異世界召喚され英雄となった私は、元の世界に戻った後異世界を滅ぼすことを決意した

白い彗星

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もう一つの異世界召喚

バーチ現る

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 鎧に身を包んだ、どこかの国のまるで兵士を思わせる人間たち。そして、兵士の一人にバーチと呼ばれた人間は、他の人間とは違う雰囲気を出している。

 ケンヤにとってはこの世界に来て初めて目撃し、ガニムにとってはケンヤ以外で初めて目にするであろう……人間だ。

 しかし、ここでなんの警戒もなく、出ていこうとは思わない。あの兵士たちはどうやら魔族の生き残りがいないかを探しているらしい。

 そこに、魔族であるガニムが現れたらどうなるか。穏便に事が済むとは、残念ながら思えない。それは、ケンヤが出ていってもおそらく同じことだろう。

 ケンヤは、魔力を纏っている。それは人間が使う魔法とは、おそらく似て非なるもの……魔族のみが持ち、人間には持ち得ない力だ。それを、ケンヤが持っている。

 人間が、あの兵士たちが魔族の持つ魔力を感知できるかはわからないが、感知できた場合ケンヤと魔族の繋がりがバレる。

 そうでなくても、ここは魔族の土地だ。いくら滅んだとはいえ、魔族の土地に人間が、それも一人でいるなど、おかしい話だ。問い詰められて、うまく切り抜けられる自信がケンヤにはない。


「あいつら、なにを……」


 探さなくても、ここに魔族が残っていないのはわかるだろう。人間ならば、勇者が魔族を滅ぼしたことを知っているはずだ。ならば今さら、滅んだあとの土地でなにを探す。

 それとも、本当に人間は、魔族を一人残らず滅ぼすつもりなのか……


「んん……」

「どうしました、バーチさん」


 ふと、バーチと呼ばれた男が周囲を見回す。キョロキョロと、視線をさ迷わせている。いったい、どうしたというのか。

 その行動は、兵士たちにもわかっていないようだが……バーチと呼ばれた男は、細く色白な容姿。しかし細いといっても、それは尋常なものではない……痩せこけている、とまではいかないものの、少し骨が見えるほどに細い。

 一言で言えば、不気味。その男は、キョロキョロとさ迷わせていた視線を、先ほど報告に来た兵士へと向ける。


「キミ……キミはさっき、なんと言った?」

「は……?」

「この村には、魔族はいない……そう言ったな」

「は、はい。あの、それがなに……か……」


 ザワッ……


 瞬間、離れた位置にいるケンヤとガニムにもわかるほどの寒気が、発せられたように思える。それは、あのバーチからだ。無表情でなにを考えているのかわからないはずだが、間違いない、あの男から、発せられている。

 無表情……の中に、ほんのわずかに、怒りの感情も見えたような気がして。


「ひっ……ば、バーチさ……?」

「臭う、臭うんだよ……魔族の臭いが、はっきりと」


 正直、背筋が凍りついた。ただの寒気ではない、まるで背中を氷のような冷たい手で撫でられているような、そんな感覚。

 この世界に来てからだって、こんな感覚に陥ったことはない。


「にお……す、すみま……」


 ザシュッ……!


「っ……うそ、だろ……!」


 目の前で起こったことが、一瞬理解できなかった。

 兵士は、バーチの様子に怯えながらも、謝罪をした。いや、謝罪をしようとした。しかし、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 なぜなら……次の瞬間には、兵士の首が飛んでいたから。信じられない突然の光景に、とっさに口を塞いで声をあげないようにしたのは、自分でも誉めてやりたい。


「臭う、臭う、臭う……キミたちは、なにをやっているのか? こんなにも、魔族の臭いが、しているじゃないか!」

「もっ、申し訳ございません!」


 混乱に支配されていた頭が、ようやく冴えてくる。どうやらバーチは、兵士の『魔族はいない』という言葉に腹をたてた。どういうわけか、バーチは魔族の臭いを嗅ぎとれるらしい。

 魔族特有の臭いというやつか、それともドラマなどでよく見る『こいつはにおうぜ』という勘的なものなのかはわからない。後者ならめちゃくちゃ怖い。前者でも怖いが。

 立場のためか、それとも嗅覚の捜索能力への信頼があるのかはわからないが、兵士たちは慌てた様子で周囲を探し直し始める。目の前で同士が殺されたのだ、必死になるのも当然。

 しかし、あの様子を見るに……バーチが兵士、部下を手にかけるのは、これが初めてではなさそうだ。


「あぁー、臭う臭う。これはしかも、なんとも濃密な香りか」

「ぅえ」


 思わず、ケンヤは眉を寄せて舌を出す。今の言動で吐いてしまいそうだった。

 とはいえ、このままここにいては見つかるのは時間の問題だ。あの数の兵士に探されては、そのうち逃げ場もなくなる。そうなれば、さっきの兵士みたいに、バーチの持つ短剣で首と胴が離れてしまうだろう。

 ……あんなもので、人の首を。あんなことで、人の命を。


「狂ってやがる……」


 自分のいた世界と、この世界は違う。ものに対する価値や、命に対する価値すら違うのかもしれない。

 それでも、あんなにあっさり……それも人間が同じ人間の命を奪うなど、信じたくはなかった。


「……どうしますか」


 と、問いかけてくるのはガニムだ。どうするとは、もちろんこの状況についてだ。このまま隠れ続けていても見つかるのは時間の問題。

 ならば、今こそ瞬間移動で逃げてしまうのが手ではないだろうか。見つかってしまう前に、ここから去る方法はそれしかない。となれば、ケンヤは真っ先にガニムの手を取ろうとして……


「! そこかぁ!」


 それよりも先に、バーチが振るう短剣から放たれた飛ぶ斬撃……それが、二人が隠れている岩へと放たれた。
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