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獣人国での冬

232:今を楽しんで

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「これはどういう事だ! アンデットの群れなどいないではないか!」

 俺があの気持ちの悪いスライムもどきを片付けると、アレが本当に最後だったようでそのあとは何もなかった。

 そして今日、遂に待っていた援軍がやってきた。本来くるはずだった次の日の昼じゃなくて、そのさらに次の日だったけど。

 しかも、援軍に来た奴等を指揮してるっぽい奴がなんかわめいてるから、もし間に合ったとしても期待はできなかっただろうな。

 いや、後ろにいる援軍の人たちは普通なんだよ。普通なんだけど、無能な指揮官のせいで無駄死にしそうな気がするんだよ。だからまあ、結果として間に合わなくてよかったと思う。

「どうなっている! わざわざ私が来てやったというのに、これでは我が武勇を広めることができぬではないか! おい! 誰か説明せよ!」

 未だに指揮官の男は喚いているが、そう言われても、わかりましたと説明したい奴はいないだろうに。というか、その腹で武勇を証明って言われても苦笑いしか出てこない。

 なんて思っていたが、一人の男性が威張り散らしてる指揮官に近づいていった。
 あの服はギルドの職員か? こんな目にあったってのに更にあんな奴の相手をしなけりゃならないなんて、大変だなぁ……

 だが、そうして部外者でいられたのは少しの時間だけだった。ギルドの男性は、キョロキョロと辺りを見回した後、俺の方に視線を固定して手招きし始めた。

 なんだかめんどくさそうな感じがひしひしと感じられるんだが、気のせいだろうか?

「……なあイリン。あれって俺を呼んでるんだと思うか?」
「……気のせいではないでしょうか? 気にせず他の場所に行く事をお勧めいたします」

 そう言うまで少し間があったことから察するに、イリンも俺と同じように感じたようだ。
 イリンははっきりとは言わなかったが、その言葉の感じから、気付かなかったことにしてこの場から離れるたらどうだ、という意味だと思う。

なのでその提案に従ってその場を素早く離れるために動き出す。

「そうだな。そうしよう」
「待てっ! おい、貴様! どこへ行く!」

 だが、俺たちがその場から離れようとしたところでさっきの指揮官っぽいのが早足に近寄ってきた。

「貴様! この私が待てと言っているのだ! 止まれ!」

 そして、遂にはその場を離れようとした俺たちに追いついてしまった。

 走って逃げればその場から去ることはできたけど、これって逃げても面倒なことになるんじゃないのか? と少し戸惑ってしまったせいで、ヤツの護衛らしき者達に道を塞がれてしまったのだ。

「貴様! 何故この私、セルジオ・フェタールが待てと言ったのに止まらなかった!」
「申し訳ありません。私のことだとは理解できなかったもので」
「……ふん! まあ良い。そんなことよりも聞かねばならないことがある。貴様、たった二人で援軍としてこの地にやって来て冒険者共を救ったそうだな」
「はい。救えぬ命もありましたが──」
「そのようなことはどうでも良い! 重要なのは貴様がアンデットの大群を排除し、そちらの娘が敵の切り札を倒したということだ」

 救うことのできなかった命があったという俺の言葉は、『どうでもいい』なんていうふざけた言葉で流された。
 冒険者である以上は死ぬことも覚悟していただろうが、それでも目の前のセルジオと名乗った男の発言は不快でしかない。

「……ええ。それが何か?」
「ふん、認めおったな! こやつ等を捕らえよ!」

 今回の事を自分から自慢をするつもりはないが、特段隠す必要もない。それが援軍として来た者達に状況を説明するのなら尚更。
 だから俺がアンデットを倒したのかと聞かれたので素直に答えたのだが、何故か目の前のデブは自身の配下に命じて俺たちを捕らえるように命令した。

「……どのようなおつもりで?」
「ハッ!  とぼけたところで意味などないわ! アンデットの大群など、単独でどうにかできるものではない。それをどうにかできたのは、どうにかする方法をあらかじめ知っていたからだ。見ればアンデットがいた痕跡はあれど、大群がいた痕跡などどこにもありはしないではないか! どうせ幻でも見せたのであろう? そうしてちょうど良い時を狙い倒したように幻を見せる。後にでた怪物というのも同じだ。つまり、貴様等の正体は単なる詐欺師だ!」

 ……言葉が出ないというのはこういう事だろう、と理解できた。理解するような状況なんて、来なくても良かったけど。これからこいつの対応をしないといけないと思うと……はぁ、頭が痛い。

「大方、地位や名声を求めてもことだったのだろうが、そのような子供騙しはこの私には通用せぬと知れ!」

 セルジオは、そう叫んだ後にのしのしと俺たちに近寄り……

「全く、下賤の者が手間をかけさせおって。貴様のせいで私の貴重な時間が無意味に消費されたではないか!」

 腰にあった剣を鞘がついたままの状態で取り外し、俺に殴りかかって来た。
 大した威力もなさそうだし、下手に反抗しても意味がないだろうから大人しく受けよう。

 と思っていたのだが、次の瞬間……

 パンッ! ドガンッ!

 という音が何故か目の前から響いた。

「あ……」

 それはイリンがセルジオを足払いし、頭を地面に叩きつけた音なのだが、何故か本人も不思議そうな声を出している。
 いや、不思議そうな、というよりも、やっちまった、って感じか?
 だとしたら、今の一連の動きは無意識だったのか……

 歯が折れて鼻は潰れ、顔面から血を流してるけど死んでないところを見るに、無意識でありながらも手加減はしていたんだろうな。まあ、それでも意識はないみたいだけど。

「き、貴様! 何をする!」

 突然主人を攻撃されてぽかんとしていた護衛達だが、ハッとしたように武器を構え始めた。

 さてどうしたもんか……倒すのは更に面倒になるかもだし、やめておいた方がいいか。
 ……ああいや、そうだな。べつにこのまま捕まってもいいのか。寧ろそっちの方がいいかな。

 武器を構える護衛達に対してイリンは戦闘態勢を取ったが、俺はそれを制して一歩前に出て護衛達と相対する。

「申し訳ない。城まで連行してくださって構いません」
「それで済むと思っているのか!」
「ですが、俺達は重要参考人でしょう? 今回の件について聞くまで殺すわけにはいかないのではありませんか? 城まで連れていって裁くのが正しいはずです」
「それは……」
「それに、俺はこれでも大会の優勝者ですよ? そんな俺と、あなた方は戦いたいと、そう言うのですか? ここは素直に俺たちを馬車に乗せて城まで連れて行くのがいいと思いますけどね」
「……チィッ! おい! こいつ等を連行しろ!」

 ……よし、上手くいった。これで歩いて帰らずに済む! 

 俺がわざわざ無抵抗で捕まったのはもちろん理由がある。
 俺たちはここにくるまで走って来た。帰るとなったらまた歩いて帰らなくちゃならない。イリンに背をってもらえば楽だが、それではイリンが休めないし、行きと違って帰りは人がいるだろうから絶対に見られる。それは嫌だ。絶対に嫌だ。

 だからわざと捕まって城まで馬車で運んでもらうことにしたのだ。どうせ城まで行ってしまえばグラティースに頼めば何とかなる。権力者とのコネがあるっていいよなぁ。

「申し訳ありませんでした」

 馬車の中に入ると落ち込んだ様子のイリンが謝罪を口にした。

「確かに、いきなり力で黙らせるってのは悪い事だけど、自分で理解してるなら俺は何も言わないよ」

 俺だってたまにやってるし、その事で怒ったりなんかできない。

「それよりも、今を楽しまないか?」
「楽しむ、ですか……?」
「そう。実は俺、今の状況が少し楽しみなんだよ。こうして捕まったことなんてないし、このあとは城に着いたら牢屋に入れられたりするはずだろ? どうせグラティースが知れば俺たちが処刑されることはないんだし、せっかく体験したことがない事態を経験できるんだ。楽しんで行かなきゃ損だろ?」

 どうせならいろんな事をイリンと一緒に楽しんでいきたい。
 ……まあ、牢屋を一緒に楽しむってのもおかしいとは思うけど。

「大丈夫。何かあっても、今度はお前を守ってみせるよ」

 もし仮に罰せられることがあったとしても、その時はどんな事をしても絶対に守ってみせる。

 そんな意思を込めた俺の言葉に、イリンは何も言わなかったが、コクリと小さく頷いた。

 ……さて、牢屋に入るってのはどんな気分なのかな?
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