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11章

王太子の演説

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「宙に浮かぶ無数の剣を見た者もいるだろう。その正体は、王家の秘術などではなく、この『黒剣』の力だ。マーカスはその功績を奪い、自身のものとして喧伝していたにすぎない」

 広場の上空を覆うほどに浮かぶ無数の剣を見上げる市民達に、王太子ははっきりと告げた。

「なぜマーカスがそのようなことをし、皆を騙そうとしたのか。それは、先の騒動の際に国王陛下が亡くなられたことで、現在の王家には王が不在となっている故だ。あの騒動で功績を上げれば、自分こそが王になれると思ったマーカスは、このような暴挙に出た」

 そして、いかにも申し訳ないと思っているような表情へと切り替え、声のトーンも僅かに落として話を続ける。

「家督争い如きで他者の功績を奪い、皆を騙そうとしたことは、同じ王家の者として恥ずかしく思う。このような恥知らずなことを身内から出してしまったことを、皆に謝罪しよう」

 うまいなあ。謝りながら責任は他人に押し付けてるよ。
 市民達は王太子の意図なんて理解している様子はなく、再びざわめきだし、次第に第二王子への疑念、批判を口にして始めた。

 だがそれは第二王子だけの話にはとどまらず、わずかながら王家そのものへの批難も混じり出した。

「だが、マーカスが皆を騙し、王になろうとしたのも理解できる。何せ、あの時私はこの街に居なかったのだから」

 だが、そんな王家への批難へと移りそうになった瞬間、王太子は話を逸らし、自分へと意識を向けさせる。

「私は皆が苦しい思いをしている中、父上に庇われ、助けを呼んでくるのだとこの街から逃げ出した。それは国内の精鋭であるアルドノフ領や、八天である神兵に助けを求めるための行動だった。実際、救援を呼ぶことは成功し、途中で雇った傭兵は巨人を倒すことができた。私が取るべき最善の行動をとれたと言えるだろう」

 実際には俺たちが勝手にここにやってきただけだし、傭兵になったのだって事実ではない。時系列だっておかしい。
 だが、裏側を知らない市民達にとって王太子の言葉は『真実』になる。

「だが、助けを呼び、危機を排除することができたのだとしても、私だけが逃げ出した事実は変わらない。国に危機が訪れても、父の命を犠牲に助けを呼びに行くことしかできない自分が情けなく、次期国王であるにもかかわらず、民を守ることができず申し訳ないと思っている」

 王太子がそう言い終えた瞬間、今日この広場において最も大きなざわめきが起こった。
 当然だ。何せ、王太子が頭を下げたのだから。

 王族。それも次期国王である王太子は、そうそう頭を下げることなんてない。それも、相手は他国の王族でもないし、それどころか貴族でもない。ただの平民だ。
 にもかかわらず頭を下げながら謝罪の言葉を口にする王太子を見て、市民達は誰もそれ以上文句を言うことができなくなった。

 頭を下げてから数秒ほど経って、王太子は頭を上げると再び言葉を紡ぎだす。

「だが、それでも私は王太子……次期国王だ。悔いはある。だが立ち止まってはいられない。あの時逃げた私を皆に受け入れてもらえるように、私はこれからこの身を国に捧げ、皆を幸福へと導くために生きよう」

 王太子は力強くそう宣言したが、市民達の反応はまばらだ。
 なんと答えて良いのかわからないような、迷っている感じがする。
 だが、そんなのは想定内なのだろう。王太子は特に戸惑うことなく話を進めていく。

「しかし、そうは言っても、皆が苦しい時にその辛さを共有することのできなかった者の言葉など、そう簡単には信じることができないだろう。故に、皆に信じてもらうための第一歩として、皆には食料を配ろう」

 そうして今度は俺の出番だ。まあ、出番といっても俺のやること自体はもう終わってるけどな。
 あらかじめ俺が用意した収穫物を荷馬車に乗せ、それを兵士たちが運んでくるだけ。

 だが、その反応は劇的だ。
 何台も連なるように姿を見せた、山盛りの食糧を乗せる馬車。それは襲撃を受け、飢えることになっていた市民達にとっては何よりも嬉しい言葉だろう。

「これは私が持つ全ての繋がりを使ってかき集めたものだ。この食料は尽きることはない。皆、もう飢えることはないのだ」

 王太子がそう宣言した瞬間、先ほどとはちがって広場中で歓声が湧き起こった。

「辛い思いをさせてすまなかった。これからもまだしばらくは辛い日々が続くだろうが、ともに乗り越え、以前よりも素晴らしい街を作ろう。そうして我々はあの程度の敵にやられるほど弱くないのだと拳を掲げよう。我々は幸せだから安心しろと、あの時亡くなった家族に、友に、そう言って笑顔を向けよう。だから、今しばらく私についてきてくれ。そして、私を見張っていてくれ。皆が幸せになれる国を作ることができているのかを」

 そして、ダメ押しとばかりに王太子がそう告げると、歓声はさらに大きくなり、今ではもう誰も王太子のことを悪く言うようなことはなかった。
 もしこの場が解散となったとしても、市民達は第二王子のことは悪く言っても、王太子のことは悪く言うようなことはないだろう。

「あんなに腰の低い態度でいいのかよ。一応王族だろ?」

 俺は茶番を終えて城へと戻る馬車に乗った王太子と共に馬車に乗り、そう問いかける。
 先ほどの演説の中で頭を下げていたが、確かにそれは国民達を黙らせるには有効だろう。

 だが、こいつは一応王族だろ。そう簡単に頭を下げても良いものなのか?

「一応も何も、正真正銘の王族なんだけどね。……でもまあ、確かにみんなを率いることのできる強い英雄は魅力的だ。けど、それは目の前に危険が迫っている時だけの話さ。一度こうして状況が落ち着いてしまえば、強いだけの英雄よりも、自分達に向かって頭を下げて謝れる英雄の方が、みんなから好かれるものだよ。少なくとも、威張りちらして自分の功績を自慢し続ける王族よりは随分好ましい存在だと思うよ」

 確かに、理不尽な対応をしているだけの偉い奴よりも、素直に謝って頭を下げる奴の方が印象はいいよな。
 謝りすぎるとそれはそれでマイナスな印象だからその辺の塩梅は大事だが、こいつがそれを間違えることはないだろう。

「……こんな裏側の顔さえ見せなければ、そうだな」
「大丈夫さ。そんな簡単なミスはするつもりはないからね」

 そうして俺達は城へと戻っていった。
 これで後は街の様子を見つつ、エルフの奴隷を助け出すための行動を始めるだけだな。
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