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イリンと神獣

354:父親の慟哭

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「悪いな。こんな朝早くに突然訪ねて」

 翌朝。俺は日が登ったばかりの時間だと言うのにウォルフの家を訪ねていた。
 俺の対応に出てきたウォルフの妻の一人は訝しそうにしていたけど、俺の様子を察してか何も聞かずにウォルフを起こして呼んで来てくれた。

「ほんとにな。悪いと思ってんならもうちっと遅くきてくれよな」
「……悪い」

 あくびをしながら気怠げにしているウォルフの言葉に、俺はそれだけしか返す事ができない。

「……はあ、冗談だ。マジに受けんな」

 俺の反応が予想外だったのか、ウォルフは眉をしかめて俺の顔を覗き込んだ後、ため息を吐いてそう言った。

「それで? 話ってのはなんだ? そんなんになってんだ。どうせロクでもねえ話なんだろ?」

 そして、いつものふざけた顔とは違い、真剣な表情で尋ねてきた。

「その前に、場所を移してほしい。誰にも聞かれない、誰にも見られないような場所に」

 俺はその言葉に頷いたが、ここで話すわけにはいかない。状況次第、ウォルフが見せろといえばだが、俺はウースの遺体を収納から取り出すつもりだ。
 それを誰かに見られるわけにはいかない。今は早朝とは言ってももうすでに動き出している者だっている。
 ウォルフの家の中でもいいのかもしれないが、それだと一緒に暮らしている妻に見られてしまう。ウースの死をどう伝えるか、遺体を見せるかどうかは話をした後のウォルフの判断に任せたい。

「……チッ。こっちだ。ついてこい」

 わざわざ場所を移す事で相応に厄介ごとだとわかったのだろう。ウォルフは舌打ちをして顔をしかめてから、俺に背を向けて歩き出した。




 里を離れしばらく歩いたところで一つの洞窟が隠してあった。そこには剣や槍などの武器から始まり、何か詰まった袋が積まれていた。だがその数は備蓄として考えるには些か少ない。
 おそらくここは緊急時の避難壕のようなものなのではないだろうか?
 いざと言う時は里を捨てて逃げると言っていたが、それでもそれは最悪の時の手段だ。出来る事なら離れたくないだろうし、いざと言うときにの避難先はいくつあっても構わないだろう。

「ここいいだろ。そろそろ話せ」

 壁に寄りかかり腕を組んでいるウォルフからかけられた言葉にハッとして、俺は意識を切り替えてウースについて話し始める

「……お前の、息子に関することだ」
「ウースのことか」
「ああ」

 だが、いざ話すとなると思ったように口が動かない。

「……」

 それでもウォルフは急かすことなく俺が話すのを待ってくれた。

 俺は昨日励ましてくれたイリンと環の姿を思い出すと、歯を食いしばり覚悟を決めた。

「お前の息子は……ウースは死んだ」
「…………そうか。……まあそうだろうな。そうだとは思ってた」
「ああ。遺体は俺の収納の中に入ってる」
「そうか」
「……」
「……」

 会話はそこで途切れてしまうが、俺は動き出すことも、言葉を発することもできなかった。

 目の前にいるウォルフは壁に寄り掛かり腕を組んだまま目を瞑っている。

「…………見せてくれ」

 そして遂に言われたその言葉に俺はうなずき、震える手を前に出して収納からウースの死体を取り出す。

 覚悟はしていたのだろう。

「……これが? ……これがあいつ、なのか……?」

 だがウォルフもまさかこんな姿で出てくるとは思っていなかったようで、目を見開き、気の抜けた様子で呆然と呟いた。

「……ああ」
「はっ。なんだよこれはよぉ。なんだってこんな無様な姿になってんだよ、お前は」

 そう言ったウォルフの顔は馬鹿にするような言葉とは裏腹に、今にも泣き出しそうなのを堪えているように見える。

「まったく。掟を破って出ていったと思ったらこれかよ。馬鹿じゃねえのか? 好きになった奴を諦められなくて追いかけて。それでこんなになるくらいだったらイリンがさらわれる前に、最初から行動しておけばよかっただろうが」

 ウォルフはそう言いながらウースの体に近づき、そのそばにたどり着くとしゃがんでその体に手を伸ばした。

「……ほんと、馬鹿だぜお前はよぉ」

 伸ばした手で触られたウースの体はその触られた部分が崩れ、ドロドロとした流動体へと変わっていく。

「…………おい。お前は何があったか知ってんだよな。話せ」

 自身の手に付着したウースの体の一部を見つめながらそう言った。

 俺はその問いに正直に話していく。

 この里を出てからウースに出会ったこと。
 この国で起こったこと。
 そして、最後に俺が戦ったこと。

「もう一つ聞かせろ。……どこのどいつがやった?」

 ウォルフは最後まで話を聞くと、静かに、だが隠しきれない怒りをその声に滲ませながら問うてきた。

「……実行犯が誰かってのは分からない。だが確実に関わっているであろう奴ならわか──」
「それでいい」
「……わかるのは二人。一人は王国のハンナ王女。俺たち勇者を召喚を計画した奴だ。今回の戦争を仕組んだのも多分こいつだと思う。あそこの王自体はそこまでのことはできるようなやつじゃないから、まず間違いない」
「もう一人は?」
「俺たちを召喚した魔術師のヒース。今回変異に使われた薬はかなり特殊なものだ。実際に作ったかどうかは分からないが、関わっているのは確実だ」
「そうか」

 俺が前に宝物庫から盗んだ王族用の治療薬があった。それは飲んだ後から特殊な魔術をかけて状態を安定させるという仕様だった。あれだって薬の使用者の体を魔物に変異させる薬だ。今回使われたものと無関係ってことはないだろう。前に治癒の神獣であるスーラもそんなようなことを言っていたし。
 だとしたら、その王族用の薬を作ったらしいヒースが関わっていないはずがない。

「……お前は戻れ。俺は……しばらくここにいる」
「わかった」

 今は俺がそばにいないほうがいいだろう。
 俺はウォルフの言葉に頷くと、静かにその場を後にする。

「…………ありがとよ」

 その際に、背中越しにかけられた言葉に俺は振り返ってしまうが、それ以上の言葉はない。

 俺は再び前を向き、今度こそその場を離れた。

 ──ゥォォォォォォォォ!!

 そして洞窟を出てしばらく歩いていると、そんな悲しげな声が背後から響いてきた。
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