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ギルド連合国の騒動

449:真贋比べ

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「──さあみなさま! これ以上はありませんか? ……ありませんね? ないようですのでこちらの『天のしずく』は落札となります!」

 ガラスの向こうで行われているオークションで、一つの首飾りが落札された……のだが、なんだか違和感がある。初めて参加するのに違和感もクソもないけど、なんて言うか……思ったよりも安いんだな。もっと高値で競り合うものだと思ってたんだけど……。

「……うーん?」
「どうかされましたか?」
「ん? んー、いやなんて言うか、思ったよりもショボいって言うのかな……。もっとバンバン根が釣り上がるもんだと思ってたんだけど、そうでもない感じだなって……」

 これ一つなら今の品が人気がないと判断することもできるのだが、今までに十以上は落札されたのに、その全てが想像よりも安く感じた。

「ああ、それはワイらのせいやな。仕込みをしとったから伸びんのやろ」
「仕込みですか……」
「せや。ほら、開会ん時の言葉、あれのせいや。ここには金持ちがぎょーさん来てんねんけど、その大半が特に目的のない連中や。実際に見て、興味が出たら買うてみよう言うやつばっかりや。せやからああやって勿体ぶると出し渋るわけやな」

 なるほど。最後のサプライズを落札することができなくても、落札に参加しておけば後で話の種にはなるし、落札できればそれはそれで構わない。
 だがそのサプライズを落札するのにはかなりの金が必要になることを考えれば、絶対に必要なものではない限りそれほど余裕がないヤツは無駄遣いをしないってわけか。

「それに、ここは反亜人派の奴らの資金源でもある。計画のために方々から道具を集めてんやろうけど、どうもお宝も集めとるらしいんや」
「それをここで売り捌いて金を稼いでる?」
「せや。ま、仕込み言うてもただの時間稼ぎにしかならんやろうけど、今はその時間が重要やねん」

 今は反亜人派に着いて調べている最中とはいえ、時間がないというのは確かだ。その時間を作ることができたのなら、それだけで十分役に立つことができるだろう。

「それにもう一つ、おっきな仕込みもしとる。そっちは偶然やけど、アンドーはんのおかげや。楽しみにしとってくれてええで」
「俺のおかげ?」

 それは馬車で来る時にも言ってたけど、開会の言葉の時に言っていた「楽しみにしておけ」というのと関係があるんだろうか?

 分からずに首を傾げていたのだが、マイアルはその事について話そうとはせずに含み笑いをしているだけだった。

 そうしてオークションは順調に進んでいき、ついに目録上で最後の出品となった。
 あくまでも目録上であって、実際には俺たちの品がまだ残ってるけど。

「さあそれでは皆様! いよいよ本日のオークションも終了間近となってまいりました! マイアル商会の会長であるマイアル氏が最後にサプライズの品を残しているそうですが、次にご紹介する品は本来であればトリを飾っていたはずの品! その品をご覧ください!」

 司会がそんなふうに言っているが、サプライズとして無理やり割り込ませたマイアルへの非難が入っている気がするのは、きっと気のせいじゃないんだろうな。

「うん? あれ……」

 だがそんな考えも、司会の言葉とともに舞台に上がってきた品を見て消え去った。というかどうでも良くなった。

「似てますね」
「ああ、イリンもそう思うか?」
「はい」

 俺が舞台の上の品を見て首を傾げていると、隣に座っていたイリンが俺と同じ考えを口にした。

「どうしたのよ、二人とも。何が似てるって──」
「途中で悪いんやけど、おしゃべりはその辺にしといてもらえまっか? これから面白くなるで」
「え?」
「面白くって……」

 環は俺たちの感じている違和感に気づいていないようで疑問の声を上げたのだが、それはマイアルによって遮られてしまった。

「本来であればトリを飾るに相応き品! これは過去の勇者様が使ったと言われております聖なる武具! 『滅尽の剣』でございます」

 司会がそう言うとそばにいた係のものが台座に置かれていた剣を手に取り、鞘から抜き放ったのだが……やっぱり似ている。

「この剣は魔力を込めますと、たとえ千の軍であっても灰塵へと変えてしまうほどの炎を呼び起こすことができます! この御時世、最近では魔物の報告も増えております。いかがでしょうか。この剣を備えとしてみては」

 司会の説明を聞いていると、どうにも俺が今回のオークションのためにマイアルに預けたものと同じもののように聞こえる。過去の勇者が使っていたということも、その能力も。

「これさえあれば、たとえ魔物の群れに襲われてもたちまち返り討ち! 英雄となることができます! さあみなさま──」
「騙されたらあかん!」

 目の前の状況がわからず、もしかして盗まれたのかと思っていると、マイアルが立ち上がって大声を張り上げた。

「騙されたらあかんで! それは偽モンや!」

 どうやら司会がつかっているような拡声器みたいなものを使っているらしく、マイアルの声はこの部屋だけではなく会場中に響いているようで、参加者たちが混乱しているのがわかった。

 だがそんな中で舞台の上にいた司会は堂々とした様子でこちら……マイアルを睨んでいる。ような気もするがよく見えないので魔術を使って視力を強化したのだが、やっぱり睨んでいたと思ったのは間違いなかったようだ。

「……これはこれは、マイアル様。偽物とは、どう言うことでしょうか?」
「言ったまんまの意味や。今そこにあるんは、勇者の使った剣やない。単なる偽モンやっちゅーてんのや」

 そしてマイアルがそう言うと、司会の男はやれやれとでも言いたそうに首を振って反論する。

「これは異なことを。何を根拠にそのようなことをおっしゃられているのかわかりませんが、これ以上は間違えましたではすみませんよ?」
「あほ抜かすなや。こんなとこで大声出してまで間違えるアホがおるか」

 そんな脅しとも取れる司会の言葉に、マイアルは一歩も引かずに司会の男を鼻で笑う。
 その様子から、舞台の上にいるあの男がただの司会ではなく、マイアルとなんらかの関係があるんじゃないかと思わせる。
 もしかしたら、あの男は反亜人派……もっと言うのならマイアルの領地とも言える東の村々を襲うように指示した奴なのかもしれない。なんて思ったり。

「……では根拠を提示していただけますかな? できないのであれば──」
「根拠やと? あるに決まっとるやろうが」

 司会の男の言葉を遮って、マイアルは堂々とそう言ってのける。

「そこにあるんは過去の勇者が使うた剣、『滅尽の剣』。あっとるか?」
「ええ、もちろんです。いやはや苦労しまし──」
「作り話なんぞどうでもええ」

 マイアルに言葉を遮られ、顔を痙攣らせる司会の男。だがマイアルはそんな事を知ってか知らずか、話を続けていく。

「あんさんらはそれを『滅尽の剣』言うたけど、それやとおかしなことになるなぁ。ワイがサプライズで出そうとした品……あれ、『滅尽の剣』やねん」
「ば、馬鹿なっ。そんなことあるわけが……!」

 マイアルがそう言うと、司会の男は目を見開いてそれまでとは違い少し崩れた口調で、思わずと言った様子で反論した。

「言葉遣い、崩れとるで。最初に言った通り、手に入れたんがつい先日だったもんやからサプライズで出したろ思ったんやけど……まさかやなぁ。まさか、あんさんらもワイらと同じモンを出すなんて、思いもせんかったわ」

 マイアルがそう言うと、会場にいる参加者たちは状況を把握したようでざわめきだす。司会の男はそんな会場を狼狽えながら見回し、何か反論をしようとでも思ったのか口を開いたところで再びマイアルに邪魔された。

「当然ながら、『滅尽の剣』が2本あるわけがない。やったら、どっちかが偽モンちゅーことになるのも当然やろ。ワイらは偽モンを出してないんやから、それは偽モンちゅーことになるやろ?」
「馬鹿げている! どっちかが偽物? ならばそれは私たちのものではなく、そちらのものが偽物なのであろう! 大体、急に手に入れたからサプライズで出しただと? そんなものがしっかりと鑑定を行われたのか怪しいではないか! 信じる価値など──」
「店を賭けるで」
「──は? ……な、に……?」

 唐突に言われたマイアルの言葉の意味を理解できなかったのか、司会の男は呆然と声を漏らした。

「店を賭ける言うたんや。もしワイらの出したんが偽モンやったら、ワイはうちの商会をあんさんらに無条件で渡したしたる。それでも信用できんのやったら……直接比べてみればええ」
「……比べるだと?」
「せや。千の敵を灰塵へと変える剣。それを使えばどっちが本物かわかるやろ」

 確かに使ってみればどっちが本物かわかるだろう。だがこんなところで実演するのか?

「だがこんなところで……」

 そう思ったのは俺だけではないようで司会の男も狼狽えながらマイアルの言葉を否定しようとする。

「おかしなこというんやな。いつものことやないか。ここの天井はなんのために開いとると思てんのや。今ある結界に全力で重ねがけすれば、観客に被害が出ることはないやろ。まあ、ちぃっとばかし魔術師に負担がかかるかもしれへんが、オークションに偽モンが混ざり込んでたんや。それくらいはやってくれるやろ。な?」

 そういえばここの天井はそのために開いているんだったな。この部屋に来た時にマイアルに説明されたが、この数時間ですっかり見慣れた景色になってたから忘れてた。

「それともなんや? 逃げ出すんか、われ」

 マイアルがそれまでとは打って変わって威圧感を込めた迫力のある声で凄んだ。

 すると、司会の男はそれ以上何も言えなくなったようで、ほんのわずかに迷ってからうなずいた。

「い、いいだろう。受けてたとうではないか! ただし、我々の品が本物だと証明された時は──」
「わかっとるわかっとる。素直にくれたるわ。──ほな、そういうわけでどっちが本物か確認しよか」

 マイアルは笑顔でそう言うと、拡声器らしき道具を自身の隣にあった机の上において椅子に座った。

「これが面白いことか?」
「せや。あっちが出した品は偽モンだったと参加者が知ったら、なら他の商品はどうなんだ? そう思ってまうやろ。そうなったら仕舞いや。数ある資金源のうち一つを潰すだけかもしれへんけど、確実に邪魔はできる」

 どうやらあの司会はやはり反亜人派のようだ。まあそうでなければこんなことはしないか。

「でもあれが偽物だったらどうするつもりだ?」
「おかしなこといいまんなぁ。ワイらも確認ぐらいしとるで。……けど、もし偽モンだった時は、そん時はワイらが死ぬだけや」

 そう笑いながら言うマイアルに、俺は言葉もなく見つめることしかできなかった。

「それに、あんさんに聞きまっけど、あれは偽モンなんか?」

 顔をこちらに向けられ、射抜かれるように真っ直ぐに俺を見つめる視線。

「……本物だよ。少なくとも、王国の奴らの目が狂ってなければな」

 そんな視線を受けたからだろうか、それともマイアルの覚悟を見たからだろうか。俺は秘密にしていたあの剣の入手ルートのかけらを教えた。

 それはかけらとはいえ、マイアルなら今の一言で俺がどこからどうやって持ってきたのか察するだろう。
 その結果マイアルがどう動くかわからないが、こいつは信用できると、そう判断して教えたのだからもし通報されても仕方がないと思おう。

「……なら、なんの問題もあらへんちゅーことやな」

 だがマイアルは俺の言葉に驚きを示したものの、それ以上何かを言うつもりはないようで笑いながら椅子に背を預けた。



「どうだ! これが多くの魔物を屠ってきた勇者の剣の威力だ!」

 そうしてまずは相手の用意した剣の効果を披露することになったのだが……

「しょぼ……」

 とてもショボかった。

「そうですね。あれが勇者の力ですか……」
「ちょっとこっち見ないでよ。私がやればあの程度の炎じゃなくてもっとすごいの出せるわ」

 イリンはそう言いながら環の方へと向いたが、環は今のと自分の力を同一に見られるのいやだったようでそんなことを言っている。だが、所詮勇者の道具でしかない剣と、勇者本人である環を比べるのは間違っているだろう。

 いやまあ、確かに魔物を燃やす威力はあるし、普通の魔術師が攻撃するよりも威力はある。が、それだけだ。
 千の魔物を灰塵にするどころか百の魔物を炭にするのがせいぜいだろうし、それくらいなら時間をかければそこそこの魔術師ならできる。あれを勇者の使った聖剣だと言うのは無理があるだろう。
 まあ、勇者がすごくてもその剣までもがすごいとは限らないが、少なくとも最初の説明よりも劣っているのは事実だ。

 だがそれでも実際の勇者というものを知らず、魔物との戦いを知らない観客たちからすればそれでも十分すごい威力だったようで、ざわめきが起こっている。

「さあ! 次はそちらの番だ!」

 そんな観客の反応に満足したのか、司会の男はマイアルに向かって叫んだ。

 だがマイアルはそんな言葉を無視して舞台の一部へと目を向けると、舞台のそばに控えていた者が剣をもって舞台へと上がった。
 だが……。

「二人?」

 そう。舞台に上がったのは剣をもった一人ではなく、それ以外にももう一人いた。
 そのことに観客がざわめくと、マイアルは再び拡声器を手にして立ち上がった。

「二人出てきて驚かれた方もおるやろ。けど、それは仕方ないねん。その剣は一人では扱われへん。必要な魔力が多すぎるんや。せやから二人やないとまともに発動させる事すら出来へん。その分威力は凄まじいモンやねんけど」
「は……はっ! 二人必要だと言うことでそれっぽくしているのかもしれんが、その程度の小細工をしたところで、我々の剣を超えることはできんぞ!」
「それはあんさんが決めることちゃうやろ。決めるんは見てる参加者の皆や」

 マイアルの言葉を張ったりだと司会の男は言うが、マイアルはそんな言葉もすげなくあしらい剣をもって現れた二人に指示を出す。

 そしてマイアルの指示を受けた二人が協力して剣を手に持ち、その鋒を天に掲げる。

 ──世界が燃えた。

 掲げられた剣からはそう錯覚するほどの炎が巻き起こり、渦を巻いて天を貫く柱となった。

 しばらくして炎の柱は消えたが、会場にいた者たちからは誰からも何も声が出なかった。
 それほどまでに桁外れの光景だったのだ。

「……あー、使ったことなかったけど、使わなくてよかった感じもするなぁ」
「そう、ですね。流石にこれは怪我をしそうです」
「怪我で済むのがおかしいと思うのだけど? でも、そう……これくらいなら、攻撃は通るのね。なら、後はどう当てるか、かしら?」

 静まり返る会場で俺たちはそんな風に話しているが、それは勇者や神獣といった桁外れの力に慣れているからであり、観客たちはしばらく呆然としたままだろう。
 かく言う俺たちも、慣れているし普通に話をしているものの、かなり驚いた。

「今のを見てどうでっか? 見てた皆はんは、どっちが本物やと思います? 後は皆はんらの判断に任せますわ」

 剣を使用してもう三分はたったんじゃないかと思うが、それでも俺たち以外にはいまだに誰一人として言葉を発さない中で、マイアルは拡声器を使って会場中に声を響かせた。

「これで終わりやな」

 再びマイアルが拡声器を切って椅子に座ると、その瞬間会場はざわめきだし、ついには爆発したように叫び声が上がり舞台の上に乗り込んで司会の男を捕まえる者まで現れ始めた。

 これは……たしかにマイアルの言う通り、あの男は終わりだろうな。

 あの男としても、あそこまでの差を見せつけられるとは思っていなかったはずだ。
 勇者の剣と言っても、所詮は古臭いただの魔術具。今の自分たちが全力で作ったものであれば勝てる。

 とでも思っていたのだろう。だからこそああも狼狽えていたのに強気でいられた。

 だが結果は惨敗どころか、そもそも勝負にすらなっていなかった。と言うわけだ。

「やー、それにしても、あんなえげつない威力があるとは思わんかったわー」
「え? か、確認したんじゃないのか?」
「したで。したけど、そらあくまでも使えるかどうか、や。少しでもばれる可能性をなくす必要があったんで、最大では使うてへんのや」

 そう言ってマイアルは笑ったが、そんなもので自身の店を賭けて勝負する気になったのだから、こいつも大概ぶっ飛んでるな。

「あんたは商人なんだなぁ……」

 だが、そんな勝負どきを間違えないと言うのが商人なのかもしれないと、マイアルを見ていて俺はそう思った。

「せや。ワイは商人なんやで」
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