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予期せぬ再会
【生と死の狭間】
しおりを挟む声がした……暗闇の中で、するはずのない声がした。するはずのない、と思ったのはどうしてだろう。この空間に、自分以外の存在があるはずがないと、確信していたからだ。どうして確信していたのかは、わからない。
辺りはどこを見渡しても、暗闇……そもそも視界という機能が働いているのか、わからない。首に当たる部分があるのか、わからない。
自分が今、どのような姿をしているのか、わからない。わかるのは、自分の名前と、生い立ちと……ついさっき、訪れてしまった死と……
「……っ」
頭が痛む。感覚がある気がする。頭に当たる部分があるのかはともかく、生前はこういう使い方をよくしていた。
……生前、か。自分は、熊谷 あこは死んでしまった。十五年という短い年月を、つい先ほど終わらせることとなってしまったのだ。
それは、今しがた言われた台詞のせいではない。しっかりと、死んだ記憶が残っているから。
『心中お察しします、熊谷 あこさん。しかし残念ですが、現実はいくら考えても変わることはありません。貴女は、命を落とし、死んでしまったのです』
声が、直前に聞こえたものよりも詳細に、死の事実を伝える。聞こえた、か……『聞こえた』ということはつまり、音を拾う器官も生きているということか。
それとも、これは『脳に直接』というものなのか……
『あ、えーと……少し、混乱してるみたいですね。ご自身の体を、確認してみてください』
「から、だ……?」
声の内容に、なにを言っているのだろうと思う。しかしあこは、その声をなぜか疑うことなく……自身の体を確認した。視線を下げ……そこには手が、足が、ちゃんとあった。手を動かし、顔に触れる。触れる。ちゃんとある。
体が、自分の体が確かにある。さっきまで、なにも感じなかったというのに……
『これで、落ち着いてお話ができますね』
再び、声。それは正面からするものだ。あこは視線を向ける……そこには、一人の女性がいた。気のせいか……いや気のせいじゃなく体が光っている。さらに白髪に加え服装も白いワンピースなため、真っ白な人物に見える。
それでも、見た感じ成人は越えているだろうか……というのはわかる。
「あの……」
『はい、なんでしょう』
「眩しいんですけど」
先ほどまで暗闇の中にいたため、目の前の光はどうにも目に効く。なので、正直に眩しいと告げたあこの目の前で……その人物が、かすかに笑みを浮かべた。ような気がした。
「ふふ、ごめんなさい。なら、これでどうかしら」
そう聞こえた直後、光の加減が少し抑えられた。自分から言っておいてなんだが、あの光は自分で調節できるのか……と思った。
光が抑えられたことにより、目の前の人物の顔がはっきりと見える。口調や声から女性であろうことはわかっていたが、その顔は二十代に見えるし、見ようによっては四十代にも見える。不思議な感じだ。
その人物は、笑みを浮かべている。あの笑顔は、そう……まるで、慈愛を持っているかのような。あこに対し、慈愛の笑顔を向けている。
きれいな女性だ。ただ、彼女が普通でないというのは、今のやり取りだけでもわかる。それに、この場所は……明らかに、普通ではない。
「あの……さっき、私が死んだって」
『えぇ、残念なことですが。事実です』
二度言われたことだ、命を落としたと。ならば、命を落としたはずの自分はなぜ、こんなところにいるのか? まるで、生きているみたいに。
あまり、考えたことはなかったし、信じてもいなかった。しかし、こうして自分が体験してはその可能性を考えないわけにはいかない。ここは……
「死後の世界……ってやつですか」
『ご明察。ここは、死んだ人間の魂が訪れる死後の世界……正確には、生と死の狭間の世界です』
浮かんだ可能性。それはここが、死後の世界だということ。それは見事に、命中した。とはいえ正確には、違うようだが。
生と死の狭間……その単語に、あこは疑念を抱いた。
「それって、どういう……そもそも、あなた誰ですか?」
この状況に対する理解が追い付かない。ここが生と死の狭間とやらだとして、なぜ自分がここにいるのか。そして目の前にいる女性は何者なのか。
自分という存在があることを確かめられたあこには、当然こういった疑問……いや警戒が浮かぶ。その警戒を感じ取ったのか、女性は苦笑いを浮かべ……
『安心しなくても、貴女に危害は加えません。私は、そうですね……貴女のわかるもので表すなら……女神、といったところでしょうか。そしてここは、貴女に二つの選択肢を提示する場所でもあるのです』
……と、答えた。目の前の女性は何者か、ここはどういった場所なのか……その二つの疑問に一度に答えてはくれたが、それを素直に呑み込めるほど、あこは素直な性格はしていない。
「ええと……」
『混乱、していますよね。ですが、私は嘘はつきません』
確かに、女性から嘘の気配は感じられない。彼女の言葉は、真実……不思議と、すんなりと受け入れられた。
「じゃあ……二つの、選択肢、っていうのは?」
『それは、ですね……このまま死を受け入れるか、受け入れないか、ということです』
「?」
?
なにを言っているのだろう。死を受け入れるもなにも、もう死んでしまったのだ。しっかりと、死の瞬間を覚えている。まさか自分は本当は死んでなくて瀕死の状態で、望めば死を拒めるのでは……
……いや、それだと女性の先ほどの言葉と噛み合わない。ここが生と死の狭間という、いかにもな名前の場所とはいえ、自分がもう死んでいることには変わりないのだ。ならば……
『正確に言いましょう。このまま死を受け入れれば、貴女は文字通り死にます。逆に、受け入れない……つまり、まだ生を望むならば、貴女を別の世界に転生させ、新たな生活を送ることができます』
「……てん……え?」
まずい、本格的になにを言っているのかわからなくなってきた……いや、知識としては知っている。知っているが……だってそんなの、物語の中だけの話だと思っていた。
けれど、今起こっているのは、間違いなく現実で……どうしようもなく、現実で。
「えっと……それって……」
『はい、いわゆる、異世界転生ってやつです』
異世界転生などと……そんな馬鹿げた話、現実に自分の身に起こるなんて、誰が思うだろうか。
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