異世界召喚され英雄となった私は、元の世界に戻った後異世界を滅ぼすことを決意した

白い彗星

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予期せぬ再会

"時間巻戻"

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「……!」


 鮮血が、舞う。離れた位置からであっても、その場から赤い血が吹き出したことは、すぐに理解できた。

 吹き出す鮮血は、潰された男のものだ。潰された男とはつまり、つい先ほどまであの魔獣に、無謀な戦いを挑んでいた男のこと。警備隊の隊長と呼ばれた男だ。

 その男を潰したのは、他でもない、魔獣の足だ。魔獣の巨体を支える足、それは当然足自体も相応の大きさ、太さを持っているということ。振り下ろされたそれを、避ける余力も彼にはなかった。

 魔獣の暴力に、通用しない。自身の魔力に……少なからず絶望したのは、確かだ。それが彼から、逃げるという判断すらも奪った。結果として、警備隊隊長は魔獣の足に押し潰され……その命を、散らした。

 足が振り下ろされる直前に誰かが助けたとか、そのような展開はない。それができそうなお面の店員は、遥か遠くの建物の壁に埋まっている。


「ガァアアアア!」


 一人の人間を潰したことの手応えを感じたのか、魔獣は吠える。もう、ここにはあの魔獣を止められる戦力は残っていない、か。

 本隊とやらも、来るのがいったいいつになるやら。足止めのためにさっきの警備隊がいたのだろうが、それはもう全滅。他に大きな力が近づいている気配もない。……この国は、もう終わりだ。

 私が手を下すまでもなく、この国は終わる。破壊される建物、逃げ惑う人々。本隊とやらが間に合う前に、もうこの場所は国としての機能は失われて……


「……ぅぅぅううう、りゃああああ!」


 ……魔獣の巨体が、バランスを崩した。足を滑らせて? なにかに躓いて? いや、違う……正確には崩されたのだ。誰に?

 それは今、魔獣へと体当たりした人物。彼女によって。彼女は『埋まっていた建物の壁』から飛び出し、猛スピードで魔獣の下へと接近。そのまま、全力を持って体当たりした。タックル、といったほうが勢いがあるか。

 それをくらい、あの巨体がバランスを崩した。あまりの出来事に、魔獣はバランスを立て直すことは叶わず……その場に、倒れこんでしまう。


「これで、ツーダウン……!」


 巻き上がる土煙の中でいうのは、遠くの建物まで吹っ飛ばされ、壁に激突していたあの店員だ。妙なお面は、白い部分が多少汚れてしまっている。それに、激突した衝撃で元の形よりも歪んでいる。

 所々割れてしまっているが、それでもまだ付けたままなのは……もはや意思だ。そもそも、あのお面はなんなのだ。もしかしたら、お面を外したとき、凄まじい力が解放されるとか……


「! 隊長さん!」


 倒れた魔獣を追撃……するではなく、魔獣に踏み潰された隊長へと駆け寄っていく。追撃しないのか……それが取り返しのつかないことにならないといいけど。しかし、彼はもう……


「隊長さ……っ!」


 魔獣に踏み潰された隊長の姿を見て、彼女は言葉を詰まらせる。息を呑んだ気配がしたのは、気のせいではないだろう。

 隊長は、もう……この位置からでも見える。血を流しすぎている……どころの話ではないのだ。もはや人としての原型を留めていない。彼の方こそ、もう取り返しのつかないことになってしまっている。

 回復魔法が使えても、あれを治すのは無理だ。エリシアであろうと、あれは無理だろう……即死だ。死んでしまった……回復させるなんて、それは不可能な話だ。


「くっ……!」


 彼女の、頬から涙が流れ落ちている。それ自体はお面で隠されているが、地面へと落ちる水が、涙が流れていることの証拠だ。

 助けられなかったことへの後悔。手の尽くしようがないことへと不甲斐なさ。しかし、死んでしまったのならどうしようもない。たとえば詳細は不明だが禁術でもなければ、手の施しようなど……


「……まだ、三分は経ってないはず」


 ……何事かを喋っているのが、わかる。さすがに内容までは聞こえはしないが、口の動きから言葉にしているのは明らかだ。

 そのまま彼女は、人としての原型を失い、もはや肉の塊となった隊長に、手を向ける。手のひらが、ぼんやりと光っていき……


「"時間巻戻タイムリワインド"……!」


 聞いたことのない……単語だろうか。それを、口にする。魔法の呪文、かなにかか?

 手のひらから淡く光るそれの色は、薄い緑のような色だ。あれも、見たことがない光……なんなんだ、あれは?

 魔獣は、まだ倒れている。タックルがよほど効いたのか……加えて、足が絡まっている。八本の足が、うまく絡まり立ち上がるのに苦労しているのか。もしかして狙ってやったのか?

 とにかく、これでしばらく魔獣の邪魔は入らないわけで……次の瞬間、目を疑う光景が映る。


「……!?」


 それは、思わず声を漏らしてしまいかねないほど、目を疑う光景だ。この世界でいろんなものを、常識では計りきれないようなことをたくさん見てきたけど、あんなもの、見たことがない。

 目を疑う光景……それは、文字通り以上の意味を持たない。肉片となり、その命を失った隊長……その肉片が、動き出す。風で吹き飛ばされているとかいう意味ではない、まるで一つの意思を持っているかのように。

 動き出す肉片は、一つの場所へと集まっていく。それは、今彼女が手をかざしている場所、隊長が潰れた場所だ。飛び散った肉片は次々一ヶ所に集まっていき、まるで粘土でなにか形作るかのように、一つのものへと成っていく。

 それは……なんとも不思議な光景だ。飛び散った肉片が、一つの場所に集結していく……さっき見たものとは、真逆の光景。いや、一つの場所に集結していくというより、戻っていくという表現が正しい。

 それはまるで、ビデオの再生から巻き戻しを見ているかのような、感覚。肉片も、血も、命を散らせたすべてが、戻っていく。そしてそれは、『彼』が元に戻ることで完全となる。


「……ん……」

「よかった、戻せた!」


 命を散らせたはずの男が、そこにいた。肉の塊となり、肉片があちこちに散らばっていた……はずなのにまるでそれがなかったことのように、周囲にはその痕はない。

 まるで、男が潰されたという幻覚を見ていたかのようだ。しかし……


「なんだ、今の……」


 隣で同じ光景を見ていたユーデリアの言葉が、これは現実だと教えてくる。

 氷狼であり人間よりも鼻がいい彼だが、目もいい。もしかしてあの光景は、私よりもしっかりと見えていたかもしれない。

 死んだはずの人間が、生き返ったのだ。あり得ない……あり得ないが、その現象の名前を知っている。実際に、死者とも対峙した。


「まさか、禁術……?」


 死んだはずの師匠は、禁術により生き返った。死者が生き返る現象は、存在するのだ。けど……

 あれは、生き返ったというより……さっきも思った、巻き戻しのような。彼が死んだのは事実だが、その事実を巻き戻し、死ぬ前にまで時間を戻したとでもいうのか?

 彼女は言っていた、リワインドと。リワインド……つまり巻き戻し。まんまだけど、この現象と、その言葉が結び付くとしたなら……彼女は、時間を巻き戻した、ということ?

 なんだそれ……そんなの、チートどころの話じゃないんだけど。
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