上 下
417 / 499
ギルド連合国の騒動

457:魔族との戦い

しおりを挟む
 ──見えた!

 環のおかげでできた魔物いない空白地帯を抜けて走っていると、前方に黒い人型の姿が見えた。

 その姿を見つけた瞬間、俺はそれまで以上に警戒を強めて走る。

 だが、遠目からではなくはっきりとその姿の細部まで見ることができる距離まで近づくと、なぜかその魔族と思わしき影の隣に人間がいるのを見つけた。

「……あいつはなんだ?」

 そう思って眉を顰めたが、魔族のそばに狼狽ることなく、むしろ堂々としている様からあいつは確実にあっち側だと判断し、そいつにも警戒をはらいつつ魔族の方へと意識を戻した。

 誰だかわからないけど、一応余裕があれば生かしておこうかな。

「よく来たな」

 魔物の群れを抜け、魔族のもとまでたどり着くと、なぜか魔族ではなくそばにいた杖を持った人間の方が話しかけてきた。
 こいつ、今回の行動に際しての魔族の付き人だと思ってたんだが、違うのか?
 一歩前に出てきた人間に対して、魔族はその後ろで綺麗に背筋を伸ばして立っている。……あの魔族に背筋とかあるかわからないけど。

 まあそれはともかくとして、両者の立ち位置を見てると、なんとなくだが魔族の方が付き人のように見えてきた。

 ……もしかして使役しているんだろうか? でもそんなことができるのか? いや、もしかしたら魔族が従者ごっこをして遊んでるだけかもしれないし、結論を出すのは早いか。

「まさか警戒していた『剛腕』ではなく、お前のような無名のものが来るとは思っていなかった」

 俺に話しかけてきた人間の男は、ややオーバーなアクションでやれやれとでもいうかのように肩を竦めた。
 そんな行動に若干イラッとして俺は眉を顰めたが、地味に顔がいいだけにサマになっているのが余計にむかつく。

「まったく……他の奴らはやられてしまったし、つくづく上手くいかないな。貴様らのような邪魔が入ったのも、勇者の聖剣などというものが出てきたのも──」

 そんなイラつきを解消するためという理由もあるが、何よりも、早くイリンと環の元に戻りたいという理由から、なんかかっこつけた身振りで機嫌よく話していてチャンスっぽかったので、とりあえず何の予備動作もなく収納からナイフを射出した。

「主様!」

 だが、それは後ろに控えていた魔族が腕の形を鞭のように変えて受け止てしまった。おしい。

「貴様っ……!」

 気持ちよく話していたところを途中で遮られたことで男は怒りをあらわにしている。

「今のを防ぐのか」
「当然だ! ここにいるのは魔族だぞ? 貴様ごときの卑劣な奇襲など、防げぬはずがなかろう!」

 防いだのは魔族であってお前ではないだろうと言いたかったが、聞いてみたいことがあったのでその言葉は飲み込んで男に問いかける。

「なぜそんなに亜人を排除したがる?」
「亜人だと? ふんっ、そんなものはどうでも良いことだ」

 本当にどうでもいいと思っているようで、男はつまらなそうに鼻を鳴らして言い捨てた。

「ならなぜ? やっぱり貴族に戻りたいからか?」
「──その通りだ。我が家は代々続く名門であった。だというのに、あの愚か者どもはこれ以上使われるのは嫌だなどと戯言をぬかし、あろうことか反乱など起こした。我々に使われていただと? 愚かな。我々が『使ってやっていた』のだ。それを理解しないうつけどもがっ!」

 話しながら怒りが湧いてきたのか、男は持っていた杖をそばにあった木に叩きつけて自身の怒りを表現している。

 それで杖が折れたのなら笑ってやったのだが、思い切り叩きつけたわりには杖はなんの問題もないようで、それが少し残念だなと男のどうでもいい話を聞き流しながら思った。

「だから私は立ち上がったのだ! 腑抜けた貴族どもも、愚かな商人どもも冒険者どもも、全てを支配するためにな!」

 というか、だ。聞き流しつつも頭の中に入ってきた言葉から状況を理解した俺は、もう一つ気になったことを聞いてみる。

「でも独力ではどうしようもないから王国の力を借りたと。そんなことして取り戻したところで、王国に支配されるだけだと思うけど、それはいいのか?」
「ふんっ。確かに王国の干渉はあるだろうな。これまで武具や金、この魔族でさえも支援として渡してきたのだ。ないはずがない」

 ……武器や金を融通していたのはわかってたけど、魔族もだと? どうやってだ? 王国には魔族を支配、もしくは生成する技術がある?

 ……いや、違うな。それはない。だって、もしそうなら俺が城から脱出した時に誤魔化されるわけがないからな。

 環から聞いた話では、城の奴らは本当に俺が魔族にやられたと思ってたみたいだし、少なくともあの時点では魔族の使役、生成なんてできなかったはずだ。

 もし仮りに王国が魔族を使役、もしくは生み出す研究をしていたとしても、あの時点で魔族の仕業ではないと見抜けない程度の知識しかないのであれば、一年程度の時間しか経っていない今になってできるようになったわけがない。

 となると、誰かが魔族についての知識を与えたか、もしくは、誰かが魔族を生み出す何かを与えたかのどっちかだ。

 そのどっちにしても『誰か』が関わっているのは明白だ。……だが、誰だ?

「だが、そうだとしてもこのまま家名を踏みにじられるよりは圧倒的にマシだ。それに、国を取り戻し安定させたのちに追い出せば良い」

 そんなことが易々とできるとは思わないけど、まあそれは俺が考えることじゃないからどうでもいいな。

 それよりも俺の頭の中は誰が魔族について王国に教えたのかが気になる。

「私が国を取り戻すための邪魔をした貴様らは、一人残さずに殺してやろう」

 だが、それを考える時間はないようだ。男はそう言うと同時に、先ほどまで叩きつけていた杖を持ち直してこちらに向けて構え、それに合わせて男の背後にいた魔族も両腕を剣のように鋭くして構えた。

 まあいい。魔族の出どころについてはこいつらを倒してからみんなで相談して考えるとしよう。

「死ね!」

 そう叫びながら放たれたのは炎の魔術だった。
 だがそれは普段から環の炎を見ていた俺にとっては、大きさも密度もしょぼいものに感じてしまった。事実、それはそう大したものではない。

 にしても、死ね、か。……確かにこの炎でも人を殺すことはできるんだろうけど、俺じゃなくてもここまできた相手にとっては大した意味はないんじゃないだろうか?

「大口を叩いたわりに、大したことないんだな」

 俺はそう言いながら右手を前に出して、炎が触れた瞬間に収納する。

 だがそれは俺を倒す目的ではなったものではなく、あくまでも目眩しとしての効果を期待したものだったようだ。

「馬鹿め!」

 そんな男の声とともに背後から魔族が俺に斬りかかってきたが、俺はその事に驚き、とっさに腕を盾にしつつもフッと笑ってしまった。

 ああ、早速一人脱落だ。

 そう思っていたのだが、何を思ったのか、魔族は俺に触れる直前で自身の腕を切り離して俺から離れた。
 俺は切り離され、その勢いのままに俺に当たった魔族の一部だったものを収納したが、終わったと思ったのに魔族に避けられてしまった。
 今の動きは俺の能力について知っていないとできない動きだ。見せたのはさっきの炎の魔術だけ……いや、分身が見ていたものを共有することができたのなら気づけるか?
 チッ。だとしたらちょっと面倒だな。

「何をしている! なぜ今仕留めなかった!」

 俺が内心で不満を漏らしていると、男も魔族の行動に不満があったようで魔族が俺への攻撃を途中で止めた事に怒り、怒鳴っている。

「申し訳ありません。ですが、あの者は何やら企んでおりました」
「それがどうした」
「ともすれば、私も討たれていたやも知れません」
「……魔族であるお前が?」
「はっ。十分にお気をつけくださいませ」

 今の会話からすると明確に何が、って気づかれたわけじゃないみたいだけど……面倒だな。

 その後は警戒した魔族と男が遠距離から魔術を放ってきたが、それらが体に触れた瞬間に収納しながら進んでいく。

「なっ、なんだお前は! 何をしている! なぜこの攻撃の中走ってこれるんだ!」

 いくつもの魔術の暴威の中、足を止めずに自分へと近づいていく俺に恐れを感じたのか、男はそれまで見せていた余裕を消して後ずさる。

 それでも俺はそのまま足を止めることなく近づいていき、ついに男へと触れることができたというところで、男は俺に殴りかかってきた。

 俺としてはこいつは逃げるか魔術を使うか杖で殴るかのどれかだと思っていたが、まさか素手で来るとはな。

 少し予想外の対応で俺は目を見張るが、こいつはまともにパンチをしたことがないのだろう。放たれた拳は随分とゆっくりで威力が乗っていないものだった。

 だがそんな一撃でも喰らえばそれなりに効くだろうし、それは隙に繋がる。
 だから俺は男の拳を片手で払ってから、逆の手を握りしめて男を殴り飛ばす。

「させない!」

 が、その直前で魔族が間に入って男を庇った。
 しかしそれでも俺は拳を止めない。だって俺からすれば男を殴るよりも魔族を消すことができた方が望むところだから。

「これで、魔族はいなくなったな」

 拳に触れた瞬間に収納されて姿を消した魔族のいた場所を見ながら俺はそう呟いたのだが、その瞬間、横から魔術が飛んできた。
 まだ伏兵がいたのか、と思って魔術が放たれた方を見たが、そこにはさっき収納したはずの魔族がいた。
 ただし、その体の大きさを元の半分……一メートル程度まで小さくしていたが。

「生きてたか」

 多分、体を変形させて伸ばして助けに入ったが、俺に殴られる瞬間に伸ばした部分を切り離したんだろうな。
 だがそのせいで体の半分を持っていかれて小さくなったと。

「どうやら、あなたは触れたものを消すことができるようですね。魔術にしては異様……空間に干渉する系統の『スキル』ですか」

 バレたか。詳細までは気づかれていないみたいだが、何をやってるかってのはわかったようだな。まああれだけ使ってたんだから当然か。

「スキルだと!? なぜ貴様のようなものがスキルなど使える!」
「分かったところでどうする? お前らの攻撃は効かないぞ。それとも、もっと他に何か手段があるのか?」

 尻餅を突きながら当初の威勢の良さや態度はなりを潜め、今ではすっかり三下の雰囲気を漂わせている男を視界の端に収めつつ、男の言葉は無視して魔族へと問いかける。

 そして止めを刺すべく魔族へと一歩づつ歩いていく。

「ぐっ! ……おい、貴様は魔族なのだろう!? そのような者に良いようにやられていて恥ずかしくはないのか!」

 男はまだ抵抗する気なのか、ふらふらと立ち上がりながらもそんなことを喚いている。

「申し訳ありません、主様。ですが……」
「言い訳など要らぬ! なんとしてでもあいつを消せ!」
「……それはいかなる手段も問わない、ということでよろしいでしょうか?」
「当然だ! 今更加減など考えたところで意味はない!」
「左様でございますか。では、手段を問わず、勝つべく行動いたしましょう」

 そんな会話をした男と魔族だったが、魔族は男の言葉に頷くと即座に俺に飛びかかってきた。
 なんのつもりだと思いながらも飛びかかってきた魔族を収納し、だがそこで今のが囮だった事に気がついた。

 当初よりも、そしてたった今見たばかりの大きさよりもはるかに小さくなった魔族。どうやらまた自身の体を切り離したようだ。
 だが残ったその大きさはさっきの半分の五十センチくらいしかない。そんな大きさで何かできるというのだろうか?

「な、何をする!?」

 そう思っていると突如魔族の体が歪み、黒い液体となった魔族が男の体を包み込んだ。

「貴様! 裏切るのか!?」

 魔族の大きさが足りないからか、ギリギリ顔だけ出ている男が叫ぶ。

「主様を裏切るなど、私はそのようなことは致しません」
「なら何をしているのだ!」
「主様が申されたではありませんか。『なんとしてでもあいつを消せ』、と。ですが私単体では、不甲斐無い事ですが主様の命を果たすことができません。ですので主様の命を果たすために最前の行動をとっているのです」
「最前だと!? それが私を食う事となんの関係がある!」
「ご安心を。食べているわけではありません。同化しているのです。主様の全ては、私の中で永遠に生き続けます。私が見たものを見て、私が聞いたものを聞いて、私が考えたことを考える。ああ、なんと素晴らしいことでしょう!」
「ふざけるな! そのようなこと、認めるはずがない!」

 男は叫びながらも暴れているのだろうが、顔が動くだけで魔族に包まれた体はぴくりとも動いていない。

「ご理解いただけずに残念です。ですが、申し訳ありませんがもう遅いのです。すでに同化の八割がたは終わっています。ご安心を。私は必ずやこの者に勝ちます」
「ふざけるな! おい貴様、何を見ている! 私を助けろ!」

 突然のことで混乱して見ているだけだったが、よく考えれば仕留めるチャンスだった。

 俺は男の言葉でハッと気を取り直すと、魔族たちへと走っていきその体を掴んだ。
 だが、確かに魔族の黒い体に触れているというのに、収納することができなかった。

「ふふふふふ。ああ、やはり私の考えは間違っていなかったようですね」

 掴んでも収納することのできなかったことで動揺してしまったが、魔族の言葉を聞いた途端に状況を思い出して咄嗟にその場を飛び退いた。

「考え、ね……何をした?」

 魔族からは見えないようにさりげなく体勢を変え、右手の中に収納から小石を取り出すと、今度は取り出した小石をしまって収納が使えることを確認するが、やはり収納はしっかりと使うことができた。

「今主様にお話したではありませんか。それを聞いていなかったのですか?」
「話した? ……同化か」
「はい。あなたは我々の攻撃を全て消し去っていましたが、唯一主様の攻撃だけは手で捌いていました。ですので、生身のもの……生物は消すことができないのではないかと思いまして。主様と同化した今の私は──生物です」

 魔族はそこまで言うと、男の体を包んでいた自身の黒い体をシュルリと男の口の中に潜り込ませた。
 あれは到底口の中に入り切る量ではなかったから、胃のなかにまで入っているだろう。

「それでこうして主様の体と同化することにしたのだ」

 魔族に体の中に入り込まれた男は、上から糸に吊るされた人形のように不気味な動作で立ち上がるとそんなことを口にした。

「同化完了ってわけか」

 見た目だけなら元の男の姿と変わらないが、こいつの中身はもはや別物だな。

「まだ見た目だけだがな。中身の方は調整が終わっていない。だが、貴様程度ならどうとでもなる」

 当初姿を見せたときのような威厳のある話し方で語りかけてくる魔族。その話し方からして、元の人格の一部も受け継いでいるらしい。

「ここからが本番だ。精々抗ってみせろ」

 そうして俺と魔族の第二回戦が始まった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:9,283

始まりは、身体でも

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:572

おとぎ話は終わらない

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:3,810

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:262pt お気に入り:143

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:4,505

悪役令嬢ですが、どうやらずっと好きだったみたいです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:256

愛にさ迷えし乙女の秘密は――

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:553

悪役令息設定から逃れられない僕のトゥルーエンド

BL / 完結 24h.ポイント:482pt お気に入り:2,264

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。