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異世界巡り
神託の準備
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「さて、そういったわけで本日はあなたの無罪を勝ち取るための審問の日なのですが……何をしているのですか?」
教会本部のある国——ディケムにたどり着いたアキラ達だが、教会本部の所有している建物へと泊まっていた。
本来は教会から迫害、侮蔑の対象になる外道魔法使いのアキラではこんな場所に泊まることなどできないどころか、そもそも捕らえられずにいること自体普段にないおかしなことではある。
だが、アキラは仮にも王女の婚約者である。それ故に雑な扱いをすることができず、加えて今回アキラは女神からの神託を授けてくれるという名目でここまできている。
そんな相手を雑に扱えば「神託を授けない」と言われてしまうかもしれない。それではまずい。
何せ、今回アキラの行う神託を求める相手はただの女神ではなく『数十年の間存在を見せなかった女神』だ。他の神々は数年に一度はそれぞれの力を授けた聖女に声を聞かせているにも関わらず、剣の女神だけが二十年以上もの間一言も姿を見せず、声を聞かせていない。
それ故に、剣の女神に何かあったのではないかと危惧しているものもいるが、重要なのはそちらではなくもう一つの理由だ。
その理由とは、剣の女神から愛想を尽かされるような何かを教会がしたのではないか。教会が見捨てられているからこそ剣の女神様は声を聞かせてくれないのではないかと民衆達の間では危惧されていた。
だから、その不安を解消させるためにも、アキラには神託を求める儀式をしてもらわなければならなかった。
思うところはあるが、粗雑に扱うこともできないというのがアキラをこの場に泊めた教会の者達の心情だった。
「何って、見てわかんないか?」
「ええ、わかりませんね。等身大の人形遊びでも始めましたか?」
そんな状況の中であっても、アキラは自分の作業に没頭しており、アトリアもまた普段の様子と態度を変えることなくアキラのそばで休んでいた。
現在アキラがやっているのは、今回の『神託の儀式』のために用意した小道具である人形だ。
人形と言っても、子供が使うような小さいものではなく、マネキンのような大きなものだ。カバンの中にバラされて詰め込まれて持ち込まれたそれは、中身を見れば猟奇的に見えることだろう。
だが、そんなことを気にすることなくアキラはそんな人形パーツを確認していた。
「人形遊びとは酷いな。これはお前の身体なのに」
そして、アトリアの言葉を受けて、手元の人形のパーツから目を離すと、それをアトリアに見せるように持ち上げながらそう言った。
だが、人形のパーツを見せられたアトリアはほんのわずかに眉を顰めてそのパーツを見つめた。
「……全然違うと思いますが、あなたからはそう見えていたので?」
だが、いくら見てもそれが自分——以前の女神であった時の自分の姿のようには思えず、ついそんなふうに口にしてしまった。
「いや? もっと綺麗だったよ」
「それは……ありがとうございます」
しかし返ってきた思わぬアキラの返しになんと返事をしていいのか分からず、反応するのが遅れてしまったアトリアだが、その様子は悪く思っている様子ではない。
「これにはちょっとギミックがあってな。魔法を発動すると姿を変えるようになってるんだ。最初っから女神っぽい姿の人形が動くよりも、普通の人形に見えるものが女神っぽい姿に変わった方が信憑性が増すだろ?」
元々はただ女神の声を神託として聞句ための儀式を外道魔法にて行なおう、というだけの話だった。
だが、それは声が聞こえるだけよりも姿も見えたほうがいいだろう。そのほうがより信憑性があるはずだと考え、そこに少しの遊び心が加わった結果、人形に女神を降霊して話させようということになったのだ。
もっとも、女神を降ろすと言っても、実際に女神を降霊するわけではなく、アトリアと人形を繋げて喋らせるだけ。ようは人形の形をした電話のようなものだ。
電話と違うのはその姿形と、少しの動作も操れるということ、それから電話を繋いでいる途中で人形の姿を変えることができるという点だろう。
だが、その距離は限られているため、電話というよりも腹話術の方が近いかもしれない。
しかし、言ってしまえばその程度の代物。本来は儀式に必要ない余分なもので、おもちゃと言っても差し支えないものだった。
そんなおもちゃではあるが、確かに、それができるのであれば有効な手ではある。
何せ、教会の者たちにとってはいくら求めても聞くことのできなかった女神の声を聞くための儀式だ。そんな儀式に、本来なら必要ない余分なおもちゃを持ち込むようなことをするとは思えないから。
だから、そんな持ち込んだ人形が言葉を話し、姿を変えるのであれば、それは実際に女神がその人形に降りたと
「なるほど。……ですが、ちゃんと機能しますか? 一応今回の審問に使う聖堂は魔法の使用ができないように結界が張られていて、あなたが最初の術を終えた時点でそれ以上の魔法は使えないようになるはずです。流石にあなたも結界と監視のある中で気付かれずに新たな魔法を、と言うのは難しいでしょう?」
「その辺は最初の魔法に全部組み込むつもりだ。あとはこの人形の中にな」
「それでは、本当に問題はないのですね?」
「まあ、思いつく限りの準備はしたよ」
それに、最悪の場合は何か問題があっても構わない。何せ元々が余分な機能の塊。単なる遊び心の結果でしかないのだから。
最低限アトリアの精神と聖女——アーシェの精神を繋いでしまえば、それでおしまいだ。
その場合は目に見えた変化は無いために、教会関係者達からしたら本当に何かが起きているのかわからないだろうが、女神の声を届ける、という目的を果たすという意味ではなんの問題もない。
そして、同じ建物内にいるのであれば、どれほど邪魔をされようとも二人の精神を繋ぎ声を届けること程度はアキラにとってはなんの問題もなくできることでしかなかった。
それ故に、アキラは本来なら緊張して当然の場面であるにもかかわらず、特に緊張を見せることなく準備を進めていくのだった。
「——あら、アーシェ。貴方も来たのですか」
「はい。今回の審問を提案し、進めたのは私ですから」
「元々の提案は貴方ではなく彼ですけどね」
そして翌日。アキラが今日の儀式が行われる聖堂にて人形を設置したり聖堂の床に魔法陣を描いたりして準備をして、それをアトリアが近くに設置された椅子に座りながら見ていると、剣の女神の聖女であるアーシェが姿を見せた。
「この度は遠いところをありがとうございます」
アキラとアトリア。それから監視役の者達以外は誰もいない聖堂。まだ集合時間には早いにも拘らず姿を見せたアーシェにアキラを含め、その場にいた者達は驚きを見せた。
何せアーシェは剣の聖女という、教会にとってはかけがえのない人物であり、本来ならば気軽に話せるような存在ではないのだ。それが犯罪者の如く扱われているアキラに会いにきたとなれば、驚くのも無理はないだろう。
だが、アーシェとそれなりに話したことのあるアキラとしては、アーシェのそんな行動も「ああ、こいつならこれくらいするか」とそれなりに納得のできるものだった。
「いえ、元々はこちらのために集まっていただいたのですから、こちらこそありがとうございます。聖女様」
二人は知り合いではあるが、対外的にはそれほど接点があるわけでもないし、親しい中であるわけでもない。
そのため、アキラは親交のない上位の者に接するように恭しく礼をしたが、アキラが顔をあげるとその先にいたアーシェは心配の色を浮かべてアキラのことを見ていた。
「……準備は、問題ありませんか?」
アーシェとしてはアキラが悪人でないことは知っているために、こうして審問を行なうというのは心苦しいく感じていた。
「ええ。これを完成させれば昼過ぎにはできるはずです」
アキラは聖堂の床に描いている最中だった魔法陣を指で示し、問題ないことを告げる。
「そうですか。それはよかったです。何か不備がありましたら遠慮なくお伝えくださいね」
「格別の配慮、ありがとうございます」
「いえ、剣の女神様の神託を授かることができるのであれば、それは私どもにとっても重要なことですから」
アーシェは剣の聖女という立場にあるし、実際に剣の女神から力を与えられている。
だが、聖女として神から声を聞いたことは一度もなかった。それ故に、実は偽物なのではないか、という声も時折聞こえてきていた。
もちろんそれは声を伝える者である剣の女神がすでに死んでいたからなのだが、そんなことがわからない。
聖女ではあるが、聖女としての仕事をこなしたことがないアーシェ。
それ故に、今回の儀式に関してはアキラの審問という以外にも思うところがあったのだ。
今確認に来たのは、アキラのことが心配だったから、というのもあるが、もう一つの理由としてアーシェ自身が緊張し、落ち着くことができなかったからというものがあった。
以前のコーデリアを助けてもらった時も、普通ならどうしようもない状況であったにもかかわらず、アキラはどうにかしてしまった。
そんな聖女でも救えなかった者を救ったアキラが大丈夫だと言ったのだ。であれば本当に大丈夫なのだろう。
「——ところで、そちらは?」
アキラから問題ないのだと聞いたアーシェは、そんな緊張——不安を消すように小さく息を吐き出した。
そうして不安がなくなってしまえば周りが見えて来るというもので、アーシェはアキラの後ろにあった人形に気が付いた。
むしろ今まで気づいていなかったのか、と思うかもしれないが、それほどまでにアーシェは緊張していたのだ。
「これは女神様の依代です。声を聞かせていただければそれで今回の件は解決し、外道魔法だからといって頭ごなしに禁止するようなものではないと理解していただけることでしょう。私も晴れて問題なしとなるお約束です。ですが、声だけでは完全に信じることは難しいでしょう。聞こえるのは神託を受ける聖女だけですし。ですので、依代を使い、女神の神託ではなく降臨を行おうかと。そうすれば他の者たちにも声を聞くことができるでしょう?」
「……え? ……こ、こうっ!? そのようなことができるのですか!?」
当初は声を聞くだけだと説明を受けていた。にもかかわらず依代に女神を降ろすとなれば、それは少し驚いた、程度では、とてもではないがすまない。
「いえ、できるかどうかは微妙ですね。まだはっきりとはわかりません。ですが、まあ一応用意だけはしておこうかと思いまして」
人形に関しては万全の準備を整えた、はずだ。
だが、なにぶんアキラとしても急に思いついて用意しただけあって、どこかに不備があるかもしれないという懸念は拭えなかったし、何より外道魔法によって幻聴を聞かされルのを防ぐために教会側でアキラの邪魔を施す可能性もある。
そのため、アキラは大丈夫だとは思っているが、もしかしたら依代に施している魔法がどうにかなって不発に終わる可能性も考えられた。
そんな不安があるからこそ、アキラは絶対にできると断言はしなかった。
「流石に女神様の降臨までできるとなれば、外道魔法は邪悪なもの、という認識は改めていただけますよね?」
「……ええ。流石にそこまでされたのであれば上層部の方々も信じざるを得ないでしょう」
外道魔法は神の祝福から外れた邪法、外法の類だと言われてきた。人を操り、死者を操り、神に叛く禁断の力と。
だが、そんな力で神を呼び出すことができるのであれば、そんな認識を改めなければならない。
むしろ、今まで求めてもなんの効果を出すこともできなかった神の声を自発的に聞くことができるのだ。他の魔法よりも上位のものとして扱わなければならないことになるかもしれない。アーシェはそんなふうに考えていた。
「ですが、本当に可能なのですか?」
「先ほども言いましたが、あくまでも可能性です。ですが、まあ恐らくは可能かと」
わずかに震える声でゆっくりと吐き出されたアーシェの言葉に、アキラはなんの気負いもなくさらりと言ってのけた。
それを聞いたアーシェはごくりと息を呑み、難しい表情をしてアキラからそばにいたアトリアへと顔を向けた。
「……アトリア殿下、来たばかりですみませんが少々席を外させていただきます」
「ええ、わかりました」
アーシェとしてはそんな挨拶をする時間さえ押しくてすぐにでも走り出したかったことだろう。
それでも王女相手に蔑ろにするわけにはいかないので、簡単ながらアトリアに挨拶をしてその身を翻して足早に歩き出した。
王女相手に少々無礼な態度ではあるが、相手が聖女であることを考えると、立場的には問題として堂々と口にできるほどのものでもない。
それに何より、アトリアはアーシェの行動について抗議するつもりはなかった。それは友人だから、というのもあるが、その内心が理解できたから。
「どこいったんだ?」
「『上』の方々のところでしょう。神の言葉を聞くのと、降臨をするのではするべき対応は全く別物ですから」
「そんなもんか?」
「そんなもん、です。わかっていてやったのではないのですか?」
「まあ、驚かせて混乱させ、少しでも対応が甘くなればな、とは思ってたな」
アキラとしては、他の紙ならばいざ知らず、こと『剣の女神』に関してはそれほど有難いものでも、手が届かない程遠い存在でもなかった。何せ今までその存在を追い求めてきたのだし、今ではすぐそばに本人がいるのだから。
だからこそ、神託ではなく降臨となった場合の相手の混乱や感情をうまく理解できなかった。
教会本部のある国——ディケムにたどり着いたアキラ達だが、教会本部の所有している建物へと泊まっていた。
本来は教会から迫害、侮蔑の対象になる外道魔法使いのアキラではこんな場所に泊まることなどできないどころか、そもそも捕らえられずにいること自体普段にないおかしなことではある。
だが、アキラは仮にも王女の婚約者である。それ故に雑な扱いをすることができず、加えて今回アキラは女神からの神託を授けてくれるという名目でここまできている。
そんな相手を雑に扱えば「神託を授けない」と言われてしまうかもしれない。それではまずい。
何せ、今回アキラの行う神託を求める相手はただの女神ではなく『数十年の間存在を見せなかった女神』だ。他の神々は数年に一度はそれぞれの力を授けた聖女に声を聞かせているにも関わらず、剣の女神だけが二十年以上もの間一言も姿を見せず、声を聞かせていない。
それ故に、剣の女神に何かあったのではないかと危惧しているものもいるが、重要なのはそちらではなくもう一つの理由だ。
その理由とは、剣の女神から愛想を尽かされるような何かを教会がしたのではないか。教会が見捨てられているからこそ剣の女神様は声を聞かせてくれないのではないかと民衆達の間では危惧されていた。
だから、その不安を解消させるためにも、アキラには神託を求める儀式をしてもらわなければならなかった。
思うところはあるが、粗雑に扱うこともできないというのがアキラをこの場に泊めた教会の者達の心情だった。
「何って、見てわかんないか?」
「ええ、わかりませんね。等身大の人形遊びでも始めましたか?」
そんな状況の中であっても、アキラは自分の作業に没頭しており、アトリアもまた普段の様子と態度を変えることなくアキラのそばで休んでいた。
現在アキラがやっているのは、今回の『神託の儀式』のために用意した小道具である人形だ。
人形と言っても、子供が使うような小さいものではなく、マネキンのような大きなものだ。カバンの中にバラされて詰め込まれて持ち込まれたそれは、中身を見れば猟奇的に見えることだろう。
だが、そんなことを気にすることなくアキラはそんな人形パーツを確認していた。
「人形遊びとは酷いな。これはお前の身体なのに」
そして、アトリアの言葉を受けて、手元の人形のパーツから目を離すと、それをアトリアに見せるように持ち上げながらそう言った。
だが、人形のパーツを見せられたアトリアはほんのわずかに眉を顰めてそのパーツを見つめた。
「……全然違うと思いますが、あなたからはそう見えていたので?」
だが、いくら見てもそれが自分——以前の女神であった時の自分の姿のようには思えず、ついそんなふうに口にしてしまった。
「いや? もっと綺麗だったよ」
「それは……ありがとうございます」
しかし返ってきた思わぬアキラの返しになんと返事をしていいのか分からず、反応するのが遅れてしまったアトリアだが、その様子は悪く思っている様子ではない。
「これにはちょっとギミックがあってな。魔法を発動すると姿を変えるようになってるんだ。最初っから女神っぽい姿の人形が動くよりも、普通の人形に見えるものが女神っぽい姿に変わった方が信憑性が増すだろ?」
元々はただ女神の声を神託として聞句ための儀式を外道魔法にて行なおう、というだけの話だった。
だが、それは声が聞こえるだけよりも姿も見えたほうがいいだろう。そのほうがより信憑性があるはずだと考え、そこに少しの遊び心が加わった結果、人形に女神を降霊して話させようということになったのだ。
もっとも、女神を降ろすと言っても、実際に女神を降霊するわけではなく、アトリアと人形を繋げて喋らせるだけ。ようは人形の形をした電話のようなものだ。
電話と違うのはその姿形と、少しの動作も操れるということ、それから電話を繋いでいる途中で人形の姿を変えることができるという点だろう。
だが、その距離は限られているため、電話というよりも腹話術の方が近いかもしれない。
しかし、言ってしまえばその程度の代物。本来は儀式に必要ない余分なもので、おもちゃと言っても差し支えないものだった。
そんなおもちゃではあるが、確かに、それができるのであれば有効な手ではある。
何せ、教会の者たちにとってはいくら求めても聞くことのできなかった女神の声を聞くための儀式だ。そんな儀式に、本来なら必要ない余分なおもちゃを持ち込むようなことをするとは思えないから。
だから、そんな持ち込んだ人形が言葉を話し、姿を変えるのであれば、それは実際に女神がその人形に降りたと
「なるほど。……ですが、ちゃんと機能しますか? 一応今回の審問に使う聖堂は魔法の使用ができないように結界が張られていて、あなたが最初の術を終えた時点でそれ以上の魔法は使えないようになるはずです。流石にあなたも結界と監視のある中で気付かれずに新たな魔法を、と言うのは難しいでしょう?」
「その辺は最初の魔法に全部組み込むつもりだ。あとはこの人形の中にな」
「それでは、本当に問題はないのですね?」
「まあ、思いつく限りの準備はしたよ」
それに、最悪の場合は何か問題があっても構わない。何せ元々が余分な機能の塊。単なる遊び心の結果でしかないのだから。
最低限アトリアの精神と聖女——アーシェの精神を繋いでしまえば、それでおしまいだ。
その場合は目に見えた変化は無いために、教会関係者達からしたら本当に何かが起きているのかわからないだろうが、女神の声を届ける、という目的を果たすという意味ではなんの問題もない。
そして、同じ建物内にいるのであれば、どれほど邪魔をされようとも二人の精神を繋ぎ声を届けること程度はアキラにとってはなんの問題もなくできることでしかなかった。
それ故に、アキラは本来なら緊張して当然の場面であるにもかかわらず、特に緊張を見せることなく準備を進めていくのだった。
「——あら、アーシェ。貴方も来たのですか」
「はい。今回の審問を提案し、進めたのは私ですから」
「元々の提案は貴方ではなく彼ですけどね」
そして翌日。アキラが今日の儀式が行われる聖堂にて人形を設置したり聖堂の床に魔法陣を描いたりして準備をして、それをアトリアが近くに設置された椅子に座りながら見ていると、剣の女神の聖女であるアーシェが姿を見せた。
「この度は遠いところをありがとうございます」
アキラとアトリア。それから監視役の者達以外は誰もいない聖堂。まだ集合時間には早いにも拘らず姿を見せたアーシェにアキラを含め、その場にいた者達は驚きを見せた。
何せアーシェは剣の聖女という、教会にとってはかけがえのない人物であり、本来ならば気軽に話せるような存在ではないのだ。それが犯罪者の如く扱われているアキラに会いにきたとなれば、驚くのも無理はないだろう。
だが、アーシェとそれなりに話したことのあるアキラとしては、アーシェのそんな行動も「ああ、こいつならこれくらいするか」とそれなりに納得のできるものだった。
「いえ、元々はこちらのために集まっていただいたのですから、こちらこそありがとうございます。聖女様」
二人は知り合いではあるが、対外的にはそれほど接点があるわけでもないし、親しい中であるわけでもない。
そのため、アキラは親交のない上位の者に接するように恭しく礼をしたが、アキラが顔をあげるとその先にいたアーシェは心配の色を浮かべてアキラのことを見ていた。
「……準備は、問題ありませんか?」
アーシェとしてはアキラが悪人でないことは知っているために、こうして審問を行なうというのは心苦しいく感じていた。
「ええ。これを完成させれば昼過ぎにはできるはずです」
アキラは聖堂の床に描いている最中だった魔法陣を指で示し、問題ないことを告げる。
「そうですか。それはよかったです。何か不備がありましたら遠慮なくお伝えくださいね」
「格別の配慮、ありがとうございます」
「いえ、剣の女神様の神託を授かることができるのであれば、それは私どもにとっても重要なことですから」
アーシェは剣の聖女という立場にあるし、実際に剣の女神から力を与えられている。
だが、聖女として神から声を聞いたことは一度もなかった。それ故に、実は偽物なのではないか、という声も時折聞こえてきていた。
もちろんそれは声を伝える者である剣の女神がすでに死んでいたからなのだが、そんなことがわからない。
聖女ではあるが、聖女としての仕事をこなしたことがないアーシェ。
それ故に、今回の儀式に関してはアキラの審問という以外にも思うところがあったのだ。
今確認に来たのは、アキラのことが心配だったから、というのもあるが、もう一つの理由としてアーシェ自身が緊張し、落ち着くことができなかったからというものがあった。
以前のコーデリアを助けてもらった時も、普通ならどうしようもない状況であったにもかかわらず、アキラはどうにかしてしまった。
そんな聖女でも救えなかった者を救ったアキラが大丈夫だと言ったのだ。であれば本当に大丈夫なのだろう。
「——ところで、そちらは?」
アキラから問題ないのだと聞いたアーシェは、そんな緊張——不安を消すように小さく息を吐き出した。
そうして不安がなくなってしまえば周りが見えて来るというもので、アーシェはアキラの後ろにあった人形に気が付いた。
むしろ今まで気づいていなかったのか、と思うかもしれないが、それほどまでにアーシェは緊張していたのだ。
「これは女神様の依代です。声を聞かせていただければそれで今回の件は解決し、外道魔法だからといって頭ごなしに禁止するようなものではないと理解していただけることでしょう。私も晴れて問題なしとなるお約束です。ですが、声だけでは完全に信じることは難しいでしょう。聞こえるのは神託を受ける聖女だけですし。ですので、依代を使い、女神の神託ではなく降臨を行おうかと。そうすれば他の者たちにも声を聞くことができるでしょう?」
「……え? ……こ、こうっ!? そのようなことができるのですか!?」
当初は声を聞くだけだと説明を受けていた。にもかかわらず依代に女神を降ろすとなれば、それは少し驚いた、程度では、とてもではないがすまない。
「いえ、できるかどうかは微妙ですね。まだはっきりとはわかりません。ですが、まあ一応用意だけはしておこうかと思いまして」
人形に関しては万全の準備を整えた、はずだ。
だが、なにぶんアキラとしても急に思いついて用意しただけあって、どこかに不備があるかもしれないという懸念は拭えなかったし、何より外道魔法によって幻聴を聞かされルのを防ぐために教会側でアキラの邪魔を施す可能性もある。
そのため、アキラは大丈夫だとは思っているが、もしかしたら依代に施している魔法がどうにかなって不発に終わる可能性も考えられた。
そんな不安があるからこそ、アキラは絶対にできると断言はしなかった。
「流石に女神様の降臨までできるとなれば、外道魔法は邪悪なもの、という認識は改めていただけますよね?」
「……ええ。流石にそこまでされたのであれば上層部の方々も信じざるを得ないでしょう」
外道魔法は神の祝福から外れた邪法、外法の類だと言われてきた。人を操り、死者を操り、神に叛く禁断の力と。
だが、そんな力で神を呼び出すことができるのであれば、そんな認識を改めなければならない。
むしろ、今まで求めてもなんの効果を出すこともできなかった神の声を自発的に聞くことができるのだ。他の魔法よりも上位のものとして扱わなければならないことになるかもしれない。アーシェはそんなふうに考えていた。
「ですが、本当に可能なのですか?」
「先ほども言いましたが、あくまでも可能性です。ですが、まあ恐らくは可能かと」
わずかに震える声でゆっくりと吐き出されたアーシェの言葉に、アキラはなんの気負いもなくさらりと言ってのけた。
それを聞いたアーシェはごくりと息を呑み、難しい表情をしてアキラからそばにいたアトリアへと顔を向けた。
「……アトリア殿下、来たばかりですみませんが少々席を外させていただきます」
「ええ、わかりました」
アーシェとしてはそんな挨拶をする時間さえ押しくてすぐにでも走り出したかったことだろう。
それでも王女相手に蔑ろにするわけにはいかないので、簡単ながらアトリアに挨拶をしてその身を翻して足早に歩き出した。
王女相手に少々無礼な態度ではあるが、相手が聖女であることを考えると、立場的には問題として堂々と口にできるほどのものでもない。
それに何より、アトリアはアーシェの行動について抗議するつもりはなかった。それは友人だから、というのもあるが、その内心が理解できたから。
「どこいったんだ?」
「『上』の方々のところでしょう。神の言葉を聞くのと、降臨をするのではするべき対応は全く別物ですから」
「そんなもんか?」
「そんなもん、です。わかっていてやったのではないのですか?」
「まあ、驚かせて混乱させ、少しでも対応が甘くなればな、とは思ってたな」
アキラとしては、他の紙ならばいざ知らず、こと『剣の女神』に関してはそれほど有難いものでも、手が届かない程遠い存在でもなかった。何せ今までその存在を追い求めてきたのだし、今ではすぐそばに本人がいるのだから。
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だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
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