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11章

わたしについてこい!

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「せ、聖女様!? どうしてこちらに?」

 本来なら俺達だけで来るはずだったのだが、俺やリリアのことを心配した住民達がまるで親衛隊かのように俺たちの周りを囲み、冒険者ギルドまでついてきた。

 そんな大勢での来訪を見たギルドの受付職員は驚きのあまり叫んだ。——が、あれは仕込みだ。
 今立ち上がって大声を出した職員は、最初からこっちの仲間。俺達が今日ここに来るとは伝えていなかったが、事前に話はいってるだろうし、多分先触れもあっただろう。だからこそ、初見でリリアのことを聖女だと見抜き、こうも見事に反応してくれた。

 当たり前だろ? これから大事な計画を行うってのに、予定通りに行動してくれるかもわからない普通の奴を計画に組み込むわけがない。

「依頼に来たわ! 内容は不当に捕まっている同胞の解放よ!」

 リリアは今回人目のあるところでの演技だからか、やる気に満ちている。
 曰く、ちゃんとした『悪』っぽい。だそうだ。
 多分、自分の演技で冒険者達を誘導して作戦を成功させる、ってのに悪者っぽさを感じたんだろう。わからなくもない。
 やっていることは違法奴隷の解放なので、どっちかっていうと正義側だと思うが、本人がそれでいいなら俺が気にすることでもないな。俺は悪だろうが正義だろうがどっちでもいいし。

「そ、それは……その件はお城の方で対処しているのでは……?」
「そうね。でも、今ひとつ信用しきれないの。もちろんフィーリアのことは信じてるわよ? 王太子の方も信じてもいいとは思うわ。でも、第二王子の方はダメね。なんだか、わたしに隠れてこそこそ動いてるみたいなの。それに、つい今さっきも襲われたばっかりよ」
「そ、それは本当ですか!? 怪我などは……」

 職員は大袈裟なくらい驚いてみせるが、演技なんてのは大袈裟な位でちょうどいいもんだ。じゃないと人の心を動かすことなんてできるはずもない。

「それは大丈夫。わたしの……そう、〝わたしの〟護衛が守ってくれたからなんともないわ!」

 俺が第二王子の騎士達を挑発してまで襲い掛からせたのは、これが理由。ああも派手に暴れてれば、隠すことも誤魔化すこともできるはずがないからな。

 ……でも、なんかリリアの言い方が気になるな。俺が自分の下についているってことがそんなに気に入ったのか? ああ?

「それに、今回の件だけじゃなくてフィーリアからも貴族の家に介入しようとすると邪魔が入るって言われているのよ。それも、第二王子派閥の家ばっかり」

 これは本当だ。俺達の仕込みではなく、本当に第二王子派閥の中には違法奴隷を所有している家が多くあった。
 もちろん第二王子の派閥以外にも中立派や、王太子派の中にもいたが、その数は第二王子派ほどではないし、王太子派の者に関しては王太子が直接手を出すのでそっちにお任せでいい。
 とにかく、今俺たちがやるのは第二王子派閥の貴族に対する攻撃だ。

「今この瞬間にも苦しんでいる仲間がいるんだったら、それは助けないとでしょ?」
「ですが、明確な悪人である証拠がなければ、いくら冒険者といえど依頼を受けるわけには……」

 ギルド職員が言い淀むが、それでもリリアの言葉は止まらない。

「なら、証拠があればいいのね?」
「えっと、それは……」
「証拠さえあれば、冒険者は犯罪者を捕らえることができるのよね? 違うの?」

 これは地球でも同じだったが、現行犯ならたとえ逮捕権を持っていない市民であっても犯人を捕まえることができる。それは相手が貴族であったとしても同じだ。
 目の前で貴族が罪を犯したのだとわかったのなら、たとえ冒険者でもスラムの人間でも、身分に関係なく捕まえて構わないことになっている。
 実際には権力財力、貴族に敵対することの危険性なんかの問題で捕まえる奴はいないだろうが、法律上は問題ないことになっている。

「え、えっと……」
「そこからの話は僕が代わろう」
「サブマスター!」

 職員がリリアの言葉に戸惑っていると、職員用通路から俺たちの協力者——ランデルが姿を見せた。

「リーリーア様、ようこそ冒険者ギルドへお越し下しました。これからのご用件は私がお伺いいたしましょう」

 そして、さもそうすることが当然かのように跪き、恭しくリリアを迎える。

「そう。なら、ギルドとして仕事をしてほしいの」
「かしこまりました。——先ほどの話ですが、冒険者は犯罪行為を行うような依頼はできません。ですが、これは何も冒険者に限った話ではないのですが、目の前で犯罪が行われた、或いは犯罪を幇助する行いが発生した場合には、介入することができます」

 普通なら、こんな話をする場合は別室に移動して話をするが、今回はそうしないでその場で話を進めていく。

「たとえば、目の前で人が襲われそうになっていた場合に割り込んだり、誘拐された仲間を助けたけれど追っ手に追われていた場合は助けることができます。もっとも、誘拐された者だと証明できれば、ですが」

 だが、続けられたランデルの言葉を聞けば、察しのいい者達はなぜこんなところでそんな話をしているのか気がついただろう。
 簡単に言えば、聞かせているのだ。今この建物内にいる全員に対して。

「なら、たまたま近くを散歩している人がいて、その人が相手の嘘を見抜くことができるスキルを持っていて、且つ誘拐されたのだと証明できた場合は、追っての討伐や誘拐犯の拠点の制圧を行なっても大丈夫、ということ?」
「そうですね。もしその場で見逃して誘拐犯に逃げられてしまえば問題となりますので、相手が真に誘拐犯、或いはその関係者であれば、制圧されても問題ありません」

 こんなことを話して、聞かせているのは、俺達が冒険者を雇いたいからだ。だからこそ、依頼の『裏』を知ってもらうためにこんな茶番を聞かせている。

 そもそもなんで冒険者なんて必要なんだ、と思うかもしれないが、考えてみれば当たり前の話だ。単純に、俺たちだけでは人数が足りない。
 城からは無関係を装うために助けは借りられないし、カラカスに増援を求めると時間がかかりすぎる。だが俺たちだけでやるには全てのところをカバーしきれない。

 そのため、最低限の部分は俺たちがやって、残りの犯人の確保や俺達が助け出したエルフが逃げるための時間稼ぎは冒険者にやってもらうことにしたのだ。

「それなら、一つ依頼をするわ。依頼内容は……えっと、街の巡回よ。最近物騒だから、街の治安維持? っていう意味で、街を巡回してほしいの。参加資格はそれなり戦える人。もしくは、嘘を見抜くことができるスキルを持ってる人。……あと、えっと、それから、目の前で犯罪が行われた場合、立ち向かう勇気のある人よ!」

 今回はフローラに助けられることもなく最後まで言い切ることができたから、自信満々な様子で最後を締めた。
 ……まあ、若干忘れかけてたし素が出てきてたし、王女様然とした姿ではなかったかもしれないが、大丈夫だろ。どうせ周りにいる奴らはリリアの本性なんてバレてるんだし。

「期日や報酬に関しては如何されますか?」
「え? えっとね、ちょっと待って……」

 一応教えたはずなんだが、そこまでは覚えてないのか、リリアは困ったような表情でこっちを見つめてきた。
 仕方ない。ここから先は俺が対応するか。

「期間は一日。明日の夜だけです。報酬は……」

 そこで一旦言葉を止めると、俺は見せびらかすようにカウンターの上に金の詰まった袋を乗せた。
 今まで重くて邪魔だとしか思わなかったが、ようやく役に立ってくれるな。

 少し乱暴に置いたことで、その袋からは中身の硬貨が溢れているが、これはわざとだ。
 こういうのってちゃんと視覚的に理解させた方が効果高いんだよな。
 目の前に現金十億円の札束を置かれて交渉するのと、ただの言葉だけで交渉するのとでは全く違う。

「参加報酬の他に、もし誰か犯罪者を捕まえることができたら、その成果報酬としてプラスで支払いましょう」

 それに加えて、ソフィアやベルも持っていた荷物から硬貨の詰まった袋をカウンターの上に置いた。
 それだけでは報酬としてはまだ足りないだろうが、俺たちが金を持っている、という事実を見せつけるには十分だ。

「かしこまりました。それでは、今の条件で依頼を登録させていただきます」

 ランデルはそう言うと右手を前に突き出し、握手を求めてきたので、俺はその手を握り返す。

「ですが、ランデル殿。その相手が仮に貴族だとして、相手が強引に有耶無耶にしてこちらを罪に問うてきたとしたら、どうします? 相手は貴族。絶対にない、とは言い切れませんよね?」

 そして、お互いに手を離してから、ふと思いついたかのように最後に必要なことを尋ね、その場にいた者達に聞かせる。

 いくら法律上は問題ないとはいって、相手は貴族だ。そんな相手を捕まえることになったら、恨まれ、報復されてもおかしくない。
 どれだけの金を積まれても、そのことを気にして依頼を受けてくれない者達は出てくるだろう。
 だからこそ、この部分ははっきりとさせておかなくちゃならない。

「その時は、私が責任者としての義務を果たしましょう」

 ランデルは、そうするのが当たり前だとでもいうかのようにキリリとした表情で告げた。
 その言葉を聞いた冒険者達の中には、感心したように感嘆を漏らす者もいるほどだ。

 実際には、王太子とは既に話がついているから問題ないってだけなんだけどな。

 そうして俺たちの話は終わり、エルフ救出のための準備は終わった。
 あとはこれでどれだけの協力者が出てくれるかだが、最低でも五十、いい感じに行けば百は集まるだろうとは思っている。
 王都全体の冒険者の数はもっと多いけど、全員が受けるわけでもないしそんなもんだろう。

 だがここでやることは終わったわけだし、城に帰って王太子とフィーリアに結果報告と明日の夜に向けての準備をしないと……

「怪我をしても大丈夫よ! わたしがみーんな治してあげるから!」

 なんて思いながら帰ろうとしたところで、リリアが先ほどまでの真面目な雰囲気をぶち壊しながら大声で告げた。

「……台無しだよ」
「ほえ? ……あっ! 今のなし! あ、や、怪我したら治してあげるんだけど、そうじゃなくって……コホン。怪我を恐れるな。わたしの依頼で怪我をしようとも、全てこのわたしが治してみせよう!」

 俺の呟きが聞こえたのか、リリアは真面目モードで行くはずだったのに今の自分の言葉はまずいことに気が付いて訂正をしたのだが……台無しだよ。

「どうっ?」
「…………台無しだよ」

 そう言うしかない。
 今のでごまかせたと思ってるんだったら、頭がお花畑すぎる。いや、そんなことはとっくに分かってたけど……。

「で、ですが、聖女様……。そんなことをしたら、いくらなんでもまずいんじゃ……」
「そ、そうです。貴方様の身に危険が及ぶこといなります!」

 そんなバカをやらかしたリリアを連れてギルドを離れようとしたのだが、その前に信者達がリリアの身を案じて声をかけてきた。

 ……こいつ、バカだけどこんなに心配されるくらいには慕われてるんだよな。

「んー。そうかも知んないんだけどね? でも、それでいいのよ。だってわたしは『悪』だもの。みんなから狙われるなんて、それ〝らしい〟でしょ?」
「あ、悪? 聖女様が、悪ですか?」

 普段から『悪』になる、なんてバカなことを言っているリリアだが、それを知らない者からしてみればリリアが『悪』だなんて言い出すのは理解できないことなんだろう。

「うん。だって、わたしはわたしだもん。権力に囚われず、誰が相手であったとしても仲間を見捨てることなく、わたしはわたし自身の道を通す。自分を押さえつけて笑顔を振り撒くだけの『正義』なんていらないし、ならない。だってそんな、正しさのために生きてるなんてつまんないでしょ? 誰から文句を言われようと、嫌われようと、わたしが満足すればそれでいいのよ」

 腰に手を当てて、笑顔を浮かべながら自慢げに話すリリア。
 その言葉に誰も口を挟むことなく聞き入っている。でも、そうだろうな。こうもはっきり自分の在り方を告げるやつなんて、そうそういない。

「自分の信念を貫く。それが本当の『悪』の生き様よ。わたしは絶対に仲間を見捨てないわ!」

 そう宣言してしまえば、それ以上誰も何も文句を言うものは出なくなった。
 代わりに、ギルド内は耳が痛くなるような歓声で溢れ、先ほど出したばかりの依頼を受ける者達が急増した。
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