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2章

帰還の日

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「始祖の樹ってのは、なんでしょうか?」
「? 始祖の樹は始祖の樹ですよ? 世界で最初の植物で、今世界中にある植物の原点となった偉大な樹です」

 俺の問いかけにレーレーネは不思議そうにしているが、この様子からすると特に隠してるってわけでも、自分たちだけの秘密とかってわけでもなくて、エルフにとっては当たり前の常識みたいだな。ただ単に人間が知らなかっただけみたいだ。

「……初耳です。今までそのようなものがあるという話は聞いたことがありませんでした」
「そうなんですか?」
「はい。まあ人間は寿命が短いので、情報に欠落というのはどうしても出てくるものですから」

 口伝で伝えようとしてもどうしたって話が途中でねじ曲がるし、本に残そうとしても本自体が燃やされたり紛失したりすることはある。あとは為政者によって都合の悪い情報は消されたりすることもあるからな。
 人間のような寿命の短くて欲の深い種族は、情報をまともに伝えるのも難しいもんだ。

「そうなんですね~」
「始祖の樹というのはどんな樹なんでしょう? この森にあるものなんですか?」

 あるんだったらその種とか欲しいなー、とちょっと期待しながら聞いてみたんだが、レーレーネは首を振って答えた。

「その見た目は誰も見たことはないのでわからないんです。私たちは直接見ればわかるかもしれませんけど、どこにあるのかまではちょっと……」

 そっかー。それは残念だ。
 でも、いつかは手に入れることができるといいな。手に入れてなにをするってわけでもないんだが、ちょっと見てみたい。

 まあ今回は聖樹の種が手にはいるんだからそれでいいだろう。始祖の樹については、なんか暇な時にでも探してればいいか。

「そうですか……。聖樹の方は大丈夫なんですよね?」
「あ、はい。そちらは大丈夫です。時期が来たらお渡しできます」
「ありがとうございます」
「いいえ。女王としてこれくらいの度量は見せないと。私、女王陛下ですから!」

 こいつ、もしかしてさっきの理由じゃなくてこっちが本当の理由じゃないのか?
 ……なんか本当に心配になってくるな。

 俺たちに都合がいいことは確かなんだが、目の前のエルフの女王のことを見ているとなんとなくこれから先のこいつらとの付き合いが不安になった。



 二日後朝。

 エルフ達の里に辿り着いた日に行われた会食から丸一日が経ち、そのさらに翌日の昼。適度にそこそこ話し合ったり散策したりしてた俺たちだが、あの犯罪者だらけのクソッタレな街に戻る時がやってきた。

 正直ここではやる事はないのだが周りを心配する必要がないってことで結構気が楽だったんだけどな。常に住むにはやることなさすぎて退屈だけど、避暑地とか別荘としてはありだと思う。

 なぜか水を撒くことを求められたし、それだけで結構喜ばれたのが不思議なんだけど、きっと願掛け的なアレじゃないかと思ってる。教会の人や英雄から赤ん坊の頭を撫でてもらうことでその子の将来を祝福する、みたいなあれだ。植物を育てる天職から水を撒いてもらうことでしっかりと育つ様に的な感じじゃないだろうか?
 こっちとしてはちょうどい暇つぶしになったしスキル回数稼ぎにもなるからいいんだけどさ。

 けどまあ、ここは何もないところだし水を撒く以外にやることなんてなかったんだけど、あの街に戻るとなると少しだけ嫌気がしなくもない。ほら、俺ってば善良で一般的な小市民だからさ、周りで人殺しとか誘拐があるとなると、心穏やかに休んでられないんだよ。
 実際そんなのに遭遇したら迷うことなく殺すし、それだけの力はあると思ってるけど、それとこれとは別だ。起こるかもしれないって警戒してるだけで結構疲れるので嫌だ。王様とかって常に狙われるんだから大変だよな。……ああ、今の王は心労とか過労で死んでもいいけど。というか死んでくんねえかなぁ。

 ——ま、それはともかくとして。俺たちはこれから街に戻るわけだが、今俺はリリアと一緒にいる。
 元々ここにきたのはリリアを送り届ける目的がほとんどだった。一応謝罪とか友好だとかの理由もあったが、エルフ的にはそんなことよりもリリアの回収の方が目的だっただろうし、俺たちとしてもその理由の方が大きかった。だって手元にエルフを置いておくなんて厄介ごとでしかないもん。

 だがしかし、リリアをここに置いていくって言っても、こいつがただ置いていかれるわけがない。駄々をこねるに決まってる。それはこれまでの短い間だったがよくわかっていた。

「そろそろ出発だな」

 だからこそ、俺は出発前だってのにリリアの遊び相手をしなくちゃならないわけで、だがそれももう終わりだ。

「ねー。戻ったらまた街案内してちょうだい。まだあんまり行けてないところあるし」

 コイツハナニヲイッテイルンダ?

 ……いやいや、待て待て。……戻ったら? 戻ったらって、どこにだ? 街か? 街に戻ったら案内しろって? ばっかじゃねえの?

「……お前ついてくるつもりか?」
「え? そうだけど?」
「そうか……よし、ちょっと待ってろ」

 俺の問いに迷うことなく返事をし、なにを言ってるんだとばかりに首を傾げたリリア。なにを言ってるんだと首を傾げたいのはこっちだ。

 だが俺は学んだ。こいつは俺がいくら言っても聞かないが、こいつにいうことを聞かせる方法があるんだってことを。

 俺はその方法を実行するために、俺たちのいた建物から外に出た。

 ——あ、ちょっとそこに君、少し頼まれごとをしてもいいかな? いやいや、そんなに怖がらなくても大丈夫だからさ。あ、ほら、飴いる? ……あー、うん。いい子いい子。でさ、お願い事なんだけど、ちょっと女王様を呼んで来てくれないか? リリアが俺たちについて来ようとしてるって伝えてもらえればそれで十分だから。

 以上、今起きた出来事を言葉のみでお送りいたしました。

 いやー、エルフって扱いが楽でいいよね。リリアみたいなめんどくさいのもいるが、こいつだって餌をちらつかせればすぐに動いてくれるから楽な部類だ。

 まあ欠点を挙げるとしたら、誰にでも扱いやすいってことかな。こっちで気をつけておかないとすぐに騙されて自滅していきそうで怖い。

「リ、リリア!」

 そんなこんなで伝言を終えた俺は建物内に戻ってリリアと話しの続きとなったのだが、しばらくすると息を切らしたレーレーネがバンッと勢いよくドアを開けてやってきた。

 母親が来たことでさっき俺がなんで外に出たのか理由を察したのか、リリアはグルンッと音がしそうなほど勢いよく俺へと顔を向けてきたが、そうしている間にもレーレーネはリリアに向かって歩いていき、リリアの頭をガシッと掴んだ。

「あ、ちょっ、ママ! 離してってば! 私はあの街で立派な『悪』になるんだから!」

 お前、掴まれた状態でよくそんなこと言えるな、と少し感心したが、ある意味これは平常運転。いつも通りのことだな。

「ママじゃなくてお母様です! 皆さんに迷惑をかけてはなりません! それに悪だなんて、自分が何を言ってるかわかってるの?」
「ママだって立派でかっこいい統治者目指してかっこつけてるじゃない!」
「なっ! なんでそれ……まったく! まったくっ! それを言わないでよ!」

 どっちもどっちー……。

 いやまあ、レーレーネもなんか〝ぽい〟なとは思ってたんだよ、実のところ。
 だってさ、あんまりにも普段の態度が違ってるんだもん。最初に俺たちを出迎えた時のイメージはカッコよかったけど、一時間もしないうちにそのイメージぶっ壊れたし。

 本当はリリアみたいな頭のゆるさをしてるくせに、この村の代表としてしっかりとこなそうとしているところとか、でもだんだん芝居が剥がれていって素が出てきてるところとか、リリアそっくりだ。

 リリアが悪に魅力を感じて突き進むように、レーレーネもかっこいい統治者を目指していたんだろう。まあ、最終的にどっちもボロが出てくんだがな。

 だがなんだな。この二人は間違いなく親子だってことだな。うん。よく似てるよ。

「リリアはこちらで確保しておきますので、皆様はご安心してお帰りください」

 なんて二人のやりとりを眺めながら考えていると、レーレーネがそう言って頭を下げてきた。彼女から視線を外すと、他のエルフ達に掴まれて建物の外へと引きずられるようにして連れていかれるリリアの姿があった。
 なんか文句を言ってる気がするが、気のせいだろ。少なくとも俺が気にすることではないな。

「ありがとうございます」
「……ただ、監視はつけるつもりですが、またご迷惑をおかけする可能性も……」

 レーレーネは言い渋ってるが、まあ一度こっちにきた実績があるだけに、絶対に止められるとは言い切れないよな。まさか監禁するわけにもいかないし、多分だがまたうちに来ることになるだろう。

「ああ、はい。その時はまた我が家に来るでしょうし、保護してご連絡いたします」
「お手数おかけいたします」
「いえ、気軽に来ることができるほど友好を結ぶことができたんだ、と考えるのであればそう悪いことでもないかと」
「……ありがとうございますぅ」

 レーレーネは娘の行いを恥じているのか若干顔を俯かせており、声も最後の方は尻すぼみになっていた。

「さて、そろそろいい時間ですし……」

 リリアの対応に時間が取られたが、俺たちは出発しようとしていたんだ。リリアの問題が片づいたならさっさと出発するべきだろう。
 今回もぶーちゃんの牽く猪車を貸してもらうことができるそうなので、街までは半日で着くことができる。

 だが、いくら半日で着くとは言っても、予定外のことで遅くならないとも限らないし出発するのは早いに越したことはない。
 なのでさっさと出ていこう。どうせこの村には何度も来ることになるんだろうし、ここで帰ったところで惜しくはないんだから。

 それに、ずっとここで待機してるとリリアがどうにかしてくっついてきそうで、その危険性を少しでも減らしたい。

「あ、そうですね。それでは馬車までお見送りさせていただきます」

 俺の言葉に頷いたレーレーネはいそいそとドアを開けるとどうぞと道を勧めてきた。
 こういうのって普通は女王がやるものではなく従者がやるものなんだろうが、あいにくとさっきリリアを連れて行くのに使ってしまったせいで今のレーレーネに従者はついていない。

 ので本人がやるしかないのだが、どうにも様になっているのは気のせいだろうか? ドアを開けて道を示すくらいは上流でもやるんだろうが、レーレーネの様子はなんかこう、媚びへつらっているというか、下っ端根性が染み付いてるというかな? なんかそんな感じだ。

 まあ、種族的にビビりが多いし、そんなもんなんだろうと思うしかない。

 そうして俺とエディとエミールは建物の外に出ていった。他の奴らはみんなエルフにビビられながら出発の準備をするために出払ってるよ。ここでは特に危険もないし、ずっと全員で守りを固めていないといけないってこともないからな。

「あっ、いた! そ、村長! そんちょー!」

 だが、俺たちが用意されているはずの猪車に向かっていると、その途中で前からレーレーネのことを読んでいるエルフの女性がやってきた。
 どことなく覇気のない顔をしているように感じる男性エルフは、だがその顔に危機感を張り付けている。

「女王です!」
「そんなのどっちでもいいです! そんなことよりも、誰か来ましたあ!」
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