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ギルド連合国の騒動

453:首都防衛・ネーレとニナ

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____ネーレ____


 外壁の上部にたどり着いた僕は、まず迫り来る魔物の数に驚いた。
 アンドーさんの言ってた通り、見渡す限りに蠢く魔物の群れ。今まで見たこともないような光景に、僕は怯んでしまう。

 でも、ここで怯えて逃げるわけにはいかない。

 アンドーさんは「好きな人にはかっこいいところを見せたい」と言っていたけど、それは僕だってそうだ。僕だって自分の好きな人に──ニナにかっこいいところを見せたい。
 だから、こんなところで怯えているわけにはいかない。逃げるわけにはいかない。僕があいつらを倒してこの街を守るんだ!

 そう覚悟を決めると、腰につけていた薬入れから瓶に入った薬を取り出して、一気に飲み干す。

 ……相変わらずのひどい匂いと味。それでも効果は本物だ。というか、これで効果がなかったらこんなものは飲んでいない。

「ふぅ……」

 これで後少しすれば、魔力が回復し始めるだろう。それからが僕のやり始める時間だ。

 魔力が回復し始める前に、街へと近づく魔物の群れへと視線を向けて右端から左端へと視線を動かして、それを何度か行ないながらこの後どう動くかを頭の中で思い描く。

 生まれ持った強力な魔術に頼っただけの僕の本当の実力じゃない力。
 僕はその力があまり好きじゃないけど、でもそれで守れるものがあるなら、僕は存分にこの力を使おう。

「──ッ」

 来た! 突然お酒を飲んだ時にも似た酩酊感が僕の体を襲った。
 これは魔力が満タンにたまった状態でのさらなる魔力の回復によって起こる魔力の過剰回復。
 もうすでに入り切らなくなっていると言うのに、薬を飲んだ影響でこれからどんどん魔力が回復していくことになるはずだ。

 このまま何もせずに放置しておけば倒れるだろうけど、生憎と、魔力の過剰回復なんかで倒れるつもりは毛頭ない。

「ふうぅぅぅ……」

 僕は大きく息を吐き出すと、目の前に迫る魔物の群れを見据えて魔術の準備を始める。

「これから魔物へ魔術を使う。その後は任せた」
「わかりました!」

 少し偉そうに言うと、僕についてきた冒険者達はピシッとした姿勢で背筋を伸ばして返事をした。
 普段の僕に対する態度との差を見て少し呆れそうになったが、それも仕方がない。だってここにいるのは『銀級冒険者のネーレ』ではなく、『竜級冒険者の天墜』なんだから。

 僕は誰かに何かを言われるのが嫌で人前では魔術を使わないようにしてたんだけど、それでも隠し切ることができるはずもなく、知らない間に『天墜』なんて呼ばれるようになっていた。

 今まで何度かギルドの要請で人前で魔術を使うことはあったけど、その全てで正体を隠して来た。
 今だってそう。フードをかぶって仮面をつけ杖を持っている。身長までは変えられないけど、この姿なら普段の剣を持っている戦士の僕と同一人物だとは思わないと思う。実際今までバレてこなかった。

 いつか僕が魔術なしでも竜級の冒険者になれたら、その時はもっと堂々と、正体を隠したりなんかせずに魔術を使ったりするんだろうか?

 そんなことを頭の隅で考えている間に、魔術の準備が整った。

 今回は威力よりも範囲を重視しての魔術。

「いくぞ!」

 他の冒険者達に知らせる意味でも、自分を奮い立たせる意味でも、僕はそう叫んで魔術を使った。

 そうして起こるのは星の雨。
 正確には星ではなく大きな岩だけど、魔物達の上空に展開された魔術から無数の岩が降り注ぐそれは、遠目から見ていると夜空に流れる無数の流星と変わらない。

 僕がやったのは、魔物達の頭上に簡単な土の魔術を使っただけ。

 でも、生来魔術である『過剰供給』を使用しての……と言うか強制的に使用させられての魔術は、本来の効果の何倍もの効果を発揮する。ただの発火の魔術は大群を燃やし、水を生み出せば津波を引き起こす。
 僕の魔術もそうだ。ただ小石を生み出すだけの魔術は何倍……いや、何十倍、何百倍にも強化され、大岩となって降り注いた。

 これが『天墜』と呼ばれる理由。本当はこんな岩をいくつも出すんじゃなくて、もっと巨大な……それこそお城と思えるほど大きな塊を降らせるんだけど、今回は強力な一体を相手にするんじゃなくて無数の群れを相手にすると言うことでこっちにした。

 この街に攻め込んでいた魔物達が僕の使った魔術の餌食となっていく。
 降り注ぐ岩に潰され、潰されなくても岩が落下したときの衝撃波で吹き飛ばされて、倒れているところを仲間に踏み潰され、そうしてどんどん死んでいく。

 そんな光景を眺めてそばにいた冒険者たちは大声を上げて喜んでいるが、僕はもう限界だ。
 新たに瓶を取り出して中に入っている薬を飲み干す。

『過剰供給』は限界以上の威力の魔術を使えるようになる変わりに、一度使えばもう無理だと限界を感じてもまだ魔力を引き出そうとする。

 大岩を一つ、と言うような単発の魔術であればその時点で持っている魔力を全部吸い取っての発動になるけど、今回みたいな継続して岩を降らせ続けるとなると魔力を吸い取られ続ける必要がある。
 そして継続型の魔術は倒れて意識を失えばそこで魔術は途切れるけど、僕はあらかじめ飲んでいた魔力の回復薬のおかげで、まだ魔術を途切れさせることはない。
 まあ、魔力が回復した端から魔術へと流れ込んでいくから多少時間を引き延ばすことくらいしかできないけど。

 そして枯渇、とまではいかなくても体内の魔力が増えたり減ったりしている事によって起こる抗い難い眠気と飢餓感と酩酊感。
 そのほかにも吐き気や頭痛などが酷くって今すぐにでも寝てしまいたい気持ちでいっぱいだけど、それでも僕はまだ倒れるわけにはいかない。

 この戦いを最後まで見届けるまでは、倒れるわけにはいかないんだ。

 ついに薬による魔力の回復が追いつかなくなって僕の中の魔力が空になり、魔物たちを襲っていた星の雨は終わった。
 それと同時に僕は全身から力が抜け、その場に倒れ込んでしまう。

「あっ!?」

 そばにいた冒険者が倒れた僕に慌てて駆け寄るけど、そんなことより残っている魔物を退治しに行ってほしい。
 今のであらかた倒したと思うけど、横から流れ込んできたり運よく当たらなかった奴らなんかはいるだろうから。

「……い、け…………」

 何度か手を動かしてそう指示を出すと、その冒険者は迷いを見せた後に走り去っていった。
 そうだ。それでいいんだ。

 しばらく倒れたまま寝てしまわないように耐えていると、さっき飲んだ回復薬が聞いて来たおかげでマシにはなった。
 マシになった、と言うだけで相変わらず今すぐにでも眠ってしまいたくなるほど辛い状態なのは変わらないけど。
 それでも体を動かすことはできるようになった。

 なんとか体を起こして壁の上から街の外を見ると、冒険者たちが魔物を狩っていた。
 ……良かった。あの分ならよっぽどのことがない限り負けることはないかな。

 僕はそう判断すると、もう一度体を横にして空を眺めた。

「はぁ……最後まで立ってられなくて、情けないな」

 できることならもっとしっかりと立って、僕もあの追撃の中に加わりたい。でもこんなまともに動けないような状態の僕が行ったところで足手纏いにしかならない。
 だから、悔しいけどここで待っていよう。

 ……けど、街を守れて良かったな。
 後は他の人たちだけど、僕ができたんだから大丈夫だと思う。

「……ニナはどうしてるのかな……」

 僕なんかが心配する必要はないんだろうけど……はぁ、早く動けるようにならないかな……。


 ____ニナ_____


「これは……すごいな」

 私は目の前に広がっている光景を目にして、思わずそう呟いた。
 今まで魔物を倒して来たし、魔物の群れも倒して来たが、これほどまでの数がまとまっているのは初めて見た。
 本来魔物は同種でなければ争うものだが、こいつらは争っていないところを見るとやはり自然発生ではないのだとわかる。

「どうしますか?」

 私の伴としてついて来た冒険者のうちの一人がそう問いかけて来たが、やることなど初めから決まっている。

「まずは私が行こう。その後、ある程度倒して安全を確保してから他の者も降りて来て欲しい」
「お一人で戦うのですか? それは、その……大丈夫でしょうか?」
「ああ。と言うよりも、すまないが邪魔だ」

 私の戦い方はあまり行儀の良いものではない。
 一応、騎士の家系に生まれ、騎士となるべく育てられはしたのだが、どうにもわたしには騎士というのは性に合っていなかった。
 あまりに向いていなさすぎて、私は思わず国を飛び出して冒険者となったわけだが、まあそれは今はどうでも良いか。

「そう、ですか……すみません」
「いや、謝る必要はない。心遣いは感謝する。だが、すまないな。私は集団戦が得意ではないんだ。下手に一緒に行動すると、巻き込んでしまう」

 問いかけて来た女性が落ち込んだ様子を見せたことに気がついて、私はまだ自分の言葉が相手を傷つけたのだと理解して、咄嗟に言葉を重ねる。

 ……いつもこうだ。あまり考えるのが得意ではない私は思ったことをそのまま口にすることが多く、それが他人を傷つけてしまう事も多い。
 アンドー達の時もそうだ。あいつらは感謝していると言ってくれたが、あれは踏み込みすぎだったと後になってから反省した。他人の内面に関することなど、思いつきで関わって良いことではないのだ。

 普段であればネーレがとりなしてくれたりするのだが、あの時も今も、ネーレはここにはいない。

 だが そのことを言っても仕方がないので、これ以上問題を起こさないうちにさっさと始めてしまおうと頭を切り替える。

「さて、始めるとしようか」

 眼下の魔物の群れを眺めながらそう呟くと、視界の端の方で何かが動くのが見えたのでそちらへと顔を向けた。

「ああ。ネーレも動き始めたか」

 顔を向けた先ではいくつもの塊が雲を突き破って地上へと落下していっている。おそらくあれは岩の塊なのだろう。ネーレは良く岩を使うからな。

「あの分ならすぐに終わりそうだな。まあ、それもわかっていたことだが」

 そう思って正面に顔を戻すと、今度はネーレのいる方とは逆側から大きな音が響きそちらへと顔を向けた。

「ん? あっちはアンドー達か。燃えているとなると、タマキか?」

 顔を向けた先ではまだ昼過ぎで陽が昇っているというにも関わらず、うっすらと空が赤くなっているように見える。
 あれほどの炎はまず冒険者には出すことができないだろうが、アンドー達の中で炎を使うのはタマキだけだから、今のもタマキがやったのだろう。
 あいつは個人戦ではそこまででもないが、今回のような対軍戦にはかなり役に立つ能力を持っている。だからあっちの心配もいらないな。

「私も負けていられないな」

 両サイドの戦いの一部を感じ取り、私の口元は知らず知らずのうちに弧を描き、笑っていた。
 そのことに気がついたのは少ししてからだが、今更誰に取り繕うものでもないか、と感情の高ぶりを抑えるのをやめた。

「さあ、戦うとしようか!」

 そして外壁の上から飛び降りる。
 頼まれていた東側の魔物達に対して、正面から少しずれた位置に着地をすると、右手で腰につけていた収納具を取り外し、それを逆さにする。

「これを使うのも久しぶりだな」

 そこから出て来たのは大きな剣の柄。だけど、出て来たのは柄だけ。残りは未だ収納具の中に収まったままだ。
 その理由は単純で、ただ単に大きすぎるから出し切ることができなかったというだけ。

 収納具から飛び出ている柄を握り、それを思い切り振るとその勢いで収納具が飛んでいき、中に入っていた剣がその剣身を現した。

 その剣の全長は約十メートル。剣というよりも、形を整えただけの鉄の塊だ。
 その剣にはいくつもの魔術がかけられているので、ある意味では魔術具と呼べないこともないが、そこに掛けられているのはその全てが剣の強度をあげ、頑丈にするためだけのものだった。

「精々、楽しめる相手がいるといいのだがな!」

 そんな巨大な剣を右手一本で肩に担ぎ、足に力を込める。

「フッ、ハアアアアッ!」

 そして魔物達の前まで走った私は、勢いのままに力任せに剣を振るう。たったそれだけのことだというのに、首都に向けて走っていた魔物達はちぎれ飛び、剣の範囲内にいなかった魔物達も衝撃で吹き飛んだ。

 そんな様子を最後まで見届けることもなく、私はとりあえず魔物達の最前列を斬りながら横断していく。

 そうして端から端まで斬りながら移動し終えた私は、今度は高く飛び上がり、魔物達の群れの中へとその身を躍らせた。

「でやあああああ!」

 だが当然ながらそのまま着地するはずもなく、飛び上がると同時に高く掲げた剣を、思い切り全力で振り下ろした。

 振り下ろされた剣は、剣と地面の間にいた魔物を抵抗なく潰し、その下にあった地面へと当たる。

 瞬間、轟音とともに爆風にも近い衝撃が当たりを蹂躙する。
 剣の当たった地面は割れ、捲れ上がり、衝撃波によって周囲のものは魔物だけではなく全てが等しく吹き飛ぶ。

 そしてそれを何度も繰り返す。

「どうした、その程度か! 数だけ揃えたところで、どうにかなるとでも思ったか!」

 それを十も繰り返した頃には、辺りはまるで大規模な爆発でもあったかのように全てが混ぜ返されたような状態になっていた。

 まだ街から離れた位置には魔物は残っているが、そいつらは私を囲って遠巻きに見ているだけだ。

「ふぅ……ッ!」

 せめてこない魔物達を見て、肩に担いでいた剣を下ろそうとした瞬間、何かが私の膝裏に当たった。

 それがなんなのか、刺さりはしなかったものの鋭い感触があったから多分投げナイフの類だろう。

 振り返って地面に落ちているものを確認すると、そこにあったのはやはりナイフであり、妙な光り方をしている。恐らくは毒でも塗ってあるのだろう。
 だがそんなものがあるということは、武器を使うような知能のある存在からの攻撃であるということだ。
 人の道具を使う魔物はいるが、今のような私でも気付けなかった鋭い一撃を放つようなものはいないし、毒を塗る魔物もいない。

 だから、そんな攻撃をするとしたらそれは魔物ではなく──人間だ。

「誰だ! 出てこい!」

 出てくるとは思っていなかったが、とりあえず声をかけてみた。

 が、やはりそんなことで出てくるはずもなく、代わりに返ってきたのは先ほどと同じナイフだった。

 だがこうなるとどうしたものか。周りを吹き飛ばすような技を持って入れば良いのだが、私ではどこにいるのかわからない相手への攻撃は難しい。

 しかし魔物を片付ける手を止めるわけにはいかず、襲撃者を警戒しながらも適当に走り回りながら魔物を処理していく。

 場所がわかれば良いんだが……。

 その後もいろんな方向から、いろんな場所へとナイフが投げられて来たが、その全てを叩き落としていく。警戒していればこれくらいは魔物を片付けながらであっても余裕だ。

 だがそろそろ煩わしくなって来たな。

 私は一旦足を止めると、剣を肩に担ぎ直して大きく息を吸い込んで、吐き出す。

 そんなことをしたところで、敵の場所が分からないなら意味はないと思うかもしれないが、完全に考えなしというわけでもないし、多分何とかなるだろう。

 ──来た。

 私は自分の脇腹目掛けて飛んできたナイフを意に介することなく、ナイフの飛んできた方向を向き、そこから少し外れた位置へと思い切り剣を投げる。

「なっ──」

 今までの攻撃の間隔と当たる位置から、相手がどの程度の速さで移動しているのか予想し、その予想地点へと投げた剣は直線状にいる魔物を潰し斬りながら私を囲っている群れの一部に空白地帯を作っていった。

 結果はどうなっただろうか? 声がしたので、多分予想は合っていたのだろうと思うが……。
 実際に剣を投げた方向へ歩いていくと、そこには魔物の群れに直線状にできた空白と魔物の死体。そして一つだけ人間ものがあった。

 そいつは眼鏡をかけている平凡そうな顔をしていたが、腹から下がなかった。
 今の一撃で吹き飛んだんだろうが、まあこれなら生きているということもないだろう。

 これでよし、と頷くと、私は投げた剣を取りに足に力を込めて思い切り走り出した。

「……でも結局、あいつはなんだったんだろうな?」

 私を襲って来たあいつが誰かもわからないまま、まあ良いかとその考えに見切りをつけ、剣を引き抜いた私は再び魔物を倒し始めた。
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