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王国潜入

502:友の故郷の変化

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 翌朝になって、俺達は諸々の準備を終えて里を出ようとしていた。

「アンドーさん。イリンをよろしくお願いしますね」
「もちろんタマキのこともよ?」

 自身の娘であるイリンは当然として、イーヴィン達は本当に環のことも娘のように思ってくれているようだ。

 環は王国に残っている勇者二人を助けたとしても元の世界に戻らないと言っている。
 その理由が俺と一緒にいるためだということ自体は嬉しいのだが、帰らないのであれば、その場合は環にとっての親や故郷と呼べるものがなくなってしまう。
 たとえそれが彼女自身が決めたことであっても、そこに何も感じずにいるというのは俺にはできなかった。

 しかし、イーヴィン達が受け入れてくれたことで彼女の居場所がこちらの世界にもできたようで嬉しくなり、俺は自身の口元に思わず笑みが浮かぶのを抑えられなかった。

「ええ。必ずまた三人でここに戻ってきますよ」

 イリンも環も、どっちも失ったりはしない。何があるかはわからないけど、俺達は必ずここに戻ってくる。

「お前ら、次は連合の方に行くんだろ?」

 イーヴィンとエーリーは俺との挨拶を終えた後はイリンと環との話しに移った。

 そして今度は二人に代わってウォルフが話しかけてきた。その隣にはウォルフの弟でありイリンの父親のウォードもいる。

「ああ。その前に知り合いの村によるけど、一応今のところ目指す先としては王国との国境付近にある防衛都市を目指してるな」
「なら、何かあったらそっちに行けばいいわけだ」
「いやこっちじゃなくて首都の方に──」

 行ってくれ。そう言おうとしたのだが、その言葉はウォルフの言葉で遮られた。

「わあってるよ。そっちはそっちで使いを出す。ま、使いっつってもウォードになるだろうけどな」
「これでも一応この里の長の血縁だからな。本来はウォルフの息子達の方が立場としては正しいのかもしれないが……」
「あいつらは無理だな。どうでもいいときなら構わねえが、今回みてえなでかい話のときは不安が残る」

 確かに使者として出るなら長の息子の方がいい気がしないでもない。
 でも、ウォルフの言うとおり今回は状況がどう動くか予想できない。経験の浅い息子達よりは、ウォードの方が安心できるだろう。

 ……そういえば、今更だけどウォルフの息子達ってウース意外に見た事ないな。いや、あるのかもしれないけど、どれがそうだかわからない。

 でもまあ、そんなに気にするほどでもないか。もし俺たちがここに住むようになったら覚えれば大丈夫だろう。

「里としては一応は言うことは聞くさ。だが、本当にいざという時はお前のほうに行くつもりだ。俺達は、王よりもお前のことを信頼しているからな」
「ま、そういうわけだ。精々俺たちがお前んところに押し掛けねえよう、しっかりとやれや」

 そう言ったウォードとウォルフに拳でトン、と軽く肩を叩かれ笑いかけられた俺は、二人に笑い返して里を後にした。

「毎度のことながら、あったかい場所だよな」
「そうでしょうか?」
「そうよ。でも、そういうのって住んでる人にはわからないものよね」

 馬車へと乗って里を出てしばらく進んだ俺達はそんなふうに話をしながら家族との別れを惜しんだ。

 今回はたった一晩しか泊まっていないというのに、それでも十分すぎるほどの充足感を感じた俺は、必ず戻ってこようともう一度決意を固めた。

「また、戻ってきましょうね」
「ああ」
「ええ」

 そしてそう思っていたのは俺だけではないようで、環も馬車の窓から顔を出して離れていく後方を眺めながらの言葉に、俺とイリンはしっかりと頷いた。




「彰人。そろそろ着くわよ」
「ああそうか。ありがとう、環」

 イリンの故郷を出発してから二日ほど経ち、俺達はガムラの故郷である村へと辿り着いた。
 まあ、辿り着いたと言ってもまだ見える範囲に来た、というだけで後少しはこのまま馬車に揺られるんだけど。

「それで、ちょっと聞きたいんだけど、いいかしら?」
「ん? なんだ?」
「村の様子を、見てほしいのよ。……ああ、探知じゃなくて目視でね」

 そんな環の言葉を聞いた俺とイリンは顔を見合わせて首を傾げると、窓から前方の様子を確認したのだが……。

「なんか……大きくなってないか?」
「そうなのよ。前はもっと違ったわよね?」

 数ヶ月ほど前に教国から獣人国まで戻るときにもこの村に寄ったが、その時よりも村が大きくなっているように見える。
 まだ遠目からだから大きさについては錯覚かもしれないが、それだけでは説明つかないこともある。

 それは壁だ。前に来たときは木を加工して作った壁だったが、今正面にあるのはどうにも木ではないような気がする。
 多分普通の街のように石を使って壁を作ってあるんだろうけど、なんでこんなにも変わってるんだ?

「いくつかの武装も増えているようですね」

 壁に加え、イリンの言ったように武装もいくつか増えている。
 わかりやすいのはバリスタだろ。ほら、よくゲームで城壁の上なんかに設置されてるボウガンの大きいやつ。あんな感じのが壁の上に設置されてるのが見える。

 他にも射出系なんだろうけど、なんかしらの武装らしきものが設置されてる。

「その辺は買い替えたんだろうが、そんな金があったのか?」
「ですが武装の分はあったとしても、さすがに壁の増築までとなると足りないのではないでしょうか?」

 だよな。精々が武装と……あって木製の壁の増築くらいで、全てを石造りに変えるのは無理だと思う。

「……まあ、行くしかないよな」

 結局のところ、直接行って確認するしかないのだ。
 だが、少なくとも一度目の旅できた時のように敵に落とされたって心配する必要はないと思う。
 あの村には神獣であるナナがいるし、そもそもナナを倒した上で上でガムラ達がやられたんなら、あの村がまともな形を残して残っているとは思えない。

 なんにしても、行って確認してみるしかない。



 ……もはやこれは村ではなく町だろ。

 村に近づいてその外観をしっかりと見ることができるようになった俺が村を見て抱いた感想はそれだった。

 壁だけではなく門も重厚なものに変わっており、壁の外側には深い水堀があった。
 しかも壁の上に兵器が備えられてあるとなれば、もはや村とは言えない。こんな村があってたまるか。

「というか、結構人がいるのな」
「前は門の外に人が並んでる、なんてことはなかったものね」

 村の中へと続く門の前にはほんの数人とはいえ列ができており、それは他の都市に比べれば全然多くない数ではあるが、以前までは見られなかった光景だ。

「おそらく、この周辺の村々が襲われたせいかと。そのせいで、その村々を中継地として使っていた者たちがここの噂を聞き、ここに集まるようになったのではないでしょうか?」
「なるほどな。そう考えるとおかしくはない、のか?」

 だがそれにしては前回……数ヶ月前にきた時にはこんな列なんてできるほどでもなかった。
 ……まあ、とにかく中に入って見ないとわからないか。

 俺たちも列に並んで進むが、村の中に入る検査もそんなに厳しいものではないのか、ほとんど素通りと変わらないくらいに速やかに進んでいった。

「あれ? あなた方は……」

 そしていざ村の中に入ろうとしたところで門番の男が俺の顔を見ながら首を傾げた。

「あー、ちょっと前にもここにきたことがあるんだけど、覚えてる感じか?」
「もちろんです。一年どころか半年も経っていないのに、恩人の顔を忘れはしませんよ」
「そうか。……それで、ちょっと聞きたいんだが、何があった?」
「何が……ああ。これですか。実は二ヶ月ほど前に村長が……あ、ガムラが色々と手配したようで、いまではスッカリこんな感じです。周辺の村が襲われた時の生き残りも多少はいたらしく、襲われていない村からも移住者が増えて……」

 そんな感じで門番から話を聞いていたのだが、一応仕事中だということを思い出したのかハッと気を取り直すと、苦笑しながら口を開いた。

「っと、すみません。これ以上はガムラから直接聞いてください。家の場所は変わってませんから」
「ああ、仕事中に悪かったな」

 そうして門をくぐり抜けてガムラの家に行ったのだが、少し迷いそうになった。

 場所は変わってないって言っても、景色が変わってるじゃないか。
 前に来たときも結構代わってきていたが、この数ヶ月でかなり変わったな。

 そんなことを思いながらガムラの家のドアを叩こうとしたところで、勝手にドアが開いて中からガムラが姿を現した。

「よくきたな」
「……まだドアを叩いていなかったはずなんだがな」
「ナナが知らせてくれたんだよ。家の外にアンドーがきてる、ってな。まあ入れ」

 俺たちはガムラの後を追って家の中に入ると、変わった村の光景とは違い、あまり変わっていない家の中を見回してから軽く息を吐き出した。

「で、今回はどうした? 前に来てからまだ半年も経ってないだろ?」
「まあその辺は事情があってな……」

 いつも通りと言うべきか、この家に来た時に使っていたテーブルについたガムラを見て、俺たちも同じように席につくと、これまでのことと、ここに来た目的について話すことにした。

「その話は本当だったってわけか」

 俺の話を聞き終えたガムラは、そう言うと一度大きくため息を吐いた。

「知ってたのか?」
「まあ、ここにも獣人国とギルド連合を行き来する商人は寄るからな。自然と話は聞くんだよ」

 まあ、それもそうか。他の村に回っていた商人達もここを使うようになったのであれば、当然ながら商人と接する機会も増えるだろうし、いろんな話も聞くだろう。その中に王国の違和感の話があってもおかしくはないか。

「……だがまあ、なら、村を強化したのは正解だったってわけだ」
「ああそれだ。この村、随分と変わったな。前に来てから大体三ヶ月くらいか? そんな短い期間で何があったんだよ。もはや村ではないだろ」
「あー、それな。実はナナが張り切ってな……」

 ガムラはそう言うと呆れ混じりにナナのやってきたことを話し始めた。

 この村で暮らすようになったナナだが、魔物や賊などの討伐以外は寝たり村の子供達の相手をしたりと、基本的にのんびりと暮らしているそうだ。
 木の上なんかにハンモック的な物を作って寝ている様子は、前回俺たちが教国から家に帰るときにこの村に寄った際にも見た。

 が、あるとき子供たちから言われたそうだ。

「ナナは仕事しなくていいのか?」

 と。

 日本では子供を働かせたりしないが、こう言った村では子供であっても貴重な労働力だ。朝から晩まで遊んでいるわけにはいかない。

 自分よりもはるかに年下の子供たちに自分が働いていないことを指摘されたナナは、子供たちを見返すために仕事を始めたそうだ。
 その内容は機織り。生み出した蜘蛛の糸を使って布を作ったらしいのだが、子供たちを見返すために張り切りったのかたくさん布を作って行商人たちに売ったのだが──張り切りすぎた。

 魔術を込められて作られた糸は、もはやそれ自体が一種の魔術具となっており、耐刃耐衝撃耐火耐魔術……。そんないろんな効果が盛り沢山の馬鹿げた布が出来上がったらしい。

 そしてそれをナナが行商人に売ってたのだが、それはガムラとキリーに黙って売っていたそうだ。
 曰く、驚かせたかったとのことらしい。

 だが、そのせいでナナが作った布の存在は広まってしまい、ここに買い付けに来る商人も出てくるようになったという。

「いまではその布を生み出す魔術を適正のある奴らが学んでる始末だ」
「それはすごいが……いくらなんでもナナの使う魔術を再現するのは無理だろ?」
「ああそりゃな。流石にあんなバケモンアイテムは作れねえし、求めてねえよ。だがな、一人が全部まとめてはできなくても、何人かが集まってそれぞれの魔術をかけるんだったら、なんとかなるだろ?」

 確かにそれならなんとかなるか。

「それでも効果は劣るが、まあ新しい金稼ぎにはなる」
「なら今後はここは紡績の町になるのか」
「まあな。……つーかここは町じゃねえ、村だ」
「まだ、だろ? こんな村ないっての。今はギリギリ村だとしても、どうせそのうち町になる」

 俺がそう言うと、ガムラは無言のまま顔をしかめてガシガシと乱暴に頭をかいた。

「ところで、街の壁はどうやったんだ? たった数ヶ月じゃあんな石造りの壁なんてできないだろ。魔術か?」
「ああ、それもナナだ」
「呼んだ?」

 ガムラがナナの名前を出すと突然横から声が聞こえた。
 そのことにビクッと体をはねさせてから声の方向を見ると、膝下まで真っ白な髪が伸びている少女──ナナがいた。
 ナナは以前俺が渡したリボンを今でも使っているようで、長い髪はそのままだが正面は隠れないように結われており、その素顔がさらされていた。

「ああ、ナナか。久しぶりだな」
「ん」

 相変わらずの短い言葉。いや、言葉ですらない声だけの返事だが、これがナナだ。
 俺だけではなくイリンと環も挨拶をしたのだが、同じように帰ってくる返事はとても短いものだった。

「さっき呼んだ?」
「え、ああ。どうやって壁を作ったのかと思ってな」
「ん。こう」

 俺の言葉に頷いたナナは右手の指を自分の顔の前に持ち上げると、それとは逆の左手の指先から糸を出し、右手の指の上に糸を通してその糸の先端を地面へと伸ばした。
 そしてその先端に椅子をくくりつけると、その椅子が宙に持ち上がった。

「……なるほど。工事用のクレーンみたいな感じか」
「でもそれだと吊るす方が必要になるんじゃないかしら? それはどうやったの?」
「おそらくは神獣化ですね。腕だけ、もしくは全身を元の姿に戻してしまえば、壁よりも上から吊るすことができると思います」
「ん。正解。頑張った」
「あー……お疲れ様」

 どこか誇らしげなナナを見て微笑ましい気持ちになった俺はそんな風に彼女をねぎらった。

「あんたら、話すなとは言わないけどさ、せめてあたしを呼びにくるくらいはしてくれてもよかったんじゃないのかい?」

 そして俺たちが話していると、二階から誰かが降りてくる足音が聞こえ、そちらからはこの家のもう一人の住人であるキリーがやってきた。

「おう、キリーも来たか」
「一人だけ仲間外れは寂しいからね」
「ごめん」

 肩を竦めていったキリーの軽口にナナはションボリとして謝るが、そんなナナの頭を軽くポンポンと叩きながらキリーは自分も席についた。

「で、あんたたち今回はいつまでいるんだい?」
「あー、明日には出ていくな」
「は? そりゃあ随分と急だね」
「まあ詳しい事情はそっちに伝えたから、後で聞いてくれ」
「ふーん。ま、なんにしても一日しかいないんだったら、せめて今晩くらいは楽しんできな」

 席についたばかりだが、キリーはそう言って立ち上がると厨房の方へと消えていき、イリンと環はその後を追っていった。
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