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15章

賊の処理

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「坊ちゃん」
「……良いかげんその呼び方やめねえか? せめて街の外ではなんか変えろよ」

 なんて勇者と無駄話をしていると、部下の一人が声をかけてきたんだが、その呼び方はいい加減どうにかならないだろうか?
 いくら親父の館で働いていた顔見知りとはいえ、せめて街の外ではもう少し威厳的なものを気にしてほしい。

「つっても、俺たちにとっちゃ坊ちゃんですんで。これが結婚でもすりゃあ坊ちゃんなんて呼べねえんですけど……」

 結婚すれば確かに『坊ちゃん』ではないな。でもその場合は『旦那様』か? なんか、それはそれで嫌だなぁ。

「せめて、この旅の間はもう少しかっこのつく呼び方にしてくれ」
「んじゃあ魔王様」

 俺は王様なんだから普通に『国王様』とか『陛下』でいいと思うんだが、まあ坊ちゃんよりはマシか。
 尚、言葉遣いは気にしない。気にしたところで、全員に徹底させることができる訳じゃないし、そんなところで気を遣って縛り付けても、反発されると嫌だからな。

「もうそれでいいよ。で、なんだ?」
「敵の頭と数名を捕獲しましたぜ」

 戦いが終わったことの報告かと思ったのだが、どうやらその先の話だったようで、俺は勇者から視線を外すと、知らせに来た部下へ真っ直ぐ向き合うことにした。

「……頭? 俺達が戦った奴は違うのか?」

 なんかすっごい威張った様子だったし、いかにも自分がリーダーだ的な雰囲気で道具を使ったりして叫んだりしてたからあいつが敵の頭だと思ったんだけど……違ったのか?

「へえ。どうもあれは部隊長だったみてえでして……もっと言うなら特攻隊長って感じのやつでした」
「特攻隊ねぇ……まあ、あんな薬を持たされるくらいだし、実際に使ったんだからそれくらいの覚悟はあったのか」

 賊の集まりに『特攻隊』だなんて大仰な名前だとは思うけど、実際に行動としては間違ってはいない。俺たちを殺すために訳のわからない薬を飲んでまで命がけで襲いかかってきたんだ。あれはまさしく特攻と呼んでもいいものだろう。

「まあいい。それで? その頭ってのはどこだ?」
「こちらです」

 そうして俺は部下の案内に従って、捕らえた敵の頭とやらの元へと歩き出した。
 だが、なんでか知らないが、俺が歩いて少しすると、呼んでもいないのに勇者が俺たちの後をついて歩き始めた。
 ……あれだけ言い争った後だってのに、意外と面の皮が厚いよな、こいつ。

「た、頼む! 見逃してくれ! 俺が悪かった!」

 部下の案内に従ってやってきた場所には、いかにもな悪人づらをした男と、他にも十人程度の浮浪者が捕らえられていた。

 そんな男達は、俺の姿を見るなりすぐに頭を地面に擦り付けて助命を乞うてきた。
 おそらくは俺が部下に案内されてきたのと、俺の格好から判断したんだろう。
 その判断自体は間違っていないし、この状況では生き残るための最善だと言えるだろう。

 だが、そんな言葉が通用するわけないだろうに。
 カラカスの流儀でいえば往生際が悪いのは美点だと言えるが、こいつの場合はみっともなさすぎる。

「お、俺達は唆されたんだ! ここを通るやつは金持ちで、大量の食いもんを持ってるからって。生きたいんだったらそいつらを襲えばしばらくは食いもんに困んねえって教えられて……!」

 例の特攻隊長とやらの言葉で協力者がいるってのは分かっていたが、こうも堂々と話してくれるとはな。
 こいつらにとっては、その協力者ってのはそれほど大事な存在ってわけでもないんだろう。
 利害関係……ですらなく、ただちょうど利用できそうだったから使ってやってただけ。それは協力者側からしても同じようなものだろうけど、そういう薄い関係だろう。

「一ついいか? あの薬はどうしたんだ? お前らが作ったわけじゃないだろ?」
「薬……あ、ああ。あれか。あれも貰ったんだ。俺たちを唆してきた奴がいざとなったらこれを使えば敵を皆殺しにできるって……でもあんなバケモンになるだなんて聞いてなかった! なあ、わかるだろ? 俺たちは騙されたんだ!」

 まあわかってはいたけど、やっぱり推定錬金術師と思われる輩はこいつらの仲間ではなかったか。お互いに利用しあってるような関係だけど、どっちかっていうとこいつらが利用されただけな感じがするな。実際そうなんだろうけど。

「騙された、ね……。じゃあ協力者の名前を言えるよな? 仲間じゃないんだろ?」
「それは……あいつはザヴィート王国所属の錬金術師で、名前はアルクっつってた」
「ザヴィート? 本当にそう言ったのか?」
「あ、ああ。部下にスキルを使わせたが、嘘はついちゃいなかった」

 ザヴィートが俺たちに敵対したってことになるが、それはおかしい。あそこのトップは俺の……身内? みたいなものだし、敵対するとは思えない。
 まあ政争が起こってる可能性も考えられるし、現王の反対派が絶対にいないとは言い切れない。

 だがそもそも、ザヴィートの者がこの国での俺たちの予定を正確に知っていたってのはおかしい。

 後ろを振り返ってソフィア達のことを見てみるが、全員が首を横に振っている。
 多分、みんな同じような考えだろう。

 スキルで嘘を確認した、と言っているが、そんなのは誤魔化しようがいくらでもある。本人の認識を歪めるとか、嘘をつかないように言葉選びをするとかな。

 ……いや、そういえば錬金術師で思い出したけど、ザヴィートに錬金術師いたんだったな。〝いた〟であってもういないけど。
 ザヴィートに所属していた第十位階の錬金術師。前の巨人に襲われた時に死んだと思われていたが、それが生きていてこっちに逃げてきたんだと考えれば、話は通るか。ザヴィート所属だってのも、本人がまだそう思ってるんだったら嘘ではないし、『(元)ザヴィート所属』って意味で言ったんだったらそれも嘘ではない。
 だからまあ、そいつがこっちに来て俺たちの敵に回ったと考えるべきか。

「ちなみにそいつがお前達に協力した理由は聞いてるか?」
「あ、ああ。なんでも、カラカスの連中を追い落とすためにとか言ってたな。今回のがそれに必要なんだとかで……。俺たちも食いものが欲しかったし、戦力が増えるんだってんならできるだろうって……くそっ……」

 ……それだと、言葉の意味はどうとでもとれるな。本当にザヴィートの者かもしれないし、聖国の者かもしれない。
 まあその答えだってスキルを回避した上での嘘かもしれないからまるっきり信じるわけにはいかないんだからどっちでも大差ないといえばそうなんだけど。

「な、なあ。知ってることは話しただろ? だから……」

 まあ、考えるのは後でいいか。今はこいつをどうするのかについてだな。

「薬の件はいいとしよう。……でも、俺たちを襲ってきたのは事実だろ? それは騙されたわけじゃなく、お前達の意思だったはずだ」

 まだ俺たちを襲わせたのがどこの誰なのか正確にはわかっていないが、それはこいつらを残していたところでわからないだろう。わかったとしても関係ない。こいつらが利用されたのはそうだろうが、だからと言ってこいつら自身に害意がなかったわけでもないのだから。

「そ、それは……た、頼む! 俺達はもう足を洗う! ここで許して貰えりゃあ故郷に帰って普通に暮らす! だからどうか、頼む!」

 自分達の頭が必死になって頼み込み始めたからだろう。他の奴らも同じように縛られたまま地面に頭を擦り付けて命乞いをし始めた。

 それは哀れさを誘う光景で、こいつら自身同情心を買おうとしているんだろう。こんな大それたことをするような奴らが、本気で改心して命乞いをするわけがない。
 どうせ、ここから離れたらまた同じことをするに決まってる。

 だから、また余計なことをしないうちにさっさと処理したほうが——

「本当に、もう誰かを襲ったりしないんだな?」
「——は?」

 処理した方がいい。そう判断し、どう処理すれば一番問題がないかを考え出した瞬間、勇者が前に出て勝手に話し始めた。

「あ、ああ! ああ本当だ! もう誰も襲ったりしねえ! 神に誓うさ!」

 俺からではなく突然別の人間から声をかけられたことで驚いたのだろう。或いは、本当に許してもらえるとは思っていなかったのかもしれないが、どっちにしても賊の頭は一瞬だけ驚いたように顔を上げて目を見開いたものの、すぐに視線を勇者へと向け、真っ直ぐ見つめながら話した。

「なら、行け。もう二度と罪を犯すな」
「あっ、ありがてえ!」

 勇者はそう言うと剣を抜いて縄を切り、賊達は困惑した様子を見せたがすぐに逃げるために走り出した。

「逃すとか……正気かよ。馬鹿だとは思ってたが、まさかこれほどとはな」

 突然の勇者の行動に、俺は咄嗟に動くことができなかったというのもあるが、こいつがどんな考えをして、どんな判断を下して行動を起こしたのかが気になって様子を見ていたのだが……呆れるしかない。

 今までも期待はずれではあったが、今はもう、なんというか……評価を下すこと自体が馬鹿馬鹿しく思えてくるほどだ。
 そんな俺の内心を知ってかしらずか、勇者は俺の言葉に反応して振り返ってきた。

「だが、彼はもう誰も襲わないと約束したんだ。なら、殺す必要なんてない」

 そう言った勇者の表情は真剣なもので、本気も本気、心の底からそうであると信じている様子だ。

 俺はそんな勇者の様子に呆れて大きくため息を吐き出すと、その場を見回して周囲にいた部下達へと視線を送った。
 そして——

「話にならないな——やれ」

 指示を下した。

「なっ——!?」

 俺が指示を下した瞬間、部下達は躊躇うことなく動き出し、先程逃げていった賊達を追っていった。

 賊達は逃げられると安堵したからか、必死になって逃げるのはやめたようでそれほど距離が稼げていなかった。
 そのため、俺が放った追っ手にすぐに追いつかれてしまい、全員なんの抵抗もできずに死ぬこととなった。これでよし。

「このっ!」

 これでようやくこの襲撃も終わったな、と思って一度深呼吸をしていると、突然勇者が俺に向かって手を伸ばしてきた。
 その手の形からして、俺を殴るのではなく掴もうとしている様子だったが、それは当然というべきか護衛であるカイルによって止められた。

 俺を害そうとした動きを見せたため、周囲にいた部下達は一斉に武器を抜き、勇者へと……勇者一行へと構えた。
 そんなカラカス側の動きを見たため、勇者一行である聖女と神盾もそれぞれ武器を構え、警戒した様子を見せる。
 リナ? あいつは呑気なもんだよ。一応警戒してるみたいだし、いつでも魔法を使える感じではあるが、こちらに敵対する石はないと示すためか杖は構えていない。

「なんのつもり——」
「なんで殺したんだ! もう彼らのことは許したと言っただろ!?」
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