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13章

相談からひと月後

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 いつもは悪い感じに雑然としている街だが、ここ最近は少し違っていた。
 それは母さんをこの場所に迎えるために、親父が気合を入れて改革を行なったからだ。

 だが、改革を行なったとはいえ、ここはカラカス。犯罪者の街だ。法やルール、規則規律。そういったものを設定なんてすることはないし、することもできない。もしそんなことをしようものなら、今の街のあり方を良しとしている婆さんやエドワルドが敵に回る。そうなったらこの街……いや、国は終わりだ。
 だから、親父がいじるのも自分が担当している東区だけ。それも、建物の作り替えや区画整理、孤児などの回収くらいなものだ。
 それでも大規模な計画であることに変わりはなく、ここ最近は騒がしい毎日だった。

 そんな日々も、もう終わりだ。何せ、ついに完成したんだから。

 作業を始めてから半年。街のひと区画を作り替えるにしてはかなり早いが、それもこれもスキルがあるからできることだ。重機を使うべきところを人の手でやってしまうことができ、重機よりも小回りがきいて使い勝手がいいとなれば、まあ作業も早くなるだろう。

「ようやく完成だな」

 中央にできた城の上層階から新しくなった街を見下ろし、つぶやいた。

「つっても、上っ面だけだがな。そこに住んでりゃ面はどうしようもねえろくでなしどもだ」

 横に立っている親父が言ったように、まだこの場所は見た目が変わっただけ。そこにすんでる奴らが変わったわけではないのだから、一般人が暮らしていけるような場所ではないという事実自体は変わっていない。
 今でも路地裏では死にかけてる奴がいるだろうし、殴られている奴もいるだろう。薬をヤっておかしくなってるやつも、詐欺や盗みの計画を立てている奴だっていることだろう。

 それでも、以前に比べたら格段に良くなったと言えるはずだ。少なくとも、上っ面は綺麗に見える程度には変わった。前までは普通に歩いてるだけで人死にが見えたし、それが見えなくなっただけでも十分にましだろう。

「それでも、今の東にいるのは大した奴らじゃないだろ? 本当にどうしようもない奴らは、西に行ったんだし」

 そんな良くなった場所を嫌う奴らも、当然ながらいる。
 カラカスの『犯罪者の集まり』という空気を好んで住み着いていた奴らは、街が良くなるとかそんなのはどうでもいいと考えてる。力が全て。好き勝手暮らせるんだったらなんでもいい。
 そう考えてる奴らにとっては、前の全く管理されていなかった時の方が住み心地が良かったらしい。
 だから、そういった奴らは全く手を加えていない未開発地区である西へと移動した。
 そのため、あっちは他の三区よりも危険な場所となっている。

 まあ、元々そんな傾向が強かったから、大した問題ではないといえばそうなんだけどな。前にいた西のボス——アイザックは管理なんてしてなかったし。ただ力だけで西区のボスとして立っていた。
 だから、もうボスがいなくなっているけど、言ってしまえばそれだけのこと。変わっていないといえば変わっていない。

 もっとも、それでも母さんを近づけさせるつもりはないけど。だって危ないことに変わりはないし。

「母さんが来たら、西には行かないようにいっておかないとだな」
「……だな。あそこはなんも手ぇ加えてねえから、『本来のカラカス』のままだ。むしろ、あそこに追いやられたことでもっと悪くなってっかもしんねえ」
「追いやられたって……そんなことはしてないだろ。気に入らない奴らが勝手に場所を移っただけだ」
「だが、それをどう思うかは俺たちじゃねえ。奴ら自身だ」

 それは……そうだな。他人がどう思うかなんて、そいつら次第だ。逆恨みをされることだってあるだろうし、もう少し気をつけておこう。

「しかしまあ、向こうでやることも終わったし、もうじきあそこも引き払うことになるな」

 あそこ、というのは東区にある俺たちが使っていた館のことだろう。

「引き払うっていっても、いつでも使えるようにはしておくんだろ?」
「ああ。まああそこで働いてる奴も、暮らしてるやつもいっからな。だが、今後は使うことが減るはずだ。立ち位置としては、俺の別宅ってところか?」
「なんだったら俺が住んでもいいぞ? 今のところ普段は花園の方だけど、こっちにくることもあるし、その時に泊まる場所として使えば、全く使わないってこともないだろ」

 俺としてはおかしなことを言ったつもりはなかったんだが、親父は眉を顰めてこっちを見てきた。

「はあ? バカかおめえは。この城はなんだよ」

 親父は呆れた様子で問いかけてきたが、ここがなんなのかと言ったら……

「親父と母さんの……愛の巣?」

 そう言った瞬間、親父は眉をピクリと動かしてから俺のことを睨みつけてきた。

「何バカなこと言ってんだ。ぶった斬るぞ」
「そこで〝ぶん殴る〟じゃないのがあんたらしいよ」

 俺がそう言って苦笑いしてみせると、親父はため息を吐いてから話し始めた。

「作った理由にあの人のためってのがねえ訳じゃねえが、それでもあの城はこの国の王のためにあるもんだ。その『王』がそこにすまねえでこんなところにいるなんて、何考えてんだ?」

 そう言われればそうだとしか言えない。だって、『城』って『王』の家だろ? そこで王様が暮らさないってどうなんだ、と自分でも思わなくもない。
 でも……

「んー、まあそうなんだけど、なんだか実感湧かないんだよな。あんなでかい場所に住むなんて」
「それでもあそこがお前の居場所だ」
「わかってるよ。でも、尻込みするのは仕方ねえだろ。それに、あの城呪われそうだし……」
「ああ……それはな」

 俺が続けた言葉に親父は言い淀んだが、それは仕方ないことだろう。あんな地下室を見せられてしまえば、それがいかに牢屋や尋問室だったとしても、あまり気分がいいものではない。
 普段俺があそこに行くようなことはないだろうが、それでもな……。
 製作者曰く、きちんと処理してあるから呪いや幽霊の類は問題ないとのことだが、あれがあるって思うだけで少し気が滅入る。
 まあ、実際に使う時になったら役に立つかもしれないけど。だって、誰もあんな部屋に閉じ込められていたくはないだろ?

「まあ、なんだかんだ言ったところで、そのうち花園からあれに切り替えてもらうことになるだろうよ」

 少しおかしな空気が流れたが、親父は咳払いをしてから話を戻した。

「やっぱりか?」
「あたりめえだろ。今までは城なんてなかったから問題なかったが、できたのに王が暮らさなけりゃあ意味がねえ。どうせ花園とは走れば一時間もせずに着くんだ。問題ねえだろ」
「そりゃああんたの場合だろ。俺はもっと時間がかかるぞ」
「それでも普通のやつよりは速えだろ。そんなに走んのが嫌なら、移動のための植物でも作っとけ」
「……なるほど?」
「マジで作る気かよ……」

 親父の言葉を聞いて、それはそれでアリだな、と思った俺だが、親父は呆れたような声を漏らした。

「親子二人で何話してんだい? 今後の国についてでも語ってたのかい?」

 そんなふうに俺たちが話していると、今度は婆さんが姿を見せた。

「俺たちがそんなことすると思ってんのかよ?」
「してもらわないと困るんだけどねえ。……ま、いいとこあんたのお姫様についての話だろう?」

 婆さんがそういうなり親父は顔を顰めたが、全くのハズレってこともないし、何か言ったところで逆にそのことでいじられるからだろう。何も言わずに黙っている。

「ようやく迎えに行くことができるようになった訳だけど、今の気分はどうだい? あんたらは、二人ともそれぞれ思うところがあるもんだろ?」

 どう、か。

 生まれ変わって早々に親に捨てられることになったが、それでも母親からは愛されているんだと理解できた。
 そのため、いつかは会いに行くと決めていたし、できることならば一緒に暮らしたいと思っていたし、それは再開を果たしてからもそうだった。
 そんな想いが、もうじき叶うことになる。

 早いような気も、遅いような気もする。でも……

「悪くない。というか、普通に嬉しいとは思う。……正直、まだ現実味がわかなくてはっきりしないけど」
「坊の立場からしてみればそうかもねえ。——で、あんたの方はどうなんだい?」
「……さあな」

 婆さんは俺の答えを聞くと優しげに笑い、直後に親父へと顔を向けたのだが、親父は誤魔化すだけではっきりとは口にしなかった。

「それよりも、迎えに行く時はどうする?」
「どうするも何も、親父が行くんじゃないのか?」
「そのつもりだが、おめえはどうすんだよ。それに、元とはいえ王妃を貰い受けるんだったら、それなりになんかしらの式典があるもんじゃねえか?」
「それは普通の国が相手の場合、ですね」

 親父の問いに答えたのは、エドワルドだった。これでこの国の最高権力者達は揃ったわけだが、なんでここに集まったんだろうな?

「我々の立場を考えると、彼方も公にはしたくはないでしょう。ですので、あくまでも民には秘密にして、となると思いますよ」

 まあそうなるか。俺達と手を取り合った、なんて大々的に知らせると、それはそれでつっかかってくる奴が出てくるだろう。主に聖国あたりから。あとは国民達も不安に思うかもしれないし、国のことを考えるなら、ザヴィートとしては俺たちと手を取りつつも、そのことは黙っておきたいだろうな。

 だが、親父は少し残念そうな顔をしている。

「そうか」
「なんです? 大々的にやりたかったのですか?」
「いや。俺はどうでもいいと思ってるが、あの人には窮屈な思いをさせると思ってな」

 母さんか……。確かに、せっかく再婚して幸せになるっていうのに、周りの人たちに内緒でいなきゃいけないのも、祝ってもらえないのも、悲しいことだろう。

「でしたら、こっちに来た時に精一杯祝って差し上げればよろしいのではありませんか?」

 街の完成と同時に、親父が——〝元〟東のボスが結婚するって知らせるつもりでいる。その時に、身内だけにはなるけど、盛大に祝ってあげれば母さんだって祝われていないとは思わないだろう。

「……ああ。そうだな」

 そんなエドワルドの言葉に親父は頷き、それで話はめでたし……とはならなかった。

「つきましては、その祝いの詳細について話をしたいと思っているのですが……」

 話が切れたと判断したエドワルドは、どこから取り出したのか書類の束を持ちながらとっても楽しそうに笑った。

「それが本題かい」
「その辺はあんたに任せただろ?」

 それまでのいい感じの空気をぶち壊すようなエドワルドの言葉に、婆さんも俺も呆れてしまうが、本人はなんとも思っていないようで話を続ける。

「ええ。ですが、一応は国が主導となりますので、皆さんには確認しておいてもらうべきでしょう。後で文句をつけられても困りますし」
「文句なんて言わないし、言われないように調整してるだろ?」
「当然です。ですが、だからといって確認していただかないわけにはいかないのが商売というものです。あとで理不尽ないちゃもんをつける者はどこの世にもいるものですから」

 その後は、この場でする話でもないということで近くにあった部屋の中へと入り、詳しい話をしていくこととなった。


 それから一週間後。

「——それじゃあ、また少し留守にするけど、頼んだ」
「はいよ。ゆっくりしてきな」
「しばらくはどこも行動を起こさないでしょうし、特に私達のすることもないとは思いますがね」

 そうして、俺と親父は、母さんを迎えに行くためにザヴィートの首都へと向かっていった。
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