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英雄はそこにいた
【番外編】残された者たち:下
しおりを挟む熊谷 杏が消息を絶った。彼女が学校に来ていないと連絡を受け……母とあこは、必死に辺りを探した。杏に連絡を入れることはもちろん、把握している杏の友達にも聞いて回った。
しかしどこからも、杏の情報を得ることはできなかった。学校にも行っていない、めぼしい友達も知らない、もちろん本人からの折り返しもない。手掛かりが、なくなっていた。
それから夜になっても、事態は好転しなかった。父にも連絡していたが、帰ってくるまで、帰ってきてからも、状況は変化しないまま。
警察に連絡しようかとも思った。しかし、まだなにかあったというわけではないし、今時のの女子高生なのだ。連絡が取れなくなったとはいえ、一日も経っていないのに取り合ってもらえるかはわからない。
「……お姉ちゃん」
結局その日は、杏は帰ってこなかった。杏はこれまで、友達の家に泊まったりと、外泊することはあった。が、無断外泊なんて一度もなかったのに。
本当ならずっと探し回っていたかったが、夜中に歩き回るのは危険だ。それにもしかしたら、明日になればひょっこり帰ってくるかもしれない。そんな、根拠のない期待にすがるしかなかった。
あのとき、なにを置いてもまず警察に相談に行けばよかったのか? 次の日のことなど考えず、姉を探し回ればよかったのか? ……あこには、正解はわからない。
実はあこが寝静まった後に、両親は杏を探しに出ていた。しかしそれはあこの知らない出来事で、またその成果は芳しくないものであった。
……それは、当たり前だ。どれだけ探しても、見つかるわけがない。熊谷 杏はこのときすでに、異世界へと召喚されていたのだから。
「……おはよう」
翌日になり、起きてきたあこ。姉の部屋に向かい、もしかしたら帰ってきているかとというわずかな期待を持っていたが、それは期待でしかなかった。
両親の顔色も悪い。昨夜杏を捜索していたことを知らないあこは、今日こそは探して見つけなければと使命感に燃える。
ひとまず学校に行く。本当ならば学校に行っている場合ではないのかもしれない。だが警察には、両親が行っている。ならば自分は、自分にできることをするのだと、心に決めて。
確かめたいのは、姉の友達。昨日連絡してもなんの手掛かりもなかったが、直接話せばなにか手掛かりがあるかもしれない。
「あれ、杏の妹じゃん」
他学年の教室に行くのは勇気がいるが、これも手掛かりを得るため。その気持ちが、あこの足を進めさせた。
……結果として、手掛かりは得られなかった。むしろ友達の方が、あこに杏の安否を聞いてきたくらいだ。普段遅刻も欠席もしないし、連絡もつかない。友達なら心配になるというものだ。
お互いに有益な情報交換はできず、杏が家に帰っていないという情報のみが広がる。しかし、友達からその友達へ、あこたちの知らない交遊間へと情報を伝達していく。手掛かりを手に入れるのに、人の数は多い方がいい。
その日あこは、上の空だった。授業中はもちろん、休み時間も、友達に話しかけられても。隙を見つけては姉にメールを送り、電話をかける。しかし、それは返事がない。
その日学校が終わっても、家に帰っても、姉のいない二度目の夜を迎えても……杏は帰ってはこなかった。今彼女がどこにいるのか、その手掛かりさえも。
「……お姉ちゃん」
それから、一日、また一日と時間だけが過ぎていく。メールに返信はない、電話に応答がない、友達からの情報もない、警察も動いてくれたが見つからない。
しかし一つ、手掛かりはあった。いつも杏が使う通学路、その道端に、杏の所持品が落ちていた。それは、杏がいつも使っていた学校指定の鞄……中身も揃って、入っていた。
これを見つけたことで、警察に事件の可能性を訴えた。ただ帰ってこないだけならば家出で済まされるが、荷物が放ってあるのなら誘拐の可能性があると。そのため、警察も動いてくれることになったのだが……
考えてみても、おかしい。杏が家に出てから、学校に着くまで。朝早いとはいえ、まったく人通りがないわけではない。車が往来するような場所でもない。そんな中、女の子とはいえ人一人を誰にも見つからず、誘拐することなんてできるのだろうか。
まるで神隠し。ニュースは、日々そう報じた。朝早くに女子高生が失踪した、誘拐事件。町中なため当然防犯カメラはなく、足取りを追うこともできない。目撃者もいない。
あこや、両親はテレビを通して、杏の安否を願った。貼り紙もして、情報提供を募った。しかし、いい反応は返ってこない。
それどころか、これは家族ぐるみで仕組んだものなのではないかという者まで現れ始めた。子供とはいえ一人で考え行動できる年齢、それが音沙汰なく姿を消すなんて考えにくい。これは、自分たちが有名になりたいがためにでっち上げたものではないのか、と。
その心ない言葉は、日に日に憔悴していた母をさらに追い詰めることとなった。そんな母の姿を、あこは見ていられなかった。
「湊おばさん……」
「こんにちは、杏ちゃん」
母が弱り、父も母を落ち着かせることでいっぱいいっぱい。その頃には、母の妹でありあこと杏の叔母にあたる、早坂 湊がよく訪れていた。あこも杏も、自分たちをかわいがってくれる湊になついていた。
湊は、娘が失踪した家族を心配して、こうして家を訪ねてきてくれるのだ。それだけでもあこの心はいくらか楽になった。姉がいなくなり、両親も以前のような明るさはなくなり、どうしたらいいかわからなくなっていたから。
あこにとって、心を許せる人間の存在はありがたかった。
だが……熊谷家を頻繁に訪れる湊の姿は、マスコミの格好のネタになった。結果すぐにその身元がバレ、彼女も杏失踪に関わっているのではないかと、心ない言葉は彼女にまでその刃を向けた。
「おばさん、ごめんなさい……」
「いいのよ、きっとすぐに終わるわ」
湊まで言葉の暴力の対象に巻き込んでしまったこと、あこは後悔していた。同時に、彼女が来てくれて嬉しくなっていた自分を恥じた。
大丈夫とは言っていても、確実に湊にも疲労の色が見えた。見つからない杏の捜索、取り乱す母、ニュースやネットを見れば自分たちが悪者にされ、外に出ればマスコミの取材を受け、見知らぬ人に罵声を浴びせられる。
……確実に、精神を病んでいった。
「……ダメダメ、落ち込んじゃ」
そんな両親や叔母の姿に、あこも心が折れそうだったが……自分まで折れてしまっては、完全に終わってしまう。そう思ったから、自らを奮起させた。以前のあこならば落ち込んでいたが、皮肉にも姉がいなくなったことが、あこを成長させた。
姉が戻ってくれば、姉が見つかれば、すべてが元に戻る。時間はかかるかもしれないが、時間さえあればきっと……
「じゃ、いってきます! 今日こそ、お姉ちゃんを見つけてくるからね!」
その日、あこは父と共に杏を探しに出た。母の世話は湊に任せ、自分にできることをするために。すでに近所は自分たちも警察も探し回った。今さらこんなところを探しても、見つかるわけがない。
それでも……なにかせずには、いられなかった。警察が探してくれているとしても、それでなにもしないなんて、できるわけがない。
きっと今日こそ見つかる。そう、信じて……
キキーッ……
「……ぁ」
ガシャンッ……!
……時間さえあれば、すべて元に戻る。きっと。そう信じていた。姉が戻ってくる、両親も元気になる。みんな、以前みたいに笑って過ごせる日が、戻ってくる。
「……ぉ、ねぇ……ちゃ……」
その日、熊谷 杏の父熊谷 正人、そして妹の熊谷 あこは……わき見運転をしていた車にはねられ、帰らぬ人となった。
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