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11章

『魔王』の在り方

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「終わったな」

 まだ日が高い中で公爵の乗っていた馬車が襲撃を受け、数百もの民衆が公爵とその護衛の騎士に刃を向けた。
 そして今、騎士も、公爵本人も、あの騒動で大事な人を亡くした民衆達の手で命を終えた。

 そんな様子を、俺とソフィア達従者の三人。それからついてきたけどやることがなくて眠ってしまっているフローラの五人で、少し離れたところから観察していた。

 だがそれも終わり、あとは王都へと戻るだけなのだが、そこでベルが問いかけてきた。

「お助けにならなくて良かったんですか? 初めからヴェスナー様が手を出していれば……」
「助けはしたさ。周りの騎士どもは邪魔をしてやった」

 種を放って隙を作ったり、足元の地面を動かして動きを止めたりして手を貸してやっていた。

 だが、それだけと言えばそれだけだ。
 騎士の動きを邪魔しただけで、殺しまではしなかった。
 手を出したにもかかわらず、なんでそんな半端なことをしたのかと言ったら、俺が終わらせたところで意味がないからだ。

「俺が最初から手を出して片付けていれば、誰も被害は出さずに勝てただろうな。でも、それに意味はあるか?」
「……」
「自分の手で終わらせなければ意味がない。誰かに助けられるだけの人生に価値なんてないよ。復讐は、自分の手でやってこそ意味がある。直接手を下せずとも、必死になって稼いだ金で依頼を出すんでもいい。それでも思いは果たせる。でも、無関係のやつが勝手にやったんだったら、その結果は虚しいものだ。思いをぶつける相手もいなくなって、ただひたすらに無念だけを抱えて生きなくちゃならないんだから」
「彼らは、満足できたでしょうか?」
「さあな。でも、少なくとも前を塞ぐ壁は取り除けたな。そこから先に進むのか、それとも留まっているのかは本人次第だけど」

「それじゃあ、そろそろ帰るぞ」

 ——◆◇◆◇——

「公爵は死んだよ」

 公爵が死んだのを見届けた翌日、王太子が俺の元へとやってきたのだが、開口一番にその事実を伝えてきた。

「そうか」

 だが、俺としては何にも関わっていないというスタンスなので、死んだと言われてもどう反応することもできない。精々がこうして短かく返事をするくらいだ。

「満足かい?」

 王太子は、普段になく俺の許可を取ることをせずに勝手に椅子に座り、険のある眼差しで俺を見つめてきた。

 まあ、そうだろうな。こいつは公爵には死んでほしくない、殺したくないってあらかじめ俺に言っておいたのに、公爵は死んだんだ。
 睨みたくもなるだろうし、恨言の一つ二つは言いたくなるだろう。

「満足って、俺がか? 別になんともってのが本音だな」

 俺が直接公爵を殺したわけじゃないし、殺したいほど憎んでいた、恨んでいたかって言われると微妙だ。
 後腐れがないようにさっさと殺したほうがいいとは思っていたが、それだけ。

「だが、これは君がやったんだろう?」
「何か証拠でもあるのか?」

 俺がやったのは、以前リリアが『聖女活動』をしているときに公爵に対する恨み節を口にしていた市民達に、公爵がいつ逃げ出すのかを教え、武器を用意してやっただけ。あとはちょっとした補助。
 たったそれだけのことで、実際に行動したのは市民達だ。

 ……こう言うと、なんか一気に魔王らしさというか、黒幕っぽさが感じられるけど、それが事実だ。

「いや。実際に殺したのは君じゃないのはわかってるし、公爵を殺した市民達はすでに捕まえてある」

 襲撃を仕掛けた市民達が捕まったのは知っている。
 どうやら、あのあと逃げ出すことはせずにその場で留まって捕まったらしい。
 それがわざとだったのか、それとも目標を失って気力がなくなったのか、それはわからない。
 だが、事実だけ見れば『裏切り者』の公爵は市民達に襲撃され死に、犯人である市民達は捕まった、となる。

「なら、なんで俺のところに来た?」
「わかっているだろう? 僕がどうしてここにきたのか。……証拠はない。けど、確信はある」

 そう言った王太子の目は、窓際でだらけた格好で座りながら本を読んでいた俺を見つめ、射竦めてきた。

 だがまあ、そうだろうな。市民達があれだけの数集まるってことは、その日にそこを通るって保証があったってことになる。
 だがそうなると、なんでそんなことを知っていたのかって話になり、それを教えられるような人物には俺が挙げられることになる。

 もちろん他にも公爵が逃げる時間と道を知っていて、市民達に知らせて動かそうとする条件に当てはまる人物はいただろう。公爵を殺して己の立場を云々、とかって理由でな。

 だがそれでも、王太子は俺の元へ来た。それは、本人が言ったように「証拠はないけど確信はある」んだろう。どんな形であれ、俺が関わってるって確信が。

 理屈ではなく、そういった勘で答えを出したのなら、言い訳なんてしたところで意味がない。だって、理屈じゃないんだから。

「……実際、アレが死のうが生きようが、どうでもいいってのは本当だ。だが、あのままだと気分良くなかったのは確かだな」

 だから、本来なら俺——『魔王』に逆らったり敵対したくないはずだろうに、それでもやってきて問いかけてきた王太子の言葉に答えることにした。

「だから殺した、かい? だが、公爵を殺さない意味は理解してもらえたと思ったんだけど、それはどうなのかな?」
「まあ、意味は理解したさ。それに頷いた覚えはないけどな」

 俺の言葉を聞いた王太子は、それまでの険しい表情をさらに険しくし、俺のことを見つめて……いや、睨んでいる。

「俺は魔王なんて名乗ってるけど、為政者じゃない。仲間の無念を押さえつけるなんてカッコ悪いこと、してられるかよ」

 それが俺の動いた理由だ。
 王太子のこいつからしてみれば、そんな理由で自分の考えをぶち壊されたのかと嘆きたくなるかもしれないが、俺からしてみればそれが一番大事なことだ。

「……彼らは、君の仲間ではなくこの国の民だったはずだけど?」
「そうだな。だが、俺たちを慕い、手を貸してくれたのは確かだ。そんな奴らが無念に泣いてたんだ。仲間ではなくとも、手を貸すに値する相手ではある。——お前と違ってな」

 あいつらは、俺達のことを手伝い、囚われていた違法奴隷のエルフを助けるのに協力してくれた。
 それは俺が仕向けたことでもあるし、リリアがいたから、先に助けた恩があるからという理由もあるだろう。
 それでも、あいつらが自分の意思で俺達に手を貸してくれた事実は変わらない。

 なら、あいつらは〝仲間〟だ。

 仲間なんて言っても、所詮はその場かぎりの一時的なものかもしれない。俺達がこの場を離れてカラカスに戻ったら切れるような縁かもしれない。

 それでも、今仲間であることに変わりはない。
 そんな仲間が泣いてたんだ。自身の力の無さを嘆き、それでも仕方のないことだなんて無理矢理感情を押し込め、自分が生きてるだけでも幸福だなんて不細工に笑う。

 そんなことを許容している〝仲間〟達も、許容しろと押し付ける世界も、そんな状況を見過ごす自分も、全部気に入らない。

 俺は犯罪者達の……この世界から捨てられた者達の王だ。

 全ての嘆きを救うわけじゃない。全ての者に手を差し伸べるわけじゃない。
 だが、どんな理由があれ、その無念を捨てさせることなんてしてはならない。

 こんな考えは、王様としては落第だろう。
 だが、それでもいいんだ。これが俺の『魔王』としての在り方だ。
 俺は〝仲間〟を見捨てない。誰を敵に回そうが構わない。
 その果てに世界中の全てが敵になるってんだったら……やってやろうじゃないか。その全てを倒して、〝仲間〟を救おう。

「……そうか」

 それから、どれだけの時間が経っただろうか。王太子は俺の言葉を聞いてから黙っていたが、徐に大きなため息を吐き出し、それだけを口にした。

 そして、数度頭を振ると、先ほどとは違って険の取れた表情でこちらを見てきた。

「——終わったことは仕方がない。他のことを考えよう」

 先ほどまでとは全く様子の違うその態度に、俺は思わず顔を顰めて口を開いた。

「俺が言うことでもないかもしれないが、随分と簡単に割り切るな」
「簡単ではないさ。だが、割り切らなかったところで何があるわけでもないし、君とそのことで揉めても意味がない。それに、あの話をした時から薄々何かあるかもしれないとは思っていたんだ」
「まあ、俺としてはそれでいいならいいけど、他のことって言うと……後は第二王子か」

 本人が言うほど簡単に割り切れるようなものでもないだろうが、まあこれで公爵の話は終わりだって言うんだったら終わりでいいんだろう。後からまぜっ返すことでもない。

 それよりも、本人が言うように他のことについて話をしたほうがいいだろう。

「最後に一度だけ、機会を与えたいと思っている」

 俺の言葉に王太子は頷いてからそう答えた。

「機会ね……。何をどうするつもりだ?」
「皆の前で決闘を行い、マーカスに巨人を倒せるだけの力を振るえる下地がないことを証明する」
「まあ、あれだけの力を使うんだったら、いかに秘術があるんだとしてもそれなりの技量は必要だよな」
「もうすでにこちらが巨人を倒したのだと民衆には広めたが、それでもまだ完全に信じきれない者もいることだろう。だから、それをここで砕く」

確かに、先に喧伝した方を信じる層ってのは一定数いるだろうし、改めてわかりやすい形で証明させるってのはアリだろうな。

ただ、それだと〝機会〟の意味がわからない。
どうせ決闘なんてさせても第二王子が負けることなんて分かりきってるんだから、どう足掻いたって第二王子が巨人を倒しえる証明なんて成功しない。つまり、第二王子が状況を立て直すための〝機会〟にはなり得ない。
というか、今の状況でこの王太子がそんなことをする意味がない。

「それはいいが……機会ってのは、なんの機会だ?」
「その決闘で負けた場合……まあまず間違いなく負けるだろうけど、その後に民を騙したことを謝罪できるのか、だよ。そこで謝ることができるようなら、まだやり直せる。その時は僕だってマーカスを庇うために動こう」

機会って、立て直すためじゃなく、民衆から赦され、罪に問われないようにするための機会か。

「九分九厘謝らないだろうけどな」
「それでも、機会があるのとないのとでは違う」

確かにそれはそうかもしれないが、それでもこの王太子の様子を見るに、こいつ自身も半ば信じていないんだろうな。

しかし、決闘か……。

「なら、それは俺がやるべきか」
「君が、か?」

俺がこんなことを言い出すなんて思っていなかったのか、王太子は怪訝そうに眉を顰めている。

「親父がやってもいいけど、それだと歳の差があるから純粋な技量の違いなんて分かりづらいだろ。負けても仕方ない。なんて思われたら意味がない」

中には親父が『黒剣』だって知ってる奴もいるかもしれないし、そうでなくても先日の技を見せた親父が戦っても、第二王子が負けても仕方ないなんて思われるかもしれない。

「だが、俺はまだ二十をすぎてないガキだし、『戦う者』らしい見た目をしていない。天職だって『農家』だ。そんなやつに負けたら、言い訳なんてできっこないだろ?」

もし『農家』な俺に『剣士』である第二王子が負けたとなったら、それは言い訳もしようのないくらいの失態だ。とてもではないが第二王子がまともに戦えるような人物であるとは思わないだろう。

やるなら徹底的にやらないとだからな。

「それは、そうかもしれないな。僕がやるつもりだったけど、僕の場合は万が一がある。僕は訓練はしているけど戦闘系の天職ではないからね」

それでも第二王子よりは強いだろうが、道具なんかを使われた場合のことを考えると、埋められる差ではあるか。

だが、俺が戦えば道具を使われようと反則をされようと、負けることはない。
だって、俺第十位階だし。非戦闘職であるとはいえ、流石に第十位階になればそれなりに戦える。一応『盗賊』もそれなりに育ててあるし。

そうして俺と第二王子マーカスの戦いは決まった。
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