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王国潜入
511:急変
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「潜入中に結構消費したものもあるしまだまだ余裕はあるって言っても、ある程度は買い揃えておきたいな」
王国への潜入調査を終えてから二日後。明日には冒険者ギルド本部長のボイエンが、冒険者及びこの国の兵士達を連れてこの場所に来ることになっていた。
だが、そんな中で俺たちは三人でまるで観光でもしているかのように街を散策していた。いや、まるで、と言うか観光そのものか。
昨日は用意した隠れ家でダラダラと休んでいたし、王国に調査に行く前にもこの街をろくに見て回ることのできていないので、どうせ明日からは忙しくなるんだろうから今のうちに消耗品の補充を兼ねて街を見て回ることにしたのだ。
「そうですね。食料品はそれぞれがまだ余裕はありそうですが、武器は少し補充しておきたいところです」
「あなた、女の子なんだからもうちょっと他に何かないの?」
「何かとは?」
「それはほら、その……美容品とかよ。この世界のはよくわからなかったからあなたから分けてもらってたのを使ってたけど、結構使ったでしょ?」
環はちょっと言い澱みながら俺の方を見たが、そうか。女性はそう言うところにも気を使わないといけないんだよな。
俺も日本にいた時は多少は気を使ってたけど、こっちに来てからはもういいか、と特に何もしていなかった。
けど環は俺と違ってそう言った部分を疎かにはできず、されど日本とはモノが違いすぎるので何をどうやって使えばいいかわからなかったようだ。
まあ、モノが違うどころか文明が違うし、もっと言うなら文字通り世界が違うので仕方がないといえば仕方がない。
「? あれは自前のものなので、買うことはできませんよ?」
そんな環の言葉にイリンはわずかに訝しげな様子を見せてそう言ったが、何かおかしなことがあっただろうか?
「え? そうだったの?」
「今までも何度か作成に出くわしていたはずですが……まさか気付いていなかったのですか?」
思い返してみればたまに部屋で植物をすり潰したりしていたが……そうか、あれは化粧品とかを作っていたのか。てっきりもっとこう、違う感じの……。
「だって、ああいうのって買うものだと思ってたし、あなたが作るのって怪しい薬だと思ってたし……」
「なんですか怪しい薬とは。せっかくあなたにも分けていたというのに」
……すまん。俺もちょっと怪しい系の薬を作ってるんだと思ってた。怪しいと言っても麻薬とかではなく毒の類だけど。
「待ってよ! だってあなたいつもニコニコ不気味な笑顔でフフフッって笑いながら作ってたじゃない。あれはどう見ても怪しいでしょ!」
「失礼ですね。それはあなたが調薬の楽しさを知らないからです」
絶対に違うと思う。
幾ら薬作りが楽しいって思うことはあったとしても、薬作りにのめり込むような人がいたとしても、イリンは違うと思う。今まで見てきた感じからすると、イリンはそういうタイプじゃない気がする。
「絶対に違うと思うわ……」
環もそう思ったようでぼそりと呟いていたが、そんなふうに和やかに話しながら街を歩いて行った。
「こうして堂々と街中を歩いてられるってのは、幸せなことなんだな……」
日常というのは無くなって初めてその大切さに気づく。
そんなこの世界に来てから今までに何度も感じてきたことを、こうして穏やかに街を歩いていて改めて感じた。
「ふふっ、何をしみじみと言ってるのよ」
「いやだってさ、つい何日か前までは潜入が基本だったから、必要な時以外は宿に篭ってるかそもそも街に長居しないかのどっちかだっただろ?」
「そうですね。その篭っていた宿でさえも一晩だけでしたし、ゆっくりだとか、警戒せずに、という状況ではありませんでしたからね」
情報を集めるたまに必要だと判断すれば街や村によって泊まっていたが、それは必要最低限で基本的に野人の如く森や平原で寝起きしていた。
宿に泊まる時もイリンの言ったように警戒し、交代で見張りを立てながら、まるでいつ襲われてもおかしくないかのように警戒しながら泊まっていた。
そんな安全や穏やかさとは程遠い中で何日もいたのだ。多少なりとも感慨深いものを感じても仕方ないだろ?
「だろ? まあこれから戦争だってことで多少は空気が物々しいけど、それでも……ん?」
会話の途中で違和感を感じた俺は思わず会話を止めて声を出してしまった。
「どうしたの?」
「いや……あの、あー? ……あれは、動いてるのか?」
「え?」
そんな俺の様子を環が不思議そうに首を傾げながら覗き込んできたが、俺は違和感の正体になんと言っていいか迷い、言葉をつまらせながらも指を進行方向とは少しずれた方向へと向けた。
その指の先には国境を示す大きな壁があり、もっと言うのなら王国へと続く門があった。
もっとも、その門は固く閉ざされているはずだったのだが、今はなんだか動いているように見える。
「動いてる、わね……」
「というよりも、開いている、ではないでしょうか?」
そうだな。確かに動いているというか、あれは門なんだから、開いてる、だな。
「……。…………っ!」
って、おい待てよ? あれは門で、開いてるってことは、つまり向こう側と繋がったってことだ。
そして向こう側ってのは俺たちが二日前までいた王国で、そこと繋がったってことは……。
「まさかっ!?」
王国の奴らが攻めて来た!?
「イリン、環っ!」
「はいっ!」
「え? 何?」
そう判断するとすぐさまイリンと環の名を呼んだが、イリンは即座に反応したものの、環は状況がわかっていないようで困惑した様子を見せている。
だが、そんな環にイリンが一喝した。
「何をボケているのですか! あれは王国と繋がっている門です。それが開いたということは、王国と繋がったということです!」
「つまり、攻めてくるってことだ!」
そこまで言うと流石に気がついたのか、環はハッとした様子を見せるが、それでもまだ困惑は消しきれないようだ。
だがそれも仕方がないかもしれない。こちらの世界に来て戦いというものに馴染はしたが、それでも俺たちにとって戦争というものは馴染みのない、どこか遠い場所で行われることのはずだった。
そんな自分には本来関わりのないはずな出来事が起こったとしても、それをすぐに理解して行動しろと言うのはなかなかに難しいだろう。
加えて、予定では何日か後にこちらから攻めて行くはずだった。それが今日突然ともなれば、咄嗟に動けずとも無理はない。
「っ! どうして!? だってまだこっちは……」
「あなたはまだボケているのですか? これは戦争ですよ。お互いに示し合わせてそれではいつ何時に戦いましょう、などという試合とは違うのです! こちらが動く前に向こうが動いた。それだけです!」
戦争が遠い場所で起こるものと言う認識に加え、俺たちは国境を通って来て、その時にはそんなに人が集まっていなかったからこっちの門から攻められるとは思っていなかった。
けど、獣人国の方が戦争が始まったというのなら、こっちだっていつ同じように襲われてもおかしくはなかったんだ。
っ! そうか。あの時……俺たちが国境を逃げてくる時に警備隊長の言っていた『こんな時』にってのは、これを指していたのか!
あいつらは最初から俺たちのことなんて関係なく、獣人国にそうしたようにこっちでも同じように攻めるつもりだったんだ!
くそっ、最初からヒントはあったってのに!
「とにかく、門に向かうぞ!」
俺はそう言うと、イリンと環の返事を待つことなく未だに完全には開ききっていないものの最初よりもその開き具合を大きくした門へと走り出した。
「後衛部隊は壁を作れ! 街の中に広がれないように左右を塞ぐんだ!」
「前衛部隊! 倒すことよりも、動きを止めることを優先しろ! 奴らは頭を貫いても襲ってくるぞ!」
門の前に辿り着くと、すでに開ききった門からは大量の人が流れ込んで来ていたが、様子を見るにあれも獣人国の国境で起きた戦いと同じように全て洗脳された一般人なんだろう。
だが、そんな門を越えて王国からやってきた人たちの行く手を阻むかのように、この街に常駐していた兵士達が隊列を組んで戦っている。
しかし、敵は単なる兵士ではなく操られた一般人。死ぬまで戦えと命じられれば、本当に死ぬまで止まることなく、何も恐れることなく突き進む。
そんなゾンビのような敵を相手にしているせいで、兵士たちは若干押され気味だ。
この状況をどうにかするのであれば、環の魔術によって範囲攻撃をするのが手っ取り早いか? 見た感じ、この人の波は門の向こう側まで続いているみたいだし。
「環──」
やっぱり環に頼んで消してもらうのが良いか。
そう思って後ろからついてきていた環へと振り返ったのだが、その言葉は途中で止まった。
敵と戦う時には頼られたいと言っていたし、俺も頼るつもりだ。
だが敵とはいえ、今攻め込んできているあれは操られているだけの一般人だ。それを殺せと彼女に言うのか?
以前にも似たようなことで悩み、迷ってしまったことがあったが、やはり頼みづらい。と言うより、頼みたくない。
「……環は援護を頼む。イリンは──」
環の守りを、と言おうとしたところで、背後にある門の方から轟音が聞こえ、それと共にやってきた熱風が背中を押した。
勢いよく振り返ると、そこには唖然としている兵士達と、その奥で炎に包まれて燃えている人影が見えた。
「……私だってやれるわ。人を殺したいわけじゃない。あの人たちは操られてるだけだって分かってる。でも、それが必要なことであれば私はあの人たちを殺せる」
燃える人々を見ている俺の背に、そばにいたはずの環から声がかけられた。
その声に反応して咄嗟に振り向いて環の事を見ると、環は真剣な瞳で俺をまっすぐ見据えていた。
「ここは私が一掃するのが最適解じゃないの?」
「……そうだな」
それは分かっている。
だがそれでも俺は首を横に振って環の考えを否定する。
「でも、お前は援護に回れ。できることと、それが問題ないことは別だろ? この間はお前達に頼りっきりだったんだ。少しくらい格好つけさせてくれよ」
今更なんだろうし、単なる俺のわがままだってのも分かってる。
最後はどのみちころ住んだとしても、結果的に彼らは死ぬんだとしても、だがそれでも、やっぱり好きな人に人殺しを強いることはしたくない。
「では私も補助に回りますね」
「はぁ……分かったわ。その代わり、怪我をしないでよね」
俺と環が少しの間見つめあっていると、隣にいたイリンが間を取り成すかのように俺たちに笑いかけ、環はそんなイリンの言葉を聞いて、ため息を吐いた後に納得したように微笑んでそう言った。
そんな二人に返事をして礼を言うと、俺は兵士達の戦っている場所へと飛び込んでいった。
「さて、ああ言って格好つけた手前、さっさと終わらせるか」
俺たちが王国から逃げてから二日経った今日だが、もうすでに俺の中にあった洗脳魔術の後遺症というか違和感は消えていた。
もう前回の国境から逃げる戦いの時のように足手纏いになったりなんてしない。
「方法としては……」
収納の中にある飛び道具を使うか、王国から持ってきた宝を使うか、収納魔術を叩きつけて弾き飛ばすかだけど……。
「まあ、弾いとくか」
その方法なら他の方法よりも死にづらい筈だ、と収納魔術を叩きつけて門の向こう側に弾き飛ばそうと思い、実際に何人もの人を弾き飛ばしたのだが、それでも彼らは止まらない。
「まだ動くか。ならもう一度……いや、ダメだな」
もう一度同じようにこちらに向かってきている人々を収納魔術で弾き飛ばそうとしたところで、俺はその考えをやめた。
今攻めてきている敵をどうにかしないといけないけど、できる事ならば殺さずに済ませたい。その考えは無くなっていない。
だがこれは戦争。操られている奴らはこっちを本気で殺しにくるんだ。ここで俺が下手に手をぬけば、こっちの味方が殺されることになる。
できれば助けたい。だが、洗脳を解く手段がない以上、彼らを助けるのは……無理だ。
……なに、殺しなんて、どうってことはない。だって俺はもう何万もの人を殺したんだから、言ってしまえば今更だ。
「アンドー!」
そう考えて行動に移そうとしたその瞬間、俺が行動に移る前にエルミナが俺たちの元へと空から落ちてきた。
「エルミナ?」
「予定では明日には本隊がここにつくはずだ。それまで持ち堪えられるかい?」
「門を閉めたりは……」
「言ったろ? あの門は向こうの所有物だって。開けるのも閉めるのも、向こうじゃないとできないよ」
そういえばそうだったな。
だが、そうなるとどうするか。門の向こうまで押し返したところで、門が閉められないんじゃ意味ないんじゃないか?
やっぱり、殺さなくてはならないってことか。
「だから本隊が来るまで持ち堪えて、来たら逆にこっちから攻め込む」
「だが、できるか?」
「やるしかないね。……けど奴ら、一般人が多めだから戦力自体はそれほどでもないんだけど、一般人ってのがまずい。兵士達が混乱してる」
敵は兵士でもなんでもない一般人だしな。攻撃しても良いのかと悩む気持ちはわかる。
「それに、あの生命力。あれはもうアンデット系の魔物として判断した方がいいくらいだ」
確かに彼ら彼女らの生命力や行動を見ている限りその通りなんだが、その作戦はダメだ。
「待った。援軍を待つのはいいけど、あっちに攻め込むのは無しだ」
「何言ってんだ。そうしないといつまで経っても終わらないよ。これは戦争だ。慈悲をかけるつもりなら……」
「そうじゃない。あっちには洗脳の魔術がある。門が開かれたとしてもその効果は残ってる。国境を越えた瞬間に全員敵になるぞ」
そう。門が開いてるから、そして洗脳された奴らがこっち側にきたから勘違いしたのかもしれないが、洗脳の魔術はあの国境を越えた瞬間に全員にかかるのだ。
敵を討ちに国境を越えてしまえば、その瞬間に援軍は敵に早変わりだ。
「……チッ。ならどうするってんだ?」
「門を閉めることはできないけど、道を塞いで行き来できないようにすることはできるよな?」
「……魔術での壁を作ろうって?」
門から続く道の左右を塞いで、進行方向を限定している魔術で生み出した壁に目を向けながら言うと、エルミナはそれだけで察したようだ。
「……そう長くは持たないかもしれないけど、本隊が来るまでなら十分かね?」
エルミナは敵を見ながらわずかに考え込んだ後、そう呟くと頷いてから再び俺のことを見た。
「私はここの指揮官に会ってくるよ」
そしてそれだけ言うと、俺の返事を聞くことなく何処かへと跳んで行った。
だが、あの様子だと本当に門を魔術で塞ぐことになるんだろうな。だとしたら……。
「俺のやることは変わらないな」
そう呟くと、俺は地面に手を当てて門の前の地面を収納した。
王国に張られている結界の影響か、一度に門の向こうまで収納することはできなかったけど、ひとまずはこれでこっちにはこられないだろう。
何十人か突然できた穴へと落ちていく人がいたけど、俺はそれを見てもなにも言わずにただ穴の底を見下ろした。
……これであとはエルミナの話が通って壁ができるまで飛び道具の類を警戒していれば、それでおしまいだ。
王国への潜入調査を終えてから二日後。明日には冒険者ギルド本部長のボイエンが、冒険者及びこの国の兵士達を連れてこの場所に来ることになっていた。
だが、そんな中で俺たちは三人でまるで観光でもしているかのように街を散策していた。いや、まるで、と言うか観光そのものか。
昨日は用意した隠れ家でダラダラと休んでいたし、王国に調査に行く前にもこの街をろくに見て回ることのできていないので、どうせ明日からは忙しくなるんだろうから今のうちに消耗品の補充を兼ねて街を見て回ることにしたのだ。
「そうですね。食料品はそれぞれがまだ余裕はありそうですが、武器は少し補充しておきたいところです」
「あなた、女の子なんだからもうちょっと他に何かないの?」
「何かとは?」
「それはほら、その……美容品とかよ。この世界のはよくわからなかったからあなたから分けてもらってたのを使ってたけど、結構使ったでしょ?」
環はちょっと言い澱みながら俺の方を見たが、そうか。女性はそう言うところにも気を使わないといけないんだよな。
俺も日本にいた時は多少は気を使ってたけど、こっちに来てからはもういいか、と特に何もしていなかった。
けど環は俺と違ってそう言った部分を疎かにはできず、されど日本とはモノが違いすぎるので何をどうやって使えばいいかわからなかったようだ。
まあ、モノが違うどころか文明が違うし、もっと言うなら文字通り世界が違うので仕方がないといえば仕方がない。
「? あれは自前のものなので、買うことはできませんよ?」
そんな環の言葉にイリンはわずかに訝しげな様子を見せてそう言ったが、何かおかしなことがあっただろうか?
「え? そうだったの?」
「今までも何度か作成に出くわしていたはずですが……まさか気付いていなかったのですか?」
思い返してみればたまに部屋で植物をすり潰したりしていたが……そうか、あれは化粧品とかを作っていたのか。てっきりもっとこう、違う感じの……。
「だって、ああいうのって買うものだと思ってたし、あなたが作るのって怪しい薬だと思ってたし……」
「なんですか怪しい薬とは。せっかくあなたにも分けていたというのに」
……すまん。俺もちょっと怪しい系の薬を作ってるんだと思ってた。怪しいと言っても麻薬とかではなく毒の類だけど。
「待ってよ! だってあなたいつもニコニコ不気味な笑顔でフフフッって笑いながら作ってたじゃない。あれはどう見ても怪しいでしょ!」
「失礼ですね。それはあなたが調薬の楽しさを知らないからです」
絶対に違うと思う。
幾ら薬作りが楽しいって思うことはあったとしても、薬作りにのめり込むような人がいたとしても、イリンは違うと思う。今まで見てきた感じからすると、イリンはそういうタイプじゃない気がする。
「絶対に違うと思うわ……」
環もそう思ったようでぼそりと呟いていたが、そんなふうに和やかに話しながら街を歩いて行った。
「こうして堂々と街中を歩いてられるってのは、幸せなことなんだな……」
日常というのは無くなって初めてその大切さに気づく。
そんなこの世界に来てから今までに何度も感じてきたことを、こうして穏やかに街を歩いていて改めて感じた。
「ふふっ、何をしみじみと言ってるのよ」
「いやだってさ、つい何日か前までは潜入が基本だったから、必要な時以外は宿に篭ってるかそもそも街に長居しないかのどっちかだっただろ?」
「そうですね。その篭っていた宿でさえも一晩だけでしたし、ゆっくりだとか、警戒せずに、という状況ではありませんでしたからね」
情報を集めるたまに必要だと判断すれば街や村によって泊まっていたが、それは必要最低限で基本的に野人の如く森や平原で寝起きしていた。
宿に泊まる時もイリンの言ったように警戒し、交代で見張りを立てながら、まるでいつ襲われてもおかしくないかのように警戒しながら泊まっていた。
そんな安全や穏やかさとは程遠い中で何日もいたのだ。多少なりとも感慨深いものを感じても仕方ないだろ?
「だろ? まあこれから戦争だってことで多少は空気が物々しいけど、それでも……ん?」
会話の途中で違和感を感じた俺は思わず会話を止めて声を出してしまった。
「どうしたの?」
「いや……あの、あー? ……あれは、動いてるのか?」
「え?」
そんな俺の様子を環が不思議そうに首を傾げながら覗き込んできたが、俺は違和感の正体になんと言っていいか迷い、言葉をつまらせながらも指を進行方向とは少しずれた方向へと向けた。
その指の先には国境を示す大きな壁があり、もっと言うのなら王国へと続く門があった。
もっとも、その門は固く閉ざされているはずだったのだが、今はなんだか動いているように見える。
「動いてる、わね……」
「というよりも、開いている、ではないでしょうか?」
そうだな。確かに動いているというか、あれは門なんだから、開いてる、だな。
「……。…………っ!」
って、おい待てよ? あれは門で、開いてるってことは、つまり向こう側と繋がったってことだ。
そして向こう側ってのは俺たちが二日前までいた王国で、そこと繋がったってことは……。
「まさかっ!?」
王国の奴らが攻めて来た!?
「イリン、環っ!」
「はいっ!」
「え? 何?」
そう判断するとすぐさまイリンと環の名を呼んだが、イリンは即座に反応したものの、環は状況がわかっていないようで困惑した様子を見せている。
だが、そんな環にイリンが一喝した。
「何をボケているのですか! あれは王国と繋がっている門です。それが開いたということは、王国と繋がったということです!」
「つまり、攻めてくるってことだ!」
そこまで言うと流石に気がついたのか、環はハッとした様子を見せるが、それでもまだ困惑は消しきれないようだ。
だがそれも仕方がないかもしれない。こちらの世界に来て戦いというものに馴染はしたが、それでも俺たちにとって戦争というものは馴染みのない、どこか遠い場所で行われることのはずだった。
そんな自分には本来関わりのないはずな出来事が起こったとしても、それをすぐに理解して行動しろと言うのはなかなかに難しいだろう。
加えて、予定では何日か後にこちらから攻めて行くはずだった。それが今日突然ともなれば、咄嗟に動けずとも無理はない。
「っ! どうして!? だってまだこっちは……」
「あなたはまだボケているのですか? これは戦争ですよ。お互いに示し合わせてそれではいつ何時に戦いましょう、などという試合とは違うのです! こちらが動く前に向こうが動いた。それだけです!」
戦争が遠い場所で起こるものと言う認識に加え、俺たちは国境を通って来て、その時にはそんなに人が集まっていなかったからこっちの門から攻められるとは思っていなかった。
けど、獣人国の方が戦争が始まったというのなら、こっちだっていつ同じように襲われてもおかしくはなかったんだ。
っ! そうか。あの時……俺たちが国境を逃げてくる時に警備隊長の言っていた『こんな時』にってのは、これを指していたのか!
あいつらは最初から俺たちのことなんて関係なく、獣人国にそうしたようにこっちでも同じように攻めるつもりだったんだ!
くそっ、最初からヒントはあったってのに!
「とにかく、門に向かうぞ!」
俺はそう言うと、イリンと環の返事を待つことなく未だに完全には開ききっていないものの最初よりもその開き具合を大きくした門へと走り出した。
「後衛部隊は壁を作れ! 街の中に広がれないように左右を塞ぐんだ!」
「前衛部隊! 倒すことよりも、動きを止めることを優先しろ! 奴らは頭を貫いても襲ってくるぞ!」
門の前に辿り着くと、すでに開ききった門からは大量の人が流れ込んで来ていたが、様子を見るにあれも獣人国の国境で起きた戦いと同じように全て洗脳された一般人なんだろう。
だが、そんな門を越えて王国からやってきた人たちの行く手を阻むかのように、この街に常駐していた兵士達が隊列を組んで戦っている。
しかし、敵は単なる兵士ではなく操られた一般人。死ぬまで戦えと命じられれば、本当に死ぬまで止まることなく、何も恐れることなく突き進む。
そんなゾンビのような敵を相手にしているせいで、兵士たちは若干押され気味だ。
この状況をどうにかするのであれば、環の魔術によって範囲攻撃をするのが手っ取り早いか? 見た感じ、この人の波は門の向こう側まで続いているみたいだし。
「環──」
やっぱり環に頼んで消してもらうのが良いか。
そう思って後ろからついてきていた環へと振り返ったのだが、その言葉は途中で止まった。
敵と戦う時には頼られたいと言っていたし、俺も頼るつもりだ。
だが敵とはいえ、今攻め込んできているあれは操られているだけの一般人だ。それを殺せと彼女に言うのか?
以前にも似たようなことで悩み、迷ってしまったことがあったが、やはり頼みづらい。と言うより、頼みたくない。
「……環は援護を頼む。イリンは──」
環の守りを、と言おうとしたところで、背後にある門の方から轟音が聞こえ、それと共にやってきた熱風が背中を押した。
勢いよく振り返ると、そこには唖然としている兵士達と、その奥で炎に包まれて燃えている人影が見えた。
「……私だってやれるわ。人を殺したいわけじゃない。あの人たちは操られてるだけだって分かってる。でも、それが必要なことであれば私はあの人たちを殺せる」
燃える人々を見ている俺の背に、そばにいたはずの環から声がかけられた。
その声に反応して咄嗟に振り向いて環の事を見ると、環は真剣な瞳で俺をまっすぐ見据えていた。
「ここは私が一掃するのが最適解じゃないの?」
「……そうだな」
それは分かっている。
だがそれでも俺は首を横に振って環の考えを否定する。
「でも、お前は援護に回れ。できることと、それが問題ないことは別だろ? この間はお前達に頼りっきりだったんだ。少しくらい格好つけさせてくれよ」
今更なんだろうし、単なる俺のわがままだってのも分かってる。
最後はどのみちころ住んだとしても、結果的に彼らは死ぬんだとしても、だがそれでも、やっぱり好きな人に人殺しを強いることはしたくない。
「では私も補助に回りますね」
「はぁ……分かったわ。その代わり、怪我をしないでよね」
俺と環が少しの間見つめあっていると、隣にいたイリンが間を取り成すかのように俺たちに笑いかけ、環はそんなイリンの言葉を聞いて、ため息を吐いた後に納得したように微笑んでそう言った。
そんな二人に返事をして礼を言うと、俺は兵士達の戦っている場所へと飛び込んでいった。
「さて、ああ言って格好つけた手前、さっさと終わらせるか」
俺たちが王国から逃げてから二日経った今日だが、もうすでに俺の中にあった洗脳魔術の後遺症というか違和感は消えていた。
もう前回の国境から逃げる戦いの時のように足手纏いになったりなんてしない。
「方法としては……」
収納の中にある飛び道具を使うか、王国から持ってきた宝を使うか、収納魔術を叩きつけて弾き飛ばすかだけど……。
「まあ、弾いとくか」
その方法なら他の方法よりも死にづらい筈だ、と収納魔術を叩きつけて門の向こう側に弾き飛ばそうと思い、実際に何人もの人を弾き飛ばしたのだが、それでも彼らは止まらない。
「まだ動くか。ならもう一度……いや、ダメだな」
もう一度同じようにこちらに向かってきている人々を収納魔術で弾き飛ばそうとしたところで、俺はその考えをやめた。
今攻めてきている敵をどうにかしないといけないけど、できる事ならば殺さずに済ませたい。その考えは無くなっていない。
だがこれは戦争。操られている奴らはこっちを本気で殺しにくるんだ。ここで俺が下手に手をぬけば、こっちの味方が殺されることになる。
できれば助けたい。だが、洗脳を解く手段がない以上、彼らを助けるのは……無理だ。
……なに、殺しなんて、どうってことはない。だって俺はもう何万もの人を殺したんだから、言ってしまえば今更だ。
「アンドー!」
そう考えて行動に移そうとしたその瞬間、俺が行動に移る前にエルミナが俺たちの元へと空から落ちてきた。
「エルミナ?」
「予定では明日には本隊がここにつくはずだ。それまで持ち堪えられるかい?」
「門を閉めたりは……」
「言ったろ? あの門は向こうの所有物だって。開けるのも閉めるのも、向こうじゃないとできないよ」
そういえばそうだったな。
だが、そうなるとどうするか。門の向こうまで押し返したところで、門が閉められないんじゃ意味ないんじゃないか?
やっぱり、殺さなくてはならないってことか。
「だから本隊が来るまで持ち堪えて、来たら逆にこっちから攻め込む」
「だが、できるか?」
「やるしかないね。……けど奴ら、一般人が多めだから戦力自体はそれほどでもないんだけど、一般人ってのがまずい。兵士達が混乱してる」
敵は兵士でもなんでもない一般人だしな。攻撃しても良いのかと悩む気持ちはわかる。
「それに、あの生命力。あれはもうアンデット系の魔物として判断した方がいいくらいだ」
確かに彼ら彼女らの生命力や行動を見ている限りその通りなんだが、その作戦はダメだ。
「待った。援軍を待つのはいいけど、あっちに攻め込むのは無しだ」
「何言ってんだ。そうしないといつまで経っても終わらないよ。これは戦争だ。慈悲をかけるつもりなら……」
「そうじゃない。あっちには洗脳の魔術がある。門が開かれたとしてもその効果は残ってる。国境を越えた瞬間に全員敵になるぞ」
そう。門が開いてるから、そして洗脳された奴らがこっち側にきたから勘違いしたのかもしれないが、洗脳の魔術はあの国境を越えた瞬間に全員にかかるのだ。
敵を討ちに国境を越えてしまえば、その瞬間に援軍は敵に早変わりだ。
「……チッ。ならどうするってんだ?」
「門を閉めることはできないけど、道を塞いで行き来できないようにすることはできるよな?」
「……魔術での壁を作ろうって?」
門から続く道の左右を塞いで、進行方向を限定している魔術で生み出した壁に目を向けながら言うと、エルミナはそれだけで察したようだ。
「……そう長くは持たないかもしれないけど、本隊が来るまでなら十分かね?」
エルミナは敵を見ながらわずかに考え込んだ後、そう呟くと頷いてから再び俺のことを見た。
「私はここの指揮官に会ってくるよ」
そしてそれだけ言うと、俺の返事を聞くことなく何処かへと跳んで行った。
だが、あの様子だと本当に門を魔術で塞ぐことになるんだろうな。だとしたら……。
「俺のやることは変わらないな」
そう呟くと、俺は地面に手を当てて門の前の地面を収納した。
王国に張られている結界の影響か、一度に門の向こうまで収納することはできなかったけど、ひとまずはこれでこっちにはこられないだろう。
何十人か突然できた穴へと落ちていく人がいたけど、俺はそれを見てもなにも言わずにただ穴の底を見下ろした。
……これであとはエルミナの話が通って壁ができるまで飛び道具の類を警戒していれば、それでおしまいだ。
応援ありがとうございます!
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