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ギルド連合国の騒動

446:模擬戦の後

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「ふぅ……」

 俺はそれまでの緊張を吐き出すように息を吐き出しながら立ち上がる。

 けどまさか、ネーレがこんなことをするとは思わなかった。
 だってそうだろ? なんかしっかりしているけど気弱そうな少年、それが俺がネーレに持った印象だ。
 実直な剣、基本に忠実な、優等生的な戦い方をするんだろうなと思っており、こんな卑怯と呼ばれる戦法を使うだなんて思いもしなかった。
 だと言うのに実際には、ネーレはそれまでは俺が思っていたような戦い方をしていた。

「あ、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。いい経験になったよ」

 ネーレは手首を押さえながら息を切らして礼を言ってきた。多分最後ので痛めたんだろう。

「一つ聞いてもいいですか?」
「ん? ああ。なんだ?」
「どうしてあの一撃がフェイクだって気が付いたんですか? わかりやすかったでしょうか?」

 あの一撃、というのは拳の前に振り下ろされて弾き飛ばされた不自然な剣のことだろう。

「ああ、あれか。いや、わかりやすいだなんてことはなかったよ」
「ならどうして……」
「あれ、俺もよく使う手だから」

 俺が最後の一撃に咄嗟ながら対処できたのは、あの手をよく使うからだ。
 緊迫した場面で予想を外されると、一瞬だが動きが、というか思考が止まる。

 わかりやすく例えるなら、そうだな……テスト前に範囲を確認して勉強したが、いざ自信満々にテスト用紙をめくると、そこに書かれていた内容が自分の想定していた範囲と全く違った時を想像するといい。多分大抵の人が一瞬頭が真っ白になって「は?」となるだろう。そんな感じだ。

 戦いでも同じ。戦っていれば次は相手はこう動くだろうってのがなんとなくわかる。
 だが、わかってしまうだけに予想外の行動を取られたときの混乱する。そして、それまでが接戦であればあるほどその混乱は大きい。

「え? そうなんですか?」
「ああ。俺は弱いからな。そういった卑怯な手を使わないと勝てないんだよ」
「そんな事なかったですけど……」

 ネーレは不思議そうに俺のことを見ている。
 まあたった今負けたばかりだから、弱いから、とか、卑怯な手を使わないと勝てない、なんて言われても納得しづらいんだろう。

「確かに今お前に勝ちはしたけど、それだって結構ギリギリだっただろ? それじゃあ全然弱いよ」

 俺と接戦をしていたネーレには悪いが、あの程度じゃまだまだ弱い。

「強くなりたいな……」

 収納を使えば大抵の敵には勝てるだろう。だが、収納を使わなくても二人を守ることができるように強くなりたい。
 そんなことを思っていたらついその思いが言葉となって出ていた。

「……アンドーさんは、その……どうして強くなりたいんですか?」

 そんな俺の言葉を聞き止めたネーレが遠慮がちにそう問うてきた。

「どうして? どうして、か……」

 どうして強くなりたいか。そうネーレに問われて、俺はイリンと環のことを見る。
 そして再びネーレの方へと視線を向けると、不敵に笑って見せた。

「好きな人の前ではカッコつけたいじゃないか」

 理由なんてそんなものだ。好きな人にかっこいい姿を見せたいから。ただそれだけ。

 だが今の俺はお世辞にもかっこいいとは言えない。
 イリンと環はそう言ってくれるんだろうが、俺は俺自身のことをそうとは思えない。

「俺はイリンのことが好きで、環のことが好きで、何よりも大事に思ってる。だが、そんな二人に対して俺は自分勝手に振る舞ってきた。だけどそれじゃダメだろ。そんなみっともない奴が二人に相応しいかって言ったら、絶対に相応しくない。何てったって、二人は世界で一番いい女だ。そんな女の隣にいる俺が、こんなかっこ悪くていいはずがない。だから変わりたい。変わろう。俺は好きな人に誇れるような、そして好きな人が誇れるような自分になりたい。そう思ったんだ」

 そう話してから、なんで会ったばかりのやつにこんな自分語りみたいなことをしてるんだろうなと思ったが、自分の想いを言葉にすることで、より覚悟が固まった気がするからいいかと笑った。

「だからそのためにも、まずは強くなろうって、そう思ったんだ」

 武力を鍛えたところで心まで鍛えられるわけではない。それはわかってる。
 だけど、強くなろう、変わろうって、そう思いながら鍛えていけば、いつか心の方も強くなれる。そんな気がしたんだ。

 そんな俺の言葉を目の前で聞いていたネーレは突然の俺の語りにぽかんとしていた様子だが、数秒経ってからハッとして意識を取り戻し、キラキラとした目で俺を見つめ始めた。

「ぼ、僕もです! 僕もニナに相応しい僕でありたいと思ってるんです! ニナは強くてカッコ良くて綺麗で凛々しくて、時々乱暴になったり間が抜けてたりすることもあるけど、でもそれが可愛くて本当に素敵な女性なんです! でも僕には、悔しいことだけど、自分の実力でその隣に立つ資格がなくって……。だから、だから僕は強くなりたいんです。強く、カッコよく、ニナの隣にいることを誇れるような、ニナが僕のことを誇れるような、そんな自分に変わりたいんです!」

 どうやら自分と同じような考えを持つものに出会えて興奮しているようだ。

「そうか。なら頑張らないとな。お前も、俺も」
「はい! お互いに誇れる自分に変われるように頑張りましょう!」

 だがそうだな……外見や歳は違うが、好きな人のために強くなりたくて、そのためなら卑怯な手でも使い、そして実力も同じようなものとなると、意外と俺とネーレは似ていると言ってもいいのかもな。
 だからこそ、無意識の部分で俺たちは似ていると思ったからこそ、さっき俺は自分の想いについてあったばかりのネーレに話したのかもな。

「あっ、でも、世界で一番いい女はニナですから!」
「……うんまあ、ニナがいい女であることは否定しないさ。俺が自身の不出来さを自覚できたのだって、ニナからの助言があったからだしな。だが、一番かと言われるとな……」

 そう。ニナがいい女であるのは確かだ。明るくて強くて、自分が嫌われようとも俺たちを諭してくれるほど面倒見がいい。

 だが、一番はイリンと環だ。これは譲らない。

「そもそも一番が二人っておかしくないですか?」
「何を言う。二人共一番なんだよ。ポイント制にしたら二人とも同じ点数だ。もちろん他の奴らをぶっちぎってな」

 他の奴らは九点だ十点だと争ってるところで、イリンと環は両方とも百点で一番だ。むしろそれ以上の点数だな。

「二人とも一位といったが、二人にはそれぞれの良さがあってだな──」
「それを言うならニナだって──」

 俺とネーレはお互いが相手を諭すように自分の好きな人のことを話していく。

「いたっ!?」
「なにがっ……?」

 だがその途中で俺には小さなマッチ程度の火が、ネーレには木の棒が飛んできたせいで話は止まってしまった。
 俺に飛んできた火は収納スキルが自動で発動したから無効化されたが、ネーレに飛んでいったあれは……模擬剣か?

「やめろバカ! ネーレ、お前は何をいってるんだ!?」
「え? ニナの良さをアンドーさんに知ってもらおうと……」
「周りを見ろ!」
「周り……」

 どうやら今の模擬剣はニナが投げたようで、それを頭に喰らったネーレはニナの言う通り周りを見渡すが、どうやら俺たちは少し騒ぎすぎたらしい。

 訓練場にいた他の冒険者たちの生温かい視線と、一部の悔しげで恨めしそうな視線が俺たちに集まっていた。

「見たけど……周りがどうかした?」

 だがそのことにネーレは気がついていないようで、首を傾げている。

「これだけの人の中で何を言ってるんだお前は!」
「? ニナの良さがみんなにも分かるならそれはいいことでしょ? ニナは一人でいる時はとっつきづらいって新人の人たちが言ってたし……」
「バカもの。……はあ。もういい。いくぞ!」
「え? ちょっ、待ってよニナ! 降ろしてよ!」

 ニナはそう言ってネーレを抱き上げると訓練場から足早に去って行く。

 そしてニナと入れ替わるように環が俺の方へとやってきたが、その手には杖が握られている。やっぱりさっきの火は環だったようだな。

「彰人。何か言うことはあるかしら?」
「……そうだな。悪かった」

 流石にこれだけの大勢の中で自分のいいところなんかを大声で話し合われたら恥ずかしいだろう。俺の考えが足りなかったな。

 騒がせたことを詫びてさっさとこの場を離れようと訓練場にいる冒険者たちに振り返ったのだが、そこにいる男ども何人かが品定めするような視線を環とイリンに向けていることを察した俺は、つい魔力を放射してしまった。

 大気中に放出された魔力は空気に溶けてしまうとはいえ、それでも少しの間は残る。それを利用すると、一気に大量の魔力を放出することによって相手を威圧することができるのだ。

 そんなことをしても物理的に影響が出るわけではないし、攻撃手段としては役に立たないから基本的に魔力の無駄なので普通は誰もやらないが。

 そして謝るはずだったのに咄嗟にそんなことをしてしまった俺は、そのまま感情に任せて一言。

「手を出すなよ?」
「違うわよ!」

 環は持っていた杖で俺の頭を叩いたが、今の俺は魔術で強化していないので普通にとても痛かった。

「嬉しいけど、嬉しいけどっ! でもそうじゃないの!」

 環は恥ずかしそうにしながら怒っているが、そんな姿もまた愛らしい……ってそうじゃないな。

「あー、すまん。なんていうか、その、な? ……今朝から独占欲が出てな。お前達を手放したくないって気持ちが、今まで以上に強くなったんだ」

 今までも感じていたが、昨日の話し合いを経てその感情がより大きくなった。
 本音で言い合ったからだろうか? 以前よりも二人が愛しくて仕方がないのだ。

「あとはネーレに引っ張られたってのもあるかもしれない」

 そうだとは意識していなくても、自分と似たような思いを持っている少年を見たせいで、普段の俺とは違う感じになってしまったんじゃないかと思ってる。

 二十六のおっさんが何をそんなにはしゃいでんだと思わないでもないが、こればっかりは仕方がない。感情なんて自分じゃあどうしようもないのだ。

 そしてそのことを誰にも文句を言わせるつもりはない。

 誰かを好きだって感情にごちゃごちゃ言う様なやつは、本気の恋愛をしたことがないやつか、意見できる俺かっけえとか思ってる馬鹿のどっちかだ。
 文句があるんなら一度同じ様な体験をしてからにしろよと言ってやりたい。

「とにかく! いくわよ!」

 そうして俺は環に手を引かれて訓練場を後にすることになった。その際に改めて訓練場にいた人たちに会釈をしておいた。




「待たせて悪かったな。ニナは久しぶりだが、そちらの三人は初めてだな。私が冒険者ギルド本部長のボイエンだ。よろしく頼む」

 俺が環に、ネーレがニナに連れ去られたあと、俺たちは受付に戻るともう面会ができるようになったらしく、こうして本部長の執務室へとやってきたのだ。

 目の前に座る男性の髪は光の加減で若干金にも見える赤色をしており、その姿はまさに巌のようなと言う言葉がふさわしいくらいの偉丈夫で、当然ながら身長も俺より大きい。おそらくは二メートルを超えていると思う。

 この、ただ座っているだけだと言うのに見ている俺たちに圧迫感を与える、縦も横も大きな大男が冒険者ギルドのトップか。

 ただ話しているだけだってのに、今までで一番威圧感を感じるぞ……。
 今までも王国で生き残るために王女と話したりしたが、あの時は突然のことと生き残るんだって思いから感覚が麻痺してたんだと思う。
 あとは王女なんて訳のわからないくらいに偉い人と相対して緊張してたってのもあるかもしれないが、あの時はそれもプラスの要因だった。

 次に威圧感を感じたのは王国を抜け出す時の……名前は忘れたが警備隊長的なポジションのやつだったが、あの時はもう既に収納の使い方とか把握してたし、最悪バレてもいいかなと思って行動してたおかげでそれほど問題はなかった。

 グラティースの場合は王様やってたけど何だか最初っから友好的だった。

 だがこの男は違う。前の三人の時に比べて俺は場慣れしてきたと言うのに、それでもなお警戒しなければならないと本能が訴え緊張してしまう。

 そしてそれは間違っていないのだろう。あれらの時に比べても、目の前の男の方が脅威だ。
 王女の控えさせていた暗殺者達も、国境の警備隊長も、この男には及ばない。
 出会ってまだ数秒だと言うのにそう感じさせられた。

「あ、はい。安堂彰人と申します。こちらがイリン・イーヴィンと、滝谷環です。よろしくお願いします」

 俺は若干気圧されながらも自分たちの紹介をしてく。

「ああ、報告は受けている。まあ座りなさい」

 そうしてボイエンが勧めた席の対面には、既に俺たちではない別の誰かが座っていた。
 戦士のようには見えないけど……誰なんだろうか?

「本部長、そちらの方は……」

 ニナも知らなかったのか、俺たちの疑問を代表するかのように尋ねた。

「ああ、そいつは……」

 ボイエンが説明しようとすると、その座っていた男はその言葉を手で制して立ち上がった。

「ワイは商業ギルドで首都東支部の支部長を務めとるもんで、マイアル言います」

 マイアルと名乗った男性は、藍色の髪にふっくらと膨れた腹をしているが、その腹は以前会ったことのある貴族達や権力者の醜い腹に比べて不快感のようなものがなかった。
 太っていると言うより、ぽっちゃりしていると言った方がいいような気がする雰囲気と見た目だ。

「今回の件は冒険者ギルドだけではないからな」

 俺たちは再び名乗るが、お互いに自己紹介を終えるとボイエンはそう言ったが……そうか。東支部というのは、もしかしたらこの国の東側での商売の元締めをしているのかもしれないな。
 ふとそんな考えが頭に浮かんだ。

 だが、もしそうならば冒険者ギルドとしては信頼のできる相手だろう。
 何せ今回色々とコトが起こったのはこの国の東側。自分の管理下にある商売のタネを自分で潰すなんてことは、普通ならするはずがないのだから。
 よっぽどぶっ飛んだやつならアレだけど、マイアルはそんな狂人の類には見えない。

 そしてマイアルとしては、金の元であり、自身の管理領域である村を潰された事になるのだから黙っていられないだろう。
 まあそれも、東支部というのがどこまでのものなのかってのがわからないとはっきりしたことは言えないけど。
 
 ひとまずの納得した俺たちは席につき、話し合いが始まった。

「さて、それでどこまで知っている?」

 が、俺たちが座った直後にはボイエンがその厳つい顔についている鋭い目を更に鋭くして、もはや視線だけで人を殺せるんじゃないだろうかと思うほどに細めた状態で静かに、重く尋ねてきた。

「どこまでも何も、俺が知っているのはニナにお話しした限りです」

 だが既にニナが前もって報告をしているはずだ。俺が知っていることは全て話してある。

「……なら聞き方を変えよう。何が起きていると思う?」

 何が起きているか、か。さて、これはどう答えるべきだろうか……。
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