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16章

聖都で起こっていた事

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「ああおかえり。無事に帰ってこられたみたいで安心したよ」
「……ああ。そっちは無事でよかったよ」

 聖樹の森から出発し、行きと同じ道を進んでいたが、今回は特に襲撃を受けることもなく戻ってくることができた。
 そんな俺たちを婆さんが出迎え、お互いの無事を喜び、言葉を交わす。

 だが、俺の言葉を聞いて婆さんはつまらなそうに鼻を鳴らし、話し出した。

「無事……無事ねえ。そうとも言い難いかもしれないねえ」
「……襲撃でもあったのか?」
「まあ、そんなところだよ。もっとも、あたしらじゃなくて、この街が、だけどね」
「この街が? 襲撃の話だよな?」

 俺たちが襲撃を受けることくらいは予想していた。

 俺たちが聖国に連れてきたのはおよそ千人。そして俺が聖樹に向かうのに連れて行ったのが、三百人程度。残りの七百はこっちに待機していたわけだが、それだけの人数を襲うことはないだろうと思っていた。しかし同時に、七百程度なんて数は、敵がその気ならどうとでもなる数字とも言える。
 そのため、俺たちがここを離れている間に婆さん達が襲われる可能性は十分にありえた。

 だが、実際は襲われたのは婆さんではなく、この街だという。わけがわからない。クーデターでも起こったか? あの王なら絶対にないとは言い切れない。俺たちの方に戦力が割かれている今が好機、みたいな感じで。

「そうさ。一週間くらい前かねえ? まあその辺あたりから、黒い肉の塊みたいな人型が突然現れて、街中で暴れ回ってるんだよ。まったく、なんなんだろうねえ。うちの子達も数人が怪我しちまったよ」
「黒いって……嘘だろ?」
「なんだい藪から棒に。あたしゃあそんな嘘なんてつきやしないよ」
「あ、ああ。いや、そうなんだけどそうじゃなくて……」

 だが、そんな俺の考えは違った。襲撃をしてきたのは王ではないのだという。
 そして、その黒い肉の塊とやらに、俺は遭遇している。

「それ、おそらくだけど俺たちも遭遇したんだよ」
「そりゃあ本当かい?」
「そんなことで嘘なんてつかないって」
「はっ。なんだい、あたしの真似してんのかい? ……ま、それはそれとして、その話、詳しく聞かせな」

 一度軽く笑ってから真剣な表情をした婆さんの言葉に応え、俺は道中の話をしていく。
 途中で遭遇した盗賊の事。その盗賊が変異し、裏には誰かがいる事。聖樹で出会ったエルフの事。そのエルフが守り続けてきた事。その他諸々、俺にわかる範囲でのいろんな事を話した。
 大分端折った説明だが、それでも要点くらいは理解してもらえたと思う。

「なるほどねえ。エルフ達の生まれや邪神の秘密なんてとんでもな状況も気になるところだけど、まあその話は後にするとして……薬を飲んだら化け物に、か。……で、その錬金術師がこっちに流れてきてるってことかい?」
「今の所の考えではな」
「まあそうだねえ。呪いによって引き起こされる現象であっても、薬が関係してるんだったらその可能性は高いってもんかねえ」

 あの異形化は、おそらくは呪いを薬に落とし込んだものだろうと考えている。
 何せ、以前俺たちが戦った姉王女は、婆さんのいうような『黒い肉の塊』となったのだが、ロロエルはその姿のことを邪神の力を受けた結果だと言っていた。
 そんな姉王女の姿に似ている状態になったのだから、あの賊たちは同じく邪神の力——呪いを取り込んだんだと考えられる。

 そしてその方法として使われたのが、あの薬だ。

「ただ、そうなると街中で暴れる意味がわからないよな」

 錬金術師なんてやつがこっちに来たとしても、その場合は聖国に庇護を求めるだろう。あるいは教会かもしれないが、その辺はどっちでもいい。庇護と言っても守ってもらうためではなく好きに研究をするためだろうが、関係があるのは確実だろう。

 そんな状態で、庇護してもらっている相手を傷つけるようなことをするか? するわけがない。
 仮にするんだとしても、こんな小規模な問題ではなく、一気に街を制圧できるような動いをするだろう。
 だが、実際のところはちょっと騒ぎが起きておしまいだ。正直言って、何がしたいのかわからない。

「そんなのはいくらでも考えられるもんさ。実験だったり、敵に対しての攻撃、あるいは罰だったりね。普通に事故だったり予想外の結果ってこともあり得るもんさ」

 確かに、婆さんの言うように考えとしては色々とあり得るか。

「あとは、そうさねえ……あたしらへの一手ってことも考えられるかねえ」
「俺たちへの? ……街を襲うことがか?」
「というよりも、化け物を見せつけることが、だね。化け物を見せつけることで、後で何かするとき、何かあった時、あれは魔王の仕業だ、っていうことができるだろう? まあ、その過程であたしらに被害が出る、あるいはその戦力を見せることになるってのも目的かもしれないけどね」

 あー……なんかありえそうな感じだなぁ。だって世間的に魔王って言ったら悪の親玉だし。あの呪いの化け物みたいな〝いかにも〟な悪者は魔王のせいだ、ってことにしやすいだろう。

 ただ、俺たちを悪者に仕立て上げたいのはわかるが、なんのために、ってのがわからない。

「……そもそも、あいつらの目的ってなんだ? 異変をどうにかするために仕方なく呼んだ。それが理由だけど、あくまでも表向きの話であって、どうせそれが本命ってわけでもないだろ? やっぱり俺たちを殺したいのか?」

 一応俺たちは勇者——聖国の勢力に請われて植物が枯れるという異変をどうにかするためにこっちにやってきた。
 その事自体は勇者の独断で、聖国や教会だって突然のことだったから困惑しただろう。
 だが、決まった以上はそこになんらかの意味を求めるのが政治家だ。
 実際、最初は勇者の戯言だったかもしれないが、最終的には俺たちが聖国に来ることを許可したのは聖国の奴らだし、何かしらの思惑があると考えるべきだろう。
 問題はその目的がわからないことだ。

「そうさねえ……この国の状況をまだ把握し切れてるってわけじゃあないからなんとも曖昧な憶測になるけど、最終的にはカラカスを滅ぼすことじゃないのかい?」

 カラカスを、ねえ……。まあ、その辺のことは理解はできる。カラカスなんて犯罪者の街……国は『正義の教会』にとっては排除しなくてはならないものだろう。
 加えて、排除すればそこに貯まっている財や利権を手に入れることもできる。
 だから、カラカスを消したいってのは理解できる考えだ。というか、前々からそれを狙ってるんだろうな、って考えていたし。

「そんなに財宝が欲しいもんかねえ。いや、俺だって金は欲しいけどさ。ほどほどで良くないか?」
「あんたはあんたで欲がないねえ。偉い奴ってのは、大抵が欲を満たすために行動するってのに」

 元々が一般人として生活してきた記憶があるからだろう。正直今の生活でも十分に贅沢してると思えてしまうのだ。
 それに、電子機器のない世界でどれだけ贅沢をしようと、所詮は「まあこんなもんか」程度にしかならない。生半可な贅沢では満足できないのだ。
 だから妥協するしかない。欲を追い求めたところで手に入らないと知っているんだから、今の状態は幸せだよなと。
 それにそんな理由とは別に、現状も暇つぶし以外の点では俺は幸せだと思ってる。

「ただまあ、今回ばかりはそう言った理由じゃないだろうねえ」

 婆さんはため息を吐き出しながらそんなことを言った。どうやら、俺が考える以外に聖国がカラカスを消したい理由に見当がついているようだ。

「この国はエルフを使って結界を維持している。言い換えれば、エルフという資源がいるからこそ豊かでいられる。それなのに、最近はエルフが手に入りづらくなった。となれば、その原因を取り除こうと考えるのが当然ってもんだろう?」

 ……ああ、なるほど。まあ確かに、そりゃあそうだよなとしか言えない。
 俺がエルフたちを保護していることで、方々からエルフたちが花園へと集まっている。そしてそれはこの国でもそうだったんだろう。
 本来ならロロエルのところ以外にもエルフたちがいたはずだが、そのエルフたちは安全を求めてカラカスへとやってきた。その結果、この国ではエルフたちの姿を見かけることがなくなってしまった。
 そんな綺麗にいなくなるもんかと思ったが、貴族たちが奴隷として保有していたエルフ達さえ回収していると言うんだから、ほぼ全てのエルフがこの国から消えたと考えてもいいだろう。
 エルフが住んでいるであろう森も枯れたはずだし、聖樹の森に残っていた最後のエルフも死んだ。だから、もしかしたらもうこの国には一人もエルフが残っていないかもしれない。

「それに、今じゃあ『余計な事』を知っちまってる。上が本当に邪神の力を手にしている、あるいは、呑まれてるんだとしたら、消したいと思うもんだろうね」

 さらに付け加えられた婆さんの言葉は、これまた納得できるものだった。
 俺たちが何を言ったところで、その言葉は相手にされることはないだろう。「教会の奴らは邪神の手先だ」「教会こそが異端者だ」なんて言ったところで、信じられると思うか? まず無理だろう。
 だが、大多数には信じられなくても、ごく少数は信じるかもしれないし、今後何かおかしなことが起こったらそれをきっかけに炎上するかもしれない。
 そう考えると、神樹だ邪神だって話を知ってる俺達は消したいだろうな。

 もっとも、この話は俺たちだけしか知らないので教会の奴らがそれを理由に襲ってくることはないかもしれないが、残念なことに向こうには聖女がいる。あとついでに盾男。この話を勇者と一緒に聞いていたあいつらは、その内容を教会に伝えるだろう。

 殺せば面倒なことになるかもしれないと考えて手を出さずにいたけど、やっぱり殺しておけばよかったか?
 でもそうすると邪神とか関係なしに戦争に突入しそうなんだよな。今はまだ手を出してないし、俺たちを攻撃するために必要な公にできる理由は作ってないはずだから戦争を仕掛けてくることはなく、何かしてくるにしても暗殺や小規模な襲撃、毒殺や謀略程度だろう。
 だから、今の状況の方がまだマシだと言える。気がする。
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