異世界召喚され英雄となった私は、元の世界に戻った後異世界を滅ぼすことを決意した

白い彗星

文字の大きさ
上 下
371 / 522
英雄はそこにいた

【番外編】残された者たち:下

しおりを挟む


 熊谷 杏が消息を絶った。彼女が学校に来ていないと連絡を受け……母とあこは、必死に辺りを探した。杏に連絡を入れることはもちろん、把握している杏の友達にも聞いて回った。

 しかしどこからも、杏の情報を得ることはできなかった。学校にも行っていない、めぼしい友達も知らない、もちろん本人からの折り返しもない。手掛かりが、なくなっていた。

 それから夜になっても、事態は好転しなかった。父にも連絡していたが、帰ってくるまで、帰ってきてからも、状況は変化しないまま。

 警察に連絡しようかとも思った。しかし、まだなにかあったというわけではないし、今時のの女子高生なのだ。連絡が取れなくなったとはいえ、一日も経っていないのに取り合ってもらえるかはわからない。


「……お姉ちゃん」


 結局その日は、杏は帰ってこなかった。杏はこれまで、友達の家に泊まったりと、外泊することはあった。が、無断外泊なんて一度もなかったのに。

 本当ならずっと探し回っていたかったが、夜中に歩き回るのは危険だ。それにもしかしたら、明日になればひょっこり帰ってくるかもしれない。そんな、根拠のない期待にすがるしかなかった。

 あのとき、なにを置いてもまず警察に相談に行けばよかったのか? 次の日のことなど考えず、姉を探し回ればよかったのか? ……あこには、正解はわからない。

 実はあこが寝静まった後に、両親は杏を探しに出ていた。しかしそれはあこの知らない出来事で、またその成果は芳しくないものであった。

 ……それは、当たり前だ。どれだけ探しても、見つかるわけがない。熊谷 杏はこのときすでに、異世界へと召喚されていたのだから。


「……おはよう」


 翌日になり、起きてきたあこ。姉の部屋に向かい、もしかしたら帰ってきているかとというわずかな期待を持っていたが、それは期待でしかなかった。

 両親の顔色も悪い。昨夜杏を捜索していたことを知らないあこは、今日こそは探して見つけなければと使命感に燃える。

 ひとまず学校に行く。本当ならば学校に行っている場合ではないのかもしれない。だが警察には、両親が行っている。ならば自分は、自分にできることをするのだと、心に決めて。

 確かめたいのは、姉の友達。昨日連絡してもなんの手掛かりもなかったが、直接話せばなにか手掛かりがあるかもしれない。


「あれ、杏の妹じゃん」


 他学年の教室に行くのは勇気がいるが、これも手掛かりを得るため。その気持ちが、あこの足を進めさせた。

 ……結果として、手掛かりは得られなかった。むしろ友達の方が、あこに杏の安否を聞いてきたくらいだ。普段遅刻も欠席もしないし、連絡もつかない。友達なら心配になるというものだ。

 お互いに有益な情報交換はできず、杏が家に帰っていないという情報のみが広がる。しかし、友達からその友達へ、あこたちの知らない交遊間へと情報を伝達していく。手掛かりを手に入れるのに、人の数は多い方がいい。

 その日あこは、上の空だった。授業中はもちろん、休み時間も、友達に話しかけられても。隙を見つけては姉にメールを送り、電話をかける。しかし、それは返事がない。

 その日学校が終わっても、家に帰っても、姉のいない二度目の夜を迎えても……杏は帰ってはこなかった。今彼女がどこにいるのか、その手掛かりさえも。


「……お姉ちゃん」


 それから、一日、また一日と時間だけが過ぎていく。メールに返信はない、電話に応答がない、友達からの情報もない、警察も動いてくれたが見つからない。

 しかし一つ、手掛かりはあった。いつも杏が使う通学路、その道端に、杏の所持品が落ちていた。それは、杏がいつも使っていた学校指定の鞄……中身も揃って、入っていた。

 これを見つけたことで、警察に事件の可能性を訴えた。ただ帰ってこないだけならば家出で済まされるが、荷物が放ってあるのなら誘拐の可能性があると。そのため、警察も動いてくれることになったのだが……

 考えてみても、おかしい。杏が家に出てから、学校に着くまで。朝早いとはいえ、まったく人通りがないわけではない。車が往来するような場所でもない。そんな中、女の子とはいえ人一人を誰にも見つからず、誘拐することなんてできるのだろうか。

 まるで神隠し。ニュースは、日々そう報じた。朝早くに女子高生が失踪した、誘拐事件。町中なため当然防犯カメラはなく、足取りを追うこともできない。目撃者もいない。

 あこや、両親はテレビを通して、杏の安否を願った。貼り紙もして、情報提供を募った。しかし、いい反応は返ってこない。

 それどころか、これは家族ぐるみで仕組んだものなのではないかという者まで現れ始めた。子供とはいえ一人で考え行動できる年齢、それが音沙汰なく姿を消すなんて考えにくい。これは、自分たちが有名になりたいがためにでっち上げたものではないのか、と。

 その心ない言葉は、日に日に憔悴しょうすいしていた母をさらに追い詰めることとなった。そんな母の姿を、あこは見ていられなかった。


「湊おばさん……」

「こんにちは、杏ちゃん」


 母が弱り、父も母を落ち着かせることでいっぱいいっぱい。その頃には、母の妹でありあこと杏の叔母にあたる、早坂 湊がよく訪れていた。あこも杏も、自分たちをかわいがってくれる湊になついていた。

 湊は、娘が失踪した家族を心配して、こうして家を訪ねてきてくれるのだ。それだけでもあこの心はいくらか楽になった。姉がいなくなり、両親も以前のような明るさはなくなり、どうしたらいいかわからなくなっていたから。

 あこにとって、心を許せる人間の存在はありがたかった。

 だが……熊谷家を頻繁に訪れる湊の姿は、マスコミの格好のネタになった。結果すぐにその身元がバレ、彼女も杏失踪に関わっているのではないかと、心ない言葉は彼女にまでその刃を向けた。


「おばさん、ごめんなさい……」

「いいのよ、きっとすぐに終わるわ」


 湊まで言葉の暴力の対象に巻き込んでしまったこと、あこは後悔していた。同時に、彼女が来てくれて嬉しくなっていた自分を恥じた。

 大丈夫とは言っていても、確実に湊にも疲労の色が見えた。見つからない杏の捜索、取り乱す母、ニュースやネットを見れば自分たちが悪者にされ、外に出ればマスコミの取材を受け、見知らぬ人に罵声を浴びせられる。

 ……確実に、精神を病んでいった。


「……ダメダメ、落ち込んじゃ」


 そんな両親や叔母の姿に、あこも心が折れそうだったが……自分まで折れてしまっては、完全に終わってしまう。そう思ったから、自らを奮起させた。以前のあこならば落ち込んでいたが、皮肉にも姉がいなくなったことが、あこを成長させた。

 姉が戻ってくれば、姉が見つかれば、すべてが元に戻る。時間はかかるかもしれないが、時間さえあればきっと……


「じゃ、いってきます! 今日こそ、お姉ちゃんを見つけてくるからね!」


 その日、あこは父と共に杏を探しに出た。母の世話は湊に任せ、自分にできることをするために。すでに近所は自分たちも警察も探し回った。今さらこんなところを探しても、見つかるわけがない。

 それでも……なにかせずには、いられなかった。警察が探してくれているとしても、それでなにもしないなんて、できるわけがない。

 きっと今日こそ見つかる。そう、信じて……


 キキーッ……


「……ぁ」


 ガシャンッ……!


 ……時間さえあれば、すべて元に戻る。きっと。そう信じていた。姉が戻ってくる、両親も元気になる。みんな、以前みたいに笑って過ごせる日が、戻ってくる。


「……ぉ、ねぇ……ちゃ……」


 その日、熊谷 杏の父熊谷 正人、そして妹の熊谷 あこは……わき見運転をしていた車にはねられ、帰らぬ人となった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...