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1章

ヴォルク:厄介ごとな予感

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 ──◆◇ヴォルク◆◇──

「ヴォルク。お前の率いる隊に勅命が出た。明日には出立してもらうぞ」
「は?」

 俺——ヴォルクは騎士団の仕事を終えて寮に帰るぞって時に、クソ豚野郎に呼び止められ、返事をするまもなく一方的にそう告げられた。

「は……あー……なんて?」

 そう言っちまったのはまずいって気がついたが、後の祭りってやつだ。夕飯は何食うかなんて仕事終わりのボケた頭で考えてたせいで、一瞬その言葉の意味が理解できなかったんだ。お前とは違って汗水垂らして働いてんだから許せ。腹の大きさだけじゃなくてそれくらいの度量の大きさは見せてみろよ。

「チッ——突然のことだというのは理解できるが、事実だ」

 だが、俺の言葉が気に入らなかったのかこのクソ豚様は舌打ちしやがった。
 腹のデカさと違ってみみっちいやつ——じゃなくて、今こいつは勅命っつったよな? しかもそれは俺の勘違いでも聞き間違いでもない感じだ。

 勅命——王様からの命令なわけだが……んなもんがなんで俺たちに?

「いや、だって……ですが俺、いや私達の隊は、そんな勅命なんて受けるようなお行儀の良いわけでも功績を残したわけでもありません」
「そうだな。お前達は傭兵や冒険者上がりのの者を集めた隊だ。一部では『似非騎士』などと呼ばれていることは承知している」

 いや一部ってか、ほとんど全体だろ。お前だって俺らのことを見下してんの知ってんだぞ。

 俺たちは騎士に憧れたりチームが解散したりして騎士になった奴らを集めた部隊だ。かく言う俺も騎士になる前……だいたい十年くらいか? 騎士になったのが二十三だか四だかの時だったから多分それくらい前だな。そん時には傭兵をやってた。

 元々騎士ってのは貴族がなるもんだったが、十数年ほど前からは魔物の活性やら他国への対処やらで騎士の数が足りなくなってきたらしい。
 だから騎士になれるのは貴族だけって暗黙の了解を取り払って実力のあるもんを集めたってわけだ。

 ちょうどその頃自分のいた傭兵団が団長が死んだせいで力を落としてきたし、安定した仕事ってのもいいかもなと思ってたから騎士になった。

 まあ、騎士になったからって危ない場所に放り込まれるのは変わんなかったけどな。やってること自体は傭兵だった頃となんっも変わっちゃいねえ。

 だがそれでも国の補償があるってのは楽なもんで、仕事がなくて食いっぱぐれることはないし、危ない場所っつっても、そりゃあ貴族の坊ちゃん達からしたらって話で、俺からしちゃあまあまあめんどくさいってだけだった。

 命令をこなしてそれなりに戦果を出してきたからか、今では十数人程度の小隊を任される小隊長様だ。

 安定した稼ぎが入って、騎士だからってことで一般の市民よりも権力があって、女も飯も悩むことなんざなくて、まあそこそこ充実した毎日を送ってるわけだ。他の奴らも同じようなもんだな。

 だが、元々騎士だった貴族の坊ちゃん達からしたら俺たちみたいな粗暴で野蛮な奴らが騎士を名乗ることが気に入らないみたいで、俺や俺の部下たちにことあるごとに絡んできた。
 それ自体はどうってことはないんだが、まあ鬱陶しいのは変わんねえわな。

 で、今俺と話してるこいつもそんな俺たちを疎んで陰口を言ってる鬱陶しい奴らの一人だ。
 そんなやつがどの口で言ってんだかって話だよな。

「しかしこれはお前達が適任なのだ。先ほども言ったが、明日には出てもらうぞ」

 おっと。話は聞いとかねえとな。これで聞いてなくて失敗して難癖つけられてもめんどくせえ。
 だがあれだな。明日ってのはちっと急じゃねえか? 今までもなかったわけじゃねえが、それとはなんだか雰囲気がちげえ気がすんだよな。

「明日って、そりゃあ随分と急ですね。内容はなんでしょうか?」
「まだ言えん。明日の出立前になったら伝える」
「そりゃあ……いえ、承知いたしました」

 やっぱ今までのとはちげえな。今までも明日すぐに出ろって命令されたことはあったが、それは街の周辺にでた魔物や賊の討伐で、詳細は前もって伝えられてた。当然だな。なんも知らねえと準備もなんもできねえんだから。

 だが今回は違う。なんも教えねえで、当日の出発前になったら教える。まーどう考えてもおかしいわな。

 つっても、ここで聞き返したところでこいつが答えるわけがない。むしろ聞かれたことで不機嫌になってあたられても困る。
 だからここは素直に頷くしかねえだろ。

「ああ。今回の件が終わればお前の階級は五位の下に上がり、それに伴って中隊長へと昇進することになる」
「へえ? 随分と思い切りましたね」

 五位の下ってのは、まあ簡単に言えば貴族の仲間入りだ。
 騎士に限らず軍部には一から七までの位階があって、七は兵士で六は騎士。一は国王で二は総督みたいな感じだ。

 で、そんなかでも六位以下は特にこれと言って何もないんだが、五位以上は爵位が与えられることになって、自分の『家』を持つことができるようになってる。
 まあ家を持っても領地がもらえるわけじゃねえから領地持ちの貴族からしたらあれだが、爵位を継げない貴族のボンボンどもからしたら是が非でも欲しいもんだろうな。

 でだ。戦争でもないのにそんな貴族になることのできる階級を、平民上がりで粗暴で野蛮な俺にくれるってのはなかなかないことだ。なかなかっつーか全然ねえや。全く聞いたことがない。
 真摯に努めた姿勢を評価して——なんてことを考えるような国でもないしな。

 ……こりゃあ、なんかあるわな。さっきの任務内容の件もだが、どう考えたっておかしい。

「それだけ重要だと言うことだ。それと、この任務を受けたことは誰にも話すな」

 話すなっつっても、話す内容なんざねえだろ。教えてくんねえわけだし。それとも「話しません~」なんて約束したら今任務の内容を教えてくれるってか?

「はっ」

 俺が返事をすると豚は鼻を鳴らして腹を揺らして帰っていったが、俺の内心は憂鬱なもんだった。

 ……やっぱきなくせえよなぁ。傭兵だった時の感覚が疼く。なーんかいやな予感がするぞ今回のこれ。
 今の話だけでもいくつもおかしなところがあるし、どう考えても厄介ごとなわけだしで、最悪に備えて準備だけはしておくかね。
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