462 / 499
王国潜入
502:友の故郷の変化
しおりを挟む
翌朝になって、俺達は諸々の準備を終えて里を出ようとしていた。
「アンドーさん。イリンをよろしくお願いしますね」
「もちろんタマキのこともよ?」
自身の娘であるイリンは当然として、イーヴィン達は本当に環のことも娘のように思ってくれているようだ。
環は王国に残っている勇者二人を助けたとしても元の世界に戻らないと言っている。
その理由が俺と一緒にいるためだということ自体は嬉しいのだが、帰らないのであれば、その場合は環にとっての親や故郷と呼べるものがなくなってしまう。
たとえそれが彼女自身が決めたことであっても、そこに何も感じずにいるというのは俺にはできなかった。
しかし、イーヴィン達が受け入れてくれたことで彼女の居場所がこちらの世界にもできたようで嬉しくなり、俺は自身の口元に思わず笑みが浮かぶのを抑えられなかった。
「ええ。必ずまた三人でここに戻ってきますよ」
イリンも環も、どっちも失ったりはしない。何があるかはわからないけど、俺達は必ずここに戻ってくる。
「お前ら、次は連合の方に行くんだろ?」
イーヴィンとエーリーは俺との挨拶を終えた後はイリンと環との話しに移った。
そして今度は二人に代わってウォルフが話しかけてきた。その隣にはウォルフの弟でありイリンの父親のウォードもいる。
「ああ。その前に知り合いの村によるけど、一応今のところ目指す先としては王国との国境付近にある防衛都市を目指してるな」
「なら、何かあったらそっちに行けばいいわけだ」
「いやこっちじゃなくて首都の方に──」
行ってくれ。そう言おうとしたのだが、その言葉はウォルフの言葉で遮られた。
「わあってるよ。そっちはそっちで使いを出す。ま、使いっつってもウォードになるだろうけどな」
「これでも一応この里の長の血縁だからな。本来はウォルフの息子達の方が立場としては正しいのかもしれないが……」
「あいつらは無理だな。どうでもいいときなら構わねえが、今回みてえなでかい話のときは不安が残る」
確かに使者として出るなら長の息子の方がいい気がしないでもない。
でも、ウォルフの言うとおり今回は状況がどう動くか予想できない。経験の浅い息子達よりは、ウォードの方が安心できるだろう。
……そういえば、今更だけどウォルフの息子達ってウース意外に見た事ないな。いや、あるのかもしれないけど、どれがそうだかわからない。
でもまあ、そんなに気にするほどでもないか。もし俺たちがここに住むようになったら覚えれば大丈夫だろう。
「里としては一応は言うことは聞くさ。だが、本当にいざという時はお前のほうに行くつもりだ。俺達は、王よりもお前のことを信頼しているからな」
「ま、そういうわけだ。精々俺たちがお前んところに押し掛けねえよう、しっかりとやれや」
そう言ったウォードとウォルフに拳でトン、と軽く肩を叩かれ笑いかけられた俺は、二人に笑い返して里を後にした。
「毎度のことながら、あったかい場所だよな」
「そうでしょうか?」
「そうよ。でも、そういうのって住んでる人にはわからないものよね」
馬車へと乗って里を出てしばらく進んだ俺達はそんなふうに話をしながら家族との別れを惜しんだ。
今回はたった一晩しか泊まっていないというのに、それでも十分すぎるほどの充足感を感じた俺は、必ず戻ってこようともう一度決意を固めた。
「また、戻ってきましょうね」
「ああ」
「ええ」
そしてそう思っていたのは俺だけではないようで、環も馬車の窓から顔を出して離れていく後方を眺めながらの言葉に、俺とイリンはしっかりと頷いた。
「彰人。そろそろ着くわよ」
「ああそうか。ありがとう、環」
イリンの故郷を出発してから二日ほど経ち、俺達はガムラの故郷である村へと辿り着いた。
まあ、辿り着いたと言ってもまだ見える範囲に来た、というだけで後少しはこのまま馬車に揺られるんだけど。
「それで、ちょっと聞きたいんだけど、いいかしら?」
「ん? なんだ?」
「村の様子を、見てほしいのよ。……ああ、探知じゃなくて目視でね」
そんな環の言葉を聞いた俺とイリンは顔を見合わせて首を傾げると、窓から前方の様子を確認したのだが……。
「なんか……大きくなってないか?」
「そうなのよ。前はもっと違ったわよね?」
数ヶ月ほど前に教国から獣人国まで戻るときにもこの村に寄ったが、その時よりも村が大きくなっているように見える。
まだ遠目からだから大きさについては錯覚かもしれないが、それだけでは説明つかないこともある。
それは壁だ。前に来たときは木を加工して作った壁だったが、今正面にあるのはどうにも木ではないような気がする。
多分普通の街のように石を使って壁を作ってあるんだろうけど、なんでこんなにも変わってるんだ?
「いくつかの武装も増えているようですね」
壁に加え、イリンの言ったように武装もいくつか増えている。
わかりやすいのはバリスタだろ。ほら、よくゲームで城壁の上なんかに設置されてるボウガンの大きいやつ。あんな感じのが壁の上に設置されてるのが見える。
他にも射出系なんだろうけど、なんかしらの武装らしきものが設置されてる。
「その辺は買い替えたんだろうが、そんな金があったのか?」
「ですが武装の分はあったとしても、さすがに壁の増築までとなると足りないのではないでしょうか?」
だよな。精々が武装と……あって木製の壁の増築くらいで、全てを石造りに変えるのは無理だと思う。
「……まあ、行くしかないよな」
結局のところ、直接行って確認するしかないのだ。
だが、少なくとも一度目の旅できた時のように敵に落とされたって心配する必要はないと思う。
あの村には神獣であるナナがいるし、そもそもナナを倒した上で上でガムラ達がやられたんなら、あの村がまともな形を残して残っているとは思えない。
なんにしても、行って確認してみるしかない。
……もはやこれは村ではなく町だろ。
村に近づいてその外観をしっかりと見ることができるようになった俺が村を見て抱いた感想はそれだった。
壁だけではなく門も重厚なものに変わっており、壁の外側には深い水堀があった。
しかも壁の上に兵器が備えられてあるとなれば、もはや村とは言えない。こんな村があってたまるか。
「というか、結構人がいるのな」
「前は門の外に人が並んでる、なんてことはなかったものね」
村の中へと続く門の前にはほんの数人とはいえ列ができており、それは他の都市に比べれば全然多くない数ではあるが、以前までは見られなかった光景だ。
「おそらく、この周辺の村々が襲われたせいかと。そのせいで、その村々を中継地として使っていた者たちがここの噂を聞き、ここに集まるようになったのではないでしょうか?」
「なるほどな。そう考えるとおかしくはない、のか?」
だがそれにしては前回……数ヶ月前にきた時にはこんな列なんてできるほどでもなかった。
……まあ、とにかく中に入って見ないとわからないか。
俺たちも列に並んで進むが、村の中に入る検査もそんなに厳しいものではないのか、ほとんど素通りと変わらないくらいに速やかに進んでいった。
「あれ? あなた方は……」
そしていざ村の中に入ろうとしたところで門番の男が俺の顔を見ながら首を傾げた。
「あー、ちょっと前にもここにきたことがあるんだけど、覚えてる感じか?」
「もちろんです。一年どころか半年も経っていないのに、恩人の顔を忘れはしませんよ」
「そうか。……それで、ちょっと聞きたいんだが、何があった?」
「何が……ああ。これですか。実は二ヶ月ほど前に村長が……あ、ガムラが色々と手配したようで、いまではスッカリこんな感じです。周辺の村が襲われた時の生き残りも多少はいたらしく、襲われていない村からも移住者が増えて……」
そんな感じで門番から話を聞いていたのだが、一応仕事中だということを思い出したのかハッと気を取り直すと、苦笑しながら口を開いた。
「っと、すみません。これ以上はガムラから直接聞いてください。家の場所は変わってませんから」
「ああ、仕事中に悪かったな」
そうして門をくぐり抜けてガムラの家に行ったのだが、少し迷いそうになった。
場所は変わってないって言っても、景色が変わってるじゃないか。
前に来たときも結構代わってきていたが、この数ヶ月でかなり変わったな。
そんなことを思いながらガムラの家のドアを叩こうとしたところで、勝手にドアが開いて中からガムラが姿を現した。
「よくきたな」
「……まだドアを叩いていなかったはずなんだがな」
「ナナが知らせてくれたんだよ。家の外にアンドーがきてる、ってな。まあ入れ」
俺たちはガムラの後を追って家の中に入ると、変わった村の光景とは違い、あまり変わっていない家の中を見回してから軽く息を吐き出した。
「で、今回はどうした? 前に来てからまだ半年も経ってないだろ?」
「まあその辺は事情があってな……」
いつも通りと言うべきか、この家に来た時に使っていたテーブルについたガムラを見て、俺たちも同じように席につくと、これまでのことと、ここに来た目的について話すことにした。
「その話は本当だったってわけか」
俺の話を聞き終えたガムラは、そう言うと一度大きくため息を吐いた。
「知ってたのか?」
「まあ、ここにも獣人国とギルド連合を行き来する商人は寄るからな。自然と話は聞くんだよ」
まあ、それもそうか。他の村に回っていた商人達もここを使うようになったのであれば、当然ながら商人と接する機会も増えるだろうし、いろんな話も聞くだろう。その中に王国の違和感の話があってもおかしくはないか。
「……だがまあ、なら、村を強化したのは正解だったってわけだ」
「ああそれだ。この村、随分と変わったな。前に来てから大体三ヶ月くらいか? そんな短い期間で何があったんだよ。もはや村ではないだろ」
「あー、それな。実はナナが張り切ってな……」
ガムラはそう言うと呆れ混じりにナナのやってきたことを話し始めた。
この村で暮らすようになったナナだが、魔物や賊などの討伐以外は寝たり村の子供達の相手をしたりと、基本的にのんびりと暮らしているそうだ。
木の上なんかにハンモック的な物を作って寝ている様子は、前回俺たちが教国から家に帰るときにこの村に寄った際にも見た。
が、あるとき子供たちから言われたそうだ。
「ナナは仕事しなくていいのか?」
と。
日本では子供を働かせたりしないが、こう言った村では子供であっても貴重な労働力だ。朝から晩まで遊んでいるわけにはいかない。
自分よりもはるかに年下の子供たちに自分が働いていないことを指摘されたナナは、子供たちを見返すために仕事を始めたそうだ。
その内容は機織り。生み出した蜘蛛の糸を使って布を作ったらしいのだが、子供たちを見返すために張り切りったのかたくさん布を作って行商人たちに売ったのだが──張り切りすぎた。
魔術を込められて作られた糸は、もはやそれ自体が一種の魔術具となっており、耐刃耐衝撃耐火耐魔術……。そんないろんな効果が盛り沢山の馬鹿げた布が出来上がったらしい。
そしてそれをナナが行商人に売ってたのだが、それはガムラとキリーに黙って売っていたそうだ。
曰く、驚かせたかったとのことらしい。
だが、そのせいでナナが作った布の存在は広まってしまい、ここに買い付けに来る商人も出てくるようになったという。
「いまではその布を生み出す魔術を適正のある奴らが学んでる始末だ」
「それはすごいが……いくらなんでもナナの使う魔術を再現するのは無理だろ?」
「ああそりゃな。流石にあんなバケモンアイテムは作れねえし、求めてねえよ。だがな、一人が全部まとめてはできなくても、何人かが集まってそれぞれの魔術をかけるんだったら、なんとかなるだろ?」
確かにそれならなんとかなるか。
「それでも効果は劣るが、まあ新しい金稼ぎにはなる」
「なら今後はここは紡績の町になるのか」
「まあな。……つーかここは町じゃねえ、村だ」
「まだ、だろ? こんな村ないっての。今はギリギリ村だとしても、どうせそのうち町になる」
俺がそう言うと、ガムラは無言のまま顔をしかめてガシガシと乱暴に頭をかいた。
「ところで、街の壁はどうやったんだ? たった数ヶ月じゃあんな石造りの壁なんてできないだろ。魔術か?」
「ああ、それもナナだ」
「呼んだ?」
ガムラがナナの名前を出すと突然横から声が聞こえた。
そのことにビクッと体をはねさせてから声の方向を見ると、膝下まで真っ白な髪が伸びている少女──ナナがいた。
ナナは以前俺が渡したリボンを今でも使っているようで、長い髪はそのままだが正面は隠れないように結われており、その素顔がさらされていた。
「ああ、ナナか。久しぶりだな」
「ん」
相変わらずの短い言葉。いや、言葉ですらない声だけの返事だが、これがナナだ。
俺だけではなくイリンと環も挨拶をしたのだが、同じように帰ってくる返事はとても短いものだった。
「さっき呼んだ?」
「え、ああ。どうやって壁を作ったのかと思ってな」
「ん。こう」
俺の言葉に頷いたナナは右手の指を自分の顔の前に持ち上げると、それとは逆の左手の指先から糸を出し、右手の指の上に糸を通してその糸の先端を地面へと伸ばした。
そしてその先端に椅子をくくりつけると、その椅子が宙に持ち上がった。
「……なるほど。工事用のクレーンみたいな感じか」
「でもそれだと吊るす方が必要になるんじゃないかしら? それはどうやったの?」
「おそらくは神獣化ですね。腕だけ、もしくは全身を元の姿に戻してしまえば、壁よりも上から吊るすことができると思います」
「ん。正解。頑張った」
「あー……お疲れ様」
どこか誇らしげなナナを見て微笑ましい気持ちになった俺はそんな風に彼女をねぎらった。
「あんたら、話すなとは言わないけどさ、せめてあたしを呼びにくるくらいはしてくれてもよかったんじゃないのかい?」
そして俺たちが話していると、二階から誰かが降りてくる足音が聞こえ、そちらからはこの家のもう一人の住人であるキリーがやってきた。
「おう、キリーも来たか」
「一人だけ仲間外れは寂しいからね」
「ごめん」
肩を竦めていったキリーの軽口にナナはションボリとして謝るが、そんなナナの頭を軽くポンポンと叩きながらキリーは自分も席についた。
「で、あんたたち今回はいつまでいるんだい?」
「あー、明日には出ていくな」
「は? そりゃあ随分と急だね」
「まあ詳しい事情はそっちに伝えたから、後で聞いてくれ」
「ふーん。ま、なんにしても一日しかいないんだったら、せめて今晩くらいは楽しんできな」
席についたばかりだが、キリーはそう言って立ち上がると厨房の方へと消えていき、イリンと環はその後を追っていった。
「アンドーさん。イリンをよろしくお願いしますね」
「もちろんタマキのこともよ?」
自身の娘であるイリンは当然として、イーヴィン達は本当に環のことも娘のように思ってくれているようだ。
環は王国に残っている勇者二人を助けたとしても元の世界に戻らないと言っている。
その理由が俺と一緒にいるためだということ自体は嬉しいのだが、帰らないのであれば、その場合は環にとっての親や故郷と呼べるものがなくなってしまう。
たとえそれが彼女自身が決めたことであっても、そこに何も感じずにいるというのは俺にはできなかった。
しかし、イーヴィン達が受け入れてくれたことで彼女の居場所がこちらの世界にもできたようで嬉しくなり、俺は自身の口元に思わず笑みが浮かぶのを抑えられなかった。
「ええ。必ずまた三人でここに戻ってきますよ」
イリンも環も、どっちも失ったりはしない。何があるかはわからないけど、俺達は必ずここに戻ってくる。
「お前ら、次は連合の方に行くんだろ?」
イーヴィンとエーリーは俺との挨拶を終えた後はイリンと環との話しに移った。
そして今度は二人に代わってウォルフが話しかけてきた。その隣にはウォルフの弟でありイリンの父親のウォードもいる。
「ああ。その前に知り合いの村によるけど、一応今のところ目指す先としては王国との国境付近にある防衛都市を目指してるな」
「なら、何かあったらそっちに行けばいいわけだ」
「いやこっちじゃなくて首都の方に──」
行ってくれ。そう言おうとしたのだが、その言葉はウォルフの言葉で遮られた。
「わあってるよ。そっちはそっちで使いを出す。ま、使いっつってもウォードになるだろうけどな」
「これでも一応この里の長の血縁だからな。本来はウォルフの息子達の方が立場としては正しいのかもしれないが……」
「あいつらは無理だな。どうでもいいときなら構わねえが、今回みてえなでかい話のときは不安が残る」
確かに使者として出るなら長の息子の方がいい気がしないでもない。
でも、ウォルフの言うとおり今回は状況がどう動くか予想できない。経験の浅い息子達よりは、ウォードの方が安心できるだろう。
……そういえば、今更だけどウォルフの息子達ってウース意外に見た事ないな。いや、あるのかもしれないけど、どれがそうだかわからない。
でもまあ、そんなに気にするほどでもないか。もし俺たちがここに住むようになったら覚えれば大丈夫だろう。
「里としては一応は言うことは聞くさ。だが、本当にいざという時はお前のほうに行くつもりだ。俺達は、王よりもお前のことを信頼しているからな」
「ま、そういうわけだ。精々俺たちがお前んところに押し掛けねえよう、しっかりとやれや」
そう言ったウォードとウォルフに拳でトン、と軽く肩を叩かれ笑いかけられた俺は、二人に笑い返して里を後にした。
「毎度のことながら、あったかい場所だよな」
「そうでしょうか?」
「そうよ。でも、そういうのって住んでる人にはわからないものよね」
馬車へと乗って里を出てしばらく進んだ俺達はそんなふうに話をしながら家族との別れを惜しんだ。
今回はたった一晩しか泊まっていないというのに、それでも十分すぎるほどの充足感を感じた俺は、必ず戻ってこようともう一度決意を固めた。
「また、戻ってきましょうね」
「ああ」
「ええ」
そしてそう思っていたのは俺だけではないようで、環も馬車の窓から顔を出して離れていく後方を眺めながらの言葉に、俺とイリンはしっかりと頷いた。
「彰人。そろそろ着くわよ」
「ああそうか。ありがとう、環」
イリンの故郷を出発してから二日ほど経ち、俺達はガムラの故郷である村へと辿り着いた。
まあ、辿り着いたと言ってもまだ見える範囲に来た、というだけで後少しはこのまま馬車に揺られるんだけど。
「それで、ちょっと聞きたいんだけど、いいかしら?」
「ん? なんだ?」
「村の様子を、見てほしいのよ。……ああ、探知じゃなくて目視でね」
そんな環の言葉を聞いた俺とイリンは顔を見合わせて首を傾げると、窓から前方の様子を確認したのだが……。
「なんか……大きくなってないか?」
「そうなのよ。前はもっと違ったわよね?」
数ヶ月ほど前に教国から獣人国まで戻るときにもこの村に寄ったが、その時よりも村が大きくなっているように見える。
まだ遠目からだから大きさについては錯覚かもしれないが、それだけでは説明つかないこともある。
それは壁だ。前に来たときは木を加工して作った壁だったが、今正面にあるのはどうにも木ではないような気がする。
多分普通の街のように石を使って壁を作ってあるんだろうけど、なんでこんなにも変わってるんだ?
「いくつかの武装も増えているようですね」
壁に加え、イリンの言ったように武装もいくつか増えている。
わかりやすいのはバリスタだろ。ほら、よくゲームで城壁の上なんかに設置されてるボウガンの大きいやつ。あんな感じのが壁の上に設置されてるのが見える。
他にも射出系なんだろうけど、なんかしらの武装らしきものが設置されてる。
「その辺は買い替えたんだろうが、そんな金があったのか?」
「ですが武装の分はあったとしても、さすがに壁の増築までとなると足りないのではないでしょうか?」
だよな。精々が武装と……あって木製の壁の増築くらいで、全てを石造りに変えるのは無理だと思う。
「……まあ、行くしかないよな」
結局のところ、直接行って確認するしかないのだ。
だが、少なくとも一度目の旅できた時のように敵に落とされたって心配する必要はないと思う。
あの村には神獣であるナナがいるし、そもそもナナを倒した上で上でガムラ達がやられたんなら、あの村がまともな形を残して残っているとは思えない。
なんにしても、行って確認してみるしかない。
……もはやこれは村ではなく町だろ。
村に近づいてその外観をしっかりと見ることができるようになった俺が村を見て抱いた感想はそれだった。
壁だけではなく門も重厚なものに変わっており、壁の外側には深い水堀があった。
しかも壁の上に兵器が備えられてあるとなれば、もはや村とは言えない。こんな村があってたまるか。
「というか、結構人がいるのな」
「前は門の外に人が並んでる、なんてことはなかったものね」
村の中へと続く門の前にはほんの数人とはいえ列ができており、それは他の都市に比べれば全然多くない数ではあるが、以前までは見られなかった光景だ。
「おそらく、この周辺の村々が襲われたせいかと。そのせいで、その村々を中継地として使っていた者たちがここの噂を聞き、ここに集まるようになったのではないでしょうか?」
「なるほどな。そう考えるとおかしくはない、のか?」
だがそれにしては前回……数ヶ月前にきた時にはこんな列なんてできるほどでもなかった。
……まあ、とにかく中に入って見ないとわからないか。
俺たちも列に並んで進むが、村の中に入る検査もそんなに厳しいものではないのか、ほとんど素通りと変わらないくらいに速やかに進んでいった。
「あれ? あなた方は……」
そしていざ村の中に入ろうとしたところで門番の男が俺の顔を見ながら首を傾げた。
「あー、ちょっと前にもここにきたことがあるんだけど、覚えてる感じか?」
「もちろんです。一年どころか半年も経っていないのに、恩人の顔を忘れはしませんよ」
「そうか。……それで、ちょっと聞きたいんだが、何があった?」
「何が……ああ。これですか。実は二ヶ月ほど前に村長が……あ、ガムラが色々と手配したようで、いまではスッカリこんな感じです。周辺の村が襲われた時の生き残りも多少はいたらしく、襲われていない村からも移住者が増えて……」
そんな感じで門番から話を聞いていたのだが、一応仕事中だということを思い出したのかハッと気を取り直すと、苦笑しながら口を開いた。
「っと、すみません。これ以上はガムラから直接聞いてください。家の場所は変わってませんから」
「ああ、仕事中に悪かったな」
そうして門をくぐり抜けてガムラの家に行ったのだが、少し迷いそうになった。
場所は変わってないって言っても、景色が変わってるじゃないか。
前に来たときも結構代わってきていたが、この数ヶ月でかなり変わったな。
そんなことを思いながらガムラの家のドアを叩こうとしたところで、勝手にドアが開いて中からガムラが姿を現した。
「よくきたな」
「……まだドアを叩いていなかったはずなんだがな」
「ナナが知らせてくれたんだよ。家の外にアンドーがきてる、ってな。まあ入れ」
俺たちはガムラの後を追って家の中に入ると、変わった村の光景とは違い、あまり変わっていない家の中を見回してから軽く息を吐き出した。
「で、今回はどうした? 前に来てからまだ半年も経ってないだろ?」
「まあその辺は事情があってな……」
いつも通りと言うべきか、この家に来た時に使っていたテーブルについたガムラを見て、俺たちも同じように席につくと、これまでのことと、ここに来た目的について話すことにした。
「その話は本当だったってわけか」
俺の話を聞き終えたガムラは、そう言うと一度大きくため息を吐いた。
「知ってたのか?」
「まあ、ここにも獣人国とギルド連合を行き来する商人は寄るからな。自然と話は聞くんだよ」
まあ、それもそうか。他の村に回っていた商人達もここを使うようになったのであれば、当然ながら商人と接する機会も増えるだろうし、いろんな話も聞くだろう。その中に王国の違和感の話があってもおかしくはないか。
「……だがまあ、なら、村を強化したのは正解だったってわけだ」
「ああそれだ。この村、随分と変わったな。前に来てから大体三ヶ月くらいか? そんな短い期間で何があったんだよ。もはや村ではないだろ」
「あー、それな。実はナナが張り切ってな……」
ガムラはそう言うと呆れ混じりにナナのやってきたことを話し始めた。
この村で暮らすようになったナナだが、魔物や賊などの討伐以外は寝たり村の子供達の相手をしたりと、基本的にのんびりと暮らしているそうだ。
木の上なんかにハンモック的な物を作って寝ている様子は、前回俺たちが教国から家に帰るときにこの村に寄った際にも見た。
が、あるとき子供たちから言われたそうだ。
「ナナは仕事しなくていいのか?」
と。
日本では子供を働かせたりしないが、こう言った村では子供であっても貴重な労働力だ。朝から晩まで遊んでいるわけにはいかない。
自分よりもはるかに年下の子供たちに自分が働いていないことを指摘されたナナは、子供たちを見返すために仕事を始めたそうだ。
その内容は機織り。生み出した蜘蛛の糸を使って布を作ったらしいのだが、子供たちを見返すために張り切りったのかたくさん布を作って行商人たちに売ったのだが──張り切りすぎた。
魔術を込められて作られた糸は、もはやそれ自体が一種の魔術具となっており、耐刃耐衝撃耐火耐魔術……。そんないろんな効果が盛り沢山の馬鹿げた布が出来上がったらしい。
そしてそれをナナが行商人に売ってたのだが、それはガムラとキリーに黙って売っていたそうだ。
曰く、驚かせたかったとのことらしい。
だが、そのせいでナナが作った布の存在は広まってしまい、ここに買い付けに来る商人も出てくるようになったという。
「いまではその布を生み出す魔術を適正のある奴らが学んでる始末だ」
「それはすごいが……いくらなんでもナナの使う魔術を再現するのは無理だろ?」
「ああそりゃな。流石にあんなバケモンアイテムは作れねえし、求めてねえよ。だがな、一人が全部まとめてはできなくても、何人かが集まってそれぞれの魔術をかけるんだったら、なんとかなるだろ?」
確かにそれならなんとかなるか。
「それでも効果は劣るが、まあ新しい金稼ぎにはなる」
「なら今後はここは紡績の町になるのか」
「まあな。……つーかここは町じゃねえ、村だ」
「まだ、だろ? こんな村ないっての。今はギリギリ村だとしても、どうせそのうち町になる」
俺がそう言うと、ガムラは無言のまま顔をしかめてガシガシと乱暴に頭をかいた。
「ところで、街の壁はどうやったんだ? たった数ヶ月じゃあんな石造りの壁なんてできないだろ。魔術か?」
「ああ、それもナナだ」
「呼んだ?」
ガムラがナナの名前を出すと突然横から声が聞こえた。
そのことにビクッと体をはねさせてから声の方向を見ると、膝下まで真っ白な髪が伸びている少女──ナナがいた。
ナナは以前俺が渡したリボンを今でも使っているようで、長い髪はそのままだが正面は隠れないように結われており、その素顔がさらされていた。
「ああ、ナナか。久しぶりだな」
「ん」
相変わらずの短い言葉。いや、言葉ですらない声だけの返事だが、これがナナだ。
俺だけではなくイリンと環も挨拶をしたのだが、同じように帰ってくる返事はとても短いものだった。
「さっき呼んだ?」
「え、ああ。どうやって壁を作ったのかと思ってな」
「ん。こう」
俺の言葉に頷いたナナは右手の指を自分の顔の前に持ち上げると、それとは逆の左手の指先から糸を出し、右手の指の上に糸を通してその糸の先端を地面へと伸ばした。
そしてその先端に椅子をくくりつけると、その椅子が宙に持ち上がった。
「……なるほど。工事用のクレーンみたいな感じか」
「でもそれだと吊るす方が必要になるんじゃないかしら? それはどうやったの?」
「おそらくは神獣化ですね。腕だけ、もしくは全身を元の姿に戻してしまえば、壁よりも上から吊るすことができると思います」
「ん。正解。頑張った」
「あー……お疲れ様」
どこか誇らしげなナナを見て微笑ましい気持ちになった俺はそんな風に彼女をねぎらった。
「あんたら、話すなとは言わないけどさ、せめてあたしを呼びにくるくらいはしてくれてもよかったんじゃないのかい?」
そして俺たちが話していると、二階から誰かが降りてくる足音が聞こえ、そちらからはこの家のもう一人の住人であるキリーがやってきた。
「おう、キリーも来たか」
「一人だけ仲間外れは寂しいからね」
「ごめん」
肩を竦めていったキリーの軽口にナナはションボリとして謝るが、そんなナナの頭を軽くポンポンと叩きながらキリーは自分も席についた。
「で、あんたたち今回はいつまでいるんだい?」
「あー、明日には出ていくな」
「は? そりゃあ随分と急だね」
「まあ詳しい事情はそっちに伝えたから、後で聞いてくれ」
「ふーん。ま、なんにしても一日しかいないんだったら、せめて今晩くらいは楽しんできな」
席についたばかりだが、キリーはそう言って立ち上がると厨房の方へと消えていき、イリンと環はその後を追っていった。
0
お気に入りに追加
4,060
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。
しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた!
今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。
そうしていると……?
※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~
平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。
三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。
そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。
アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。
襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。
果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。