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王国との戦争
288:陣地に帰還
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その場に残された俺は、腕の中に眠る環ちゃんを抱き抱えたまま呆然と桜ちゃん達の消えて行った方向を見ていた。
──ぅおおぉぉぉぉ!
だが、それをいつまでも続けているわけにも行かない。
周囲には誰もいなかったはずなのに、気がつくといつのまにかこちらに向かってきている軍団の影が見えた。
それが敵なのか味方なのかはわからないけど、この場に止まっているのはまずいだろう。
俺は一旦視線を腕の中の環ちゃんに向けると、そっと横抱きにして陣地に戻る事にした。
「アンドー様……」
陣地に戻ると、そこには昆虫の獣人であるツェルニードが俺を待っていた。
ツェルニードは隊長だから部隊を率いて戦っているはずだ。それなのにこんなところにいてもいいんだろうか?
「ああ、ツェルニードさん。こっちにいて平気なんですか?」
……あれ? 俺、この人にどんなふうに接してたっけ? こんな喋り方だったか?
違うような気がするけど……だめだ。今はあんまり頭が働かない。
「……ええ。あなたのおかげで中央だけではなく左右の敵も崩れていていますので。それよりもあなたが戻っていくのが見えたのでこちらに来させていただきました」
ツェルニードは普段とはどこか違和感を感じさせながら頷いてそう言った。
「そうでしたか。……ところで、俺はこのあとはどうすればいいんでしょうか? まだ何かやることってありますが?」
あるんなら環ちゃんのためにもさっさと終わらせたい。
洗脳の影響がまだ完全に無くなったわけじゃないみたいだしこのあとどうなるかはわからないけど、今はとりあえず早く環ちゃんを休ませてあげたい。
……まあでも、俺自身が休みたいってのも否定はしない。なんだか今日はとても疲れた気がするから。
「いえ。一度閣下にあっていただく必要はあるかと思いますが、他には特にないかと」
「わかりました。では行きましょうか」
だが、俺がそう言ったにも関わらずツェルニードは歩き出すことはなかった。
どうしたんだ、と思いながら見てみると、彼の視線は俺の手元、環ちゃんに向いていた。
「……ところで、そちらの女性は……」
「え? ああ。私の知り合いです。保護しました」
他の二人は連れてくることはできなかったけど、それでも一人は連れてくる事ができた。
一旦助けた後で自分の意思で王国に行くというのなら俺はそれを辞めさせる権利なんて俺にはないが、少なくとも一度は洗脳を解いた上で連れ出してたい。
今回は拒絶されたが、それでも俺は諦めるつもりはない。
「……そう、ですか。……いえ、わかりました」
俺がそうして覚悟を再び固めていると、ツェルニードから若干戸惑う様な感じがしたが、彼は頭を振ると前に向き直ってあるきだした。
「では閣下のところに向かいましょうか」
そうして周囲にどこかおかしな様子を感じながら、俺は環ちゃんを抱えたまま総指揮官の元へと歩いていく。
「アンドー様をお連れしました。閣下にお取り次ぎを」
「あ、ああ……いや待て。そちらの女性は?」
戦闘前にここにきた時の様に、警備にツェルニードが取り次ぎを願ったのだが、その視線は怯えた様子で俺を見ているのがわかった。
そしてその守衛は、俺の抱き抱えている環ちゃんに視線を向けると、顔を顰めながら問いかけてきた。
「こちらの方は……」
「俺の知人です。何か問題ありますか?」
「知人? だが……」
守衛の男は何かを悩んでいたが、背後のテントの中から一人の獣人が出てきた事でそれは終わった。
「何をしている。来たら通せと言っておいただろう」
「はっ、申し訳ありません! ですが……」
そう言って言い募ろうとする警備の男だが、その声は俺を見て徐々に小さくなっていった。
そんな様子にテントから出てきた獣人の男は片眉を上げて反応したが、ふんっと鼻を鳴らすとテントの中に入って行った。
これは俺も入っていいのかと思って警備の男を見てみると頷いたので入っても大丈夫なんだろう。
「良く来た、勇者殿」
中に入ると、出会い頭にポメラニアン顔の総指揮官からそう言われた。
普段ならなんで知っているのかと驚いただろうけど、俺はもうバレているだろうと思っていた。
流石に勇者に執着を見せた俺があれだけのことをやったんだ。総指揮官に選ばれる様な奴が気が付かないはずがない。
けど……
「俺は勇者ではありませんよ。それはもう辞めました。それに……以前の仲間にも拒絶されてしまいましたし」
勇者である桜ちゃんと海斗君に拒絶されたのだから、これで俺は自他共に勇者ではなくなった。少なくとも、『王国の勇者』ではない。
「そうか」
総指揮官はそう言って頷くと、今度は環ちゃんへと視線を向けた。
「そちらの女性も貴殿と同じと考えても良いのかね?」
「ええ」
隠して後でバレるよりも、先に話を通しておいた方が面倒はないだろうと思って頷いた。どうせ隠していても後でバレるに決まっている。
「馬鹿な!? 貴様が勇者で、その者が貴様と同じだというのなら、その者も勇者であるということではないか!」
「そうですが、それがどうかされましたか?」
だが、それが気に入らなかった者もいるようで、乱暴に椅子から立ち上がり怒声を上げた。
こいつは……前の会議の時にも叫んでいたやつか?
「どうかしたかだと? それはこちらのセリフだ! ふざけるのも大概にしろ! 貴様はまだ良いとしよう。気に食わぬが与えられた立場に見合うだけの仕事をしたのだからな」
その男が俺を認める様な発言をした事に少なからず驚きを感じたのだが、男の発言はそれだけでは止まらない。
「だが、その者は我が国に侵略し、仲間を殺したのだぞ! それを殺さずしてこの場に連れてくるとはどういうつもりだ!」
「どうもこうも、最初から俺の目的はこの子を連れてくることでした。できることなら他の二人も連れてきたかったのですが、そちらは失敗してしまいました」
「なっ! 敵が我が国に入り込む手引きするというのかっ!」
男は腰に帯びていた剣に手をかけると、それを躊躇う事なく抜き放ち俺に向けて構えた。
「皆なぜ黙っている! その女は勇者だぞ。我らの仇なす前に殺すべきであろう!?」
男はそう周囲にいた他の軍人たちに語りかけるが、その中の数人が頷き立ち上がった以外は顔を逸らしたりして大人しい。
俺へと向けられている今にも振るわれそうな剣。
だが俺はその剣とそれを持つ男にカケラも脅威を感じなかった。
そして俺は、剣を構えている男に怯えるどころか冷ややかな視線を向けた。
「……この子達を助けるというのは俺が成し遂げると決めた願いです。それを邪魔なんてさせない」
俺の言葉に込められた覚悟が理解できるのか、剣を抜いた男は怯む様に一歩後退りをした。
だが、後退りをしたにも関わらず剣を収める気はない様で、男は相変わらずこちらを睨んでいる。
「……今は眠らせている様だが、その者が暴れたらどうする?」
それを見かねたのか、あるいはもう十分だと思ったのかは分からないけど、総指揮官は口を開き重々しい声で尋ねてきた。
「その時は私が対応します。これ以上やることはないのでしょう?」
これで敵を全滅させるまで戦えというのなら少々面倒だが、もう頼まれた事自体は終わっている。
完全に勇者をどうにかできたかは怪しいが、それでも敵の軍もある程度は潰したし、一応の役割は果たしたはずだ。
「ふむ、まあそうだな……。それはどの勇者だ?」
「どの、というのがどういう意味かは判りかねますが、能力を聞いているのでしたら炎の人型を出す能力です」
「なんだとっ!」
先程から騒いでいるこいつはなんなんだ? こいつがこの国のためを思っているというのは理解できる。そうでなければこの場にはいないだろうし、状況を考えればこいつの言葉は正しいと俺も思う。
だが、いい加減こんな話し合いなんて終わりにしたい。
「静かにせよ。今は私と話しているのだ」
「ですがそれは最も多くの──っ! ……っ、申し訳ありません」
総指揮官が止めると、叫んでいた男は獣人らしい鋭い歯を剥き出しにして噛み締め、悔しそうにしながらも大人しく席についた。
「それで、その者の対応だが貴殿に任せよう」
「ありがとうございます」
「だが、もしもの場合はこちらも対処しないわけにはいかない。それは理解してもらう」
「ええ。わかっています」
そんな事には絶対にさせない。
──ぅおおぉぉぉぉ!
だが、それをいつまでも続けているわけにも行かない。
周囲には誰もいなかったはずなのに、気がつくといつのまにかこちらに向かってきている軍団の影が見えた。
それが敵なのか味方なのかはわからないけど、この場に止まっているのはまずいだろう。
俺は一旦視線を腕の中の環ちゃんに向けると、そっと横抱きにして陣地に戻る事にした。
「アンドー様……」
陣地に戻ると、そこには昆虫の獣人であるツェルニードが俺を待っていた。
ツェルニードは隊長だから部隊を率いて戦っているはずだ。それなのにこんなところにいてもいいんだろうか?
「ああ、ツェルニードさん。こっちにいて平気なんですか?」
……あれ? 俺、この人にどんなふうに接してたっけ? こんな喋り方だったか?
違うような気がするけど……だめだ。今はあんまり頭が働かない。
「……ええ。あなたのおかげで中央だけではなく左右の敵も崩れていていますので。それよりもあなたが戻っていくのが見えたのでこちらに来させていただきました」
ツェルニードは普段とはどこか違和感を感じさせながら頷いてそう言った。
「そうでしたか。……ところで、俺はこのあとはどうすればいいんでしょうか? まだ何かやることってありますが?」
あるんなら環ちゃんのためにもさっさと終わらせたい。
洗脳の影響がまだ完全に無くなったわけじゃないみたいだしこのあとどうなるかはわからないけど、今はとりあえず早く環ちゃんを休ませてあげたい。
……まあでも、俺自身が休みたいってのも否定はしない。なんだか今日はとても疲れた気がするから。
「いえ。一度閣下にあっていただく必要はあるかと思いますが、他には特にないかと」
「わかりました。では行きましょうか」
だが、俺がそう言ったにも関わらずツェルニードは歩き出すことはなかった。
どうしたんだ、と思いながら見てみると、彼の視線は俺の手元、環ちゃんに向いていた。
「……ところで、そちらの女性は……」
「え? ああ。私の知り合いです。保護しました」
他の二人は連れてくることはできなかったけど、それでも一人は連れてくる事ができた。
一旦助けた後で自分の意思で王国に行くというのなら俺はそれを辞めさせる権利なんて俺にはないが、少なくとも一度は洗脳を解いた上で連れ出してたい。
今回は拒絶されたが、それでも俺は諦めるつもりはない。
「……そう、ですか。……いえ、わかりました」
俺がそうして覚悟を再び固めていると、ツェルニードから若干戸惑う様な感じがしたが、彼は頭を振ると前に向き直ってあるきだした。
「では閣下のところに向かいましょうか」
そうして周囲にどこかおかしな様子を感じながら、俺は環ちゃんを抱えたまま総指揮官の元へと歩いていく。
「アンドー様をお連れしました。閣下にお取り次ぎを」
「あ、ああ……いや待て。そちらの女性は?」
戦闘前にここにきた時の様に、警備にツェルニードが取り次ぎを願ったのだが、その視線は怯えた様子で俺を見ているのがわかった。
そしてその守衛は、俺の抱き抱えている環ちゃんに視線を向けると、顔を顰めながら問いかけてきた。
「こちらの方は……」
「俺の知人です。何か問題ありますか?」
「知人? だが……」
守衛の男は何かを悩んでいたが、背後のテントの中から一人の獣人が出てきた事でそれは終わった。
「何をしている。来たら通せと言っておいただろう」
「はっ、申し訳ありません! ですが……」
そう言って言い募ろうとする警備の男だが、その声は俺を見て徐々に小さくなっていった。
そんな様子にテントから出てきた獣人の男は片眉を上げて反応したが、ふんっと鼻を鳴らすとテントの中に入って行った。
これは俺も入っていいのかと思って警備の男を見てみると頷いたので入っても大丈夫なんだろう。
「良く来た、勇者殿」
中に入ると、出会い頭にポメラニアン顔の総指揮官からそう言われた。
普段ならなんで知っているのかと驚いただろうけど、俺はもうバレているだろうと思っていた。
流石に勇者に執着を見せた俺があれだけのことをやったんだ。総指揮官に選ばれる様な奴が気が付かないはずがない。
けど……
「俺は勇者ではありませんよ。それはもう辞めました。それに……以前の仲間にも拒絶されてしまいましたし」
勇者である桜ちゃんと海斗君に拒絶されたのだから、これで俺は自他共に勇者ではなくなった。少なくとも、『王国の勇者』ではない。
「そうか」
総指揮官はそう言って頷くと、今度は環ちゃんへと視線を向けた。
「そちらの女性も貴殿と同じと考えても良いのかね?」
「ええ」
隠して後でバレるよりも、先に話を通しておいた方が面倒はないだろうと思って頷いた。どうせ隠していても後でバレるに決まっている。
「馬鹿な!? 貴様が勇者で、その者が貴様と同じだというのなら、その者も勇者であるということではないか!」
「そうですが、それがどうかされましたか?」
だが、それが気に入らなかった者もいるようで、乱暴に椅子から立ち上がり怒声を上げた。
こいつは……前の会議の時にも叫んでいたやつか?
「どうかしたかだと? それはこちらのセリフだ! ふざけるのも大概にしろ! 貴様はまだ良いとしよう。気に食わぬが与えられた立場に見合うだけの仕事をしたのだからな」
その男が俺を認める様な発言をした事に少なからず驚きを感じたのだが、男の発言はそれだけでは止まらない。
「だが、その者は我が国に侵略し、仲間を殺したのだぞ! それを殺さずしてこの場に連れてくるとはどういうつもりだ!」
「どうもこうも、最初から俺の目的はこの子を連れてくることでした。できることなら他の二人も連れてきたかったのですが、そちらは失敗してしまいました」
「なっ! 敵が我が国に入り込む手引きするというのかっ!」
男は腰に帯びていた剣に手をかけると、それを躊躇う事なく抜き放ち俺に向けて構えた。
「皆なぜ黙っている! その女は勇者だぞ。我らの仇なす前に殺すべきであろう!?」
男はそう周囲にいた他の軍人たちに語りかけるが、その中の数人が頷き立ち上がった以外は顔を逸らしたりして大人しい。
俺へと向けられている今にも振るわれそうな剣。
だが俺はその剣とそれを持つ男にカケラも脅威を感じなかった。
そして俺は、剣を構えている男に怯えるどころか冷ややかな視線を向けた。
「……この子達を助けるというのは俺が成し遂げると決めた願いです。それを邪魔なんてさせない」
俺の言葉に込められた覚悟が理解できるのか、剣を抜いた男は怯む様に一歩後退りをした。
だが、後退りをしたにも関わらず剣を収める気はない様で、男は相変わらずこちらを睨んでいる。
「……今は眠らせている様だが、その者が暴れたらどうする?」
それを見かねたのか、あるいはもう十分だと思ったのかは分からないけど、総指揮官は口を開き重々しい声で尋ねてきた。
「その時は私が対応します。これ以上やることはないのでしょう?」
これで敵を全滅させるまで戦えというのなら少々面倒だが、もう頼まれた事自体は終わっている。
完全に勇者をどうにかできたかは怪しいが、それでも敵の軍もある程度は潰したし、一応の役割は果たしたはずだ。
「ふむ、まあそうだな……。それはどの勇者だ?」
「どの、というのがどういう意味かは判りかねますが、能力を聞いているのでしたら炎の人型を出す能力です」
「なんだとっ!」
先程から騒いでいるこいつはなんなんだ? こいつがこの国のためを思っているというのは理解できる。そうでなければこの場にはいないだろうし、状況を考えればこいつの言葉は正しいと俺も思う。
だが、いい加減こんな話し合いなんて終わりにしたい。
「静かにせよ。今は私と話しているのだ」
「ですがそれは最も多くの──っ! ……っ、申し訳ありません」
総指揮官が止めると、叫んでいた男は獣人らしい鋭い歯を剥き出しにして噛み締め、悔しそうにしながらも大人しく席についた。
「それで、その者の対応だが貴殿に任せよう」
「ありがとうございます」
「だが、もしもの場合はこちらも対処しないわけにはいかない。それは理解してもらう」
「ええ。わかっています」
そんな事には絶対にさせない。
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