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獣人達の国

160ー裏:グラティース王

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「……あれは予想外でしたね」

 私の名はグラティース。正式には、『グラティース・バルティース・クリュティース』という名前ですが、私は正直なところ、この名前が好きではありません。
 我々獣人は、種族は違ってもその名前の付け方はほとんど変わりません。一部例外もいるようですが、大半は自身と同性の親の名前をもらいます。
 その上、私は王なのでもう一つ、この国を建国した最初の王から『クリュティース』という名がつきます。
 名前の付け方は理解できますし、初代王に肖って、王となる者は似たような名前をつけられるというのも理解できます。
 ですが、その結果が私の名前です。どれが本当の自分の名前だかわからないような微妙な名前。
 代々の王は似たような名前ですが、皆さんイヤにならなかったのでしょうか?

 まあいいです。それは今は置いておきましょう。

「……ち、父上! あんなものを放置しておいてよろしいのですか⁉︎」

 私の言葉にハッとしたようにアグティースが詰まりながらもそう言いました。

 ですが、その言葉は色々なものが見えていないとしか思えません。次期王であるこの子には色々な情報を渡しているのですが、まだ次期王としての自覚が薄いのか、情報をうまく扱えていないようです。

『あんなもの』というのは先ほどまでこの場にいた人物の事でしょう。
 アンドウ・アキトと名乗った彼の事を初めて知ったのは、彼が私の配下が運営する宿に泊まった時でした。
 実際には、息子のアルディスを助けてもらったときに知っていたのですが、その時はまだそういう人物がいた、という事だけで、名前も何も知らなかったので除外します。

 あの宿は、獣人嫌いの人物が街に入ってきたとき用のものです。獣人の治める国であるのに、他種族が嫌い名人物であれば、それは他国からのまわし者である可能性が高くなります。旅人であれば、そもそも来なければ良いのですから。

 そんなわけで、あの宿に泊まった者は全てその素性を調べているのですが、どうやらあの宿に泊まったのは、この国における人間達の宿事情を知らなかっただけのようです。なので特に問題ありませんでした。その髪と瞳の色以外は。

 少し前ですが、我々と敵対している王国が、勇者なる存在をどこからか喚んだという情報が、内通者から送られてきました。
 成人したばかりの見た目であるが、その力は異常であると言われるほどの者達。その者らは皆黒い髪に黒い目をしているそうです。

 黒い髪に黒い目。奇しくも、あのアンドウという者と同じです。そして、その時はちょうど今回の祭りの開催が迫っていました。これは偶然でしょうか?
 その可能性もあるでしょうが、調べないわけにはいきませんでした。

 結果、わかったことは彼が治癒の方法を求めているということです。逆に言えば、それくらいしかわかりませんでした。
 もちろん住んでいる場所、交友関係等は分かっていますが、もっと重要な、本質、とでも言えばいいのでしょうか。そう言ったものが見えませんでした。
 結局、大会には出たものの、付き合いで参加しただけのようでわざと負けてしまいましたし。
 まあ、あの試合だけでもそれなりの力があるのは分かったので良しとしていましたが。

 ですから、アルディスが連れてきた恩人というのが彼だと知ったときには、内心慌てました。私としてはまだ会うつもりはなかったのですから。
 ですが、結果的にそれは良い方向へと進みました。ある程度は友誼を結ぶことが出来ましたから。さっきのでそれが壊れていなければ、ですが。

「よろしいも何も、一体どうするというのです? 確かに不敬罪として罪に問うことは可能ですが、彼を捕らえられますか?」
「……そ、それ、は……」

 ああ、理解しているようで良かったです。
 今の力を感じても、尚出来るというのでしたら次期王の座から下ろすところでした。

 今、彼から溢れ出した力は異常です。到底一般人が持っていて良いようなものではありません。
 彼は恐らく……いえ、まず間違いなく王国で呼ばれた勇者でしょう。

 なぜ勇者がこんなところに居るのかは分かりませんが、好機であるのも確かです。

 過去の文献には獣人の敵として書かれていますが、味方としても書かれている時があります。勇者と言ってもその性格はバラバラなのでしょう。人であるので当たり前の事ですが。
 そして、彼は後者──獣人の味方であると考えています。でなければ、あの少女の怪我を治すために行動などしないでしょう。

 であれば、我々の味方に引き込むことも可能であるということです。

 とはいえ、味方に引き入れるにしても、その前に確認は必要だったのでさっきのように彼を怒らせてみたのですが、その力は想像以上でした。

「ですが! 感じた力は父上の方がっ!」
「……そうですね。確かに感じた力だけであれば私の方が上かもしれません」

 ですが、どうにもあの者とは戦ってはならないような気がするのです。

「父上は何故アンドウを騙すようなことをしたのですか?」

 アルディスがそう言いましたが、どうやらこの子は彼に随分と入れ込んでいるようですね。命を救われたという事なのでそれも無理からぬ事でしょう。

「色々事情はありますが、安心なさい。少なくとも彼と敵対するつもりはありませんよ」

 私の言葉に喜ぶ素直な末子。話を逸らしたのに違和感を持つ事さえないのは、少々先が不安になりますね。教育を見直した方がいいのでしょうか?
 まぁ、それは置いておきましょう。今は彼の事です。

「そんなわけです。彼を嫌うなとは言いませんが、決定的な敵対は避けるようにしてください」
「「「はい」」」

 部屋にいる私の子達が返事をするなかで、未だにアグティースだけが眉を寄せて不機嫌さを露わにしています。

「アグティース。わかりましたね?」
「……はい」

 本当にわかっているのでしょうか、この子は? 
 はぁ。どうにも不安で仕方がありません。

 この祭りは、この国に所属している種族たちの会談の場でもあります。
 色々な種族が国中から集まるのは、なにも祭りがあるから、というだけではありません。
 一年の間に起こったことや、これからの提案などを決める会議があるのです。
 だからこそ多くの種族が参加するのです。……まぁ、中には参加しない種族、一族もいますが、大半は来ます。

 その対応をしなくてはならない私はそれなりに忙しいのです。本来なら今だって予定が埋まっているはずですが、彼の対応をしなくてはならないので時間を作っているに過ぎません。

 そんな中で、彼との問題を起こされでもしたら、私は怒ります。ええ、それはもう、とても怒るでしょう。

 だから、問題は起こさないでくださいね? 頼みますよ?
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