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2巻
2-3
しおりを挟む「――お待たせいたしました。あなたが国王陛下の使者の方ですか?」
しばらくすると、隊長らしき身なりの男がやってきてそう言った。
使者って名乗った覚えはないんだけど、まあどうでもいいか。
「どうも。それで、この砦の責任者には会わせてもらえるんですか?」
「はっ! 責任者のセリオス閣下はただ今訓練中でしたので、身だしなみを整えてからとなります。客室をご用意いたしますので少々お待ちください」
よかった。会わせてもらえるみたいだな。
……にしても訓練か。そりゃ仮想敵国との国境だもんな。訓練は必要か。
でも、訓練を真面目にしてるってことはそれなりに強いんだろうな。
もし作戦が失敗して戦うとなったら、苦戦するかもしれない……もしもの場合を考えて、十分に警戒をしておこう。
すぐに部屋に案内されたので、俺はソファに座り、イリンを後ろに立たせる。
そして寛ぎながら探知を張り巡らせ、駐屯地内部を探る。敵地の確認は基本だからな。
しかし誰かがこちらに近づいてきたのが分かったので、探知の範囲を普段通りに戻す。
「お待たせした、使者殿」
ノックの後部屋に入ってきたのは、王都の騎士団長に似た体格の、五十歳くらいのいかめしい男だった。
「いえ、突然の来訪で申し訳ない。国王陛下の直轄部隊『レプリカ』。名をアンドーと申します」
俺はそう名乗るが、もちろんそんな部隊は存在しない。適当に作った部隊名だ。
勇者の出来損ないや偽物なんて呼ばれた俺にはぴったりな名前だと思う。まあ、そんな俺が国王の直轄を名乗るとかなんの皮肉だよって感じはするけど。
目の前の男は、一つ頷いて口を開く。
「私はこの王国南方砦の責任者を任されているセリオス・セルブルだ――『レプリカ』か。申し訳ない。寡聞にして知らないのだが、どのような部隊なのかお聞きしても?」
疑問系ではあるがその目は鋭く、言わないと話を進められそうにない。できる限り不自然にならないように慎重に話を進める。
王女との交渉の経験があるから臆さずにいられるが、あの経験がなかったらびびってもうミスをしていたかもしれないな……だからといって感謝する気はない。俺がここにいるのも元はアイツらのせいだし。
「……本来は機密にあたりますが、ここで時間を取られても仕方がないのでお話ししましょう。ですが他の方には退出願いたい」
「――お前たち、さがれ」
セリオスは訝しげにしつつも、共に部屋にやってきた者を下がらせてから、改めてこちらを見た。
俺は頷いて話し始める。といっても本当のことなんか言えないので当然作り話だ。
「『レプリカ』は過去の勇者の末裔、その一部を集めた部隊。末裔の全てがそうであるとは限りませんが、中には勇者の能力を受け継いだ者が生まれるのはご存知かと思います……髪の色は違いますが、私の眼や顔立ちは勇者たちに似ているでしょう?」
「ふむ。確かに伝え聞く容貌に似ているな」
どうやら納得してもらえそうだ。
実際にこの世界では、勇者しか持てない『スキル』を持って生まれてくる者がいる。
だからこそ、セリオスも信じたのだろう。
まあ、スキルを持って生まれるのが本当に勇者の末裔かどうかは分からないらしいけど。過去って言っても何百年前とかにもいたわけだし、その時の勇者の血縁かどうかは、魔術で調べようにも不可能なんだとか。
しかしこうしてセリオスは信じかけているので、俺は言葉を続ける。
「お疑いなら、嘘感知の魔術具を使用しても構いません――いえ、使用してください。先ほども申しましたが、時間を取られたくないのです」
通常、相手を信用していないと宣言しているようなものである嘘感知の魔術具を、堂々と使うことはない。
しかし今はあえてそれを勧める……どうせ、もう隠れて使ってるだろうしな。
「それほどか……分かった。では使わせてもらう」
セリオスは一度立ち上がると扉の外に出て、置物のようなものを持って戻ってきた。
この置物が嘘感知の魔術具である――筈がない。
だって、王女との会談の時に、こんなもの見た覚えがないからだ。
おそらくはこれはフェイクで、本物はセリオス自身が持っているだろう。
いずれにしても魔術具があるのは確かなので、嘘をつかないようにしっかりと騙していこうと思う。
嘘をつかないで相手を騙すなんて、もうすっかり慣れっこだ。王女相手にも通用したんだから、この男相手でも大丈夫だろう。
セリオスは居住まいを正すと、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「それで、わざわざ陛下の直轄の方が来られたのだ。何か重大な要件があるのだろう?」
「はい。まず、先触れや伝令なく私が単身で来たわけをお話ししましょう――勇者が殺されました」
「な!?」
座っていたソファを倒さんばかりの勢いで、セリオスがガタッと立ち上がる。
「そ、それは本当のことなのか!?」
「残念ながら……」
セリオスは驚き立ち上がった状態から、ゆっくりとソファに腰を下ろす。
そして一度目を瞑ると、少し考えるように俯いてチラリと手元を確認した。おそらくは、嘘感知の魔術具を見ているんだろう。
そして確認を終えると、俺の言葉が本当だと信じたのか、再び鋭い目つきになった。
「申し訳ない。続きを」
目の前の男から発される威圧感にゴクリと息を呑み、俺は話を続ける。
「ええ――現場の状況から、おそらくは魔族の仕業ではないかと。また勇者が殺されたこと以外にももう一つ、犯人がどこから侵入したのかという問題もあります。そこで現場となった勇者の部屋を隅々まで調べたところ、外部へと繋がる隠し通路が見つかりました。そしてここからが重要なのですが――その通路は一部の貴族たちの屋敷に繋がっていたのです」
「なんだと!?」
今度は自制できたのか、ソファが動き前のめりになってはいるものの、セリオスは立ち上がることはなかった。
「失礼した――この国に裏切り者がいる。そういうことですか?」
「非常に残念なことですが、おそらくは……今頃国王陛下を筆頭に、王族の方々が信用できる者と共に調査を進めているでしょう」
これはあくまでも俺の予想である。なので嘘にはならず魔術具は沈黙したままだ。
「そんな状況ですので、通信の魔術具では傍受される危険があるため、私が直接来ました。本来の目的を果たすため。そしてあなたに現状を話すために」
「ふむ……」
ひとまず今のところは問題ないだろう。様子を見た限りじゃ信じてくれてるみたいだし。
でもまだ終わりじゃない。むしろ、まだ始まったばかりと思って話し合いに臨んだ方がいいだろう。
気合いを入れ直しているとセリオスが重々しく口を開いた。
「現状については理解した。今後は外だけではなく内にも警戒しよう――それで、本来の目的というのは聞いても?」
「はい。どのみち話す必要がありましたので――おい。フードを取れ」
俺は後ろに立っていたイリンに向かって命令する。
普段だったら、絶対に性に合わないからこんな話し方はしないんだけど……ここで獣人であるイリンに丁寧に接していたらおかしいので仕方がない。
「……獣人、か」
「ええ。今回何者かに先手を打たれ、勇者を殺されましたが、実はこちらから攻撃を仕掛ける計画がありました。私は亜人どもの国の情勢や地図などの情報を集めるため、隣国に行く必要があります。作戦に支障がないと判断したらついに……というわけです」
俺がそう言うと、セリオスは真剣な目つきで重々しく頷いている。
「私が求める情報は正確性と早さが命です。そのため、一刻も早く通行許可が欲しいのです」
ちなみに、情報や地図を手に入れるってのは本当。情報や地図がないとその後の行動方針も立てられないから、情報は集めるつもりだった。
そして、この国に渡すとは言っていないのがミソだ。
「攻撃を仕掛ける計画」についても、主語も目的語も出さなかったし、嘘を付いていることにはならない。
あとは勝手にセリオスが話を繋げて勘違いしてくれる、ということだ。
「ふむ。確かにアンドー殿の言うことは分かる。情報の有無や正誤は、侵攻の成果を左右するからな――だが、そっちの獣人はなぜ連れていく必要がある?」
まあそうなるよな。潜入するなら足手纏いになりそうな子供は必要ない。
……でもイリンは足手纏いにはならないだろうなぁ。身体能力はこの歳で俺より上だし、むしろいろんなところで役に立ちそう。
しかしそれを言うわけにもいかないので、誤魔化しておく。
「簡単に言ってしまえば、怪しまれないようにするためですね。我が国の人間が、下等な亜人を連れて任務につくと思いますか?」
「あり得ないな」
即答か。どんだけ亜人が嫌いなんだよ。
そう思ったが、今は俺もこの国の一員として動かなきゃならないので笑顔を返す。
「それに、こいつは奴隷として攫われましたが、ある程度は道を覚えているようで、案内にも適しています――道を覚えたところで逃げられる筈もないのに、健気なことです」
「ふむ。なるほどな」
俺が肩をすくめて冗談交じりに言うと、セリオスは腕を組み考え込む。
どうかこのまま素直に通してくれるとありがたいんだけど……
「貴殿の話は了解した。よかろう。すぐにでも通れるように取り計らおう」
「ありがとうございます。いずれこの国に戻ってきたら、国王陛下にも貴殿のことを話しておきましょう」
俺はソファから立ち上がり、手を伸ばして握手を求める。
「ハハハッ、それはありがたい。だがその場合は私をここから動かさないようにも言っておいてほしいな」
セリオスは応えるように手を伸ばし、握手をしながらそう言った。
「なぜです? 昇進にご興味がないので?」
「ああ。もちろん昇進自体は嬉しく思う。だが、ここはある意味で最前線だ。守りを手薄にするわけにはいかんし、かといって守りを厚くしすぎてもいかん。故に、ここは私が守らなければならん。私がいれば、ここの守りを崩されることなどありはしないからな」
そう言ってのけるセリオスからは、自信がありありと感じられた。
だがそれも、大言壮語だとは思えなかった。
セリオスは俺が今まで見てきた中でも、かなりの強者の雰囲気を出している。多分俺が正々堂々、真正面から剣で戦ったら負けるんじゃないか? ……まあ、正々堂々となんて戦う気ないけど。
本当に戦うとなれば剣以外にも罠や搦め手を狙うし騙し討ちもする。どれだけ卑怯と罵られようが、最後に生きていた方が勝ちなんだからそれでいい。勝てば官軍って言うしな。
ま、戦わずに済むのが一番だけどな。
「では一旦宿に戻って引き払ってきます」
「うむ。了解した。ではこちらもそれまでには通行できるようにしておこう」
「ありがとうございます――あっ、一つだけ。言うまでもないかと思いますが、一応言っておきましょう」
「む? なんだね?」
「国王陛下に連絡を取る場合は通信の魔術具ではなく、必ず使者を使っての連絡を行なってください。最初に申しました通り、敵に内容が筒抜けになる可能性がございますので」
歩き出した足を止め、通信の魔術具を使わないように改めて釘を刺す。ここまで上手くいっていても城に確認を取られたら嘘がバレるからな。
「心得ている。安心されよ」
「失礼しました。それでは今度こそ失れ――」
――ドオオオォォォオン!!
部屋を退出しようとした瞬間、体の底から響くような音と衝撃が、砦を駆け巡った。
ドオオオォォォオン!!
最初の衝撃から抜け出せないままに、二度目の音と衝撃が俺の体を蹂躙していく。
「うわっ!」
「ぐうっ!」
話し合いが終わって少しだけ油断していた俺は、驚きのあまり情けなく声を上げてしまう。
「くそっ! 何事だ! ――おい、状況は!?」
セリオスもこの想定外の出来事に驚いていたが、流石は砦を任されるだけあって、すぐさま扉の外に待機していた部下に確認をとる。
「分かりません! ですが壁の向こう側から煙が上っていますのでそちらで何かあったのではないかと」
「壁の向こう? ……それであの音と衝撃か? ふむ……」
セリオスが首を傾げるが、確かに壁の向こうが発生源なら、これほどまで激しい音と衝撃が来るのは少しおかしい。
「確認を急がせろ! 壁があるからこそ、この国には護りの魔術が効いているのだ。壁が壊されれば大変なことになるぞ!」
「はっ! ただちに!」
扉の向こうからガシャガシャと音がする。走って確認に行ったのだろう。
「――すまないがそういうわけなので、貴殿の出立は遅れることになるやもしれん」
「分かっております。ですがこの地はこの国の守護の要。一刻も早い事態の解決を願っています」
クソッ! なんでこのタイミングで問題が起こってるんだよ!
今すぐ通せって言いたいけど、そんなこと言ったら怪しまれる。ここはしばらく大人しくしてるしかないか。
「うむ。では私はこれで失礼させていただく。一応許可証の方はできる限り早く用意させよう。部下を一人置いていくので、後のことはその者に」
そう言ってセリオスは、残した者以外の部下を引き連れて部屋を出て行った。
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一応宿代は前払いで支払い済みだし、荷物も全部収納に入ってるから、このまま消えても問題ないっちゃ問題ないけど……
まあ、許可証自体はすぐに貰えるみたいだし、受け取ったら、問題が解決してなくても無視して先に進めばいいか。
もし門が壊れたりすれば明日になっても通れないかもしれないが、国の護りの要がそう容易く壊れたりはしないだろう。
とりあえず、今は様子を見ているしかないか。
結局、許可証自体は思ったよりも早く届いたが、それを受け取ってからも俺たちはそのまま部屋に留まり様子を見ることにした。
といっても、収納から茶と軽食を出して優雅にティータイム……とはいかないので、適当に装備の点検をしている。セリオスの部下の目もあるから、余計なことはできないんだよな。
ドオオオォォォオン!!
セリオスがこの場を離れてから既に三十分ほど。
それなりに時間が経ったわけだが、繰り返される音と衝撃は一向に収まることがない。それどころか最初よりも強くなってる気さえする。
「……ふう。まだ解決しないのか……セリオス閣下はご無事だろうか? すまないが現在の状況を確認してきてもらえるか?」
「はっ! かしこまりました。少々お待ちください」
セリオスの部下にそう言うと、外の様子が気になっていたのか、すぐに返事をして出て行ってしまった。
彼は俺の監視役も兼ねていると思っていたんだが、違ったのだろうか?
だがこれで多少は何が起こってるか分かるだろう。情報がないと動きようがないからな。
……それはそうと、今のうちにいつ何が起こっても対応できるようにイリンと打ち合わせでもしておくか。
「イリン。もう少しここにいることになるが、ここにいる間は立ったままでいてくれ。悪いな」
「いえ、そんなことありません! 私はご主人様の奴隷ですから当然です」
「そうか……これからの行動について話しておこう」
ひとまずこの砦を越える許可は取れたし、許可証も届いている。三十分もしないで届くなんて早いなと思ったけど、それだけ俺のことを気にかけてくれているんだろうな。
……この許可証に何も細工がされていないという保証はないから、今回使ったら収納の肥やしになる予定だけど。発信器的な役割があったらたまったもんじゃないからな。
まあいい。今はこの後どうするかだ。
この状況の原因として考えられるのは、壁の向こうの国か、あるいは他の勢力が攻撃を仕掛けている可能性だ。
事故かとも考えたけど、音も震動もこれだけ続き、音については大きくなってすらいるので、それはあり得ないだろう。
しかし、どの勢力が攻めてきているにせよ、壁の丈夫さは知っている筈だ。この様子なら、破られることはないだろう。
でも、だとしたら一体なんのために――
「――――!? ――!!」
それにしても外が騒がしいな。そんなに騒ぐほどの何かが起こってるのか?
……少し探ってみるか。
俺は探知を今まで以上に深く広く展開していき、周辺の状況、特に壁の付近について調べようとする。
「っ!?」
だが、探知が国境の壁に届いた直後、俺たちのいる部屋を――建物そのものを、今までとは比べ物にならないほどの轟音と衝撃が襲った。
まるでこの建物が爆弾の直撃でも受けたかのように。
いや、『まるで』などではなかった。
おそらく爆弾ではなく魔術だろうが、まさに直撃を受けたのだ。
だが、俺は国境の壁にばかり気を取られていたせいで、建物が崩壊し始めてようやく、自身のいる建物が魔術の直撃を受けたのだと気がついた。
探知も深かったために咄嗟に反応できず、崩れてくる瓦礫に巻き込まれそうになってしまう。
「ご主人様っ!」
そんな俺をイリンが抱きかかえ、建物の外へと連れ出そうと走り出した。
イリンの咄嗟の行動のおかげで、俺は多少の傷を負ったものの、脱出することができた。
だが……
イリンは建物から出たところで転び、俺はその場に投げ出される。
俺は崩れていく建物を呆然と眺めていたのだが、俺を助けてくれたイリンのことをハッと思い出し、転びそうになりながらも彼女の元へと駆け寄り抱きかかえる。
イリンは俺以上に全身が傷つき、艶やかだった薄緑の髪は土と埃に塗れ、ところどころが赤く染まっている。
脚はおかしな方向に曲がり腕は抉れ、俺と話していた時は感情を表すようにブンブンと振られていた尻尾はなぜか短くなっていた。
――おかしい。なんでこんなことになっている?
「……けふっ。ゴホッ、ゴホッ……」
イリンが咳をすると、ビチャッと音を立てて俺の体が赤く染まる。
「――ふくを、よごして、しまい……もう、し、わけ……ありま、ゴホッ! ……ありま、せん……」
「あ、ああ」
途切れ途切れのイリンの言葉に、そう返すことしかできない。
俺は目の前の現実を受け入れられずにいた。
いや、これは本当に現実なのか? そうだ。そもそも異世界なんてのがまずおかしいんだ。嫌々ながらも仕事に行ってクタクタになるまで働いて家に帰る。それが俺の生活の筈だ。これは夢だ。夢なんだ。じゃなきゃおかしい。だってそうじゃないと――
「わたしは、あなたのおやくに……たてた、で……しょうか……?」
でも腕の中の重みが、これが夢であることを否定する。
重みだけじゃない。建物から脱出する際に打ち付けた全身の痛みも、周囲から漂うものが焼けた臭いも、未だに続いている音と衝撃も……イリンから流れ出る血の温かさも。
その全てが、これは現実だと主張していた。
「ああ、お前は――いや、まだだ。まだお前は俺の役に立ってない。だから死ぬな……俺に、恩を返せ」
イリンは残念そうな顔をしつつも、どこか嬉しそうに微笑むだけで何も喋らない。
――おかしい。なんでこんなことになっている?
何がいけなかった? どうすればよかった? 誰が悪かったんだ?
「……コフッ……」
呼吸が弱々しくなっていく腕の中のイリンが咳き込んだことで、ハッと気づく。
こんなことをしている場合じゃない。早くイリンをどうにかしないと。
……でもどうやって?
俺に回復魔術の才能はない。できることは収納するぐらいだが、それでどうする? そんなもの、精々が瓦礫を片付けるくらいにしか役に立たない。
いや待て。確か城の宝物庫から盗んだものの中に、王族の緊急時に使う最上級の回復薬があった筈だ。それを使えば!
「待ってろ、イリン。今治してやる。だから死ぬな」
収納から回復薬を取り出し、栓を開けようとしたところで手を滑らせて落としてしまう。
「クソッ!」
何やってんだよこんな時に!
……だめだ。落ち着け。焦ったところで意味はない。落ち着いて、素早く、確実にやるんだ。じゃないとイリンがっ……!
「ほらイリン。これだ。これを飲めばその程度の怪我なんて……」
ようやく栓の開いた魔法薬を見せながらそう言うが、イリンから呼吸の音が聞こえない。
「――――え?」
何が起きたのか理解できず間抜けな声を出した俺は、少しの間呆然とイリンの姿を見つめる。
そして、俺は恐る恐るイリンの心臓に耳を当てた。
……トク……トク……トク……
微かに。本当に微かではあるものの、まだイリンの心臓は動いていた。
だがそれも時間の問題だろう。このままでは数分、いや数秒後に止まってしまうかもしれない。
「まだだ。まだ大丈夫だ。これを使えば治る。だって王族用の薬だぞ。大丈夫だ。大丈夫に決まってる」
逸る心を抑え、自分に言い聞かせるように呟きながら、今度こそ薬をイリンに飲ませていく。
薬の効果は劇的だった。
数分と経たずに折れていた脚は元通りになり、イリンの体にあった傷は塞がり、心臓の音も正常なものへと戻っていく。
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アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。
フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。
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