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お祭りと異変の種

436:レース中の襲撃者達

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 突然の爆発に観客も参加者たちも悲鳴を上げて混乱している

「よし行くぞ!」
「はい!」
「ええ!」

 目の前で爆発に巻き込まれて吹き飛んでいく参加者たちを視界に捉えながら、俺たちはそう言って頷き合うとイリンを先頭に走り出した。

 当然ながら今のは俺たちがやった事だ。俺たちというか、実際にやったのは環だけど。

 参加者たちは突然そんなことをされるとは思っていなかったのか、無防備に喰らってしまい吹き飛んでいる。
 スタート直後の広範囲攻撃で参加者を減らすってのはレースの基本だと思う。こんなのは常識だ。

 だが今の攻撃を参加者たちが無防備に喰らったところを、そして観客たちも悲鳴を上げて驚いているところを見るに、今まで誰もやってこなかったんだろうな。

 なんでこんな事をみんなしてこなかったのかというと、多分、花を巻き込むような広範囲の技を禁止されていたからだと思う。

 だが思い出してほしい。禁止されていたのは、あくまでも『花を巻き込むような』広範囲攻撃だ。この地点から広範囲攻撃を行ったところで、離れた森の中にある花を傷つけるはずがない。
 だからルールとしてはなんの問題もないのだ。

 その証拠に、司会は俺たちを止めるべきか迷っている。が、止められないのならそれで良い。まあ止められたとしてもそのまま進むつもりだったけど。
 進んでしまえば、減ったとは言ってもまだそれなりにいる参加者の中から俺たちだけを止めることは不可能だ。

「……あれ、本当に大丈夫よね?」

 ルールの不備を突けば、今年くらいはなんとかなると思う。だってこのレースは『何でもあり』何だから。そんなルールにした方が悪い。

 爆発も軽めのやつを複数にする事で殺傷力を下げたし、あれを喰らったのが一般人であったとしても、精々が何箇所か骨折する程度で済むだろう。

「大丈夫だ。棄権すれば治療班が治すからな」

 治療班が治すしてくれるのは、あくまでも『棄権すれば』だが、状況判断を間違えるようなやつはいないだろう。いたとしても、それはそいつの責任だ。

「それよりも環、これからは広範囲技は使えない。それと森の中に入るからスキルもな」

 今俺たちは平原を走っているが、進行方向には森がある。
 目的の花である伝心花はそこに咲いているんだからどうしたって行かなくてはならないが、森という何が燃えるかわからない場所では環の能力は使えない。使えるしたら炎以外の魔術だけだ。

「ええ、わかってるわ」

 なのでエルミナたちと別れて参加者たちがスタート地点で準備をしている時に作戦会議を行ない、環はサポートに回ってもらうことになった。

「けど、やっぱりそれだと私はあまり活躍できないわね」
「まあ花を採取してもらうときに活躍してもらうから、その時はよろしくな」
「ええ、任せて」

 そんな風に走りながら話していると、森にたどり着いた。その際に周囲に目を向けると、森に入る前に参加者同士で戦っている姿が目についたが、俺たちと同じように森の中に入ろうとしている参加者たちもいた。

 全員同じところからスタートだったらさっきの一撃で半分くらいはリタイアさせられると思うんだが、実際にはかなり広がってのスタートだったので仕方がない。今は自分たちの周りの敵を倒してここまでスムーズに来れただけで良しとしよう。

「っと、生き残りが追ってきたか」

 そんな俺たちが森に入って少しすると、スタート地点で並んでいた数より少ないとはいえ後方から追いかけてきた奴らがいた。

「俺がやる」

 俺は一言だけそう言ってから、収納の中に入っていたアイテムをいくつも放り投げる。

「これでも食らえ!」

 俺が投げたアイテムは、地面や木に当たった途端に周囲にうっすらと赤い煙を吐き出した。簡単に言えば煙幕だ。

「ぐあああ!」
「目が、目がああ!」

 もちろんただの煙幕ではない。冒険者の使う撤退用の催涙煙幕だ。
 これは本来は魔物相手に使うのだが、その際には自分たちが食らわないように注意しなければならないものだ。でないと今俺たちの後方で叫んでいる奴らのように悲しいことになってしまうから。
 まあ俺はそれを本来なら一つでいいところを容赦なく何個もばら撒いたわけだが。

「これで後続はあまり気にしなくて良いな」

 俺がそうにこやかに言うとイリンは同意するように頷いていたが、環は少し呆れたように苦笑い気味だった。

 だがこれで後方への警戒に気を取られなくて済む。もちろん完全に警戒をなくすと言うわけにも行かないが、マシにはなったと思う。

 そうして俺たちは斥候役としてイリンを先頭に俺と環が並んで走っているのだが、突如イリンが速度を落として俺たちに近寄った。

「彰人様、環。近いです」

 この近いと言うのは、俺と環の距離近すぎると言う苦言ではなく、敵の距離が近い、と言う意味だろう。俺の探知の範囲にも引っ掛かっているし。

 どうしようか。倒してもいいけど、無理して倒す必要もないんだよな……。

 しょっぱなから参加者をまとめて吹き飛ばした奴が何をぬるい事言ってんだと思うかもしれないけど、花を採ることができるんだったら別に他の奴が一緒でも構わないのだ。採れなかったら邪魔をするけど。

 だから向こうから仕掛けられなければこっちから排除するために動く必要はないんだけど……なんて考えていたのだが、敵はそう考えてはくれず攻撃を仕掛けてきた。

「フッ!」

 だが、敵の攻撃は俺の探知に引っ掛かってるし、何より俺が何かをする前にイリンが動き、短剣を振って飛んできたものを切り払った。

「弓か。よくもまあ、走ってる最中に射れるもんだな」

 イリンによって防がれ弾かれたものを一瞥してそのまま止まることなく走り続けたが、森の中で俺たちについて来られるように走っているのに弓を射ることができるなんてすごいなと俺は感心していた。

「どうされますか?」
「場所はわかるか?」
「はい」
「なら倒しておこうか。後で仕掛けられてもめんど──」

 面倒だし。そう言おうとしたが、俺が言い切る前にイリンは目にも止まらない速さで森を駆け出した。

「なんっ!? くそ──」
「ぐあああ!」

 そして聞こえてくるのは参加者たちの悲鳴。
 森の中で悲鳴を残しては姿を消していく参加者たち、か……なんかの映画でありそうだな。

「終わりました」
「あ、ああ。お疲れさま……」
「この程度であればいくらでもお任せください!」

 なんかすっごい楽しそうにしてるな。なんでだろう? ここは森だし、狼の狩猟本能的な何かが現れたとか?

「……なんか敵が増えたか?」

 その後も時折襲いかかってくる参加者たちを適度に倒していたのだが、なんだか途中からその数が増えてきたように感じる。

「そうね。大半はイリン一人でなんとかなってるけど、たまにこっちにも飛んでくるようにっ……なったわね」

 環がそう言っていた最中にも俺たちを狙って攻撃が飛んできて、環はそれを結界の魔術具で防いでから魔術をもって反撃して参加者を倒した。

 そんなことが何度かあり、俺たちの進行速度は森に入ったばかりの時よりも明らかに遅くなっていた。

「いっそのこと、炎鬼で蹴散らしたくなってきたわ」

 だからだろうか、突如隣を走っていた環がそんな風に小さくこぼした。

「……お前、意外と大雑把っていうか、堪え性ないよな」
「そう? ……いえ、そうね。……これでも日本にいた時は、自分で言うのもなんだけど優等生の類だったと思うわ。でも、こっちにきてから、こう、色々あったでしょ? それで抑え込んでたものがワアアッとね」
「ワアアッと、ねえ……」
「ええ。一度溢れ出してからは、なんだかそれまで通りに抑えられなくて」

 ……まあ、スキルは本来個人の資質に合ったものが発現するらしいから、それを思えば環の言動も納得できるかな?
 何せ、環のスキルは『意思を持つ炎』だ。それをどう解釈するかは色々あるけど、まあ『炎』って時点で察せるものはあるよな。

「そうか。でもまあ、抑え込んで窮屈に生きてるよりはいいんじゃないか?」
「ええ。私、今がとっても幸せよ。もちろん、あなたのおかげでね」

 そう言って笑みを向けてきた環だが、俺はそんな彼女から視線を逸らして正面だけに意識を集中させた。……不意打ちはやめてほしいな、まったく。

「……そうか」
「ええ、そうよ」

 だがそんな会話をしている最中にも俺たちを狙う輩は存在しており、攻撃を仕掛けてきた。

「っ! 気を抜いて話してる場合じゃなかったな」

 俺はそれを避けて反撃にナイフを収納から取り出して投げつけるが、イリンのようにうまくはいかずにナイフは木に突き刺さって終わった。結局俺が投げたナイフに反応したイリンが仕留めることになった。

 と言うか今の攻撃は俺が避けてなかったら頭にあたってなかったか? 当たったら当たったで収納スキルが勝手に発動して防いでくれるようには設定してあるけど、殺す気か?

「ありがとう、イリン。怪我とかはないか?」
「大丈夫です。それよりも、敵の数が増えてまいりました」
「みたいだな。それだけ花に近づいたってことか?」

 開始地点は離れていても、花の場所は森一箇所にしかないので最終的には全員そこに集まることになる。だから花に近づくほど他の参加者たちに遭遇する機会は増えるのは当然だった。

「それもあるでしょうけれど、待ち伏せではないでしょうか?」
「待ち伏せ?」
「はい。後続を潰すのはもちろんですが、花を手に入れて戻ってきたものを襲うためにあらかじめ待機して陣地を作るつもりではないかと。ここは花のある場所とゴールを直線で結んだ道ですから」

 そうか。こいつらは最初から花を採取するつもりはなく奪う気でいる奴らか。
 だがそれだとここだけに設置してても他の場所に行かれたら意味がないだろうし、ここ以外にも同じようなのがいくつかあるんだろうか? あとはそれに加えて道中の攻撃で誘導したりしてるとかもあるか?

 直線できた俺たちよりも早くこの場にいるのはちょっと疑問だったが、何となくの理由は想像がついた。
 多分、初動のちょっとした遅れと、道中の邪魔者たちを警戒していた事、それとレースの不慣れによって慎重に行動しすぎたからってところだろう。

「そうでなくても、私たちは花を求める参加者だけではなく他のものからも狙われていますので」

 ああ、そうだったな。俺たちはこのレースの参加者以外にも、以前諍いを起こしてしまったやつから狙われているんだ。むしろこの攻撃の量と質を考えるに、そっちの数の方が多いんじゃないだろうか?

 そんなイリンの考えを正しいと証明するかのように、前方には簡易的な壁が築かれていた。レースが始まってから俺たちがくるまでの間に壁を作るなんて普通はできないから、あの壁は魔術によるものだろう。
 そしてその壁の後ろには何人もの武装集団が並んでおり、そのうちの一人は何やら魔術の準備をしていた。

 やっぱりこれは花を採取した奴らの帰り道を待ち伏せってよりは、俺たちの狙ってるような感じだな。
 だとすると、本当に俺たちを殺しにきてるのか。ならこれは、警戒度を上げないとだよな。

「やれええええ!」

 そんな事を考えているとリーダーらしき男が叫び、その声に合わせて魔術の準備をしていた男はその魔術を発動させたのだが……

「ばかじゃないか!?」

 使った魔術は炎の塊だった。それも、直径二メートルくらいあるようなでかいやつ。

 本当に俺たちを殺すつもりだとは言え、こんな森の中でそんなに大きな炎を出してどうするつもりだよ! 魔術の直撃を喰らわなかったとしても、周りの木が燃えれば他の参加者たちも巻き込むぞ!?

「チィッ! イリン、俺がや──」
「私にお任せください!」

 流石にあれはまずいだろうと思って、俺が収納しようとしたのだが、俺が前に出る前にイリンは走る速度を上げて炎の塊へと突っ込んで行った。

 何をする気だと思って見ていると、イリンは右手を上に掲げてその手に魔力を集中させ始めた。

 すると一瞬後にはふさふさの毛が生え出してその手を覆い、それだけに留まらずイリンの手は巨大化した。

「あれは……」

 あれは以前出会った蜘蛛の神獣であるナナに教えてもらった巨大化か?
 前は手や足の一部を獣っぽく変化させるだけだったが、いつの間にか巨大化して本来の神獣としての大きさに変えることができたようだ。

「えい!」

 イリンはそんな可愛らしく上に掲げた手を振り下ろす。
 振り下ろされた神獣化したイリンの手に叩き潰された大きな炎の塊は、それだけで跡形もなく消え去ってしまった。

 そして目の前で何が起こったのか理解できていない襲撃者たちは、全員がポカンとこちらを……と言うかイリンの手を見ている。

「やあああ!」

 イリンはそんな掛け声とともに振り下ろした手をもう一度持ち上げて前方へ駆け出すと、その勢いのまま呆けている襲撃者たちへとその手を薙ぎ払った。

「ぐあああああ!
「ぎゃあああああ!」

 その一薙ぎで、目の前の簡易拠点は襲撃者もろとも吹き飛んで行った。

 イリンは薙ぎ払った姿勢のまま残心し、周囲に敵が残っていないことを確認すると手を元の大きさに戻して大きく息を吐き出した。

「ふううぅぅ……彰人様、消しました!」

 消しましたって……そんな簡単に言われると、魔術無効化というこのパーティでの俺の存在意義が消えるんだが?
 いやまあ、広範囲攻撃とか形のない攻撃とかは、まだなんとか俺の担当だと言い張れるけどさ。

 ……ヤバイな。本格的にイリンに手がつけられなくなってきている。もう勇者とか余裕で超えてるだろ、これ。

「お、おう。お疲れさま?」
「はい!」

 笑顔でこっちを見てきているイリンに褒め言葉以外の言葉を言うことはできず、だが俺の微妙な思いが言葉に現れ疑問形になってしまった。

 その後も俺たちを襲う者が完全にいなくなったわけではなく時折襲われはしたが、それは足や肩なんかを狙った攻撃だったのでただの参加者だろう。

 このあと第二波がくるかもしれない、というかまず間違いなくくるが、どうやら命を狙っている襲撃者たちはこれでひとまずは終わりのようだ。

 そうして途中で足を止めてしまったことの遅れを取り戻すためにも走り続けていると、ついに森を抜けて少し開けた場所へとでた。

「これが伝心花か……」

 たどり着いた先には目的のものであり、この祭りの要でもある伝心花がその姿を見せた。
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