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三章

ルージェ対ミリー2

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 その後も、何度かミリーと攻防を繰り返したけど、その全部が同じような結果になった。
 このまま戦い続ければ、どっちが先に戦えなくなるかのチキンレースじみた泥試合になると思う。

 けど、それはあくまでも〝このまま続ければ〟の話だ。ボクはもう、この戦いの終わらせ方がわかっている。

「……わかったよ」
「何がわかったって言うわけ? 自分の負けでも認める気になった?」

 ボクの言葉を勘違いしたミリーは、どことなく疲労を滲ませた声で問いかけてきたけど、そんなわけがない。

「そんなわけないだろ。そっちこそ、負けを認めたらどうなの?」
「あたしが負ける? あはは、ウケる。そんなわけないじゃん。この状況見てわかんないのー?」

 確かに、一見するとこの状況はボクの方が不利に見えることだと思う。何せ、相手は空を飛んでいてこっちの攻撃は当たらないのに、向こうは好きに攻撃を仕掛け放題なんだから。
 まあ、仕掛け放題って言っても迎撃するから今の所の戦況は痛み分けとか互角とか、そんな感じだけど。

 で、そんな状態な訳だけど、ボクが勝てるって確信を得たのは嘘なんかではない。

「——あんたの能力は飛行と隠密だと思ってたけど、実際には幻惑の類だったんでしょ?」
「……」

 ボクの言葉を聞くなり、先ほどまで浮かべていた笑みは歪み、黙ってしまった。
 何か反論しようとしたのか口を開いたけど、ミリーが言葉を発するよりも先にボクが言葉を続ける。

「姿がなかったはずなのにいきなり背後から攻撃をされたのは、単純に姿が見えなかったから。でもそれは姿隠しとか隠密とか、そんなものじゃなく、自分のいる場所に別の景色を張り付けてたから。つまりは幻だ。姿隠しとは似てるようで別物の能力」

 最初は空を浮遊してる相手という初めての経験と、気配の強弱や姿隠しの類が組み合わさったことで上手く慣れることができずにいたんだと思っていた。

 姿隠しの魔法はある。自身の周りに存在している光を捻じ曲げることで他人の視界に映らないようにする魔法。
 隠密に使う気配消しの魔法もある。人に限らず全ての生物から常に漏れ続けている気配を意図的に遮断することで、他人から限りなく認識されづらくする魔法。

 けど、そのどちらでもなかった。
 この女……ミリーは、自分の自分のいる場所に幻を貼り付けて行動してる。
 姿隠しと同じようなものだけど、幻は自分の姿を隠すだけではなく、自分のいない場所に自分の姿を映し出すことができる。
 それに加え、自分の攻撃の軌道を歪ませて見せることもできるし、色々と応用が効く。

 それに、魔法としての分類も違う。光を操る姿隠しと、相手に望む幻を見せる精神干渉では全くの別物。

 一応常に魔法を使い続けることができるほど魔力があるってわけでもないみたいだから、要所要所でしか使ってないみたいだけど、厄介なことに変わりはない。

 けど、ぶっちゃけて言っちゃうとその辺はまあ別にどっちでもいい。姿隠しだろうが気配消しだろうが幻惑だろうが、なんでも構わない。何せ、ボクの目に見える光景なんてどれも同じようなものなんだから。

 効果の幅が広く、どれを使っているかで相手のできることが増えると言っても、結局はボクの目を誤魔化してるというだけなんだ。こっちのやることには大した違いはない。

 でも、そんな幻だけじゃ説明がつかないことがある。
 だから、重要なのはもう一つの能力の方。

「でも、そんなことより重要なのがもう一つの能力。多分だけど、結界の類を使えるでしょ」

 そう。それがとても厄介な魔法なのだ。

「……はあ? 結界って……私のどこが結界使ってるように見えるわけ?」

 ミリーはボクをバカにしたように笑って見せたけど、反応する前に一瞬だけ間があった。まず間違いないと思っていい。

「どこがも何も、今も使ってるじゃないか。見えない結界。それが足元にあるよね? それを踏むことで空中を浮いているように見える。飛行にしては安定しすぎてると思ったんだよ。移動方法も、飛んでるって言うより、跳ねてるって言った方が近い気もしたし。気配がないのも、多分結界で自分を覆ってるからじゃない? 自分から漏れ出る音や熱なんかも全部封じ込めるような結界がさ」

 幻を見せてくるだけじゃこいつが攻撃してくるまで……ううん。攻撃してきてもその音が聞こえないのはおかしい。

 飛行をしてるにしては、弾かれたように飛んでくることがある。

 攻撃にカウンターを合わせた時、まるで急制動でもかけたみたいにいきなり方向を変えて離れたのも普通じゃない。
 あれは単なる飛行や浮遊で片付けられる問題じゃない。

 それに何より、相手の芯に当たって無いとはいえ、何回も攻撃を当てたんだ。それなのに今もなんの問題もなく動けてるってことは、何かしらの能力が働いてるってこと。それが治癒なのか守りなのかは微妙なところだったけど、殴った感触からして自分のことを守ってるんだろうな、ってことで当たりをつけていた。

「……せいかーい。よくわかったじゃん」

 ボクの話を聞いていたミリーは、もう隠すことはできないと思ったのか、あるいは隠さずともなんの問題もないと思ったのか、少しだけ不機嫌そうにしながらもボクの言葉を認めた。

「さっき殴った時の感触がおかしかったからね。流石にあれを喰らって無傷だってのもおかしすぎるよ。何かで守ってるとでも考えない限り、とても納得できなかった」
「まあ、実際守ってたわけだし、ボクちゃんよくわかりましたねー。……で? それがわかったからってどうするの? どうしようもないでしょ? あんたが見てるのは幻で、本当のあたしがどこにいるのかもわからないのに」
「まあ、そうだね。こっちから攻撃しようにも、どこにいるのかわかんなくって攻撃のしようがない」

 相手の能力はわかった。でも、相手は空を飛んでいるんだ。普通なら能力がわかったところで、それに対応するのに相応しい何かがなければまともに対処することはできない。
 しかも、空を飛んでるだけじゃなくって自分の居場所まで誤魔化せるんだから、そらへの対処法を持ってるだけでは意味がない。

 空を飛ぶことと幻を見せること。二つが揃うと厄介なことこの上ない。本当によく考えられているな、と感心するよ。
 でも……

「でも、随分と慎重な性格してるよね。いや、慎重っていうよりも、臆病、かな?」
「……どう言う意味よ」

 ボクの言葉が気に入らなかったようで、ミリーは先ほどとは比べ物にならないくらい不機嫌さを隠そうともせず、ボクのことを睨みながら低くなった声で問いかけてきた。

「そのまんまの意味だよ。魔創具って、まあわかってると思うけどつけられる能力には限りがあるよね。術者の能力次第だけど、精々が一つ二つで、多くて三つくらいしか魔法を施すことができない。それ以上ができるのは正真正銘の化け物だけ。でも、大抵はそんな化け物じゃない。もちろん、あんたもね」
「だからなに? そんなのあんたも同じでしょ? それとも、自分はその化け物だって言いたいわけ?」
「いやいや、そんなわけないじゃん。そんな何でもかんでも、なんてできたら、今頃もっとまともでいい暮らしをしてるよ。ボクが言いたいのはそうじゃなくってさ、つけられる能力に限りがあるんだったら、そのつけた能力からどういう思想で設計したのかわかるよね、ってこと」

 これは相当考えないとこんな能力を作ることはまず無理なもの。
 普通なら魔創具って言ったら攻撃を優先するものが多い。中にはペンやメガネなんて変わったものもあるけど、大抵は戦うために作る。じゃないとあんな痛いことしたいとは思わない。ちょっと便利になるだけのために、自分の体に自分で刃を入れるだなんてことする? したいと思う? よっぽど頭がおかしい人以外にはやりたいとは思わないよ。

 だから、自分で自分を傷つけてでも力を欲する理由があることになる。そしてそれは、戦いであることが大半だ。戦いで命を落とすくらいなら、ちょっと痛い思いをしてでも強くなりたい、力が欲しい、って思うからこそ魔創具を作る。
 必然的に、魔創具に求める能力は敵を倒す力、あるいは何かを守るための力になる。あの化け物みたいな強さを持ってるスティアや、なんでもこなせる化け物みたいな天才のアルフだって、魔創具には攻撃のための力を求めた。

「ボクのは、まあ単純に速くなるだけだね。体を強化して誰よりも速くなれば獲物を逃すこともないし、敵から逃げ仰ることもできるから」

 ボクだってそうだ。標的を殺すために最善の方法を考えてこの形を選んだ。
 暗殺をするんだったらこの女みたいな力でもいいかも、と思ったこともあったけど、万が一戦いになった時のことを考えると逃げることができる能力の方がいいと思ったのだ。
 色々考えたけど、結局は戦うための力が良い、という考えに落ち着いた。

「それに対してあんたのは、幻惑と結界。幻で相手の隙を作って、自分は結界に逃げてるだなんて、随分と逃げ腰じゃないか」

 それなのに、この女はそうじゃない。攻撃のためじゃなく、誰かを守るためでもなく、敵を殺すための力でもない。
 ただ自分だけが生き残る能力で、自分を安全に置いたまま敵を倒そうとする戦い方だ。
 確かに自分が生き延びるのは大事なことだけど、わざわざ魔創具にしてまでそんなことを求めるのは少しばかり慎重すぎる。つまり、臆病なのだ。

「安全を考えれば誰だってそうするのが当たり前でしょ? むしろ、あんたみたいな肉体強化ばっかりを強くしたのは馬鹿でしょ」
「そもそも、その考えがおかしいんだよ。安全を考慮するんだったら、そもそも魔創具なんて使わなくても済む環境にいればいい。裏で育った孤児だとしても、戦わない道があるんだから。それこそ、体を売っていれば生きてくだけなら十分だよ。にもかかわらず、魔創具を求めた。でもその能力は相手を惑わせて自分は生き残るための能力だ。どうにもチグハグだと思わないかな?」

 体を売るのは、持たない者にとって一番楽な稼ぎ方だ。何も持っていなくても、誰でもできる。実際、この女は体を売ってるようなことを言ってたしね。やってないってわけでもないし、忌避感があるわけでもないだろう。この女の見た目なら、そこそこいい暮らしをすることもできたはずだ。
 あるいは、ある程度の金さえ稼げたのなら普通の暮らしをすればいい。その方がよっぽど安全だ。わざわざ自分の体を自分で切ってまで戦いのある世界に進むこともない。

 にもかかわらず、この女はここにいる。ここでボクと戦って、命を危険に晒している。

 戦いそのものに忌避感や嫌悪感はない。むしろ望むところだと思ってる様子。
 でも、戦いを望んでいるのにその戦いから逃げることばかりを考えてる。そんなの、どう考えたっておかしい。

「あんたは、そうまでしてなにから逃げてるの? これが弱い自分から逃げてるー、とか、辛い過去の経験からー、だなんてありきたりなものだったら笑っちゃうんだけど、どうなの?」

 昔の自分は弱者で虐げられていたから、周りを見返すために戦いの世界に身を投じた。
 でも、どれだけ成り上がろうとしても過去の虐げられていた頃の記憶が忘れられない。
 それが影響して、成り上がるのに使える〝敵を倒す力〟じゃなくて、〝どんな状況でも生き残るために逃げる力〟を優先した。

 パッと考えつくのはこんなありふれたストーリーだけど、まさかこの街の裏における最大手の裏ギルドの幹部が、そんなつまんないことを考えてるわけ……ないよね?

「っ……! ……そんなの、あんたに話すわけないでしょっ」
「なんだ、図星か。随分と惨めでつまんない人生送ってきたんだね」
「うるさい! あんただって同じでしょ『貴族狩り』!」

 まあ、惨めだってのも、つまらない人生だってのも認めるよ。
 でも、お前みたいに逃げてるわけじゃない。

「……話は変わるけど、あんたは自分のことを『夜光蝶』だなんてたいそうな名前で名乗ってたけど、蝶と蛾の違いって知ってる?」
「なに? それがなんか関係あるわけ? そんなことを聞くよりも、もっと考えることがあるんじゃない?」

 突然話題を変更したボクを訝しむように見つめながらミリーが問いかけてきたけど、そんな言葉を無視してボクは話を続ける。

「見た目的には蝶も蛾も変わらないんだけど、いくつか違いがあるみたいなんだよね。その一つが……」

 正面に浮かんでいるミリーへと視線を合わせつつ話を続けたけど、その言葉を途中で止めた。
 言葉を止めてから数秒後、ボクは自身を覆うほどの炎を発生させ、自傷覚悟で周囲を焼いた。

「なっ! ぎゃあああああ!?」

 その瞬間、背後からは驚きを含んだ悲鳴が響き、目の前にいるはずのミリーの姿がスッと空気に溶けるように消えた。

 うん。そうくると思ったよ。
 あんな挑発をした後に、あからさまな長話をする姿勢を見せたら、あんたのことだ。奇襲を仕掛けてくると思ったよ。

 やったことは単純で、でも結構難しいこと。
 奇襲が来るのはわかってた。だから、全身に意識を張り巡らせ、何か異変を感じたと肌が感じ取ったら、頭で理解する前に炎で周囲を焼くことにした。これならいくら姿を隠そうが、こっちに気づかれないように攻撃しようが、関係ない。

 攻撃するタイミングがわからない? なら、攻撃された直後に反撃すればいい。やってることなんて最初から何も変わってない。ただ、その反撃の方法が拳や蹴りから炎に変わっただけ。

 この方法はボク自身も耐性を抜けて熱くなるからあまりやりたくないんだけど、仕方ない。アルフやスティアみたいな化け物じゃない凡人なボクとしては、これくらいしかこの女を倒す方法がなかったんだから。

 守りの結界が貫けるかが心配だったけど、お互いにもう結構な時間戦ってきたから、残ってる魔力は少ない。ならどこかで手を抜いて節約するはずだと思ってた。姿を隠すのは必要でも、炎に対する耐性なんてつけないはず。
 賭けではあるけど、そう分の悪いものでもないだろうと実行した。
 最悪、目眩しになってくれればそれで十分だと思ってたんだけど、結果は大当たり。目眩しや隙を作るどころか、結界を越えて本人にダメージを入れることができた。

 そして、攻撃をしようとしていたところに突然炎で焼かれたミリーは、当然ながら隙を晒しており、それを見逃すわけがない。

「ぐぶっ!」

 この一撃で終わらせてやる。
 そんな気概を込めて残りの魔力を全て身体強化に回し、ミリーの懐に潜り込む。
 ほぼゼロ距離と言ってもいい位置で低くしゃがみ込み、そのまま全力でジャンプすると同時にミリーの顎へと拳を叩き込んでアッパー!

 強化した脚力で勢いをつけ、殴る。走った勢いで殴るのもいいんだけど、トドメとして使うんだったらこっちの方がいい。今まで直線で殴りかかってたのに、突然今までは行わなかった方法で攻撃をすれば、一瞬だろうと混乱させることができるしね。
 これが速さを中心とした身体強化のボクが最も効率よく威力を出すための一撃だ。

「蛾は灯りに向かって飛んでくるってことだよ。あんたみたいに炎に寄ってくるだなんて、まるで蛾みたいだね。近寄って燃え尽きるところまでそっくりだ」

 地に落ち、全身を焼かれたミリーを見下ろしながら呟き、その場を離れていく。

 ……っ! いててて……。やっぱり、あれだけの火力だとボクの半端な耐性じゃ怪我するよね。
 っていうか、一番大きな怪我が自傷って……なんだかなぁ。

 ため息を吐き出してから、懐に隠してある薬を取り出し、煽る。これでしばらくすれば怪我も治るでしょ。

 ……それにしても、結構強かったなぁ。他の三人は……いや、三人中二人は気にする必要なんてないか。何せあのアルフとスティアだ。心配するだけ無駄だろう。スティアなんて遊び相手くらいにしか思ってないんじゃないかな。あの子猫科だし、獣人として獣の本能が出てくる時があるからね。
 アルフの方は……こっちも遊びではないけど、無駄に時間をかけてそう。あいつはあいつで、なんか色々気にしながら戦うし。

 でもまあ、どっちも総じて問題はない。時間がかかるか否かってだけで、勝つこと自体は疑っていない。

 問題はマリアだけど、死ぬような状況になったらアルフが助けると思うし、大丈夫かな。

「……少し休んでから合流するんでも問題ないよね?」

 流石に今の状態で合流しても足手纏いにしかならないし、仕方ない。

 まあ、休んでから合流したら、全部終わってる可能性が高い気がするけど、それはそれで問題ないかな。
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