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英雄vs氷狼vs……
触れられたくない問題
しおりを挟む巨体ゆえに動きが遅い……という思い込みは、ガニムには通用しない。その巨体に合わない動きどころか、もしかしたらユーデリアよりも速いんじゃないかと思えるほどの速度で動く。
とはいえ、それはこの場での、私との距離を詰めるときなどの動きだ。長距離ではどうかわからない。言ってみれば、長距離走は苦手だけど短距離走は得意なタイプかもしれない。
それこそ、瞬発的な速さ。その場で踏み込んでから、ロケットのように飛び出す。それにより相手との距離をぐんと縮めるのは、私もよくやる手だ。
なので、ガニムの動きには注意しないと。特に、二人の間に遮蔽物がない、直線上の距離では……
「なら、先手必勝!」
超速で距離を詰められるなら、先にこちらから仕掛けてしまえばいい。結界が壊れたからそちらの維持に魔力を使う必要はなくなったし、身体強化にも思い切り使える!
残っている魔力を脚力に集中。狙いをガニムに定めて……
「ぅ、せい!」
「ぬっ!?」
離れた位置にいたガニムの懐にまで飛び込み、右の拳を握りしめる。さっきみたいに炎に包まれてくれたらいいのだが、そうはならない。願ってみても、ならない。仕方ない。
脚力に集中させていた魔力を、今度は右の拳に。元々の素の力に合わせて、魔力を重ねた威力となる。今まで、ガニムにぶつけていた攻撃は、全力の魔力を乗せたものではなかった。結界の維持に使っていたのだから。
外にここでの戦いがバレないために結界を張っていたが、すでに破られた……だから、結界のことはもう考えなくていい。考えなくていいから、こうして自分の力に変換できる。
そして……
「はっ!」
掛け声と共に、拳を打ち込んだ。それは、ドンッ……と音を立てて、ガニムの胸元に衝突した。
これで、どうだ……素の力も魔力も、全力を込めた一撃。正直、これでどうにかできなければ……
「……悪くない、一撃だ。だが……」
「!」
「まだ、軽いな」
驚くべきことに、ガニムはダメージなどくらっていないと言わんばかりに、ニヤリと笑みを浮かべた。それは、信じられない光景だった。
手応えは、ある。ちゃんとある。本来なら、相手の内蔵から内側へ、衝撃が駆け抜けてぼろぼろにしていてもいいはずだ。だというのに……そんな素振りは、一切ない。
全力の一撃が、私の拳が、効かない……?
「『英雄』の拳も大したことはないな。こんなのに同族が滅ぼされたのか……まったく、情けないことだな」
ダメージが通っていないどころか、ガニムは同族であるはずの魔族に対して舌打ちをして見せた。それは、同じ種族でもガニムは魔族に対してなんとも思っていないことを表している。
魔族を倒した私への恨みより、倒された魔族への失望……そんな、雰囲気だ。いや、そんな感想はどうでもいいか。
「くっ、どうなってんの!」
パンチが効かない。なので少し距離をとる。これまでに体の硬い相手とは何度も戦ってきたけど、なにもダメージがないっていうのはなかった。しかも、手応えがあるのにだ。
これだけ手応えがあって、それでいてこの反応……なんというか悔しいな。自分の全力が、通用しないっていうのは。
「ノットも他の魔族も! なんてことはない、この程度で沈んだのならな」
「……魔族なのに、他の魔族のこと見下してるんだ?」
「あんな奴ら、滅んでせいせいしているよ」
なんだろう……ノットとは単に、仲の悪さを表すような雰囲気だ。嫌ってはいるが、口ではああ言っているが、本心では実力を認めている……みたいな。そんなニュアンスを感じる。
だけど、他の魔族に関しては……なんというか、憎しみのような感情さえも感じる。嫌っているよりももっと重々しい、憎しみの感情……私はこれを、知っている。
身内を殺した世界への復讐……それによく似た感情。魔族だけでなく、この世界を憎んでいる。そんな印象を、受けた。
「へえ、もしかして魔族に親でも殺された?」
「……黙れ!」
自分でも驚くくらいに、わかりやすくいやらしい挑発。瞬間、ガニムの殺気が鋭さを増す。今の問いかけのすべてが正解じゃないとしても、似通ったものはあったらしい。誰にも触れられたくない問題ってのはあるみたいだ。
多分、自分が同じようなことを言われたらものすごく嫌なことを挑発のために使うなんて……ホント、やな性格になったもんだよ。
「死ね!」
「おっと」
ガニムの拳は、当たれば致命傷を免れない。だけど飛んで来るパンチというのは大抵が直線的なものだ、来るとわかっていれば対処の仕様はある。
防御は意味がない、ならば避けるのみ。体が大きくなっているから、避ける範囲が大きくなるのが厄介だが……
「っ……!」
あれ、なんか今……ちゃんと避けたのに、右腕に痛みが。……避けたと思っていたパンチが、かすった?
肌に触れ、それだけでチクッとした痛みが走る。かすっただけでこの痛みなら、ヒットしてしまったら……
「……って、あれ?」
距離をとり、ガニムを観察。すると、なんだかおかしいことに気づく。なんだろう……気のせいかな、ガニムの体がまた一段と、大きくなったような……
……気のせいじゃないや。
「うっそー……」
さっきかすったのは、大きくなったことによりリーチが伸びたから、攻撃範囲が広くなったから、か。
まさか、感情に任せて体が大きくなっていくタイプ、ってわけじゃないだろうな。もう完全に見上げないと顔が見えないよ。
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