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八章
ボス対ボス
しおりを挟む「なんでここにいるのかって聞いてんだよ! 答えろクソッタレが!」
だが、そんな俺たちのやり取りが気に入らなかったんだろうな。アイザックは持っていた斧を地面に叩きつけて苛立ちを露わにしつつ俺に向かって叫んできた。
なんで俺がここにいるのか、ねえ。そりゃあここに来たからいるに決まってんだが、まあこいつが聞きてえのはそんな言葉じゃねえよな。
だが、なんで、というのなら俺だって聞きたいことがある。
「なんだなんだあ。おめえ、俺と戦争したかったんじゃねえのかよ。だからこんなバカみてえな話に乗ったんだろ?」
「あのクズどもは何やってやがる! 今まで手を貸してきてやったってのに何やってんだ! 攻め込むんじゃなかったのかよ!」
「いやいや、ちゃーんと奴らは攻め込んでるぜ? ただ、それが食い止められてるってだけの話だ」
奴らが攻め込んで囮となって俺をこの街から引き剥がす。そのために奴らが責めてくるって情報が俺んところに流れてきてた。
そして俺がそっちに向かってる間に自分たちが攻めるってのがこいつの計画だったんだろうな。
だが、その計画に反して俺はここにいる。それがわけがわからないんだろうが、なんてことはない。ただ俺があっちに参加しなくても問題なかったってだけだ。
「食い止めてるだと? 手下を動かした様子なんてなかったはずだ。エディもエミールも、主だったてめえの部下はこっちにいた。その上てめえがここにいるってのに誰が食い止めるってんだよ」
確かにそうだが、一人勘定に入ってない奴がいるんだよなあ、残念なことに。
「そりゃあお前、俺の息子に決まってんだろ。あれでおめえなんかよりもよっぽど強えんだからおかしかねえだろ」
「息子だと……? あのガキ……あの農家如きが俺よりも強えだと!? 舐めんのも大概にしとけクソ野郎がああ!」
ま、『農家』が軍を止めるとかどんな冗談だって感じもするからこいつの考えもわからねえでもねえ。だが事実だ。
「おせえよ」
叫びながら斧を振りかぶってこっちに突っ込んでくるアイザックだが、正直言ってあまりにも遅すぎだ。
こいつの場合、力は俺よりも上だろうが、そもそも力なんてあったところで当たらなきゃ意味がねえ。
「死ねやオラアアアア!」
俺に避けられても愚直に斧を振り回し、周囲の建物や地面を巻き込みながら俺を攻撃し続ける。
ここに来るまでも思ったが、もうちっとおとなしく戦ってくんねえか?
「クソがっ! 避けんじゃ、ねえよっ! 《乱打》!」
アイザックは避けられることに耐えきれなくなったのかスキルを使い、それによってそれまでよりも斧を振り回す速度が上がった。
だが、それだけだ。特殊な効果があるわけでもねえし、技量が上がったわけでもねえ。
つっても、一撃一撃が民家を砕くような威力だ。普通なら剣で受けたところで剣が折れてしまいになるもんだろうが……あいにくとこちとら剣の扱いに長けた『剣士』なんだ。んな力任せの攻撃なんざあ、逸らす事くらい余裕だってんだ、ボケが。
せっかくだ。あっちが先にスキルを使ってきたんだから、こっちもスキルを見せてやるとすっかね。
使うのは剣士の職を得たやつが最初に覚える第一位階のスキル。
「《斬撃》」
そうスキルの名前を口にしながら剣を横に払うだけで、アイザックの振り上げた大斧は柄の半ばから両断され、刃の部分はどっか飛んでいった。
……あれ、誰にも当たらねえよな?
まあ、多分大丈夫だろ。うちの奴らなら不意になんかが落ちてきても避けるくらいはするだろうよ。問題なんてなんもねえな。
しっかしまあ、あれだな。スキルの名前なんて久々に口にしたもんだ。普段は言わねえのに今言ったのは、まあかっこつけただけだ。スキルの名前を口にしながらの攻撃って、なんかかっこいいだろ?
そんな理由でってのはガキっぽいが、男はいつになっても子供心を忘れないもんだぜ。その方が人生が楽しいからお得だ。
まあそれはそれとして、だ。ちょうどいいから聞いてみっかね?
自分の武器を壊されたことでアイザックは攻撃の手を止めたが、その眼だけは相変わらず俺を睨んでいる。
そんなアイザックに向かって俺は口を開いた。
「んで、なんだってお前はこんなことをしたんだ? 随分と派手にやってんな。一応聞くが、あっちのはお前の手引きだろ?」
前々から俺のことを狙ってたのは分かってたし、今回だってそうだろうよ。
こいつが外の奴らと手を組んだってのは予想外だったが、花園を狙ってる奴らから先に話を持ってきたってのも分かってる。
だからまあ、ちょうどいいから一応聞いてみたけど、ぶっちゃけただの確認、答え合わせだ。
「……外の奴らは囮だ。どうにもあいつらはあの街が欲しいみてえだからな。それに合わせて俺にも動けなんて話を持ちかけてきやがった」
「それでホイホイ話に乗ったのか」
「俺だって利用されるつもりはさらさらねえよ。むしろ、俺があいつらを利用してやってんだ」
「ほーん。利用ねえ……ま、その辺は別にどうでもいいわ。興味ねえし」
集めた情報通り、予想通りの答えで新たに得るものなんてなんもねえ。期待してたわけでもねえが、あまりにも予想通りすぎてつまらねえとは思った。こんなことに面白さを求めるもんでもねえのかもしれねえけどな。
「でもま、今回動いたってこたあ、ついに俺を殺しに来たってことだろ? なんだってこんなでけえ規模で動いたのか知らねえけどよ。俺を殺してえなら俺だけを狙えばよかったんじゃねえか? 守りを剥がしてえってんなら、言ってくれりゃあ一対一の状況を作ってやったのによお」
こいつはこんな状況を作って俺からボスの座を奪おうとしたんだと思うが、んなことしなくてもいつぞやのバカみてえに果たし状なんかでいつ闘おうぜって言ってくりゃあ、その予定をつけてやったってのによ。
こいつが俺に勝ったら次の東のボスはこいつになるわけだし、こんなに街を壊すようなことをしなくたっていいと思うんだがな。
……まあ、それもこいつが俺とまともに戦って勝てる算段があるんならの話だがな?
「……はっ! てめえを殺せるなんざ、はなっから期待しちゃいねえよ。だが、てめえを殺せなくても周りは別だ。お前の立場を維持していられるだけの環境がなけりゃあ、お前は何もできねえ。ボスの座を引くしかねえんだよ!」
案の定っつーべきなのかねえ。このバカは俺を倒すつもりはなかったみてえだ。
俺を倒さず、俺の周りの奴を倒して俺の地盤をひっくり返して、そんで追い出そうとしてたらしい。
戦っても倒せねえから戦わないで追い出す。
その考え自体は、まあ間違っちゃいねえんだろうな。何も相手に勝つことだけが勝利の条件ってわけじゃねえのが世の中だ。だからアイザックのやろうとしたことも理解はできる。
だが……
「ボスの座ねえ……。そんな欲しいもんか、これ?」
正直なところこんなもんにそんな意味はねえと思ってる。
何せ苦労して築き上げた立場ってわけでもねえ。拾った赤ん坊を育てるのにちょうどいい箱があったから奪い取った。俺からしてみりゃあ東のボスなんて立ち位置はそれだけだのもんだ。
そっから適当に襲ってくる奴を返り討ちにして俺たちが住みやすいように好き勝手作り替えてきたら誰も逆らわずにボスと呼ばれるようになった。それだけだ。
だから、こいつみてえにボスの立場ってもんに執着してるやつは理解できねえ。
騎士やってた時もそうだった。貴族たちが身分やなんかを大事にしてる意味がわからなかった。
大事にするもんなんて、自分の周りにいる仲間や家族だけで十分だろうにな。
俺の大事なもんなんて、一緒に笑ってられるバカどもだけだし、そいつらと笑って暮らしていけるんだったらそれで十分だ。
まあ、俺は大事なもんは自分の手で守りゃあいいと思ってるが、世の中そんな力を持ってる奴ばっかじゃねえってのも理解してる。そういう奴らからすれば、身分ってのは大事なものを守るための盾としてちょうどいいもんなのかもしれねえな。守るための手段を守るようになったんじゃあ意味ねえと思うがな。
あるいは、こいつらにとっちゃあ身分そのものが大事なんだろうな。自分を飾る装飾品の一つみてえによ。俺には理解できねえけど。
「……その態度が気に入らねえんだよ。俺が、どんな思いでボスの座を手に入れたと思ってる。どんな思いであの時の戦いを勝ち抜いたと思ってる! それをてめえは突然現れて簡単にボスになりやがった! あんまし調子に乗ってんじゃねえよ!」
「つってもな……俺はお前じゃねえし、お前の思いなんて知らねえよ。そもそも知りたくもねえし。ボスの座だってなあ……俺ももうちっと苦労するもんだと思ってたんだぞ? それなのに、ちっとばかし剣を振ったらそれでしまいだったんだから拍子抜けもいいところだった。や、楽だったからそれはそれでよかったんだけどよ」
あん時は赤ん坊のヴェスナーがいたからな。早く安全地帯を確保しねえとってことでちいっとばかし本気を出して剣を振ったんだが、大して苦戦しなかったどころか、もうどんな感じだったか記憶にも残っちゃいねえ。あれなら騎士やってる時の方が疲れたわな。
苦労したってんなら、そりゃあ大変だったな。でもそれを俺にぶつけんなや、ガキじゃねえんだからよ。
っつか、そもそもそんな苦労したのだって俺関係ねえだろ。そんなのはお前が弱かったからってだけだろうが、まったく。
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