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15章

〝それ〟を喰え

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 突然の行動に困惑した様子を見せていたカラカスの兵達だが、それでも俺の雰囲気を感じ取ってくれたのか、すぐに警戒状態へと移し、ここまできた時よりも足早に森へと向かう。

 そんな突然の俺たちの行動に、聖国の騎士達や勇者達は混乱したようでついて来れていないが、そんなことはどうでもいい。

 車外の様子を確認した俺は再び馬車の中へと戻り、ドカリと椅子に座った。

「……くそがっ!」

 深呼吸をして気持ちを落ち着けようとしたのだが、出てきたのは息ではなくそんな言葉だった。

 急ぐのなら俺一人、あるいは数人の護衛を引き連れて走った方が早い。
 でも、そうしない。そうする意味がないと、知っているから。もう——手遅れだ。

「おい、さっきからどうしたんだ! 説明されねえとどうしようもねえぞ」

 説明を求めるカイルの声に、俺は顔を上げてその場にいる三人+うつらうつらとしているリリアとフローラを見回す。
 そして……

「……ロロエルが殺された」

 絞り出すようにそう口にした。

「はあっ!?」
「ええっ!?」
「それは……何にでしょうか?」

 リリアとフローラはまだ全力を出した際の後遺症として回復し切っていないようで、ここ数日は眠そうにしている。そのため今の話も話半分どころかほとんど頭に入っていなかったのだろう。カイル達が驚いた様子に首を傾げている。

 でも、聞かれなくてよかったとも思う。

「人だ」

 それも、一人二人ではなく、おそらくは何十という数の群れ。

「魔王様! どうされたのですか! なぜ引き返しているのですか!」

 引き返してから少しすると、窓の外からそんな声が聞こえてきた。
 俺の馬車の周囲には護衛が集まっているので近寄れなかったのだろう。すぐそばではなく離れたところからだが、それでもその声ははっきりと聞き取ることができた。

「……お前らか」

 聖女へと顔を見せることはなかったが、それでもその声を聞いただけで不快感が湧き起こり、自然と厳しい顔つきになってしまう。

「カイル。聖国の奴らが何人いたか覚えてるか?」
「いや。五百人程度だって話は聞いていたけど、それだけだな。正確なところはわからない」
「正確には、二十人の小隊が五つ集まってできた中隊が三つと、従士二百五十名の五百五十名ですが、そこに勇者達四人が加わることになります。ただし、道中での襲撃がありましたので今はそこから減っているはずです」
「今の数はわかるか?」
「そりゃあ流石に無理だろ……」

 ……まあ、そうか。そうだよな。人数がわかっていただけでも上出来って言うべきだろう。
 確認なんて、後ですればいい。



 そうして引き返した俺たちは森に着いたのだが……

「……ロロエル」

 そこには、木に寄りかかりながら血まみれで倒れているロロエルの姿があった。
 周辺には争った跡があり、森の中に開けた場所ができてしまっている。それほど激しい戦闘が起こったのだろう。
 第十位階を相手にそれほど戦えるなんて、と思ったが、敵は一人ではなく大人数だ。それならばやりようはあるのだろう。実際、やれたからこそ、こんなことになっているわけだしな。

「っか——」
「っ!?」

 周辺の調査は他の奴らに任せて、俺はしゃがんでロロエルの状態を確認しようとしたのだが、それまでは間違いなく死んでいたはずのロロエルが突然息を吹き返した。

「やあ、早い再会だね」
「生きてたのかっ! リリア——」
「無駄だよ。ほら」

 冗談を言うロロエルを無視してリリアを呼ぼうとしたが、その行動はロロエルが上げた腕を見て止まってしまった。

「これは……」
「樹木化だ。言っただろ。エルフは死に際になると自身の体を植物に変える、と」

 ロロエル自身が言ったように、その腕は植物のものへと変わっていた。
 よく見ると、傷口は赤く染まっているものの、そこから見えるはずの肉は人のものではなくなっていた。

「刺され、毒を受けて死にそうになったから、その間際で体を植物に変えたんだ。今はその変わりかけで、あとはもう、戻ることはできない」

 そう言っている間にもロロエルの体は変化していき、とうとう服では隠しきれない部分までもが茶色い樹皮に覆われ出した。

「犯人はそこに転がってる奴らと、その仲間だ。第十位階として、流石に何もせずに負けることはなかったけど、色々と終わって気を抜きすぎたかな。最初の不意打ちを喰らったのが大きかったね。やっぱり、魔法使いは一人で戦うものじゃなかったよ」

 そう言ってロロエルが視線を向けた先では、二十人程度の死体が残っている。どうやら敵はこれだけではなく、まだ他にいるようだ。

「そんなことよりも、奴らの狙いだ。奴らは聖樹を狙ってる。殺すのか奪うのかはわからない。でも、頼む。結界を張ってあるけど、そう長くは保たない」

 もう目の焦点も合っていない。俺のことなんて見えていないだろうし、こっちの声だって聞こえているのかもわからない。
 それでも、俺が聞いていると信じているんだろう。

「約束は、守れそうにないけど、できることなら、僕達の聖樹と、次の御子を、守ってあげてほし——」

 最後まで言葉を紡ぎ切ることなく、ロロエルはその体を樹へと変えた。

「——いくぞ」
「「「はっ!」」」

 俺の周囲にいたカラカスの者達が一斉に返事をし、俺達は森の奥——聖樹の元へと向かっていった。

「……くそっ! おい、さっさと結界を解除しろ!」
「術者は死んだんだから、もうすぐ解けるだろ。んな急ぐ必要はねえって」
「そうそう。わざわざここまでやって来てあんな化け物と戦わされたんだ。仲間だって見てみろよ。何人も死んだんだぞ。休憩をとりながらじゃねえとやってけねえってんだ」
「それはそうかもしれないが……」
「何そんな焦ってるのよ。少しくらい休ませてちょうだい」
「死んでないってだけで、こっちだってそれなりに怪我してんのよ」

 森の中を全速力で走っていると、限界まで強化した肉体がそんな声を拾った。

 ……ああ、間違いない。これが敵だ。

「随分と楽しそうな話をしてるんだな」

 そんな敵の前に、俺は隠れて様子を伺うなんてことをすることなく飛び出した。
 ここはもっと冷静になって、周囲を部下で囲んでから姿を見せるべきだっただろう。
 そうわかっていても、足が止められなかった。やっぱり、俺は王様としてはまだまだ未熟だ。感情を制御し切ることができないなんて、未熟としか言いようがない。

 だが、そんな俺を補助するかのように、部下達は静かに敵を囲むように動いている。ありがたいことだ。

「ヴェスナー様。全員、聖国の騎士、あるいは従士としてついて来た者です」

 目の前には五人の男女。その全員が今回俺たちについてきた騎士とへ別の格好をしているが、俺の後に続いて出てきたソフィアが敵の姿を確認するなりそう口にした。

「確かか?」
「『従者』のスキルには《記録》と言うスキルがあります。スキルの発動中に見たものを頭の中に保存しておくものですが、はじめに顔合わせをした際に全員の顔を記録しておきました」
「そうか。……そうかぁ」

 ソフィアがここまで断言するんだ。まず間違いない。
 でも、それはつまり、こいつらがここにいるのは……

「そうか。まあ、そうだよな。ああ。だってこんなところに人が来るわけないもんな。それもこのタイミングでだ。誰か別の奴らが来たって考えるより、『俺が連れてきた奴ら』がやったって考えるのが自然だよな」

 そう。俺が連れてきてしまったからこそ、こんな奴らが好き勝手やることになったのだ。

「お、俺達はたまたま取り残されただけで——」

 なんだか耳障りな音を吐き出す輩がいたが、ちょうどいい。お前を〝使って〟やろう。

「——寄生樹」

 《保存》の中から寄生樹の種を取り出し、口を開いた男に向かって放つ。

「〝それ〟を喰え」

 頭部に放たれた寄生樹の種は瞬く間に成長していき、頭部から根を生やし蔓を伸ばし、小さな赤い花を咲かせた。

「うっ……!」
「な、何をしている!」

 そばで見ていた勇者達が何か言っている。俺の手の内を見られることになるが、今はそんなことはどうでもいい。

「どうだ、わかるか?」
「ア……アア……」
「名前を言ってみろ」
「メ……マ……マーカス」

 成功だな。
 この寄生樹は、今までのものとは少し違う。俺が改良を施した新種の寄生樹で、乗っ取った生物の記憶を読み取ることができる。
 しかも、頭を乗っ取っただけで体の機能は人間のままなので、侵蝕が進んでいけばそのうちスキルも使えるようになる優れものだ。
 できることならこれを巨人の時に使えれば良かったんだが……まあ、言っても仕方ない。今はこいつらを使うことができるだけでも十分だな。

 まだ言葉ははっきりしていないが、肉体の操作に慣れればそのうちちゃんと話すことができるようになるだろう。
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