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二章
ようや誰か来た
しおりを挟む「よっし。これでひとまずオッケーね! あとはここでのんびりしてれば、そのうち来るでしょ」
スティアは満足そうに頷いてから座り直したが、それはどうだろうな? これまで散々ここで待っていても誰かが探しにくる素振りもなかったのだ。であれば、あまり考えたくないことではあるが、そもそも親は探していない可能性がある。
この少女は孤児ではないと言った。
だが、今日孤児になった可能性とて考えられる。
「さて、これで本当に来るかどうか。もしこなければどうする?」
「え……どうしよっか?」
あまり考えたくない話ではあるが、もし本当にこの少女が捨てられたのであれば、いくら待ったところで迎えなどこない。
その場合、少女はこれから一人で生きていかなくてはならないのだが、いきなり一人で生きていけ、というのも無責任だろう。
見た目から考えるに、今までもさほど裕福な暮らしではなかっただろうから、汚れを気にして地面に座ることができない、などということはないだろう。
だが、それでも夜の街をふらついて何事もないとは思えない。特にこの街は、あまり治安が良くない。大きな犯罪があるわけではない。だが、港なだけあって色々な場所の人が集まる。そのため、文化や常識の違いから厳しく咎めることができず、問題行動も多々あるらしい。
そんな街で身寄りのなさそうな少女がふらついていたら、誘拐に遭う可能性が高いと言えるだろう。
だが、かといって俺たちが連れて行って同じ宿に泊まらせる、ということもできない。なぜならば、この少女が本当に捨てられたのかは不明だからだ。
もし本当に捨てられたのならば問題ないだろう。だが、実際には本当に逸れただけだったら?
その場合、勝手に宿になど連れていけばこちらが誘拐したことになる。
放置も共に行動するのもできないとなれば、教会に預けるのが最も適切な行動だと思うのだが、さてどうしたものか……。
「……流石に夜になれば人がはけるよ。そうなれば、誰かを探している親っていうのも見つけやすいんじゃないの?」
この場所で露店を出すのは今日が初めてではないのだろう。ルージャはため息混じりにそう口にした。
確かに、人が少なくなればこの場所のことも見つけやすくなるだろう。
それでも見つからない可能性はあるが、その時はやはり孤児院に連れて行くのがベストか。
「あ、そうね! うんうん。きっと平気よ! どうしてもダメだったら、みんなで一緒にここで寝ればいいしね!」
「「は?」」
先ほどまで睨み合っていた俺とルージャだが、この時ばかりは完全に同じ意見だった。
スティアとしては素晴らしい提案を口にしたつもりなのだろう。だが、俺もルージャも、ただ呆然と口を開き、惚けることしかできなかった。
「毎度のことだが、お前はなにを言っているのだ?」
「っていうか、そもそもここはボクの売り場なんだけど? 勝手に居座ろうとすんのやめてくれないかな?」
それから数秒ほど経ってスティアの提案に対して俺もルージャも文句を口にしたが、当然のことだろう。何を考えたらここでみんな一緒に寝ればいい、などという考えに至るのか……。
だが、そんな俺たちの言葉を聞いてスティアは不満そうに唇を尖らせながら口を開いた。
「じゃあスピカはどうするってのよ」
「その時は……ん? スピカとは、その子の名前か?」
少女は自分から声を出すことがなかったために名前が分からず、そのため俺は今まで『少女』と呼んでいたのだが、先ほどともに行動している間に聞き出すことができたのだろうか?
「ええ、そうよ。まあ喋ってくれないから勝手につけたんだけど、スピカも喜んでるしオッケーでしょ」
「だが、その子にも己の名があるのではないか? それに、保護者のところへと帰すのだ。勝手につけても迷惑であろう」
そう少女のことを見ながら問いかけ他のだが、少女は首を横に振った。
「平気だって! ふふん!」
なぜこいつが自慢げにしているのか理解できないが、まあいい。これはこういう奴だ。
だが、己の名前を嫌っているということは、その名をつけた者……親をあまり好いていないのかもしれないな。
であれば、やはり何かあるな。それが裏に関することなのか、単なる家庭の不和なのかはわからないが。
「まあ、それでいいのならいい。話を戻すが、見つからなかった時は仕方ない。諦めて孤児院へと連れていくしかなかろう」
「えー! でもでもぉ、せっかくこんなに頑張ってるんだから、最後までパパとママを見つけてあげたいじゃない!」
「確かに気持ちの上では同意しよう。だが、現実問題として、最後まで付き合うことはできん。宿に連れていけば誘拐犯として捕まることになるのだぞ」
「だから、そんなのみんなでここで寝ればいいじゃない!」
引くつもりのないスティアの言葉にため息を吐くしかない。
どうやってこれを説得したものか。
「だからそれはやめて欲しいんだけど……でも、どうやらその心配はいらないんじゃないかな?」
などと思っていると、ルージャがそう話しながら指を刺した。
その指の先へと視線を送ってみるが、こちらに向かって一直線に進んでくる一組の男女がいた。
その男女は着ているものは平民向けの服であり、母親の方はスピカとは少し違うように見えるが銀の髪をしている。状況的に考えるとあの二人が親だと考えられるだろう。
だが、その二人の様子はどうもおかしい。普通、子供が迷子になってようやく見つけたというのなら、もう少し慌てる様子を見せてもいいのではないだろうか?
今まで心配した。やっと見つけた。そう思っているのであれば、あれほど普段通りとも呼べるような歩き方をするものか?
男の方も女の方も、笑顔なのはどう言うことだ? 子供が見つかって嬉しい、と笑っているのであればわかる。だがそうではない。
この笑みも、歩みと同じように普段通りと呼べるような、一般人が街中を歩いている際に浮かべる〝普通の笑み〟なのだ。
これが普段の街中を歩いているのであればなんとも思わなかっただろう。それほどまでに自然な振る舞いだ。
だが、今の状況が状況だ。子供がいなくなったというのに慌てず、ようやく見つけたはずの子供を前にしても普段通り振る舞い、しかもそれをごく自然と行なっている。本当は見つけたくないと思っていたり、スピカのことを嫌っているからだとしても、それならそれでもっと違う反応があるはずだ。だがそれすらない。本当に自然体なのだ。
着ているものも違和感がある。スピカはボロを着ているのに対してあの男女は普通の服を着ているのだ。普通、娘にボロを着させるのであれば、自分達も同じようなものを着るのではないか? あるいは、娘だけ良いものを着させるのではないか?
にもかかわらず、あの二人はまともな服を着て、スピカはボロを着ている。
これほど色々と揃えば、流石におかしいとしか思えない。
「あれが本当に親だと思うか? こちらを目指しているのだろうとは理解できるが、貴様の相手ではないのか?」
状況的に考えればあの二人が親で間違いないのだが、そんなおかしさからあの二人は親ではない可能性を考えてしまう。
そして、親ではないのならなんだというのだ、と考えると、隣に座っているルージャ——『貴族狩り』を狙っている者と考えることもできる。
「さあ? ボクが目当てだって言うんなら、もっと武装した奴らが来ると思うところなんだけど、どう思う?」
「そんなことは知らん。凄腕が少数で来た、という可能性もあろう?」
今まで何十もの衛兵を薙ぎ倒してきたという話だ。であれば、衛兵をいくら用意したところで意味はないと考え、専門の暗殺者や傭兵を用意した可能性は十分に考えられる。
「ないことはないだろうけど、そもそもどうしてボクのことがバレたのか、って話なんだけど……」
そう言いながらルージャはこちらを見てきたが、これは俺たちが話したのだと疑っているな。
「一応言っておくが、俺ではない。無論。あの阿呆でもないな」
「そう。なら、きっとそうなんだろうね」
軽く鼻を鳴らしてそう答えたが、この様子だと完全には信用していないな。まあ、当然の話ではあるか。
そうして俺たちはそれぞれ警戒をしつつ待っていると、ついに接触することとなった。
「ああっ、ようやく見つけたわ! どこに行ってたの、心配したのよ!」
最初に放たれた言葉は銀の髪をした女性からのものだった。
ということは、つまりこの二人はルージャを追ってきた者ではなく、スピカを探しにきた保護者ということになるのだろう。
「あなた方ですか。私達の子を見つけて預かってくださっていた方々は。本当にありがとうございます」
スピカのことを一瞥した女は、今度はこちらに顔を向けて頭を下げ、それに合わせて男の方も笑顔で頭を下げた。
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