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3章

ヴォルク:北と南の五帝

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 ヴォルク


「——ったく、めんどくせえなぁ……」

 今回ヴェスナーんところに送られてきた決闘の挑戦状と、それを受けたことで起こったこのバカみてえなイベント。正直なところめんどくせえとしか思えねえ。何せ勝ちなんてもう決まってんだからやる意味がねえ。

「どうせあいつが勝つんだしやる必要ねえだろうに。そんなんもわかんねえとは、哀れだよなぁ」

 あいつは状況次第だが、真正面から戦えば俺でも何もできずに負けるかも知んねえ。そんだけの力を持った一種の化けもんだ。俺だって化け物だなんだとか言われたことはあるが、あいつはある意味で俺以上。
 そんなやつが、たかが第二位階に上がったばっかのガキを相手して負けるはずがねえんだよ。

 だからこのイベントに価値を見出せねえし、めんどくせえとしか思えねえんだよな……。

「おやヴォルク。久しぶりだね」
「あん……? なんだ婆さんか。今日は腰の調子は大丈夫か?」
「はんっ。舐めんじゃないよ。まだまだ年寄り扱いしないでもらいたいね」

 なんてことを考えてっと前を歩いてたやつから声をかけられた。
 声をかけてきたのは婆さんで、その両隣には二人の美女が並んでいた。

 この婆さん、見た目は上品な老婆だが、んなもんがこの街にいるわきゃねえ。いるとしたらそれはかなり上位の立場のやつで、この婆さんはそんなかでも最たる者だ。

 この街の南を治めてるボスの一人。それがこの婆さん、カルメナだ。
 南区は娼館が集まってる地区だが、この婆さん自身元は娼婦だったらしく、街が〝こんなん〟になる前までは一つの館をまとめ上げていたそうだ。
 で、この街が今の状態になる際に成り上がって娼婦たちをまとめ上げて地区の一つを分捕ったっつーやべえ婆さん。それがこのカルメナっつー女だ。

 娼婦をまとめ上げたところで街を盗るような争いで役に立つのかって疑問もあるだろうが、娼婦ってのは、何も女だけじゃねえ。男娼だっているし、護衛だっている。中にはお気に入りの娼婦のために、なんて戦うやつだっていただろうしな。
 制欲食欲睡眠欲。人間に必要な三つうち一つを抑えられちゃあ、やり方次第じゃ街の一つや二つ余裕で盗れるだろうよ。

「それで? なんだってこんなことになってんだい?」
「なんでって、そんなんあっちに聞けよ。仕掛けてきたのあいつらだぜ?」
「そんなのは知ってるよ。けど、受けなくてもよかったんじゃないのかい? あんたんところのは、ほれ、〝アレ〟だろう? 中央のはバカで愚図だけど、天職だけは一流になれる資質がある。そんなのと戦わせるなんて、甘いあんたらしくないじゃないのかい?」

 一流ねぇ……ま、『槍士』が戦闘じゃ役に立つもんだってのは認めるさ。だが、どうなんだかと思わずにゃいられねえ。
 才はあっても甘やかされた環境で育った戦士なんぞクソの役にも立たねえ。だったら『農家』の方がマシだ。
 ……ああ、この場合の農家はうちのバカのことじゃなくて普通の、ごく一般的な使い方をする普通の農家の天職を持った奴のことだ。
 うちのあれは例外だ。何を考えれば人の体に種を蒔こうだなんて考えるんだよ。ぶっちゃけイカれてるわあいつ。

「資質か……あいつらの場合はあんだけ腹が出てるわけだし脂質の方も一流みてえだけどな」
「バカ言ってんじゃないよ。あんたのことだから副職を鍛えたのかもしれないけど、天職と副職じゃあ効率が違う。同じ位階だとしても、まともに戦えば勝ち目は薄いんじゃないのかい?」
「ま、普通にやりゃあそうだろうな。だが、今回のはあいつが受けるって決めたんだ。なら、俺はそれを後押しして優しく見守ってやるだけだろ?」
「この状況で後押しするのは処刑台に送るのと同じだと思うけどねぇ」

 だが、ヴェスナーの異常さを知らねえ奴からすると、そういう判断になるだろうな。

「ま、死にそうになったら俺が全部ぶち壊せばいいだけだ。ねえと思うけどな」
「……相変わらずだけど、随分と乱暴で甘い男だね、あんたは。どうだい? うちの娘たちを貰うつもりはないかい? この二人も随分上玉だと思うんだけどねぇ」
「悪いが、ねえよ」

 これだ。これがこの婆さんの悪いところで、めんどくせえところだ。俺は誰かと結婚なんざする気はねえ。
 それはエディ達仲間が思ってる理由も、まあねえわけじゃねえが、一番の理由でもねえ。もっと違う理由がある。

 これは別に義理だてってわけでもねえんだが、ヴェスナーにとって母親ってのは『あの母親』だけだ。俺が誰かと一緒になるってことは俺の息子ってことになってるヴェスナーの母親になるわけで、そりゃあ認められなかった。父親は代わりを務める奴がいたとしても構わないんだろうが、母親だけは変えちゃいけねえ。
 あの時、あの二人を見てた俺はその考えを変える気にはなれなかった。

「そうかい。もったいないことだね」

 俺の返事は毎回同じだからだろうな。婆さんは呆れたように息を吐きながらも歩き出した。

「まあ俺だって婆さんとこの奴らはいい女だとは思うぞ。俺みてえなやつじゃなくてもっといいやつんところに行かせろよ」
「カカッ。この街であんた以上にいい男なんて片手で数えられる程度にすらいやしないだろうに」
「バカ言え。俺はただ剣が強えってだけだ。それ以外は単なるおっさんだってんだ」
「あんたがただのおっさんなら、他の奴らはウジムシかなんかかい? まあ、それもあながち間違っちゃいないとは思うけどね」

 そんな感じで俺たちは適当に話しながら通路を進んでいったんだが、目的の部屋の前に誰かが突っ立ってた。

「お久しぶりです。カルメナさん」

 壁に寄りかかっていたその人物は、俺たちに気がつくと持っていた書類を側にいた男に渡し、男はそれを丁寧にカバンにしまった。

 今話しかけてきた眼鏡の優男はエドワルド・オース。北区を治めてるボスなんだが、正直コイツとはあんまし仲がよかねえんだよな。悪いってわけでもねえんだが、こいつは金勘定が得意で金を稼ぐことしか考えてねえ奴だから、そういったことが苦手な俺からすっとどうしても話が合わねえ。

 元々は交易の中心となっていたこの街でやってた商会の次男坊だったみてえだが、その商会は街の変化を乗り切ったものの、馴染みきれずに衰退して行ったらしい。
 だが、十年くらい前にこいつが手ェ加えて商会は復活。あとは親兄弟を他の街に移して自分はこの町で金稼ぎしてるらしい。らしいとでも、実際に金稼ぎしてんだけどな。

「ああ、エド坊やか。なんだってそんなところに突っ立ってるんだい?」
「中にいるんですよ。私の嫌いなやつが」
「ああ、アイザックか。あいつにしては早いじゃないかい」
「それだけ俺の息子がやられるのが楽しみだったんじゃねえのか?」
「かもしれないねぇ。あいつはあんたを目の敵にしてるからね」

 アイザックってのは西のボスで脳筋の大男。ステレオタイプなチンピラどもの王様って感じの男だ。暴力で成り上がった男なもんで、同じような感じで東のボスになった俺のことを目の敵にしてるんだが、これがうざいのなんの。嫌なら直接言いにこいや。部下なんて使って嫌がらせしてくんじゃねえよ。
 まあ、直接来た結果ボコしたことがあるんだけどな。

 でも、そうか。まあそうだよな。俺たちが呼ばれてんだったらあいつもいるよな。……めんどくせえ。

「ヴォルク……」
「あ? どうしたよ、インテリメガネ」

 この先の光景を予想し、ため息を吐いていると、エドワルドが声をかけてきた。

「いやなに、過保護な君にしては今回の舞台は珍しいと思っただけだ」
「過保護ね……あいつにも言われたが、そうでもねえだろ」
「あいつ、というのは君の息子か?」
「ああ。歳のわりにできたガキだ」
「だが、たとえ多少頭の出来が良かったとしても、結局は子供に過ぎない。成長すればともかくとしても、子供のうちの天職の位階差というのは決定的なものだ。勝てるのか?」
「あー、つまりなんだ? あいつのこと心配してくれてんのか? お前、俺のこと嫌いじゃなかったっけ?」
「嫌いさ。僕には力がない。だから必死になって知識を溜め、知恵を鍛え、策を練って事にあたる。だが君はその全てをただの暴力でくぐり抜ける。どれほど敗色濃厚な状況でも、周りを敵にしても、自身の身だけで全てをぶち壊す。それが気にいるわけがないだろ?」
「ようは嫉妬してんのさ、この坊やは」
「カルメナさん」

 茶化すようにいった婆さんの言葉に対してエドワルドは眉を寄せて不愉快そうに婆さんの名前を呼び、婆さんは楽しげに笑った。

「……僕は君が嫌いだから君の息子がどうなろうと知ったことじゃない。僕は僕のために金稼ぎができればそれでいいと思ってるからね。だが、同じように中央の豚も嫌いなんだよ。ここで君の息子が負けるとなれば、今までよりも調子づく結果になる。それは僕の商売に多少なりとも影響が出てくることになりかねない」
「つまり金のためか。相変わらず金儲けが好きだな」
「なに言ってるんだ。世の中は金なんだから当然だろ? 金があればなんでも揃うんだから」

 金があっても手に入らないものはある、なんてこたあ言う気はねえ。何せこの街じゃあ本当に金があればやり方次第だがなんでも手に入るんだからな。愛だって金で買える。

 例えば、そうだな……結婚している女を手に入れようとしたのなら、夫を殺せばいい。もちろん自分だってわからないようにな。んで夫を殺させた奴らに女を捕まえさせて奴隷として売らせる。奴隷生活によっていい感じに女の精神が壊れてきたところで買って優しくすれば、それで自分のことを愛してくれる女の完成だ。
 流れに多少の違いはあっても、大筋ではそんな感じで進めれば愛だって買えるのがこの街だ。

 だから金を稼ぐっつーこいつの目的は間違っちゃいないんだが……。
 俺はその言葉に肩を竦めるだけで終わらせ、話を元へと戻した。

「ま、普通なら負けるだろうな」
「その言い方だと、あんたの息子は普通じゃないみたいだねぇ」
「まあな。ま、その辺は見てのお楽しみだな。俺もどう戦うかなんて聞いてねえわけだし、演劇でも見てると思って楽しめよ。多分笑えることになんぞ」

 なんて話してっと、部屋の中からなんかガラス製のもんが割れる音が響いてきた。多分だが、中にいる脳筋がやったんだろうな。部屋のすぐそばにいるのに、俺たちがわざわざ廊下で話してるから仲間外れにされてるとでも思って、それが気に入らないんだろう。まあ実際んか間外れにしてんだけどな。だって相手すんのめんどくせえし。

 だが、そろそろ入らなきゃなんねえのは事実だし、アイザックのことがなかったとしても入ることになっただろう。

「さて、そろそろ入るか。中のやつもお待ちかねみてえだしよ。それに、ちょうど来たみてえだしな」
「来た? ……ああほんとだねぇ」
「できれば会いたくはなかったんだけど……はぁ」

 俺が通路の奥へと視線を向けたことで、婆さんもメガネも同じように通路の先に視線を向け、誰かがやってくるのを理解した。

「んん? おやおや、こんなところで五帝のうち三人も集まってるだなんて、いったいどうしたというのだ? 私のことを出迎えてくれたのか?」

 自分が偉いと思ってる無能、裸の王様のお出ましだ。
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