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もう一つの異世界召喚

禁術について

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『禁術とは』


 それは、真っ黒な本だった。本のカバーが黒いため、表紙裏表紙と全体的に黒い。素材はよくわからないが、なにかの皮のような気がした。なんの皮を使っているのかまではわからないが。

 ペラペラとページを捲っていった中に、その文字はあった。紙は多少黄ばんでいて、相当古くから存在していたか、相当読み込んでいたかのどちらかだ。

 それでも、見た目には新品と思うほどに良質だ。よほど、大切に保管されていたのだろう。あまりに読まれていない、触られていないから状態が良い、という見方もできるが。

 まあ、本についての感想をここで抱いていても意味がない。タイトルもなにもない本であるが、ゆえになにか可能性を感じた……のかもしれない。


「……」


 机に置いた本を開き、ケンヤとガニムはそのページを覗きこむ。当然だがそこには黒い文字が走っており、この世界特有の形をしている。

 大方は、ケンヤにも読める。が、所々はガニムの助けを借りて、読んでいくことになる。

 そこに書いてあるのな、文字通り禁術について、のものだ。


『禁術について

この章では、禁術についての解説を記述する。禁術とは、文字通り禁じられた術であり、これを使おうとする者には災いが……』


 などと、最初の方は禁術の危険性……というよりも、暗に使ってはいけませんというものだ。いわゆる注意書き。

 たとえばなにか物を買い物をして、それに対して『なん㎏以上のものを乗せてはいけません』や『火に近づけてはいけません』みたいなものだ。

 ケンヤが知りたいのは、そんなことではない。なので、その辺りは読み飛ばす。禁術を使った代償みたいなものがあるのか、とかも気になるが、まず第一は禁術の使い方だ。


「……ここか?」


 ある程度の文章を読み進めていくと、『禁術とは』というものを発見する。そこには、そもそもなにを禁術と呼ぶのか、といったものが書かれている。


『禁術とは

死んだ人間を生き返らせる術を、禁術とこう呼ぶ。本来、死とは絶対であり覆ることはない。人間も魔族も、それは誰にも等しくあり続ける。
死を受け入れられないのは生物として当然の摂理である。だが、死に逆らう……つまり死した者を黄泉より引っ張り出す行為は、神への冒涜となる行為だ。
それは自然の摂理に反する行為であり、その領域を侵せば必ず報いがあるのは当然のことである』


 やはり、禁術とは……死んだ人間を生き返らせることを指すのだ。ガルヴェーブから聞いた話を信じていなかったわけではないが、これで確実な答えを得た。

 禁術と呼ばれるものの内容……そして、禁術と呼ばれるからには、その方法もあるのだということ。

 ただ、気になるのは……死んだ『人間』を生き返らせるというもの。それはただの言葉のあや的なものなのか、それとも……


『禁術の影響

死んだ人間を生き返らせる、それは前述した通り、神への冒涜である。それを侵してまで禁術を行えば、相応の報いが跳ね返ってくる。それ成功失敗関係なく、試みをもったこと自体が罪である。
禁術とは、必ず成功するものではない。それどころか失敗する可能性の方が高い。禁術を行った者の末路は、よくて廃人、最悪死に至る。
死者を生き返らせようとする行為には、禁術を使う者の命を引き換えにすると同義である。』


「……上等だ」


 死者を生き返らせる対価が、命とするなら……望むところだ。それが、ケンヤ本人のものであっても。命の重さは一人一人が平等だ、なんてきれいなことを言うつもりはない。

 それでも、たとえ自分の命でもそれ一つで、ガルヴェーブを生き返らせることができるのなら……

 覚悟は、できた。いやとっくにできている。だからあとは、その方法のみだ。なんであっても、必ずやって……成功させてみせる。


『禁術の使用方法』


 ここだ。この先に、知りたい情報が載っているはずだ。しっかりと、見つめていく。

 ページを、めくる。


『禁術に必要なものはーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーであり、ーーーーーーーーーーーーがーーーーーーであるーーーー……』


 ……肝心な部分は、黒く塗りつぶされていた。


「なんだよ、これは!」


 ようやく、答えが見つかる……その期待への仕打ちが、これだ。沸き上がるのはどうしようもない怒りの感情。思わず本に拳を打ち付けてしまうのは、仕方ないと言えるだろう。

 なぜ、このページだけ。いや、なぜ、この部分だけ。よりによって、知りたい情報の載っている場所が。これは、今まで数日をかけて禁術の手がかりを探していたケンヤたちに対してまるで、誰かが笑っているような気さえする。

 誰かは知らない。だが、大事な部分を黒く塗りつぶすなど、誰かによる手が加えられたとしか思えない。肩透かしもいいところ……虚しさと怒りが、どうしようもない感情のぶつけ先がなく、ケンヤは歯を食い縛る。


「あ、あの……ケンヤ様?」


 その声に、はっとした。そうだ、なにも悔しいのは自分だけではない。ガニムだって、同じだ……姉を生き返らせる手がかりを、こんな形で踏みにじられたのだ。

 なのに、自分だけみっともなくあるなど。


「っ、悪い……ちょっと、混乱して……」

「え、えぇ……それもそうなんですが……それ、なんて書いてあるんです?」

「あぁ、これ……え?」


 一瞬、なにを聞かれたのかわからなかった。てっきり、ケンヤの様子に動揺したガニムが声をかけたのかと思った……だが、それだけが理由ではない。

 なんて書いてあるのか、と、なぜガニムがケンヤに聞くのか。逆ならばわかるが、なぜこの世界の住人から、そんな質問が出てくる?

 ガニムが指を指すのは、本の今開かれているページ。忌々しく塗りつぶされてた部分……その、塗りつぶされていない読める部分。

 ケンヤは、改めて目を向ける。よく見る。目を見開く。そこには、信じられない光景が広がっていたからだ。


「なん、で……」


 なぜ気づけなかったのか。異世界の文字に慣れすぎて、区別が曖昧になっていたのか。理屈はよくわからない、まるで日本語と英語の区別がつかなくなっていたかのようだ。

 そんなことはありうるのか。だが現に、今自分はなんの疑いも持っていなかった。そこにあるのが当然のものとして、読んでいた。当たり前のように、読んで……あるいは、読んだのではなく自然と、頭に入ってきていたのかもしれない。


「俺の世界の……文字?」


 そこに書かれてあったのは、異世界の……ケンヤの住んでいた世界の、文字だった。
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