146 / 164
異世界巡り
昨日の出来事
しおりを挟む
「昨日はやらかしたそうですね」
今日も今日とて、アキラはアトリアの執務室へとやってきていた。
アトリアはしばらくの間遠出していたことと、これから遠出することもありそれなりの量の仕事が溜まっている。なので本来ならば婚約者とはいえアキラのような部外者を招いている余裕などないはずなのだが、女神として仕事をし続けてきた経験があるからか、アトリアは話しながらであってもその書類を捌く速度は全く持って落ちていなかった。
そのため仕事の効率云々を理由にアキラを遠ざけることはなく、むしろそばにいてくれている方が精神衛生的に良いのだと言ってアキラを呼び寄せていた。
——なのだが、今日はどう言うわけか普段とは違い、アキラが部屋に入って席につくなり、アトリアはアキラに話しかけた。その口調は、普段の雑談をしているものとは違いどこか真面目なものになっている。
なぜアトリアの様子がそんなことになっているのかと考えたアキラは……
「……なんだっけ?」
だが何も分からなかった。
先日は、と言っていることから、言葉通り昨日のことなのだろう。だが、アキラは昨日何か特筆すべきことがあるとは思えなかった。いつもと変わらずにこの部屋に来て、いつもと変わらない日常を過ごしていた。もちろんアトリアと自分、それから聖女アーシェを加えた三人で話をしていたのもちゃんと覚えている。
だが、それ以外は特に何があったとは認識していなかった。
多少の『違い』はあったかもしれないが、アキラにとってはその全てが大した手間ではなく普段となんら変わらないことだった。
「……庭での貴族の子弟たちの醜態です」
そんな本気で何も覚えていなさそうな——いや、何も認識していなさそうなアキラの様子を理解して、アトリアはそれまで動いていた手を止めるとアキラへと顔を向けながらそう言って追加の情報を加えた。
アトリアの言っているのは、昨日皇女の婚約者を辞退しろというふざけているとすら思えるようなことを言い出したアキラの血縁上の兄とその取り巻きたちが、アキラの手によって『ダメ』にされたことを言っているのだ。
「……?」
だが、それでもアキラはなんのことかわからずに首を傾げる。
これはアキラが忘れっぽいわけではなく、目の前のゴミをゴミ箱に捨てたというのと同程度のこととしか認識していなかったからだ。
あの時は相手の言葉に怒ってつい魔法を使ってしまったが、魔法を使い終わってしまえばもう路傍の石と変わらず、馬車に乗って家へと帰ってしまえばそれこそなんの問題もなかったものとして頭から綺麗に消えていたのだ。
「……はああぁぁ……。本当に覚えていないようですね。先日、ここから帰るときに貴族の子弟たちに魔法を使ったのではありませんか? その中には貴方の血縁上の兄がいたと思いますが」
そんなアキラを見て、本気で忘れていたのかと頭を抱えたアトリアは、アキラが思い出せるようにとさらに言葉を重ねて説明をした。
「……。…………ああ! そういえばいたなそんなのも」
それから数秒して、訝しげに考え込んだアキラはようやく昨日の出来事を思い出すことができたようで、納得したように頷いているが、アトリアは再びため息を漏らした。
「あの処理は誰がしたと思っているのですか。これから外道魔法について認めてもらおうとしたところだというのに、騒ぎは起こさないでいただけませんか? せめて教会本部に行ってあれこれが終わってからにしてください。その分の仕事が増えて大変なのですから」
あの時のアキラは怒って魔法を発動したが、そこは神に至ったものとしての実力か、感知の結界に引っかからないように丁寧に魔法を使っていた。
そのため、突然の異変に違和感を持ちながらも、アキラが外道魔法を使ったと糾弾することはできなかった。何せ、証拠など何もないのだから。
しかしだ。それはあくまでも明確な証拠はないと言うだけで、人の感情——疑念や疑心というものは存在していた。
これから外道魔法の正当性や有用性を証明し、不当な扱いをされないように、と教会の本部に向かうというのに、ここで外道魔法を使った騒ぎを起こしてどうするのか、ついでにその処理のために仕事が増えた事に対する愚痴がアトリアの今の話の内容だ。
「それは……すまん。必要とあらば脳内時間の加速と脳の活性化をして作業効率を上げさせてやるから」
それを聞いたアキラは面倒をかけた事に対して申し訳なさそうに眉を顰めながらそう言ったが、アトリアは首を横に振りながら答えた。
「いりませんよ、そんな体に悪そうな感じのする魔法など。それに、思考の加速程度なら自前でできますし、それに身体強化を併用すれば似たような事はできます。と言うかやっています」
「お前も十分体に悪そうなことしてるよな」
「あくまでも自身の制御できる範囲内ですから。それよりも、次は気をつけてくださいね」
アトリアの仕事の速度が異様に早いのは、自身に対して強化を施しているからだった。
目を強化することで一瞬で書類の内容を読み、脳を強化することで書類の内容を精査、判断し、腕を強化することで書類を捲る速度と署名をする速度を強化。さらにはわずかながら自己回復をかけることで座り続けるダメージを回復してコリや疲労などを感じないようにしながら仕事をするという、仕事を行うためだけにしてはいささか無駄遣いすぎる技術を使いながらの仕事だった。だからこそアトリアの仕事は誰よりも早く、多くなっているのだ。
それがわかったところで他に誰が真似ることもできないのだが。
「ああ。悪かったな」
大した負担ではないだろうが、それでも面倒をかけたのは事実であり、それはアキラの望んでいることではないのでアキラは素直に謝り、次は気をつけようと反省したのだった。
「そもそも、なぜそのようなことをされたのですか?」
そんなアキラの様子を見て再び仕事へと戻ったアトリアだが、手を動かしながらそう問いかけた。
「……あれがちょっと母さんを貶めるようなことを言ったんだ。だから、まあそれで……ついカッとなってやった」
「そうですか。……まあいいです」
今のはあくまでもつなぎでしかない。本当にアトリアの聞きたかったことはこの後の質問だった。
「それで、あれらにはどのような魔法を使ったのですか?」
そう。それこそがアトリアの本当に聞きたかったこと。
アキラが魔法をかけた貴族の子息たちだが、それはただ単純にあの場所で眠りこけていただけではなかった。
あのあと、アキラが去った後には意識を戻し、それぞれ思い思いに行動をし始めたのだ。そう。『思い思いに』だ。
わかりやすく言ってしまえば、好き勝手したのだ。ただの貴族の子息が、宮廷の敷地内で。
アキラが外道魔法をかけたのは理解したが、ならどんな魔法をかけたのか、ということを後リア走りたかったのだ。知ったところでどうするわけでもないが、言ってしまえばただの疑問を解消するため。
「あー……なんだっけ? 確か7つの大罪ってあるだろ? 色欲とか嫉妬とか。それらの感情の中で一番強い感情で、かつ一定以上の大きさのものを極大化する魔法だったな。多分そのはず」
「詰まるところ、欲望の肥大化ですか。なるほど、それであのような」
思い出すようにしながら話すアキラの言葉を聞き、アトリアは納得したように頷きながら息を吐き出した。
「何かあったか?」
「あなたのその魔法のせいで、あれらはだいぶやらかしてますよ」
「やらかしか……どんなだ?」
アキラとしてはアレらには魔法をかけた時点で興味はなくしていたが、こうして知り合いから改めてその後を聞かされるとなると気になるものはある。
そのため、少しワクワクとした気持ちを持ちながらアトリアに問いかけた。
「手当たり次第女性の胸を触れたり押し倒したりした者や、城の美術品を持ち出した者がいますね。あとは、あなたの兄は上位者の頭を叩きましたね」
「あー、あいつらそんなこと考えてたのか。まあ納得ではあるけどな」
昨日見た貴族の子息たちの姿を思い出しながら、アキラはハハハと笑っている。
「幸い、まあ私からすればどうでもいいことではありますが、侯爵からすれば幸いと言っていいことに、上位者と言ってもあくまでもその者——あなたの兄にとっての上位者であり、侯爵家よりは格下でしたので丸く収まったようです」
だが、他の家のものは大分辛い状況になったようで、息子らにはキツめの処分を下して親ともどもしばらくは自宅謹慎することとなったようだ。
「一つ聞きたいんだが、それで俺は罪に問われるか?」
と、そこで一つ気になったので秋田はアトリアに尋ねてみる事にした。
「わかっていて聞いていますね? 罪には問われませんよ。何せ証拠がないのですから」
「一応あいつらが一度暴れると解除されるようにしておいたんだが、意味あったようで何よりだ」
突然そんな行動を取るなんて、どう考えても怪しすぎる。ならば何かあったはずだ。具体的には精神に作用する何かがあったと考えるべきで、その直前には外道魔法という精神に影響を及ぼすことのできる魔法の使い手にあっているのだからそこから疑うのは当然だった。
だがしかし、その外道魔法の使い手は人外の領域にたどり着いた魔法使い。たかだか人間程度の技術で痕跡を見つけることなどできるわけもなく、結局外道魔法がかけられたという証拠は見つけることはできずに終わっていた。そのため、アキラは犯人として罪に問うことができなかったのだ。
「もっとも、疑いそのものはかけられていますし、あなたに対する心証は下がっていますので気をつけてください」
「ああ、わかってる。俺だって普通はそんな無茶はしないさ。あの時はあれがいたことと、母への暴言が重なってちょっとやっちゃっただけだから」
「その言葉を信じてますよ。——さて、それではその話は終わりにして、次の話に移りましょうか」
「次の話って……そんなに簡単に済ませていいのか?」
思ったよりも簡単に流されたことでアキラはそれでいいのかと首を傾げたが、アトリアはそんな質問をされたことで首を傾げた。
「はい? いえ、もう謝罪はいただきましたし、そもそも元よりあれらのことなどさして気にしていませんでしたので。軽く調査しましたが、あれらの素行はとてもではありませんが善人とは呼べません。むしろ一部では他者を虐げ、愉悦に浸る悪人です。悪人であれば死んでもなんら問題ないでしょう? それにもかかわらずあれらは生きているのですから、なおのこと問題ありません」
「剣の女神、か……」
「はい? なんでしょう?」
「いや、なんでも。それより次の話ってのは?」
生まれ変わってもなお『剣の女神』としての性格、性質は変わっていないのだと改めて理解したアキラだが、それに関して今更どうこういうつもりもないので、その話を終わらせてアトリアのいう通り次に移る事にした。
「ああそうでした。——聖女、及び教会のことです」
「聖女と教会ね。時間は作れそうなのか?」
「ええ。そちらは問題ありません。ですが、あなたはどうされるつもりですか?」
「どうって、まあ適当に幻を見せて『女神様』からお声をもらえればそれでおしまいじゃないのか?」
「確かに私からの声が届けば問題ないでしょう。ですが、おそらくそれでも完全には信用されることはないでしょう」
「まあそれはそうだろうな。だが、処刑されないってだけで十分じゃないか?」
「それはそうですが、火種を残しておけばそれは後々の面倒につながります。今回自身に問題がないことの証明の他に、協会に対して魂魄魔法について説くのですから、少しでも信じてもらえるようにしたほうが良いと思いますよ」
「んー、じゃあ他に何か小細工した方がいいってことか」
「できることならば」
アトリアの言葉を受けてアキラは考えてみるが、そうそうすぐには思い付かない。
部屋の中にはしばらくの間アトリアが書類仕事をする音だけが響いたが、数分ほどするとアキラは徐に口を開いた。
「……二週間はあるわけだし、女神の依代でも作ってみるかな?」
そう呟き、教会対策に何をするのか考えていくのだった。
今日も今日とて、アキラはアトリアの執務室へとやってきていた。
アトリアはしばらくの間遠出していたことと、これから遠出することもありそれなりの量の仕事が溜まっている。なので本来ならば婚約者とはいえアキラのような部外者を招いている余裕などないはずなのだが、女神として仕事をし続けてきた経験があるからか、アトリアは話しながらであってもその書類を捌く速度は全く持って落ちていなかった。
そのため仕事の効率云々を理由にアキラを遠ざけることはなく、むしろそばにいてくれている方が精神衛生的に良いのだと言ってアキラを呼び寄せていた。
——なのだが、今日はどう言うわけか普段とは違い、アキラが部屋に入って席につくなり、アトリアはアキラに話しかけた。その口調は、普段の雑談をしているものとは違いどこか真面目なものになっている。
なぜアトリアの様子がそんなことになっているのかと考えたアキラは……
「……なんだっけ?」
だが何も分からなかった。
先日は、と言っていることから、言葉通り昨日のことなのだろう。だが、アキラは昨日何か特筆すべきことがあるとは思えなかった。いつもと変わらずにこの部屋に来て、いつもと変わらない日常を過ごしていた。もちろんアトリアと自分、それから聖女アーシェを加えた三人で話をしていたのもちゃんと覚えている。
だが、それ以外は特に何があったとは認識していなかった。
多少の『違い』はあったかもしれないが、アキラにとってはその全てが大した手間ではなく普段となんら変わらないことだった。
「……庭での貴族の子弟たちの醜態です」
そんな本気で何も覚えていなさそうな——いや、何も認識していなさそうなアキラの様子を理解して、アトリアはそれまで動いていた手を止めるとアキラへと顔を向けながらそう言って追加の情報を加えた。
アトリアの言っているのは、昨日皇女の婚約者を辞退しろというふざけているとすら思えるようなことを言い出したアキラの血縁上の兄とその取り巻きたちが、アキラの手によって『ダメ』にされたことを言っているのだ。
「……?」
だが、それでもアキラはなんのことかわからずに首を傾げる。
これはアキラが忘れっぽいわけではなく、目の前のゴミをゴミ箱に捨てたというのと同程度のこととしか認識していなかったからだ。
あの時は相手の言葉に怒ってつい魔法を使ってしまったが、魔法を使い終わってしまえばもう路傍の石と変わらず、馬車に乗って家へと帰ってしまえばそれこそなんの問題もなかったものとして頭から綺麗に消えていたのだ。
「……はああぁぁ……。本当に覚えていないようですね。先日、ここから帰るときに貴族の子弟たちに魔法を使ったのではありませんか? その中には貴方の血縁上の兄がいたと思いますが」
そんなアキラを見て、本気で忘れていたのかと頭を抱えたアトリアは、アキラが思い出せるようにとさらに言葉を重ねて説明をした。
「……。…………ああ! そういえばいたなそんなのも」
それから数秒して、訝しげに考え込んだアキラはようやく昨日の出来事を思い出すことができたようで、納得したように頷いているが、アトリアは再びため息を漏らした。
「あの処理は誰がしたと思っているのですか。これから外道魔法について認めてもらおうとしたところだというのに、騒ぎは起こさないでいただけませんか? せめて教会本部に行ってあれこれが終わってからにしてください。その分の仕事が増えて大変なのですから」
あの時のアキラは怒って魔法を発動したが、そこは神に至ったものとしての実力か、感知の結界に引っかからないように丁寧に魔法を使っていた。
そのため、突然の異変に違和感を持ちながらも、アキラが外道魔法を使ったと糾弾することはできなかった。何せ、証拠など何もないのだから。
しかしだ。それはあくまでも明確な証拠はないと言うだけで、人の感情——疑念や疑心というものは存在していた。
これから外道魔法の正当性や有用性を証明し、不当な扱いをされないように、と教会の本部に向かうというのに、ここで外道魔法を使った騒ぎを起こしてどうするのか、ついでにその処理のために仕事が増えた事に対する愚痴がアトリアの今の話の内容だ。
「それは……すまん。必要とあらば脳内時間の加速と脳の活性化をして作業効率を上げさせてやるから」
それを聞いたアキラは面倒をかけた事に対して申し訳なさそうに眉を顰めながらそう言ったが、アトリアは首を横に振りながら答えた。
「いりませんよ、そんな体に悪そうな感じのする魔法など。それに、思考の加速程度なら自前でできますし、それに身体強化を併用すれば似たような事はできます。と言うかやっています」
「お前も十分体に悪そうなことしてるよな」
「あくまでも自身の制御できる範囲内ですから。それよりも、次は気をつけてくださいね」
アトリアの仕事の速度が異様に早いのは、自身に対して強化を施しているからだった。
目を強化することで一瞬で書類の内容を読み、脳を強化することで書類の内容を精査、判断し、腕を強化することで書類を捲る速度と署名をする速度を強化。さらにはわずかながら自己回復をかけることで座り続けるダメージを回復してコリや疲労などを感じないようにしながら仕事をするという、仕事を行うためだけにしてはいささか無駄遣いすぎる技術を使いながらの仕事だった。だからこそアトリアの仕事は誰よりも早く、多くなっているのだ。
それがわかったところで他に誰が真似ることもできないのだが。
「ああ。悪かったな」
大した負担ではないだろうが、それでも面倒をかけたのは事実であり、それはアキラの望んでいることではないのでアキラは素直に謝り、次は気をつけようと反省したのだった。
「そもそも、なぜそのようなことをされたのですか?」
そんなアキラの様子を見て再び仕事へと戻ったアトリアだが、手を動かしながらそう問いかけた。
「……あれがちょっと母さんを貶めるようなことを言ったんだ。だから、まあそれで……ついカッとなってやった」
「そうですか。……まあいいです」
今のはあくまでもつなぎでしかない。本当にアトリアの聞きたかったことはこの後の質問だった。
「それで、あれらにはどのような魔法を使ったのですか?」
そう。それこそがアトリアの本当に聞きたかったこと。
アキラが魔法をかけた貴族の子息たちだが、それはただ単純にあの場所で眠りこけていただけではなかった。
あのあと、アキラが去った後には意識を戻し、それぞれ思い思いに行動をし始めたのだ。そう。『思い思いに』だ。
わかりやすく言ってしまえば、好き勝手したのだ。ただの貴族の子息が、宮廷の敷地内で。
アキラが外道魔法をかけたのは理解したが、ならどんな魔法をかけたのか、ということを後リア走りたかったのだ。知ったところでどうするわけでもないが、言ってしまえばただの疑問を解消するため。
「あー……なんだっけ? 確か7つの大罪ってあるだろ? 色欲とか嫉妬とか。それらの感情の中で一番強い感情で、かつ一定以上の大きさのものを極大化する魔法だったな。多分そのはず」
「詰まるところ、欲望の肥大化ですか。なるほど、それであのような」
思い出すようにしながら話すアキラの言葉を聞き、アトリアは納得したように頷きながら息を吐き出した。
「何かあったか?」
「あなたのその魔法のせいで、あれらはだいぶやらかしてますよ」
「やらかしか……どんなだ?」
アキラとしてはアレらには魔法をかけた時点で興味はなくしていたが、こうして知り合いから改めてその後を聞かされるとなると気になるものはある。
そのため、少しワクワクとした気持ちを持ちながらアトリアに問いかけた。
「手当たり次第女性の胸を触れたり押し倒したりした者や、城の美術品を持ち出した者がいますね。あとは、あなたの兄は上位者の頭を叩きましたね」
「あー、あいつらそんなこと考えてたのか。まあ納得ではあるけどな」
昨日見た貴族の子息たちの姿を思い出しながら、アキラはハハハと笑っている。
「幸い、まあ私からすればどうでもいいことではありますが、侯爵からすれば幸いと言っていいことに、上位者と言ってもあくまでもその者——あなたの兄にとっての上位者であり、侯爵家よりは格下でしたので丸く収まったようです」
だが、他の家のものは大分辛い状況になったようで、息子らにはキツめの処分を下して親ともどもしばらくは自宅謹慎することとなったようだ。
「一つ聞きたいんだが、それで俺は罪に問われるか?」
と、そこで一つ気になったので秋田はアトリアに尋ねてみる事にした。
「わかっていて聞いていますね? 罪には問われませんよ。何せ証拠がないのですから」
「一応あいつらが一度暴れると解除されるようにしておいたんだが、意味あったようで何よりだ」
突然そんな行動を取るなんて、どう考えても怪しすぎる。ならば何かあったはずだ。具体的には精神に作用する何かがあったと考えるべきで、その直前には外道魔法という精神に影響を及ぼすことのできる魔法の使い手にあっているのだからそこから疑うのは当然だった。
だがしかし、その外道魔法の使い手は人外の領域にたどり着いた魔法使い。たかだか人間程度の技術で痕跡を見つけることなどできるわけもなく、結局外道魔法がかけられたという証拠は見つけることはできずに終わっていた。そのため、アキラは犯人として罪に問うことができなかったのだ。
「もっとも、疑いそのものはかけられていますし、あなたに対する心証は下がっていますので気をつけてください」
「ああ、わかってる。俺だって普通はそんな無茶はしないさ。あの時はあれがいたことと、母への暴言が重なってちょっとやっちゃっただけだから」
「その言葉を信じてますよ。——さて、それではその話は終わりにして、次の話に移りましょうか」
「次の話って……そんなに簡単に済ませていいのか?」
思ったよりも簡単に流されたことでアキラはそれでいいのかと首を傾げたが、アトリアはそんな質問をされたことで首を傾げた。
「はい? いえ、もう謝罪はいただきましたし、そもそも元よりあれらのことなどさして気にしていませんでしたので。軽く調査しましたが、あれらの素行はとてもではありませんが善人とは呼べません。むしろ一部では他者を虐げ、愉悦に浸る悪人です。悪人であれば死んでもなんら問題ないでしょう? それにもかかわらずあれらは生きているのですから、なおのこと問題ありません」
「剣の女神、か……」
「はい? なんでしょう?」
「いや、なんでも。それより次の話ってのは?」
生まれ変わってもなお『剣の女神』としての性格、性質は変わっていないのだと改めて理解したアキラだが、それに関して今更どうこういうつもりもないので、その話を終わらせてアトリアのいう通り次に移る事にした。
「ああそうでした。——聖女、及び教会のことです」
「聖女と教会ね。時間は作れそうなのか?」
「ええ。そちらは問題ありません。ですが、あなたはどうされるつもりですか?」
「どうって、まあ適当に幻を見せて『女神様』からお声をもらえればそれでおしまいじゃないのか?」
「確かに私からの声が届けば問題ないでしょう。ですが、おそらくそれでも完全には信用されることはないでしょう」
「まあそれはそうだろうな。だが、処刑されないってだけで十分じゃないか?」
「それはそうですが、火種を残しておけばそれは後々の面倒につながります。今回自身に問題がないことの証明の他に、協会に対して魂魄魔法について説くのですから、少しでも信じてもらえるようにしたほうが良いと思いますよ」
「んー、じゃあ他に何か小細工した方がいいってことか」
「できることならば」
アトリアの言葉を受けてアキラは考えてみるが、そうそうすぐには思い付かない。
部屋の中にはしばらくの間アトリアが書類仕事をする音だけが響いたが、数分ほどするとアキラは徐に口を開いた。
「……二週間はあるわけだし、女神の依代でも作ってみるかな?」
そう呟き、教会対策に何をするのか考えていくのだった。
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
転生女神は自分が創造した世界で平穏に暮らしたい
りゅうじんまんさま
ファンタジー
かつて、『神界』と呼ばれる世界では『女神ハーティルティア』率いる『神族』と『邪神デスティウルス』が率いる『邪神』との間で、永きに渡る戦いが繰り広げられていた。
その永い時の中で『神気』を取り込んで力を増大させた『邪神デスティウルス』は『神界』全てを呑み込もうとした。
それを阻止する為に、『女神ハーティルティア』は配下の『神族』と共に自らの『存在』を犠牲にすることによって、全ての『邪神』を滅ぼして『神界』を新たな世界へと生まれ変わらせた。
それから数千年後、『女神』は新たな世界で『ハーティ』という名の侯爵令嬢として偶然転生を果たした。
生まれた時から『魔導』の才能が全く無かった『ハーティ』は、とある事件をきっかけに『女神』の記憶を取り戻し、人智を超えた力を手に入れることになる。
そして、自分と同じく『邪神』が復活している事を知った『ハーティ』は、諸悪の根源である『邪神デスティウルス』復活の阻止と『邪神』討伐の為に、冒険者として世界を巡る旅へと出発する。
世界中で新しい世界を創造した『女神ハーティルティア』が崇拝される中、普通の人間として平穏に暮らしたい『ハーティ』は、その力を隠しながら旅を続けていたが、行く先々で仲間を得ながら『邪神』を討伐していく『ハーティ』は、やがて世界中の人々に愛されながら『女神』として崇められていく。
果たして、『ハーティ』は自分の創造した世界を救って『普通の女の子』として平穏に暮らしていくことが出来るのか。
これは、一人の少女が『女神』の力を隠しながら世界を救う冒険の物語。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
すべてをなくした、その先で。 ~嫌われ者の俺に優しくしてくれるのがヤベー奴らしかいないってどういうこと!?~
F.ニコラス
ファンタジー
なぜか人という人に嫌われまくる16歳の少年・フウツ。
親に捨てられ村では虐げられ無いものだらけの彼だったが、ついに長年の憧れであった冒険者になる。しかしパーティーの仲間は、なんとヤンデレ令嬢のみ!?
旅の途中で出会う新たな仲間も、病的なまでの人嫌い、戦闘狂の竜人娘、毒物大好き少年に、ナチュラル物騒な芸術家、極めつけは天災エセ少女や人間を愛玩する厄介精霊!
問題児たちに振り回されたりトラブルに巻き込まれたりしながらも、フウツはそんな日常をどこか楽しみながら過ごしていく。しかし――
時おり脳裏に現れる謎の光景、知らない記憶。垣間見えるフウツの”異常性”。1000年の歳月を経て魔王が再び動き出すとき、数奇な運命もまた加速し事態はとんでもない方向に転がっていくのだが……まだ彼らは知る由も無い。
というわけで、ヤベー奴らにばかり好かれるフウツのめちゃくちゃな冒険が始まるのであった。
* * *
――すべてをなくした、その先で。少年はエゴと対峙する。
* * *
(完結)異世界再生!ポイントゲットで楽々でした
あかる
ファンタジー
事故で死んでしまったら、神様に滅びかけた世界の再生を頼まれました。精霊と、神様っぽくない神様と、頑張ります。
何年も前に書いた物の書き直し…というか、設定だけ使って書いているので、以前の物とは別物です。これでファンタジー大賞に応募しようかなと。
ほんのり恋愛風味(かなり後に)です。
前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います
八神 凪
ファンタジー
平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。
いよいよ大魔王との決戦。しかし大魔王の力は脅威で、勇者も苦戦しあわや全滅かというその時、レオスは前世が悪神であったことを思い出す――
そしてめでたく大魔王を倒したものの「商人が大魔王を倒したというのはちょっと……」という理由で、功績を与えられず、お金と骨董品をいくつか貰うことで決着する。だが、そのお金は勇者装備を押し付けられ巻き上げられる始末に……
「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」
悪神の力を取り戻した彼は無事、実家へ帰ることができるのか?
八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!
※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる