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最期の英雄

消滅の力

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「ぐぁ、あっ!?」


 ガニムの腹部に、パンチをおみまいする。渾身の力を込めて……という意味では説明がつかないだろう……ガニムの腹部に、穴が開いているのは。いや、穴が開いているなんて生易しいものじゃない……消えていたのだ。

 殴った部分が、消えていく。それは先ほど掴んでいたガニムの腕も、同じように。しかも、ただその部分が消えているだけではない……消えていく、のだ。


「……これ、は……っ!?」


 消えた……この場合消滅したと言うべきだろうか。腹部の穴の開いた部分から……穴が、広がってきているのだ。つまり、消滅した部分がどんどん大きくなっている。


「ガニム!?」


 この光景に、焦ったような声をあげるのはケンヤだ。ガニムが引き寄せられ、それを止めようとしていたが間に合わず……駆け寄ってきている、最中だ。しかし、手を伸ばそうにもガニムの消滅は止められない。

 残された手を、ケンヤに向けてガニムも伸ばすが……二人の手が、触れあうことはなかった。腹部からの消滅に加え、腕が消滅しガニムの肩の部分からも、消滅の連鎖が始まり……消滅は、そこまで時間がかかることなく、ガニムの全身を蝕んだ。

 つまるところ……ガニムは、その場から消滅した。手も、足も、顔も……体すべてが、最初からそこになかったかのように、失われた。


「ぁ……」


 ケンヤの手は、空を切る。掴もうとしていたガニムの手はそこにはなく、それどころかガニム本人さえも……そこにはもう、なにもない。死んだとして、そこには死体が残る。しかし、なにも残らない。

 生きていた証さえ、そこになかったかのように、これまで私たちを苦しめてきた巨体が、あっけないほどの展開で……

 そういえば、ガニムを掴んだ瞬間、少しガニムの体が小さくなっていたような気がした。それも、この呪術により染まった手の力なんだろうか。


「貴様……よくも、ガニムを……!」


 怒りの感情が、向けられる。それは誰か確認するまでもない……ケンヤは、ガニムと仲良くやっていたのだろう。それを、今日をもって終わりにされた。

 近いうちに世界が滅ぶとはいっても、それならそれで最後の時間を過ごしたかったかもしれない。しかし死んでしまってはそんなことはできないし、死体さえも残らなければ触れあうことすらできない。

 私が、その時間を奪ったんだ。


「許さん!」

「……だったら」


 怒るケンヤから、魔力弾が放たれる。それを私は、黒く染まった手で呑み込むことで防御。さらに、先ほどと同じように対象……ケンヤを吸い寄せる。


「くっ……!」


 吸い寄せる……引力とでも言おうか。それがケンヤを捉え、逃がさない。巨体のケンヤでも、踏ん張ってもその抵抗は微々たるものだったのだ……普通に人間サイズのケンヤが踏ん張ったところで、それは抵抗にすらならない。


「くそっ、どうなって……せい!」


 こちらに吸い寄せられつつ、ケンヤは魔力の弾を放つ。しかしそれは、やはり黒く染まった手に吸い寄せられるように導かれ……呑み込んでいく。攻撃も、精霊や人といった実体も、すべて吸い寄せ呑み込む……それが、この呪術の力か。

 その力はいずれ、私自身も呑み込むだろう。いや、そう遠くはない未来だろう。そうなったらなったで、仕方ない……どうせ、復讐を決めたときから、そのあとのことなんて考えてはこなかったのだから。


「……っ!?」


 ついに、ケンヤが射程範囲に入り……手を伸ばし、腕を掴む。その瞬間、掴んだ腕は消滅していく。そこからどんどん、全身が消滅していくはずだ。

 あとには、なにも残らない……まるで、以前呪術の炎で身を滅ぼしこの世から消滅した、あの男たちのようだ。そういえば、多分あの男たちをけしかけたのはケンヤなんだろうな……どうだ、今度は自分が消滅していく気分は。
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