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最期の英雄
何度死んでも
しおりを挟む『っはぁ……はぁ……!』
……もう何度、私は死んだのだろう。いや、正確には死んでなんかいない……死ぬほどの痛みを、苦しみを、苦痛を受けているだけだ。本来この場所では、苦痛などは感じないというのに。なんせ、私の頭の中なのだから。
私の頭の中……そこに私の意識があり、そして目の前に死んだはずのエリシアがいる。私も彼女も意識のみの状態……この空間で、苦痛なんかを感じるはずがない。
でも実際に、私はそれらを感じている。なんでそうなっているのか……私の脳がなんとかって言ってた気がするけど、なんだったっけ。
そのときの話を、聞いていない。聞ける状態ではなかったし、聞いていたところで理解するほどの時間は、考えるほどの時間はくれない……
『っ、あぁああぁあ!?』
また、来た……今度は、全身が焼けるように熱い。全身が熱く、かきむしりたい。それも叶わず、ただその場を転がるのみ。
全身が苦痛を味わわされている。なのに、頭の中は妙にクリアだ。だから、今自分の身になにが起こっているのか、それがわかってしまう。頭の中にいる私の頭の中ってもうわけわかんない……
『かぁあぁああ!』
もう、何度叫び続けただろう。死んだ数だけ、であることは間違いない。もう何度死んだのか、数えるのも十を越えたあたりからやめた……
この苦痛は、突然やって来る。苦痛の直後に別の苦痛かと思いきや、数秒から数分までの差がある時もある。
もしかして、私が人をどのタイミングで殺したのか、それを再現しているのかとも思った。けど、一つの国や村なんかではそれこそ大勢をいっぺんに殺してきたが、離れている場所に移動する際は数日誰も殺さない時だってあった。
だからこれは……この苦痛が襲ってくるタイミングに、決まりはないのだろう。ただランダムに、私に苦痛を与える……
『は、ぁ……っ、げ、おぇえ……!』
苦痛が途切れた……その瞬間その場に膝と手をつき、四つん這いの状態に。肩でなんとか呼吸を繰り返すが、絶え間なく与えられる苦痛、それにいつ苦痛を与えられるのかわからない恐怖が、私の精神を削っていった。
ここは私の頭の中だ。痛みも苦しみもなければ、えづいたところでなにかを吐き出せるわけもない。いっそ、体の中のものをぶちまけられてしまえば、少しは楽なのかもしれないのに。
『いやぁ、アンズと言えども、繰り返される死はキツいものがあるか。そうだよね、普通は死なんて一度だけ。それを何十、何百……いや、千や万かな。そんなに、味わうことになるんだもん、同情はしないけどさ』
エリシアは、変わらずそこにいる。まるで、そこに椅子があるように座っているが、そこにはなにもないので、空気椅子のようになっている。それを突っ込む、気力もないけど。
私がこの世界に戻ってきてから、今に至るまで……殺してきた人間の数だけ、その苦痛を与えられる。それが、私への本当の罰っていうことなんだ。それにエリシアは、口調こそ柔らかいけど、私のことを許してはいない……当然か。
『はぁ、げほっ……』
『大丈夫? まだマルゴニア王国にさえ、たどり着いてないよ? ホント、最初からすごい人数を殺してきたんだね』
いちいち、教えてくれなくて、いい……気が、滅入る……
こうして、苦痛と苦痛のわずかな時間……ただ落ち着くために息を整えている私に、エリシアは話しかけてくる。もしかしたら、私が苦痛にもがいているときも話しかけてきているのかもしれないが、それに気づける余裕なんて……
『っ、ぐぎぁああぁああ!?』
また、だ……今度は、腹部に強烈な痛み。この痛みは、経験がある……腹部を、腕で刺し貫かれたときの、痛みだ……
この世界に戻ってきたばかりの私は、この拳、足、肉体で人を殺してきた。だから、私にとっての得物は、この肉体だった……だけど、肉体も鍛えれば凶器と変わる。刃の付いた得物で傷つけられているのと、なんら大差はない。
『ぁ……ぐふっ』
いくら咳き込んでも、嘔吐もしなければ吐血もしない。それが、やはりこの空間は普通のものとは違うのだと認識させられる。これだけの苦痛を与えられる時点で、そもそも普通じゃないん……
『ごっ……!?』
今度は、首……骨が、軋む、折れる、破壊される。実際にはそんなこと起こっていない、でも実際に起こっている。何度も、何度も。
『あははー、頑張れ頑張れ。そうだ、いいこと教えてあげるよ。この空間は、外とは時間の流れが違う……時間の詳細とかは知らないけど、たとえばこの空間で一時間過ごしても外では一秒も経ってない、みたいなね。だから、アンズの体が消滅するまで、その苦痛は続く。いや、その苦痛が続く限りアンズの体は完全には消滅しないって方が正しいかな。ま、時間とかどっちが先とか、今のアンズには関係ないことだよね』
与えられる苦痛にもがく中、エリシアがなにか言ってる……でも、それを意識して聞いていられるほど、今の私に余裕はない。だって、次々訪れる苦痛は、嫌でも意識をそっちに持っていって……
『ぅっ……!?』
また、来た……今度は、胸……いや内臓? その部分が、ぐちゃぐちゃしてるみたいに痛い。ある気管は破裂し、ある気管は別の気管と絡み合ってしまっているような……それゆえか、苦痛は一気に襲ってこない。じわじわと、苦痛に喘ぐことになる。
『はっ……これ、ゃ……ぇお……』
痛い痛い……始めに喉をかき切られたときとは、また別の……体の内側から、来る痛み……やだ、苦じ……
『っくぁ……は……』
次いで、喉に強烈な痛み。始めのものとは比べ物にならない、まるで肉を引き裂くような、そんな感覚。無意識に手を伸ばすが、もちろん喉は無事だ。無事だからこそ、苦痛を余計に感じられる。
『あ、その反応……おめでとう、頑張ったね。もうすぐ終わるよ』
『げっ、ぇ……お、わ……?』
『うん、そう。……マルゴニア王国での惨劇がね』
終わる……その単語に、わずかな希望が生まれた。生まれてしまった。だけど、続く言葉はそこから奈落へと突き落とすようなもので。
この苦痛の時間が終わる……それは、私が殺した人間の数だけの苦痛を味わい終わった、というわけではなかった。マルゴニア王国で行ってきた惨劇の死が、もうすぐ終わるというだけ。
うそ、でしょ……これだけの苦痛を感じても、まだ、それだけ? まだ、あれからいっぱい、いろんな場所に行って、たくさんの人を……
『! ま、さか……いま、のは……』
ふと、直近の苦痛を思い出す。内臓がかき乱されるような苦痛、そして喉を切り裂かれる苦痛……これには、覚えがある。たくさんの人を殺してきたけど、この殺し方を誰にやったかは、覚えている……
『思い出したみたいだね。そう、その死の苦痛はグレゴ、そして続けて王子のものだよ』
そうだ……グレゴに、ウィル。あの二人を殺したときの、その苦痛……それに、間違いない。なんでエリシアは、そのことを……?
『私の一部はアンズの中にあった。だからかな。私、アンズのことならなんでもわかるんだ。私の左目を食べる前のことも、後のことも』
そんな、私が口に出していない疑問さえも、エリシアには筒抜けのようだ。同じく頭の中にいる存在、隠し事は無意味ってことだ。
……左、目? 今、エリシアは……そう言った。そうだ、私はエリシアの、左目を抉って、食べた。それを最期に、エリシアは絶命したんだ。そして、エリシアが死んだその直前に、グレゴとウィルを殺している。
と、いうことは……
『いや……待って……』
無意識にか意識的にか、左目の部分を両手で押さえる。気づいてしまったから……次に来る苦痛が、誰のものか、どんなものかがわかってしまった。だから、苦痛を耐えるために必死で左目を押さえる。
……それが、意味のないものだと知っていながら。
『いや、待って……そんな、私……!』
『ダーメ♪』
プツッ……
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