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夜船 銀

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物語の家

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「琥珀堂…」
看板にあった名前をもう一度つぶやく。『どこかで聞いたことがあるような‥ないような…。』その時びゅうと冷たい風が吹いてきて思わず身震いする。空を見るともう日は沈みかけ、夜の気配が広がって来ていた。
「寒い…。」
だんだんと夏に近づいているとは言え暗くなってくるとまだまだ冷え込む。何はともあれとりあえず店に入ってみよう。そう思い栞はカラフルな扉を開けた。


「わあぁ…!!」
店の中は別の世界のようにメルヘンチックだった。60畳はありそうな広い空間には洒落たテーブルと椅子や本物そっくりのドールハウス、大きな古時計など多くのアンティーク品があり、どこを切り取っても物語の中に入り込んでしまったような景色だったのです。中でも目を引くのは壁際を埋めるように立ち並ぶ大量の本でした。近づいてよく見るとそれらの本はどれもみんな知っている昔話の本のようでした。しかも本屋で売っているようなものではなく金箔やきれいな絵の具などで装飾された高級感あふれるものでした。本好きの栞は目の前に立ち並ぶ本たちにすっかり嬉しくなり何冊か棚から抜き取って表紙を眺めました。すると、おかしなことに気が付きました。本の表紙にある絵がおかしいのです。例えば、【桃太郎】の本の表紙では鬼と桃太郎が楽しそうに一緒にご飯をたべている様子が描かれています。他にも、【赤ずきん】の表紙では赤ずきんが逃げる狼を追いかけている絵だったり、【大きなかぶ】ではおじいさんが一人でかぶを引き抜いて喜んでいる絵だったりとどうにも本の内容とはチグハグなものばかりでした。これはどういうことかと思いもっと他の本も見ようと本棚に手を伸ばします。その時でした。背後から突然、
「なにかお探しですか?」
と声が聞こえた。驚いて振り向くと青年が一人、いつの間にか立っていました。
「だ、誰ですか!?」
思わず上ずった声が出る。
「驚かせてしまって申し訳ございません。ご挨拶がおくれました。私はこの琥珀堂の店主を務めております縁《えん》と申します。」
そう言うとその青年は軽くお辞儀をした。細身でやや高身長であり、黒い執事服に黒い蝶ネクタイがよく似合っていた。戸惑いながら栞は縁と名乗るその青年に尋ねた。
「あの、何かを探しているわけではなくて…、そもそもこのお店は何を扱っているところなんですか?」
「それは…」
縁が説明を続けようとしたそのとき、ぎいぃと入り口が開かれる音がした。誰かがお店を訪ねてきたようだ。
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