんじゃないかと思い――実行した。
今になって考えてみれば何をやっているんだと我ながら呆れるが、あの時はそれがすごくいい考えのように思えたのだから不思議だ。
ただ、その考えもうまくいかなかった。なぜなら、直前まではそこにいなかったはずの人物――目の前のメアリーという女子生徒が割り込んでおり、王子にかかるはずだったものを全部受け止めていたから。
他にも、王子が夏に使う冷房用の魔石を暖房用のものに変えて渡し、間違えて用意してしまいました、って謝ろうとしたらなぜか暖房用の魔石がメアリーの手に渡っており、それが暴走して彼女の教科書を焼いたこともあった。
そういった小さい事の……小さい事? ……まあ小さい事の積み重ねでその全てが奇跡的に王子ではなく彼女に被害を及ぼすこととなった。それがきっと虐めと言われる原因となったのだと思う。
「だが! 聖女でありながら、聖女という立場を盾にして他者を傷つけるその性根。到底見逃すことは出来ん」
けれど、この二人は本当に結婚することができると思っているのかしら? 王族が結婚する相手はそれなりの地位を求められるのだけれど、男爵家では全然足りないのよね。伯爵家でもギリギリだというのに……いえ、だからこそ、なのかしらね?
本来であれば公爵家か侯爵家、あるいは辺境伯家か国外の王族なんかを迎え入れるのが通例となっていたし、実際に私が聖女となって婚約者となる前はその辺りから選ぼうとしていたはずだ。
伯爵家も、まあ無理ではないけどそれなりに力のある家じゃないと厳しいものがある。伯爵家であっても下位の力しか持っていない家では、実際のところは王族との結婚なんて不可能といっていい。
それが私という伯爵家の中でも下位の家の出身が婚約者となったことで、王族との結婚可能なラインが下がった、と判断したのかもしれない。伯爵家の中でも下位の家である私が平気なのなら、男爵家でも大丈夫だろう、と。
……阿呆ではないかしら? いえ、阿呆だったわね。だからこそこんな状況になっているわけなのだし。
しかし、周りの側近たちも止めないところを見ると、全員堕とされたのかしら? でなければお目付け役を兼ねている友人役の側近たちがこの蛮行を止めないわけがない。流石にこの状況のまずさが理解できない程愚かではないだろうし、将来この国を担う子供たちがそれほどまでに愚かだとは思いたくもない。
まあいずれにせよ、もう私には関係ないことだ。というか、関係ないことにする。だってもう私は王太子の婚約者を辞めさせられたわけだもの。
それよりも大事なのは、この後の行動ね。
「そういう訳だ。ああ、安心しろ。メアリーも神の加護を与えられた聖女なのだ。王家が聖女を有するという結果は変わらん。もっとも、メアリーが聖女でなかったとしても、私はメアリーを妻としていたがな」
「そうでしたか。それはようございました」
どこから見つけてきたのかは知らないけど、良く見つけたものね。時代に一人だけというわけではないけれど、聖女なんてそうほいほい見つかるものでもないでしょうに。
けど、代わりの生贄が既に存在しているというのであれば、それはそれでいい。私が探し出して手を回す必要がなくなったのだから。
「それでは殿下。名残惜しくはありますが、わたくしはこの辺りで辞させていただきます」
「ああ。……本当に、最後まで顔色すら変えないのだな」
「それが王妃というものですので」
というか、そのための教育を施した側であるあなたがそれを言うの? それはちょっとどうなのと思わなくもない。
「ふんっ。なら安心しろ。お前はもう王妃になることはないのだからな」
「そのようですね。ですが殿下。最後に一つだけ宣言をしていただいてもよろしいでしょうか?」
「宣言だと?」
王子は眉を顰めているけれど、私としてはこれは譲れないところだ。なにせ婚約破棄というのはこの王子が言い出したことで、多分正式なものではない。
けれど、そうなると後々今日のことはなかったことに、なんて言われて元通りになってしまう。それは嫌だ。
だから宣誓をしてもらう。そうすれば絶対に復縁してほしいなんて言われないはずだから。
「はい。わたくしはこれでも神の加護を授かっております。加護を授かった者の前での正式な宣言、約束は、違えることができません。宣言もなく婚約破棄をされたとあっては後々面倒なことになるでしょう。ですので、正式に私と婚約破棄を行い、以後私との婚姻をもとめることはない、と宣言していただきたいのです」
そこまで話すと、流石に宣誓までするのは躊躇われたのか、王子が狼狽えた様子を見せた。けれど、私としてはここで退くことは出来ない。どうしても宣誓をしてもらわなければ。
仕方ないので、度胸のない王子の背中を押すために少しだけ小バカにしたような、親が子供に向かって許しを与えるような慈愛に満ちた笑みを浮かべて、口を開く。
「いかがでしょうか? 引き返すのであれば今です。これが最後の機会となりますが……本当によろしいのですか?」
「くどい。そう言って私の事を引き留めようとしているのだろうが、そうはいかないぞ。もうこれは決まったことだ」
そんな私の言葉が気に入らなかったのだろう。知っている。なにせこれまで何年も側で過ごしてきたのだ。こう言えばプライドの高い王子のことだ。簡単に乗ってくれると分かりきっていた。
ただ、その後の行動は少しだけ予想外だった。
「聖女メアリーに誓って宣言しよう。私はルーナリアとの婚約を破棄し、以後婚姻を求めることはない」
王子は私ではなく、王子自身が連れてきた愛人……聖女へと体を向けて跪き、宣誓した。
その後顔だけで私の方を見てニヤリと笑ったけど、正直言ってどうでもいい。
私に宣誓しなかったのは当てつけだろうし、跪く必要もないのに跪いたのも同じ理由だと思うけど、むしろなんとも幼稚なことをするものだと呆れるほどだ。
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