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一章
もう一人のトライデント
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——◆◇◆◇——
数日後。謹慎が解けたことで、私は実家へと帰還することにした。実家といっても自領ではなく王都の邸宅ではあるが、当主である父に用があるだけなので、父がいるのであればどちらだろうと構わない。
今回の件について父と話をしなければ。そして、どうにか説得しなければと思うと、自然と足が速くなる。
だが、一歩、また一歩と踏み出すたびに私の心の中には暗い感情が積もっていく。
あれは私のせいではなかったのに。
部外者が私のことを嵌めただけなのに。
襲撃を防げなかった学園側にも問題があっただろ。
そんなことを考えたところでなんの意味もないというのに、つい心の中に浮かび上がってしまう。
それでも足を止めることなく歩き続けていたのだが……
「ああ、アルフレッド・トライデン様。お久しぶりです」
あと少しで正門に差し掛かるといったところで、いやらしい笑みを浮かべている男が姿を見せた。
その男は、私の儀式を邪魔したと思しき者——ロイドだった。
こいつは怪しい。何か証拠があるわけでもないが、私の中ではこいつが下手人であろうとすでに確信がある。
警備にあたっていた公爵家の者達に調べさせたが、証拠となるものは何もないようで、わかっているのは学園内の誰かが爆発物を仕掛けたということだけ。
強いて言えば、それが魔法ではなく物質的な仕掛けだったということくらいだろう。それも、市販ではなく自作だったようで足取りがつかめていないそうだが、おそらくは建物に混じった魔創具だろうと思われるそうだ。
建物の一部に混じっていた魔創具。あり得ない話ではない。魔創具は武具を生み出すものだが、それはあくまでも貴族間の主流であって、物質であればなんでも作ることはできる。石の柱だろうとタイルだろうとレンガだろうと、なんでもだ。
だが、そのようなものを作るなど、まともに戦うつもりがない存在であると言っているようなもの。
つまりは、暗殺者。暗殺に限らなくとも、後ろ暗い者であることは間違いない。
そして、ああいった手合いは雇うことができる。誰であろうと、こいつであろうとな。
「貴様……覚えていろ。貴様は必ず潰して——」
だが、いくらこいつが怪しくとも、今は構っている余裕はない。一刻も早く父の元へ向かいたい。そう気が急いて仕方ないのだ。
故にその場を立ち去ろうとしたのだが、それは私の首元へと向かって突きつけられた一本の槍……いや、トライデントによって止められた。
「そ、れは……」
「これが僕の魔創具だ。どうだ、お前が閉じこもっている間に儀式を行なったんだ。フォークなんかと違って、立派なトライデントだろ?」
各貴族家には象徴とするような武具が存在している。我が家であればトライデントだが、これは逆に言えばトライデントを使うのは我が公爵家の者であるという証になる。
もちろん他の者が使ってはならないと決まっているわけではないので、誰が使っても罰せられることはない。
だが、公爵家に目をつけられたくないと思うので誰も自身の魔創具としては使わない。
この男もトライデン公爵家の家門に属しているのだからその他のものが使うよりも角は立たないだろうが、それでもやはり本家のことを気にして使わないのが普通だ。
だがこの男は堂々とトライデントを晒している。
どうやら、本人が言ったように私が謹慎を受けている間に魔創具の儀式を終えたようだ。
しかしだ。この男のせいで私はトライデントを使うことができなくなったというのに、その私に向かってトライデントの魔創具を突きつけるというのは、挑発以外の何ものでもない。
少しでも早く父の元へと向かいたいとは思っている。だが、この男の行動のせいで怒りが沸々と湧いてくる。
「ああ、そうだ。一つ言っておくことがあったんだ」
ここで問題を起こせばまた帰るのが遅くなるから、と自分に言い聞かせて唇を噛んで堪えるが、そんな私を見てこの男はさも今思い出したかというかのように楽しげに言葉を紡ぐ。
「僕はこれからトライデンの養子として本邸で暮らすことになったんだ。よろしく——兄さん」
「なっ! き、貴様が、養子だと?」
ロイドの言葉に対する私の感情は、驚き以外の何物でもなかった。
だってそうだろう? 確かに貴族の家には後継者がいなければ親類から、あるいは親しい他家から優秀な者を養子に迎えることはある。
だがそれは、血縁の中で特に優秀な者であったり、なんらかの要因で近しいものが全て消えた場合に保護するためである。
この男の親は存命のはずだし、正直に言ってこの男は凡庸だ。成績の上では優秀ではある。だが、その程度。努力しても上の下と言ったところが精々だろう。何せ学生同士の戦いですら一位どころか二位にすらなれないのだから。本家が養子に迎えるほどの才ではない。
だというのに、なぜ……
「そうだ。何せ、息子はフォークとテーブルクロスしか作れないゴミなんですから。優秀なやつを迎え入れるのは当然ではないですか?」
その言葉で理解できた。そうだ。私は一族が継ぐべき魔創具を継承することができなかったのだ。
養子を迎えるには、上記の二つ以外にも、後継者の不在、あるいは不備がある。
今回の場合は……私だ。当主としての資質に不備ができてしまった。
そのことについて説明をしに行くつもりだったのだが、この数日の間に父が動いたということなのだろう。
この数日という時間があれば父が動くだろうということ自体は考えていたことだ。
状況のせいで混乱していたとはいえ、私は皆が見ている場で魔創具を——フォークを作ってしまったのだから。当然ながら、そのことは父の耳にも入っているに決まっている。
であれば、貴族間の力関係などを考えても、一族の——『守護者の象徴』を作ることができない息子以外にも用意するかもしれない。そのこと自体は可能性としては考えていた。
だが、よりにもよってこの男だとは……なぜ父はこんなろくでなしを選んだのか。わからない。
この者よりも才がある者はいただろう。その者を本家に迎え入れ、鍛えれば、私と同程度は言わないが、この者を超える程度には育てることができたであろうに。
「それから、アルフレッド様は……いや、お前は追い出されることが決まった」
「は……? おい、だされる、だと?」
「ああそうだよ。役立たずはいらないとさ。『トライデント』を継ぐ者以外に、用はないってことらしいな。貴族社会の闇は知ってたつもりだが、かわいそうになあ」
その言葉に対する驚きは、先ほどの比ではなかった。
私に何かしらの沙汰が下されることは理解していたし、養子を取るかもしれぬとは考えていた。
だが、考えていたのはそこまでだ。私はこれまで自身の有用性を見せてきたつもりだし、貴族として恥じない行いをしてきたつもりだ。魔創具を使えないのは当主としては致命的かもしれないが、その補佐としては活動することができるし、養子に補佐をしてもらって実務は私がこなすということも考えていた。
だが、追い出される? そんなことは考えてもみなかった。そんなバカなことが……
「じゃあな、ゴミ野郎。当主の座もミリオラ姫様も、僕が——いや、俺がもらっていく。せいぜい今までの行いを振り返って這いつくばってろ」
「——待て、愚物が」
「あ? ——あがっ!?」
言うだけ言ってその場を去ろうとしたロイドを呼び止めた私は、振り向いたロイドの顔面に拳を叩き込んだ。
「このっ、何すんだ!」
「なぜ父が貴様のような愚物を選んだのかはしらぬ。だが、どれほどの理由があろうとも、私は貴様を許すことなどしない!」
こんな感情任せに暴力を振るうなど、貴族として間違っている。
加えて、こんなところでこんな男を殴ったところで、状況は何も変わりはしない。むしろ悪化する可能性すらある。
だが、それでも私は自信を抑えることができなかった。
「はっ! 俺とやろうってのかよ。魔創具もろくに使えない雑魚のくせによお!」
ロイドはそう言いながら魔創具であるトライデントを再度生成すると、勢いよくこちらに突いてきた。その勢いは、私が何もしなければそのまま死んでいただろうと思えるほどのもの。どうやら、それほどまでに私に対して恨みつらみが溜まっているようだ。
だが、それは私も同じこと。
感情任せに思い切り殴ったことで、少しは心を鎮めることができたようで、怒りは感じていてもそれは殺意とまではいかないものとなっている。
故に、殺しはしない。だが、まだ完全に納得できたわけではないのだ。憂さを晴らすくらいはさせてもらうぞ。
数日後。謹慎が解けたことで、私は実家へと帰還することにした。実家といっても自領ではなく王都の邸宅ではあるが、当主である父に用があるだけなので、父がいるのであればどちらだろうと構わない。
今回の件について父と話をしなければ。そして、どうにか説得しなければと思うと、自然と足が速くなる。
だが、一歩、また一歩と踏み出すたびに私の心の中には暗い感情が積もっていく。
あれは私のせいではなかったのに。
部外者が私のことを嵌めただけなのに。
襲撃を防げなかった学園側にも問題があっただろ。
そんなことを考えたところでなんの意味もないというのに、つい心の中に浮かび上がってしまう。
それでも足を止めることなく歩き続けていたのだが……
「ああ、アルフレッド・トライデン様。お久しぶりです」
あと少しで正門に差し掛かるといったところで、いやらしい笑みを浮かべている男が姿を見せた。
その男は、私の儀式を邪魔したと思しき者——ロイドだった。
こいつは怪しい。何か証拠があるわけでもないが、私の中ではこいつが下手人であろうとすでに確信がある。
警備にあたっていた公爵家の者達に調べさせたが、証拠となるものは何もないようで、わかっているのは学園内の誰かが爆発物を仕掛けたということだけ。
強いて言えば、それが魔法ではなく物質的な仕掛けだったということくらいだろう。それも、市販ではなく自作だったようで足取りがつかめていないそうだが、おそらくは建物に混じった魔創具だろうと思われるそうだ。
建物の一部に混じっていた魔創具。あり得ない話ではない。魔創具は武具を生み出すものだが、それはあくまでも貴族間の主流であって、物質であればなんでも作ることはできる。石の柱だろうとタイルだろうとレンガだろうと、なんでもだ。
だが、そのようなものを作るなど、まともに戦うつもりがない存在であると言っているようなもの。
つまりは、暗殺者。暗殺に限らなくとも、後ろ暗い者であることは間違いない。
そして、ああいった手合いは雇うことができる。誰であろうと、こいつであろうとな。
「貴様……覚えていろ。貴様は必ず潰して——」
だが、いくらこいつが怪しくとも、今は構っている余裕はない。一刻も早く父の元へ向かいたい。そう気が急いて仕方ないのだ。
故にその場を立ち去ろうとしたのだが、それは私の首元へと向かって突きつけられた一本の槍……いや、トライデントによって止められた。
「そ、れは……」
「これが僕の魔創具だ。どうだ、お前が閉じこもっている間に儀式を行なったんだ。フォークなんかと違って、立派なトライデントだろ?」
各貴族家には象徴とするような武具が存在している。我が家であればトライデントだが、これは逆に言えばトライデントを使うのは我が公爵家の者であるという証になる。
もちろん他の者が使ってはならないと決まっているわけではないので、誰が使っても罰せられることはない。
だが、公爵家に目をつけられたくないと思うので誰も自身の魔創具としては使わない。
この男もトライデン公爵家の家門に属しているのだからその他のものが使うよりも角は立たないだろうが、それでもやはり本家のことを気にして使わないのが普通だ。
だがこの男は堂々とトライデントを晒している。
どうやら、本人が言ったように私が謹慎を受けている間に魔創具の儀式を終えたようだ。
しかしだ。この男のせいで私はトライデントを使うことができなくなったというのに、その私に向かってトライデントの魔創具を突きつけるというのは、挑発以外の何ものでもない。
少しでも早く父の元へと向かいたいとは思っている。だが、この男の行動のせいで怒りが沸々と湧いてくる。
「ああ、そうだ。一つ言っておくことがあったんだ」
ここで問題を起こせばまた帰るのが遅くなるから、と自分に言い聞かせて唇を噛んで堪えるが、そんな私を見てこの男はさも今思い出したかというかのように楽しげに言葉を紡ぐ。
「僕はこれからトライデンの養子として本邸で暮らすことになったんだ。よろしく——兄さん」
「なっ! き、貴様が、養子だと?」
ロイドの言葉に対する私の感情は、驚き以外の何物でもなかった。
だってそうだろう? 確かに貴族の家には後継者がいなければ親類から、あるいは親しい他家から優秀な者を養子に迎えることはある。
だがそれは、血縁の中で特に優秀な者であったり、なんらかの要因で近しいものが全て消えた場合に保護するためである。
この男の親は存命のはずだし、正直に言ってこの男は凡庸だ。成績の上では優秀ではある。だが、その程度。努力しても上の下と言ったところが精々だろう。何せ学生同士の戦いですら一位どころか二位にすらなれないのだから。本家が養子に迎えるほどの才ではない。
だというのに、なぜ……
「そうだ。何せ、息子はフォークとテーブルクロスしか作れないゴミなんですから。優秀なやつを迎え入れるのは当然ではないですか?」
その言葉で理解できた。そうだ。私は一族が継ぐべき魔創具を継承することができなかったのだ。
養子を迎えるには、上記の二つ以外にも、後継者の不在、あるいは不備がある。
今回の場合は……私だ。当主としての資質に不備ができてしまった。
そのことについて説明をしに行くつもりだったのだが、この数日の間に父が動いたということなのだろう。
この数日という時間があれば父が動くだろうということ自体は考えていたことだ。
状況のせいで混乱していたとはいえ、私は皆が見ている場で魔創具を——フォークを作ってしまったのだから。当然ながら、そのことは父の耳にも入っているに決まっている。
であれば、貴族間の力関係などを考えても、一族の——『守護者の象徴』を作ることができない息子以外にも用意するかもしれない。そのこと自体は可能性としては考えていた。
だが、よりにもよってこの男だとは……なぜ父はこんなろくでなしを選んだのか。わからない。
この者よりも才がある者はいただろう。その者を本家に迎え入れ、鍛えれば、私と同程度は言わないが、この者を超える程度には育てることができたであろうに。
「それから、アルフレッド様は……いや、お前は追い出されることが決まった」
「は……? おい、だされる、だと?」
「ああそうだよ。役立たずはいらないとさ。『トライデント』を継ぐ者以外に、用はないってことらしいな。貴族社会の闇は知ってたつもりだが、かわいそうになあ」
その言葉に対する驚きは、先ほどの比ではなかった。
私に何かしらの沙汰が下されることは理解していたし、養子を取るかもしれぬとは考えていた。
だが、考えていたのはそこまでだ。私はこれまで自身の有用性を見せてきたつもりだし、貴族として恥じない行いをしてきたつもりだ。魔創具を使えないのは当主としては致命的かもしれないが、その補佐としては活動することができるし、養子に補佐をしてもらって実務は私がこなすということも考えていた。
だが、追い出される? そんなことは考えてもみなかった。そんなバカなことが……
「じゃあな、ゴミ野郎。当主の座もミリオラ姫様も、僕が——いや、俺がもらっていく。せいぜい今までの行いを振り返って這いつくばってろ」
「——待て、愚物が」
「あ? ——あがっ!?」
言うだけ言ってその場を去ろうとしたロイドを呼び止めた私は、振り向いたロイドの顔面に拳を叩き込んだ。
「このっ、何すんだ!」
「なぜ父が貴様のような愚物を選んだのかはしらぬ。だが、どれほどの理由があろうとも、私は貴様を許すことなどしない!」
こんな感情任せに暴力を振るうなど、貴族として間違っている。
加えて、こんなところでこんな男を殴ったところで、状況は何も変わりはしない。むしろ悪化する可能性すらある。
だが、それでも私は自信を抑えることができなかった。
「はっ! 俺とやろうってのかよ。魔創具もろくに使えない雑魚のくせによお!」
ロイドはそう言いながら魔創具であるトライデントを再度生成すると、勢いよくこちらに突いてきた。その勢いは、私が何もしなければそのまま死んでいただろうと思えるほどのもの。どうやら、それほどまでに私に対して恨みつらみが溜まっているようだ。
だが、それは私も同じこと。
感情任せに思い切り殴ったことで、少しは心を鎮めることができたようで、怒りは感じていてもそれは殺意とまではいかないものとなっている。
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