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王国との戦争
262─裏・キリー:街の異変
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「こんなもんかね」
あたしは厨房に立って目の前の台に食材を用意していく。
これらの食材は自分で取ってきたものもあるけど、半分以上は市場で買ったもの。
アンドーからは保存用に魔術具をもらったし、まとめて買っておくこともできるんだろうけど、それでも毎日の買い出しをやめるつもりはない。
毎日市場に買い出しに行って、そこで良さそうなものを見つけたら適当に買ってその日のメニューにする。それが私のやり方だ。
もちろん定番のメニューもあるけど、それだけだとつまらない。どうせなら色々考えて作ったほうが楽しいからね。
……それに、そうしているのは他にも理由がある。それはこの街の住民との関係を考えてだ。
私の見た目はいろんな人種が集まるこの街……いや、この国でもだいぶ変わっている。
本来なら巨人系の種族しか持たない多腕を持ち、顔の半分以上が蜘蛛のようなものになっている。
その上、見ただけではわからないけど、あたしは魔術を使わずに体内で毒を作れる。
そんな化け物は、様々な種族を受け入れているこの国でさえ拒絶される時がある。
どの種族でもない奴なんて気味が悪いんだろうね。これでも両親は人間なんだけど……ま、こればっかりはどうしようもないね。そういう事もあるさ。
まあでも、だからこそあたしはここでの生活を守るために、街の住民と少しでも良好な関係を築いていかないといけない。
そのための買い出しだ。毎朝この顔を晒しに市場に行くことで、周囲の目を慣れさせる目的があった。
そして毎日のように買い出しに行った甲斐あってか、今ではあからさまな拒絶はなくなった。
それでも、直接突っかかってくるやつはいなくなったけど、侮蔑や拒絶の視線が完全に無くなったってわけじゃない。
それだけこの見た目は受け入れがたいものなんだろうね。
初見で驚かなかったのは、ガムラとアンドーとイリンくらいかね?
いや、アンドーは少し驚いてたか。まあその後はすぐに普通に戻っていたけど。あの立ち直りの速さはこっちが逆に驚いたくらいだよ。
イリンは……あー……あたしに、というかアンドー以外の事に興味がなかっただけだろうね。
因みにガムラとは森で出会った。森であたしが料理の練習をしていると、匂いにつられてやってきたのがガムラだ。それからは、まあ、仲良くしてもらっているよ。
三人のことを考えていると、ふと三人がこの店にいたときのことを思い出す。
今ではそれぞれの場所に帰っていった三人。
静かになったこの店を見ていると、時々あいつらの事が懐かしくなる。
……バカバカしい。別れてからそれほど長い時間が経ったってわけでもないのに。
それどころか、アンドーとイリンに関してはほとんど会ったばかりだ。精々数ヶ月の付き合いだった。
それなのにこれほど寂しく思うのはそれだけあの二人と……あのバカがいた時間が楽しかったからなのかねぇ……
誰かと一緒に暮らしていれば、こんなに煩わされなくて済むのだろうか。
そうしてふと顔を巡らせると、側にあった鍋に自分の顔が映し出され、そこに映った自分と目が合ってしまった。
──こんな化け物が、誰かと一緒に暮らすなんてできるはずがないだろう?
映った自分は、まるでそう語りかけてくるかのようだ。
もちろんそんな事があるわけがない。
置いてあるのはただの鍋で、ただ側にあるものを写すことしかできない。
何か聞こえたのだとしたら、それは全ては自分の心がそう感じただけ。
つまりは、あたしは自分で自分のことを化け物だと思っているわけだ。
……ふっ。やめやめ。そんなことよりも、今日の仕込みを終わらせちまわないとだね。
そうして準備に取り掛かったけど、店の中は相変わらず静かなまま。
隣で料理を覚えようとするイリンも、店で駄弁っているアンドーとガムラもいない。あたし一人だけの店。
……
……ああ、ガラにもないこと考えてたね。早く仕込みを始めないと。……始めちまえば、こんなバカみたいなことを考えなくて済むだろうから。
でも、そうして調理に取りかかってから少しすると、なんだか外が騒がしくなってきた。
……気になるけど火を止めるわけにはいかないし、こいつを切りのいいところまでやったらちょっと見てみるかね。
そう考えてそのまま調理を続けていたのだけど、その考えは改めざるを得なくなった。
ドオオオン! ガラガラッ!
突然店の入り口を吹き飛ばしながら何かが店の中に入ってきた。
「ッ! なんだいっ!?」
流石にこの状況で調理がどうこうなんて言ってるわけにはいかない。
側にあった水桶の水を火にかけて鍋の火を乱暴に消すと、あたしはすぐに店の方に駆け出した。
厨房を出て最初に目についたのは、派手に壊れた店の扉だったものと、それと一緒に倒れている人。
「あんた! どうした。何があったんだい!」
どう見ても転んだでは済まないような状況。
なにがあったのか聞きたいが、それよりもまずは怪我の処置をしないとまずいと判断して、あたしは倒れている人物に近寄った。
「化け……もの……」
だが、助けようと駆け寄ったのに、かけられた言葉はそれだった。
倒れた人物に近づこうとしていた足は止まり、伸ばしかけていた手はそれ以上動かない。
そして、脳内には今までの迫害の記憶が次々と流れ……
「ああ……そっちのことかい」
だが、そんなふうに立ち止まるあたしの前に、一体の『化け物』が現れた。
壊れた入口から入ってきたその化け物は、基本は人型だが、確実に人ではないと言い切れる見た目をしている。
さっき倒れている奴が言った『化け物』ってのはこいつの事なんだろうと理解できる。
でも、それで今も胸の内に残る不快さが消えるわけじゃない。
まるで人間が全身に肉を貼り付けたような肥大した体。
ピンク色をした人型の肉の塊とも言えるその体はそれだけでも眉をしかめるような見た目だが、その大きさは部位ごとにバラバラであり全身がビクビクと蠢き、それが気持ち悪さを増している。
まさに『化け物』と呼ぶにふさわしい生き物だ。
「……いや、どっちも変わんないか」
でも、相手は化け物だとしても、それに相対するあたしもまた、化け物だ。
あたしは止まっていた手を動かして、腰につけてあった収納具のポーチから回復薬を取り出して倒れている男にバシャリと乱暴にかける。
このポーチは、包丁とかを入れておくためのものなんだけど、一応回復薬も入れてあった。
まあ止血程度しかできない安いやつだけど、使っておけばひとまずは死にはしないだろう。
「一応聞くけど、あんたはなにもんだい?」
明かに知能の低そうな化け物に問いかける。
が、返事はない。
いや、一応あったはあったが、それは言葉とは言えないような叫びだけ。
「答えない……答えられない、か。……ま、予想通りだね」
今にもこちらを襲い掛かろうとしている化け物。
だが、ある程度は知能があるのかいきなり飛びかかってきたりはしない。
「うちの店を壊してくれたんだ。とりあえず……」
あたしがポーチから肉切り包丁を取り出してを構えると、再び叫びを上げながら突進してきた。
でも……
「死んどきな」
突進してきた化け物は、店内に張り巡らされた糸に引っ掛かり思うように動けないでいる。
壊されているとは言っても、ここはあたしの店。あたしの領域だ。万が一に備えてなんの準備もしていないわけがない。
そこに、手に持っていた包丁で思い切り首を薙げば、ゴトリ、という音とともに化け物の命は終わりを迎えた。
「……なんだったのかね、こいつは」
だが未だに外からは悲鳴と何かが壊れるような轟音が聞こえる。
おそらく、今倒したやつと同じようなのが街中に出てるんだろう。
「……はあ、やれやれ。こりゃあまた随分と酷いね……」
とりあえず壊れた入り口を潜って外に出ると、そこら中から炎と煙が上がっているのが見える。
もうすぐ夕暮れになる。あたしみたいに火を使ってる最中に襲われでもしたかね……
この後どうしたものか悩んでいると、走っている男とそれを追う化け物の姿が近づいてきた。
「うおおあああああ! いやだあああ! だ、だれか! だれかたすけ──」
あたしの元にたどり着く前に転んでしまった男を襲おうと化け物が肥大した腕を振り回したが、それが転んだ男に当たることはない。
「……とりあえず、色々溜まった憂さでも晴らしに行くとするかね」
あたしは武装を整えるために一旦店に戻ってから、普段とは違い悲鳴の響き渡る街へと繰り出していった。
あたしは厨房に立って目の前の台に食材を用意していく。
これらの食材は自分で取ってきたものもあるけど、半分以上は市場で買ったもの。
アンドーからは保存用に魔術具をもらったし、まとめて買っておくこともできるんだろうけど、それでも毎日の買い出しをやめるつもりはない。
毎日市場に買い出しに行って、そこで良さそうなものを見つけたら適当に買ってその日のメニューにする。それが私のやり方だ。
もちろん定番のメニューもあるけど、それだけだとつまらない。どうせなら色々考えて作ったほうが楽しいからね。
……それに、そうしているのは他にも理由がある。それはこの街の住民との関係を考えてだ。
私の見た目はいろんな人種が集まるこの街……いや、この国でもだいぶ変わっている。
本来なら巨人系の種族しか持たない多腕を持ち、顔の半分以上が蜘蛛のようなものになっている。
その上、見ただけではわからないけど、あたしは魔術を使わずに体内で毒を作れる。
そんな化け物は、様々な種族を受け入れているこの国でさえ拒絶される時がある。
どの種族でもない奴なんて気味が悪いんだろうね。これでも両親は人間なんだけど……ま、こればっかりはどうしようもないね。そういう事もあるさ。
まあでも、だからこそあたしはここでの生活を守るために、街の住民と少しでも良好な関係を築いていかないといけない。
そのための買い出しだ。毎朝この顔を晒しに市場に行くことで、周囲の目を慣れさせる目的があった。
そして毎日のように買い出しに行った甲斐あってか、今ではあからさまな拒絶はなくなった。
それでも、直接突っかかってくるやつはいなくなったけど、侮蔑や拒絶の視線が完全に無くなったってわけじゃない。
それだけこの見た目は受け入れがたいものなんだろうね。
初見で驚かなかったのは、ガムラとアンドーとイリンくらいかね?
いや、アンドーは少し驚いてたか。まあその後はすぐに普通に戻っていたけど。あの立ち直りの速さはこっちが逆に驚いたくらいだよ。
イリンは……あー……あたしに、というかアンドー以外の事に興味がなかっただけだろうね。
因みにガムラとは森で出会った。森であたしが料理の練習をしていると、匂いにつられてやってきたのがガムラだ。それからは、まあ、仲良くしてもらっているよ。
三人のことを考えていると、ふと三人がこの店にいたときのことを思い出す。
今ではそれぞれの場所に帰っていった三人。
静かになったこの店を見ていると、時々あいつらの事が懐かしくなる。
……バカバカしい。別れてからそれほど長い時間が経ったってわけでもないのに。
それどころか、アンドーとイリンに関してはほとんど会ったばかりだ。精々数ヶ月の付き合いだった。
それなのにこれほど寂しく思うのはそれだけあの二人と……あのバカがいた時間が楽しかったからなのかねぇ……
誰かと一緒に暮らしていれば、こんなに煩わされなくて済むのだろうか。
そうしてふと顔を巡らせると、側にあった鍋に自分の顔が映し出され、そこに映った自分と目が合ってしまった。
──こんな化け物が、誰かと一緒に暮らすなんてできるはずがないだろう?
映った自分は、まるでそう語りかけてくるかのようだ。
もちろんそんな事があるわけがない。
置いてあるのはただの鍋で、ただ側にあるものを写すことしかできない。
何か聞こえたのだとしたら、それは全ては自分の心がそう感じただけ。
つまりは、あたしは自分で自分のことを化け物だと思っているわけだ。
……ふっ。やめやめ。そんなことよりも、今日の仕込みを終わらせちまわないとだね。
そうして準備に取り掛かったけど、店の中は相変わらず静かなまま。
隣で料理を覚えようとするイリンも、店で駄弁っているアンドーとガムラもいない。あたし一人だけの店。
……
……ああ、ガラにもないこと考えてたね。早く仕込みを始めないと。……始めちまえば、こんなバカみたいなことを考えなくて済むだろうから。
でも、そうして調理に取りかかってから少しすると、なんだか外が騒がしくなってきた。
……気になるけど火を止めるわけにはいかないし、こいつを切りのいいところまでやったらちょっと見てみるかね。
そう考えてそのまま調理を続けていたのだけど、その考えは改めざるを得なくなった。
ドオオオン! ガラガラッ!
突然店の入り口を吹き飛ばしながら何かが店の中に入ってきた。
「ッ! なんだいっ!?」
流石にこの状況で調理がどうこうなんて言ってるわけにはいかない。
側にあった水桶の水を火にかけて鍋の火を乱暴に消すと、あたしはすぐに店の方に駆け出した。
厨房を出て最初に目についたのは、派手に壊れた店の扉だったものと、それと一緒に倒れている人。
「あんた! どうした。何があったんだい!」
どう見ても転んだでは済まないような状況。
なにがあったのか聞きたいが、それよりもまずは怪我の処置をしないとまずいと判断して、あたしは倒れている人物に近寄った。
「化け……もの……」
だが、助けようと駆け寄ったのに、かけられた言葉はそれだった。
倒れた人物に近づこうとしていた足は止まり、伸ばしかけていた手はそれ以上動かない。
そして、脳内には今までの迫害の記憶が次々と流れ……
「ああ……そっちのことかい」
だが、そんなふうに立ち止まるあたしの前に、一体の『化け物』が現れた。
壊れた入口から入ってきたその化け物は、基本は人型だが、確実に人ではないと言い切れる見た目をしている。
さっき倒れている奴が言った『化け物』ってのはこいつの事なんだろうと理解できる。
でも、それで今も胸の内に残る不快さが消えるわけじゃない。
まるで人間が全身に肉を貼り付けたような肥大した体。
ピンク色をした人型の肉の塊とも言えるその体はそれだけでも眉をしかめるような見た目だが、その大きさは部位ごとにバラバラであり全身がビクビクと蠢き、それが気持ち悪さを増している。
まさに『化け物』と呼ぶにふさわしい生き物だ。
「……いや、どっちも変わんないか」
でも、相手は化け物だとしても、それに相対するあたしもまた、化け物だ。
あたしは止まっていた手を動かして、腰につけてあった収納具のポーチから回復薬を取り出して倒れている男にバシャリと乱暴にかける。
このポーチは、包丁とかを入れておくためのものなんだけど、一応回復薬も入れてあった。
まあ止血程度しかできない安いやつだけど、使っておけばひとまずは死にはしないだろう。
「一応聞くけど、あんたはなにもんだい?」
明かに知能の低そうな化け物に問いかける。
が、返事はない。
いや、一応あったはあったが、それは言葉とは言えないような叫びだけ。
「答えない……答えられない、か。……ま、予想通りだね」
今にもこちらを襲い掛かろうとしている化け物。
だが、ある程度は知能があるのかいきなり飛びかかってきたりはしない。
「うちの店を壊してくれたんだ。とりあえず……」
あたしがポーチから肉切り包丁を取り出してを構えると、再び叫びを上げながら突進してきた。
でも……
「死んどきな」
突進してきた化け物は、店内に張り巡らされた糸に引っ掛かり思うように動けないでいる。
壊されているとは言っても、ここはあたしの店。あたしの領域だ。万が一に備えてなんの準備もしていないわけがない。
そこに、手に持っていた包丁で思い切り首を薙げば、ゴトリ、という音とともに化け物の命は終わりを迎えた。
「……なんだったのかね、こいつは」
だが未だに外からは悲鳴と何かが壊れるような轟音が聞こえる。
おそらく、今倒したやつと同じようなのが街中に出てるんだろう。
「……はあ、やれやれ。こりゃあまた随分と酷いね……」
とりあえず壊れた入り口を潜って外に出ると、そこら中から炎と煙が上がっているのが見える。
もうすぐ夕暮れになる。あたしみたいに火を使ってる最中に襲われでもしたかね……
この後どうしたものか悩んでいると、走っている男とそれを追う化け物の姿が近づいてきた。
「うおおあああああ! いやだあああ! だ、だれか! だれかたすけ──」
あたしの元にたどり着く前に転んでしまった男を襲おうと化け物が肥大した腕を振り回したが、それが転んだ男に当たることはない。
「……とりあえず、色々溜まった憂さでも晴らしに行くとするかね」
あたしは武装を整えるために一旦店に戻ってから、普段とは違い悲鳴の響き渡る街へと繰り出していった。
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