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15章

森に到着

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 具合悪そうにしていたリリアたちエルフやフローラを適度に休ませながら進むこと数日。俺たちはようやく聖樹が存在している……存在していたとされる森へとやってきた。

 そう、〝森〟だ。ここまで来る道中では木なんて生えていない状態だったのに、ここにきて視界一面に広がる緑が現れた。
 聖都でもそうだったが、ここもどう考えても異常だ。
 もっとも、こっちは成れの果てとはいえ聖樹が存在しているんだから緑があってもおかしくないといえばおかしくない。少なくとも、聖都よりは理解できる。実際、俺達も森があると思って進んでた訳だしな。

 でも、この状況での森ってのはやっぱり異常だし、結界ではないかもしれないが、もしかしたら同じような効果の何かが存在しているかもしれないな。

 そんなことを考えながら馬車の窓から森を見ていると、馬車列は止まり、兵達やエルフ達が行動し始めた。
 ここにくるにあたって、徐々に呪いが酷くなったのかエルフ達は結構へばっていたけど、俺が手をかけてやることで回復させることができたのでなんとかなった。
 まあ、その回復方法に問題があった気もするけど。

 エルフ達を回復させる方法としては《浄化》を施したり、俺なんかだと《生長》を施したりしていたのだが、なぜかそれらの真っ当な方法よりも《潅水》をした方が効率が良かったのだ。

 理由はわからないが、そうであるのならばとエルフ達に水をかけていたのだが、翌日から毎朝、起きると俺達の馬車の前にエルフの列ができているのは異様な光景だった。しかも、それが頭から水をぶっかけられるためだって言うんだから、話を聞いているだけでは訳がわからないだろう。俺もわけが分からない。

 他にも『農家』を持っているソフィアもいたけど、なんでか知らないがそっちは普通に気分が良くなるだけで、多少の回復効果はあったけど俺ほど元気に回復させることができるわけではなかった。むしろ、ソフィアの場合は《浄化》を使った方が効率がいい。
 その違いはなんだと言ったら分からないが、まあ多分位階の違いなんじゃないかと思ってる。あとはフローラの力。そのどっちか、或いは両方だろうな。というか、それくらいしか違いなんてないし。

「ここが、聖樹のあった場所、か」

 流石に森の中には何百人もの隊列が進めるような道なんて存在していないため、森の前でいったん停止することとなったわけだが、兵達が簡素ながら陣地を作っているのを横目に俺は馬車から降り、目の前に広がっている森を観察し始めた。

 どこか進めそうなところはないかと思ったのだが、結果は残念ながらって感じだ。
 もしかしたら昔は道も存在していたのかもしれないが、数百、数千年前のことだろうし残ってるわけがなかった。

 そして、肝心の聖樹に関してだが、まだその姿を見ることはできない。けどそれは当たり前だな。何せ、花園にあるフローラの本体とは違って、ここの聖樹は切り倒されているんだから。こんな鬱蒼とした森の中では見えるわけがない。

 だが、切り倒され、姿こそ見えないものの、ここの聖樹はどうやらまだ生きているのだということがわかった。聖樹から流れてくる力、とでもいうものが感じられるのだ。

 それは聖樹の力ではなく呪いなんじゃないかとも思ったが、どうにもそんな感じではない。もちろん全く呪いの力が感じられないってわけでもないんだけど、それよりも聖樹の力の方が大きい気がする。

「まだまだ端っこだけどね~。まあ歩いてればそのうち着くでしょ」

 最後に馬車から降りてきたリリアが伸びをして体をほぐしながら気楽そうに言っているが、これから歩くのか。めんどくさい……。

「これより先は詳細な場所は不明なのですが、どうされますか?」

 そんな声がかけられたので振り返ると、俺たちと同じように馬車から降りてきた聖女一行……ではなく勇者一行がこちらへとやってきていた。

 案内役としてきたのに、その案内ができないなんて役立たずすぎるが、もうずっとここには近寄っていなかったみたいだし仕方ないだろう。何せその伝承すら忘れられるほど長い時間だ。

 仮に情報が残っていたとしても、それが正しいものだという保証はない。それだけの時間がたてば地形の十や二十は変わっているだろうからな。

「場所はこっちでわかる」

 でも、問題ない。ここにいても聖樹の力を感じ取ることができるのだ。もっと近づいていけば、正確にどこにあるのかを把握することはできるだろう。そうでなくてもリリアやフローラがいるんだ。特にフローラは同族である聖樹なんだし、多少隠されてたり力が弱まっていたりしたところでわかるはずだ。



「——ううっ……一段とひっどいわねぇ」
「俺でもわかるくらいだからな。……フローラは大丈夫か?」
「うー……おんぶー」
「はいよ。悪いな、こんなところに付き合ってもらって。もうちょっと我慢してくれ」

 そうして俺達は聖樹のある森の中へと入って行ったのだが、森の入り口ではそこまででもなかった呪いも、ここまで進んでくるとつい表情を顰めてしまうくらいには感じることができた。
 俺でさえこれなんだから、フローラやリリア達エルフはもっとひどい感覚がしていることだろう。

「……私にもわかりました。この森の空気はおかしいです」
「ソフィアもか。カイルとベルはどうだ?」
「全然だな。動物や虫の状態って意味じゃおかしいのは理解できるが、変な力を感じたりはしない」
「私もです。ただ、『従者』のスキルによって主人であるヴェスナー様の体調が悪くなっているのは理解できます」

 だが、そんな呪いの力だが、俺たちみたいな者以外には何も感じ取れていないようで、ソフィア達は平然としながら歩いている。

「そうか。でも、何かわかったらすぐに教えてくれ。警戒は……まあ言うまでもないだろうが……」
「ああ、わかってる」

 軽く話してから再び集中し、森の中を進み出す。

「なんだ、これ……」
「ユウキ? どうしたのですか? まさか、エルフ達と同じ……?」
「だが、我々は何も感じていないぞ」
「あれじゃない? ほら、勇者だからー、とか? 神様の力があって私たちとは違うんだから、呪いを感じ取ることができてもおかしくない……かも?」

 だがどうやら異変があったのは俺たちだけではないようで、後ろを進んでいた勇者も何か体調悪そうにしているような声が聞こえてきた。

 俺たちよりも感じ取るのが遅かったことから、異変を感じ取る力が弱いだろうと考えられる。なので、体調が悪いって言ってもそれほど深刻にはならないだろう。まあ、なったところでどうでもいいけど。

 でも、こいつには植物に関係するような能力や性質なんてなかったはずだ。それなのに感じ取ることができるってのは……やっぱり神様関係か? 或いは、勇者にだけ反応する何かがある?

 その辺はわからないが、今のところ何も分かっていないし無視でいいだろう。仮に倒れるほどひどくなることがあったとしても、その時には俺たちが先に倒れてるだろうから、勇者に関してはそのことについて考える必要はないだろう。

「流石に、この空気は俺でも異常だってわかるぞ」
「わたしもです」

 勇者が異変を感じてからもしばらく進んでいたのだが、どうやら俺やエルフ達、そして勇者以外にも異変を感じ取るものが増えてきたようだ。
 しかも、それだけではなく歪に曲がりくねった植物や、やけに毒々しい色をした植物が進行方向の奥に見え始めた。

 流石にこれはおかしいぞ、ということで、状況の判断と今後の相談をするために一度足を止めることにしたのだが……

「何よこれ……」
「どうしたんだ?」

 リリアが愕然とした声を溢しながら、ゆっくりと歩き出し、近くにあった普通の木に手を伸ばした。

「……これ、みんなエルフよ」
「……はあ?」

 リリアがそう言ってきたので俺は辺りを見回すが、周囲にはなんの変哲もない樹と、植物しかない。
 それ以外は視線の先に歪んだ植物達があるが、リリアが触れたのはそういったものではなく普通の樹だ。
 それが元はエルフだったと言われてもすぐには信じられない。

「これって……この樹のことか?」
「そうよ」
「なんだってそんなこと……いや、待て。まさかこいつらも……」

 思わず問いかけてしまったが、よくよく考えてみれば、俺はこの現象を知っている。

 そうだ。俺がこの現象について既に知っていたのだった。

 エルフは死に際になると、自身の体を植物へと変えて自然に還るというが、あくまでも〝死に際〟だ。本当に死んでいるわけじゃない。本当に死んでいるんだったら、そもそも体を植物に変えたところで枯れ木ができるだけだからな。それでは普通に死ぬのと変わらない。
 だから、エルフは体を植物に変えたとしても、まだ生きているのだ。

 そして、もしそれを意図的に引き起こせるんだとしたら?
 もし人の手でエルフを植物に変化させることができるんだとしたら?

 植物になったとしてもまだ生きているエルフ達は、生物がそうであるようにエネルギーを生み出し続けているだろう。

 手足がないから勝手にどこかへ逃げたりもしない。
 口がないから余計なことを言われる心配もない。
 植物なんてそこら変にあってもおかしくないから、見られたところで誰も不思議に思わない。

 エルフは、植物に変えられている。自分の意思ではなく、エルフ達の集団としての意見でもない。人間の手で、強引に。

 そんな状態が、あの聖都だ。あそこではエルフを樹に変えてそれになんらかの処置を施して結界の一部としている。

 情報としては知っていたし、見たこともあった。
 だが、それはあくまでも遠目からだ。これほど間近で見つめる機会があったわけでもなく、人が植物に変えられたなんて発想も意識の奥の方へと仕舞われていたためにすぐには気づけなかったが、思い返してみればどうしてすぐに思い出せなかったのかと思うほどだ。

「何よその反応。……ねえ、どっかで見たわけ?」

 そんな俺の反応を見ていたのだろう。リリアがまっすぐこちらを見つめながら問いかけてきた。
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