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最終章

536:第二ラウンド

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「さて、邪魔が入っちゃったけど、ようやくそれも消えた。改めて第二ラウンドと行こうか」

 魔王はそう言うとベイロンの死体なんかには目もくれず、それどころか清々したとでも言いたそうに……いや違うな。あれはもっと違うものだ。
 清々したのはその通りだろう。だがそれ以外にもなんというか、もっと……そうだな、ベイロンという個人を見ていないようなそんな感じ。
 飛び回っていたハエが死んだような、道を塞いでいた荷物が退いたような、そんな気軽さだ。

「ベイロンは死んだわけだが、何か言ってやることはないのか? 裏切られたし、そもそもお前の方から裏切ったとは言え、一時は仲間だったんだろ?」

 俺はベイロンとは敵だった。
 だが、だからと言って死んだことに何も思わなかったわけではない。

 敵だった俺がそんな少しとはいえ気をかけるやつだったというのに、あいつを部下としていた魔王は何も思わないのだろうか?

「ん? ん~……そうだなぁ……特にないかな」

 だが魔王は不快げな声で問いかける俺の言葉に、何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げて不思議そうにしながら答えた。

「そもそもさ、言ったじゃないか。ステージギミックだって。僕にとって彼はその程度でしかないよ。舞台を盛り上げるための小道具。君は道具に愛情を込めたり話しかけたりするタイプの人?」

 道具、ね。
 まあこれまでの魔王の性格からして気に留めないことはなんらおかしくはない。

「ま、思ってたよりもめんどくさいことをしてくれたけど、結局は死んだんだし、その程度だよね」

 だが、そうだとわかっていても、ベイロンのことをチリほども気にしない魔王に僅かな苛立ちを感じた。

「そもそもさ、僕も戦ってたわけだけど、殺したのは君じゃないか。それなのに今更何かを言ったところで、ねえ?」

 そうだ。確かにベイロンは俺が殺した。
 だってあいつは敵だから。敵だったから。

 ……だというのにそう思うのは、俺があいつと何度も戦ったからか、それとも魔王という共通の敵に対して一時とはいえ共に戦ったからか。あるいはそれ以外の理由か……。

「まあでも、ここで僕が勝てば、それで最後には彼がは主役じゃなかったってことがよくわかると思うよ。馬鹿だよね。あんな頭のおかしな願いを持ってそのためにこんなところまで来るだなんてさ」

 ああそうか。なんで魔王の言葉にイラつきを感じたのかわかった気がする。

 ベイロンは今まで悪事を成してきた。首狩り、なんて言われるほどには人を殺してきたんだろう。
 最後に魔王に挑んだが、それだって随分と自分勝手な理由で、魔王を倒そうとしている俺までも狙ってきた。

 その前だって王女の狂った計画に参加して好き勝手やってたし、評価をするのならろくでもないものだ。

 だが、それは誰にどんな目で見られようと非難されようと、自身の願いのために自分を貫き通したとも言える。

 それは昔俺が憧れたもの。もちろん犯罪をすることに憧れたわけじゃないし、やっていること自体はふざけたことだ。

 だが、自分を貫くというその一点だけは、俺が求めたものだった。

 だからだろう。成したことはともかくとして、一つの願いのために人生を賭けて全力で挑んだやつを馬鹿にされるのが、俺は嫌だったんだ。

「……ところで、一つ聞きたいんだけどさ。君、本気で僕に勝てるきかな?」

 だから俺は剣を構える。
 元々倒すつもりだったが、それでももう一度集中力が戻る程度にはやる気が出た。

「いや確かに本気で勝ちにきてもらわなくちゃ面白くないんだけどね? 勇者が本気で勝ちにきて、それでも勝てなくて魔王に負けてしまうって絵面が面白いんだからさ、本気で立ち向かうってのは望むところなわけだ」

 魔王にとっては俺に対処するよりも話をする方が大事なのか、片手を腰に当ててもう片手で呆れたように示している。
 それはどこからどう見ても隙だらけと言ってもいい状態だ。
 まあ隙だらけと言ってもそれは格好だけで、魔王にとっては俺程度ならいつでも反応できる程度の状態なんだろうけど。

「でもさ、もう一度言うけど……君自身本気で勝てると思ってるの?」

 だがそれでも、俺のことを見据えて武器を構えられた状態よりは付け入る隙はあるはずだ。

 だから……いく。

「確かに僕は今すごい弱体化をしているさ。君と最初に会った時とは比べ物にならないほどにね」

 収納から魔術や武器を取り出して射出しながら、この戦いの間にもう何度目になるか分からないくらい振ってきた剣をもう一度魔王へと振り下ろすために走り出す。

「けどさ、これでも魔王なんて呼ばれる存在だよ? そう易々と死ぬわけないじゃないか」

 取り出し、放った攻撃達は魔王によって容易く避けられ、弾かれるが、最初とは違う。もう最初のようにノーアクションからの魔術による防御なんてことはされていない。

 だから、付け入る隙は、必ずあるっ!

「君程度、魔力が使えなくても」

 魔王の元へと走り寄り、上段から思い切り剣を振り下ろす──失敗。
 だがそんなのはわかっていた。だから驚くことなく次へとつなげる。

 剣を切り上げ──失敗。槍を突き出し──失敗。槍を突き出したまま鎌へと変えて引き寄せる──が、これも失敗。
 それでも斬って薙いで突いて叩いて……手を止めることなく魔王を殺すべく次々と武器を取り替えて攻撃していく。

 しかし、防いで弾いて躱して逸らして……攻撃ごとに戦い方の変わる俺の攻撃は、全て対処された。

 当然ながら使っているのはただの武器ではない。
 その全てが特殊な効果の持った武器だ。
 切るたびに冷気を放ち、突くたびに拘束を放つ。そんな超常のこめられた武器ばかり。

「こうして簡単に弾くことができる」

 しかし、そんな攻撃も全ては魔王の手にある剣で防がれる。

「うおあああああ!!」

 だがそれでもと、もはやただの鉄塊とも言えるような大きな金属の棒を大上段から振り下ろす。
 これならば魔王の剣では防ぐことも逸らすこともできない。そのはずだ。
 そのはず、だった。

「言ったろ。年季が違うんだって」

 しかしそれでも──とどかない。

「うぎっ!」
「……さて、この煩わしい結界もあとどのくらいかな。三時間……はないと思うけど二時間……や、一時間ちょっとってところかな? これがなくなっちゃえば、あとは適当に城まで転移して、また心臓を作り直せばそれで君の努力も、あの邪魔者の命も、きれいさっぱり無駄になる」

 全ての攻撃を防がれ、やぶれかぶれとも言える攻撃をも対処された俺は魔王に蹴り飛ばされてボールのように地面を跳ね飛美、俺が自分で取り出した瓦礫の一つにぶつかって動きを止める。

「……そういうのは、実際に無駄にしてから言えよ」

 だがそれでも立ち上がる。

「俺はまだ立ってるぞ、魔王」

 もうすでに胃のなかに直接回復薬を取り出す程度じゃロクな効果が得られなくなってきた回復薬だが、まだ多少は効果があるそれを頭からかぶることで傷を癒す。

「俺はまだ剣を持ってる。お前の命を狙ってるぞ」

 そしてさっき蹴られたことでそれまで持っていた武器を手放してしまったので、収納から剣をとりだす。

「あと一時間しかない? ならその間にお前を殺せばそれでおしまいだろうが」
「……だからさ、それができると思ってるの?」

 魔王は俺の言葉にぴくりと表情を動かすと、さっきまでより苛立たしげに話した。

「君の頼みの綱は……これ」

 そして自身の手を前に出すと、その掌の上に黒い穴を作り出したがあれは……収納魔術か?
 だが、やはり魔王のそれは今まで見たことのある収納魔術同様、俺の使うものとどこか違って見える気がする。

「この収納魔術と収納スキルなんだろうね」

 そう言いながら魔王は収納の穴の中に手を突っ込んで剣を取りだし、それを手で弄んでいる。

「確かにすごいよ。何がどう狂ってそうなったのか詳しく調べて見ないとわからないけど、少なくとも僕たちみたいな普通の勇者が使う収納とはどこか違う。それは長い間生きてる僕にもすぐには再現できないほどのものだ」

 そして取り出した剣を俺へと向かって軽く投げつけた。
 軽く、と言ってもそれは常人が食らえば容易く死んでしまうようなもの。だが、俺には効かない。
 なんの細工もせずにただ投げつけただけのそれは、俺の纏っている渦に触れた瞬間に収納されていった。

「けどさ、だからどうしたって話なんだよね。言っちゃえば、ちょっと変わってるって、ただそれだけだろ?」

 魔王はそう言うとそれまで掌の上に作り出していた収納魔術の穴を握り潰すようにして消して、俺へと近づき始めた。

「収納魔術に限らないけどさあ、空間系の魔術は同じ空間系でしか対処できないってのは知ってるでしょ? アレって、実際のところは魔術じゃなくても良いんだよね。下の階でもだけど、さっきもあの邪魔者のベイロンくんが魔術具でやってた様に、術者の意図しない空間系の魔力があればそれだけで邪魔できるんだよ」

 そう話している間にも魔王は俺へと近づいて来ている。
 なんの目的があるのかわからないが、それでもこのまま立っているだけと言うわけにはいかない。

 だから俺は魔王へと切りかかったのだが、それも全て対処されてしまう。

「まあつまり何が言いたいかっていうとだね……」

 が、何度か打ち合ってから剣を振り下ろした腕は、魔王に掴まれた。

「こうして掴んで魔力を流しちゃえば、君は収納を使えない」

 掴まれたのだ。
 相手が弾かれたのでも、俺が吹き飛ばされたのでもなく、。収納魔術は発動しているにもかかわらずだ。

「それじゃあ、ちょっと死のっか。勇者」

 そうして俺を掴んでいる腕とは逆の掌には高密度の魔力が集まり、そこでは一つの魔術が完成していた。

 そして──爆ぜた。

「おお、すごいすごい! よくあの状況で収納を使うことができたね」
「……こっちだってな、対策はしてたんだよ。収納を封じられたら俺はその辺のやつに負ける。そんなのは最初からわかってるんだ。だったら封じられない様に備えるのは当然だろ。お前がどれほど鍛えて来たか知らないが、こっちだって訓練くらいするんだよ」

 最初にベイロンにあったとき、俺は収納魔術を使っても敵わなかった。そのときに思ったのだ。
 収納を使っても押されるようじゃ、収納が使えない状況になったら俺は負ける、と。だから鍛えなくてはならない、と

 そしてそれはケイノアの故郷であるエルフの里で空間魔術の使い手と戦ったときにはっきりとわかった。
 もし空間系の魔術を使うやつが敵になったら、俺は一気に弱体化するって。だから邪魔されても使うことができるように鍛えてきた。

「それもそっか。でも……」
「ぐ、ぶっ……!」
「それも完璧じゃないみたいだけどね」

 魔王の言う通りだ。確かに邪魔されない様に鍛えてきたが、それでも確実に成功するってわけじゃない。邪魔された状態で使おうとしても、良くて五割ってところだ。
 だがこれは一般の敵を相手にした場合で、魔王なんて格上相手だと成功率は著しく落ちるだろう。一割か、せいぜい二割ってところだろうな。

 今の爆発だって全部を収納することはできず、かなりの衝撃を通してしまった。
 流石に大きく吹き飛ばされることはなんとか防げたが、所詮俺の体は勇者としては出来損ない。こんな直近で魔王の攻撃を食らえばダメージは免れなかった。

 だが、それでも生きている。
 それに、成功率なんて二割もあれば十分だ。魔王相手に五回に一回は隙をつけるんだから、俺みたいな出来損ないにしたら十分すぎるほどの確率だ。

「さあ、そろそろ本当に殺しに行くよ。やっぱり、君は一人じゃ何もできなかったね」

 爆発の影響で多少魔王から離れた俺に向かって、もう一度魔王は歩き出す。

「それじゃあ──っ!?」

「なんだ!?」

 外から轟音が響いた。
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