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獣人国での冬

207:彰人の弱点

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「先ほどは申し訳ありませんでした」

 現在、俺たちはケイノアが買ってきた菓子をつついているのだが、俺の対面に座るシアリスは、出された菓子に手をつけることもなくそう言った。

「ん? 何かあったの?」

 俺がなんと答えたものかと悩んでいると、出かけていて事情のわかっていないケイノアが頭に疑問符を浮かべながら聞いてきた。

「……ああ、まあ、ちょっとな」
「私が魔法を使ってこちらの方の思考を読んだのです」

 言ってはまずいだろうと思い言葉を濁したのだが、シアリスとしては特に気にするようなことでもないらしい。

「む。ダメじゃないシアリス。精神系の魔術は違反者以外に使っちゃいけないってきまりじゃない」

 だが、ケイノア的には看過できることではなかったのかそう言ってケイノアは妹のシアリスを咎めている。
 しかし、金を稼ぐためにきまりを破ってエルフの秘密をばらしてるお前が言うなと言ってやりたい。

「はい。ですが、どうしてもお姉さまのことが心配でしたので、この方が本当に信頼できるのかと思いまして……」
「そう。心配してくれるのは嬉しいけど、ダメよ? きまりは守らないと。私なら大丈夫だから。ね?」
「……はい」

 こうして妹を諭すところを見ると、ケイノアもしっかり姉なんだなと思える。
 まあ、お前もきまりを破ってるから説得力皆無だけどな。

「因みに、こいつ何考えてたの?」

 おい、お前咎めてたくせに聞くのかよ! 今の真面目な感じはどこにいった!

「あ、いえ。思考を読んだと言っても表層だけで、感情しか分かりませんでした。それ以上は防御を抜けるのが難しく、無理をすれば気付かれてしまいそうだったので」
「なんだ、つまんないわねぇ。何か面白い事がわかればよかったのに」

 ケイノア。本人を前にして堂々と言い切るのはどうなんだ?

「……俺としては、自身に魔法を使われたのに気付けなかった事に驚きだけどな」

 いかに表層部分の感情だけだとは言っても、魔術を使われたのに違いはない。
 そして、気づかれそうだったから止めた、というのは、気づかれても構わないというつもりでやったのであれば、もしかしたら操られていたかもしれないという事だ。

 シアリスが言った通り、俺は自身にかけられる魔術に対して防御をしている。俺自身がどうこうというわけではなく王国から持ってきた魔術具のおかげだけど、それでも一国の宝物庫に収められているほどのものだ。そんなものの守りを抜けて来るとは……。
 もしエルフ全体がそんな力を持っているんだとしたら、敵対したらまずい事になりそうだ。

 そもそも敵対しなければ良いとは思うが、人生何があるかわからないもんだから用心しておくに越したことはない。

 というか、いまさらだが俺の弱点が発覚したな。一応、危険なものが触れると自動で収納されるように頑張って設定したんだけどな。まさか精神攻撃は防げないとは……。
 直接攻撃系でこられたらどうとでもなるけど、触れないものだとどうしようも無いって事か。
 だからといってどうにかできる能力はないので装備で対応するしかない。後で装備を見直しておこう。

「そうでしょ? シアリスはすごいのよ!」

 今まで自分の事しか自慢してこなかったケイノアが、シアリスの事を自慢している。どうやらケイノアにとっても妹であるシアリスは大事なようだ。

「お姉様に程ではありませんけれど、魔術に関しては森でも上位に位置すると自負しています」
「ほお。羨ましいものですね。私も魔術が自由に使えるようになりたいものです」

 俺は肩を竦めながらそう言った。
 さっきも言ったが、俺は王国で俺を馬鹿にした奴らに復讐がしたいとかは思っていない。仕返しなら宝物庫の件で十分だ。寧ろやりすぎたかとさえ思っている。
 だが、復讐は別としても、純粋に魔術が使いたいのだ。

 機械に頼らずに空を飛び、火を起こし操り、ドラゴンなんかと戦ったりしてみたい。

 確かに収納は便利だけど、そう言った思いがないわけじゃない。こっちの世界に来てからは、尚更そういうロマンに惹かれるようになった。だって、俺の周りに居た人達は全員使えたし。

 まあ、ドラゴンと戦って勝つだけなら俺でもできるんだけどさぁ。こう、なんか違うんだよ。

「……ねえねえ。今更なんだけどさぁ。あんた、なんでそんな話し方してんの?」
「なんでって、初対面の人には敬語は基本だろ? 特に自分よりも長生きしてる人にはな」

 見た目が可愛らしい少女と言っても、その実、俺の何倍も生きているのだ。それを思えば、軽い扱いなんてできない。その相手が、俺に害をなせるものなんだったら尚更だ。

「……私はどうなんのよ? あんたに敬われたことなんてないんだけど?」
「何言ってんだ。最初にあった時は敬語だっただろ。途中、つい素で話してからはそのまま来たけどな。……ああ、今まで気が付かずに申し訳ありませんでした。これからは言葉遣いを改めたほうがよろしいでしょうか?」
「うわ……やめてよね。あんたにそんなふうに言われると気味が悪いわ。いつも通りでいいわよ」

 せっかく言葉遣いを改めてやったのに、失礼なやつだ。

「……随分とお二人は仲がよろしいのですね」
「「はあ?」」

 シアリスの言葉に、俺とケイノアの声が重なった。ついでに背後のイリンから若干の殺気を感じるのは気のせいだろうか?

「ちょっとやめてよね。こいつは単なる金づるよ」
「失礼ながら、ケイノアはゴミほども興味がありません」

 というか、金づるってなんだよ。確かに金は貸してるし、住処も与えてるけど、その言い方は酷くないか?

「ゴミほどもって何よ! こんな美少女と一緒にいられるんだから嬉しいでしょ!?」
「……まあ確かに、お前は美少女だな。この家にいてくれることも嬉しいではあるし、好ましい相手ではある」

 見た目だけなら本人が言う通り美少女で間違いないし、魔術等の知識的にも、この家に居てくれるのは有り難い。
 気をはる必要もないし付き合うのも楽だ。まあだからといって付き合いたいとは思わない。それに、中身を知ってしまえば誰も恋愛対象にしたいと思わないだろうと思う。

「え……? そんなにはっきり言われると、ちょっと……」

 何を思ったのか、ケイノアは少しばかり顔を赤らめている。

「ああ、安心しろ。お前に恋愛感情はないから」

 俺が好きなのはイリンだけだ。こいつとのロマンスなんていらない。

「え……もー! 何よその言い方! もー!」

 怒られたところで問題ないのだが、もー! うるさいので、と憤るケイノアを落ち着かせるために俺は自分の前に置かれていた菓子をケイノアの方に差し出す。食べかけだけど大丈夫だろう。

「まあ落ち着けよ。ああ、そうだ。ケイノア俺の分の菓子もやるよ。これ以上食べると夕食が入らなそうだからな」
「えっ、いいの?」
「ああ」
「わーい! ……あっ、私も夕食を食べるからね!」

 どうやらしっかりと意識を逸らすことはできたようだ。

「……お姉様……」

 若干の呆れを含んだシアリスの呟きが聞こえたが、気にしないでおこう。
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