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治癒の神獣

262:あと少し……

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「いらっしゃい。よく来てくれたわね」
「ああ。まあ、こっちも基本的にはやることなんてないしな」
「そうねぇ。ここってかなり田舎だものね」

 神獣に会いに来たのは、最初にイリンを伴ってきた時を除けば今日で三度目だ。

「それで、イリンの具合はどうなんだ? あと一週間で予定の一ヶ月になるはずだけど……」

 三度目。一週間に一度会いに来るという約束なのだから、つまりは三週間目だ。俺たちがイリンの治療のために神獣の元に来てからすでにそれだけの時間が経過した

「それなら心配しなくても大丈夫よ。最初に面倒はあったけど、その後はちゃんと予定通りに進んでいるわ」
「そうか……」

 最初の面倒というのは、治療の邪魔をしていた他の神獣の力や、俺がイリンに使った薬の事だろう。

 だが、その面倒というのは決定的な障害というほどではないという事なのでホッとした。

「そっちはどう? 一応もう再生は始まってるはずなんだけど」
「そうなのか? イリンには布団をかけたままだからな……。それに、服もチオーナに頼んで着替えさせてもらったから、見てるだけじゃ変化は分からなかったんだが……」

 イリンは最初、この場所で眠ってから部屋に戻った時はいつも着ているメイド服だった。
 だが、里には治療の際に使う専用の服があると言い、チオーナがわざわざ着替えさせてくれた。もちろん一人でではなくて女性の付き人を使っての事だったが。

 で、その着替えさせてくれた格好というのが、とにかく薄く短いものだった。

 見た目としては、上はへその上までの丈のものを前合わせで縛るもので、下はスカートやズボンじゃなくて、腰になんとか服と言い張れそうな布を巻きつけて、布についてる紐で縛ってとめるもの。
 ぶっちゃけ丈の短いヘソだしスタイルの手術着と同じく丈の短い腰巻だ。

 そんな最低限の場所さえ隠れていればいい、みたいな、そのままの格好では到底外を出歩けないような格好なのだ。

 ここの里の人達は体格というか見た目に大きな差があるから、誰であっても使えるように作られているのだと思う。布を巻きつけるタイプなら体格とか関係ないからな。

 それに、あの服とも呼べないような服なら治療の進捗状況がすぐに分かるから便利ではあるのだろう。

 自分が使いたいとは思わないし、できることならイリンにも使って欲しいとも思わないけど。

 けど、治療の様子がわかるって言っても、それには当然だけど布団を捲って見ないといけない。
 イリンは下着をつけていないみたいだし、そんな状態で寝たままの彼女の布団を捲るとか……俺にはできない。

 因みに、なんでイリンが下着をつけていないのか知っているのかというと、チラリと見えてしまったからだ。決して見ようとして見たわけではない。あくまでも不可抗力だ。

 ……まあそうでなくとも、治療着に着替えさせられてから洗濯されたイリンの服が、何故か俺に渡された時に下着が一緒にあったのを見てしまったからというのもあるんだが。

 いくら仲間であるとは言え、女性の下着を男である俺に渡すのはどうかと思うんだが、どうやら俺の感性はここでは通用しないようだ。

 ここにいる住人はトーガみたいな服を着ているけど、どうやら下着を着ていないそうだ。だから女性の服と下着の違いについてが分からないらしい。
 まあ、見た目リザードマンだから仕方ないのかもしれないけど。

「ああ、そうね。流石に治療中の女の子の布団や服を捲ったり剥いだりするわけにはいかないわよね」

 スーラの表情は変わらないが、その声は苦笑の混じったものになっていた。スーラはあの治療着のおかしさを知っているのだろう。

「──ありがとう」

 一旦話が途切れると、俺は少しばかり目を瞑ってからスーラに礼を言った。

 これで本当に、もうすぐイリンの怪我が治るのだ。

「いいわよ、お礼なんて。まだ治ったわけじゃないんだし。それに、あなたここにくるたびに言ってるじゃない」
「それくらい感謝してるってことなんだよ」

 だが俺がそう言っても、スーラは苦笑いするような雰囲気を漂わせているだけだった。




「──それじゃあ、今日はこの辺で戻るとするよ」

 それからしばらくはいつものように話していたのだが、もうそろそろ日が暮れるというあたりになったので俺はイリンの元に戻ることにした。

「ええ。また一週間後ね。まあ、その時はもしかしたらイリンちゃんの怪我も治ってるかもしれないから、もし治って目が覚めてるようだったら一緒に来てちょうだい」
「ああ、わかった。その時は一緒に来るよ」

 そうして神獣の元を離れたのだが、神獣のいる泉から里に戻る道を、俺はなんとなくだがいつもよりもゆっくりと歩いていた。

 そして今日に至るまでの出来事を思い出していく。

 特に目的もなく自堕落に生きていたら突然異世界に呼び出され、生き残るために逃げ出した。

 王城を抜け出してからイリンと出会い、その後も色々あった。

 俺は元々、頑張るのが好きじゃなかった。一生懸命なんてなったことがないし、情熱を燃やす事だってなかった。だって疲れるから。疲れるのは嫌だから。

 だというのに、そんな俺が今では好きな女の子のために一生懸命になってこんなところまでやってきた。

 王国を抜け出した時に今までの自分とは変わりたいとは思ったけど、まさかこんなに変わるとは思わなかったな。

 ……本当に、色々あった……

 ──ァアアアアアアァァァァ!!

 だが、俺が今までを振り返里ながら歩いていると、突然背後から絶叫が聞こえた。

「っ!? なんだ今の!」

 声のした方向にはスーラのいる泉しかない。という事は今の叫びはスーラのものであるという事だ。

 俺は声の聞こえた方向であり、今し方別れたばかりのスーラの元へ走りだした。

 走っている最中にもう一度叫び声があったが、その声は最初の声よりも小さく、弱っているように聞こえた。

 早く行かなければ、と逸る心を抑え必死で足を動かす。

 そしてたどり着くと、頭の下、人間でいう胸のあたりだろうか。その辺りを大きく抉られ、地面に倒れ伏しているスーラの姿があった。
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